上 下
68 / 174

音楽祭のその後 騒動の影響

しおりを挟む
 音楽祭での事件は貴族たちの間で大きな話題となった。

 今や大陸に覇を唱える大国の貴族が多くの死者を出し、帝都に巣くう闇組織冥狼に良い様に引っ掻き回されたのだ。帝国貴族たちとしてはメンツが丸つぶれになる。

 そして責任の所在も問題にもなった。その一端は音楽祭を主催したルングーザ家と、当日会場を警備していた正剣騎士団にも及んでいた。

「すまんな、クインシュバイン。私でも庇いきれそうにない」

「……実際に死者が出ているのです。致し方ありません」

 クインシュバインは騎士団総代のディナルドと音楽祭当日の事について情報交換を行っていた。

 今回の事件で評価を大きく下げた貴族もいれば、逆に上げた貴族もいる。その一人が、エルヴァール・ミドルテアだった。

 彼は皇女アデライアが誘拐されたと見るや、自分の従者をディアノーラに協力させ、見事に取り返してみせた。そしてもう一人の従者は会場で暴れる獣相手に獅子奮迅の活躍を見せ、ほとんど一人で片付けてもくれた。

 従者に見せかけた護衛だという事は誰もが気付いていた。しかしその護衛を2人とも自らを守る事より、皇族と会場の安全確保に使ったのだ。

 改めてエルヴァールの皇族への忠誠が示されたのと同時に、帝国貴族としての名を上げる要因となった。自らは最後まで逃げず、会場に居続けていた事も関係している。

「黒狼会のボス、ヴェルトについては聞いたな?」

「はい。手柄を騎士団に譲る形で、自らは身を引いたとも」

 アデライア救出については、彼女の護衛であるディアノーラが行った事になっていた。

 エルヴァールの従者であったヴェルトや騎士団はその手伝いをしたものの、あくまで救出したのはディアノーラであるという事になっている。

 だが実際に地下通路で行われた経緯については、ディナルドや皇帝ウィックリンを含め、一部の上層部はディアノーラより報告を受けていた。その上で、ヴェルトの活躍は本人の希望通り隠した方が良いという判断だ。

「黒狼会には借りができたな」

「はい。実際、あの場にヴェルトと黒狼会の幹部、ハギリがいなければ被害は更に広がっていたでしょう」

 ハギリについても謎が多かった。クインシュバインが見た時、彼は確かにじいさんの姿だった。

 だが1階で戦うその様は、どう見ても若返っていた。さらに振るっていた武器といい、どうやって会場に持ちこんだ物なのかという疑問も残っている。

「総代。黒狼会は……」

「特に報償は与えんが、追及もしない。これは陛下がお決めになられた事だ」

「は……」

 クインシュバインやディナルドとしては、今回の件で黒狼会の面々を招聘し、詳しく事情を聞く事は必須だと考えていた。

 だがこれに待ったをかけたのが、他ならぬ皇帝自身だった。どういう訳か皇帝ウィックリンは、今回の件で黒狼会に深く追及するのを許さなかったのだ。

「ああ見えて陛下は自分の娘の中で、アデライア様を一番気にかけておる。陛下なりの礼のつもりなのだろう。それにこれまで黒狼会が、騎士団に協力的な姿勢を見せていたことも関係している。今回の件と合わせて、帝国に仇なす者たちではないとご判断されたのだろう」

「……そうですか。しかしアデライア様に関してそこまで気にかけておられたとは……?」

 アデライアが一時貴族たちの見世物の様な扱いを受けていたり、医者から検査と称して血を抜かれていた事をクインシュバインは知っている。その事を良く思わない一人でもあった。

「陛下の政策がミドルテア派寄りだという事は知っていよう? アデライア様の眼が赤くなられてから、彼女に関わる様になった貴族はハイラント派が主だ。陛下なりにバランスを取る上で、気を使われていたのではないかな。宮中において、ミドルテアとハイラントの均衡はある程度保っておくに越した事はないのだから」

「……だからこそ、アデライア様の護衛にディアノーラを直接使命されたのですね。ディアノーラであれば、アデライア様を守ってくれるだろうと信じて」

「さてな……」

 黒狼会に対しては正直このまま放置は納得がいかない。力を見せたからこそ、騎士団に友好的な理由も含めてしっかりと把握しておくべきだと考える。

 しかし今、騎士団が独自に動くのはいろいろまずかった。

「お前にはいずれ何らかの形で責任を負ってもらう事になるだろう。そして最高責任者である私にもいくらかの影響が出る可能性がある」

「……人事が動きますか」

「そう簡単にはいかんと思うが。せっかく騎士団もハイラントの色が薄くなったのだ。陛下としても、また以前の様な騎士団には戻したくないだろう。エルヴァール殿が名を上げたのを良い事に、上手く牽制に使われるのではないかな」

「…………」

「私の予想では、しばらくの謹慎。運が良ければすぐに復帰。もしくは一度、つまらん任務で帝都を離れるか……といったところか」

 クインシュバインとしては、全て納得できるというものではない。だが納得せざるを得ない部分もあった。特に親族を無くした貴族は、強く騎士団を糾弾するだろう。

 しかしクインシュバインとしては、当日の自分の部下たちはベストを尽くしたと確信している。

 騎士団からも犠牲は多かったのだ。息子のリーンハルトも自分の力の及ぶ範囲で、よくやってくれたと考えている。

 今は誰に責任があるとかいうより、あれだけ恐ろしい獣を飼っている冥狼を何とかすべきだろう。

「冥狼についてはいかがされます?」

「問題はそこだ。騎士団は当然動く。あの様な獣が帝都のどこかで飼われているとなれば、放置はできん。それこそいつも黒狼会から情報を得ていては、格好がつかんだろう」

「黒狼会からは、冥狼が閃刺鉄鷲の刺客を雇っているという情報も入っています。その冥狼と繋がっているであろう貴族は……」

「それこそ証拠がなければどうしようもない。噂と憶測だけで騎士団は動かせんのだ」

「は……」

 しかし放置できる問題でもないのは事実。どうするのか……と考えていると、ディナルドは薄く笑った。

「実は私の一存で、ある部隊を作ろうかと考えている」

「ある部隊……ですか?」

「ああ。帝都で直接冥狼を追ってもらうつもりだ。もちろん伝手がなくては難しいだろうからな。最近冥狼と正面からやり合い、騎士団に対しても肯定的な姿勢を見せている商会に手を借りるつもりだ」

 そこまで聞いてクインシュバインは曖昧な表情で笑う。

「初めから巻き込むつもりでしたか」

「当然だ。事は一刻を争う。陛下の通達により、追及はしない。だが手を借りるくらいは問題ないだろう?」
 



 
 音楽祭のあった次の日。俺はみんなと情報共有を進めていた。

 質問は後にし、とりあえず何があったのかを各々話していく。そして一通り話し終えた時、音楽祭と地下闘技場での出来事に話題が集中した。

「まずはフィンの話を聞こう。まさか音楽祭が開催されていた同時刻、そんな事があったとはな……。どう考えても無関係じゃないだろう」

「ほんとだよー。ガードンが待機していてくれてなかったら、正直危なかったもん」

 地下闘技場でフィンはグナトスに終われながら何とか地上に出た。だがグナトスは地上でもしつこく追いすがってきたのだ。

 そこをフォローに入ってくれたのが、近くで待機していたガードンだった。ガードンもその時の事を思い出しながら話す。

「互いに素手同士ではあったが。俺も魔法がなければ、危ない相手だった」




 
 フィンは何とか地上に出て、直ぐにガードンが待っている場所へと移動を開始した。もう魔法の効果も切れて姿も露わになっている。

 正直、追いかけてくるグナトスは正面から戦って勝てそうな相手ではなかった。

「なにあいつ……! 明らかに普通じゃないって!」

「逃がすかよぉ! 地裂衝晃破!」

 グナトスが右手を地面に差し込み、フィンに向かって振り上げる。その瞬間、地面は大きく盛り上がり、地を這いながら衝撃がフィンに向かって走った。

「な、なにそれぇ!?」

 やばい。どう見ても魔法にしか見えない何かが、自分に向かって猛スピードで向かってくる。

 衝撃波がフィンにぶつかる……と思った瞬間だった。横から姿を見せたガードンが間に入り、衝撃波を正面から受け止める。

「が、ガードン!?」

「…………!」

 ガードンの魔法は、防御力に偏重した身体能力の強化だ。鋼の様な防御力を得たガードンの肉体は、突然発生した衝撃波を問題なく受け止め切った。

「フィン。無事か」

「う、うん。でもあいつ……!」

「分かっている。どう見てもこちら側の男だな。妙な力も持っている様だ」

 自分の技を正面から受け止めきられ、グナトスはガードンを警戒しながら距離を詰める。

「んだぁ、てめぇは。どうやら仲間の様だが」

「お前こそなんだ。魔法みたいな事しやがって」

「あぁん? 俺の技を見てどうして魔法だって単語が出てきやがる。そっちのチビも姿を消していた様だが、まさかてめぇら……。いや、見た顔ではないな……」

 両者互いに無言で睨み合う。ガードンもグナトスが只者でない事は感じ取っていた。
  
 群狼武風としての経歴はヴェルトよりも長いのだ。相手を最大限警戒し、常に生き残るために最善の選択を続ける。そして自らのジンクスを信じる。

 これが今まで生き残れてきた秘訣だと、ガードンは考えていた。

「まぁ良い。こっちはこのままチビを帰す訳にはいかねぇからナァ。邪魔するってんなら、消すぜ?」

 ガードンはグナトスの挑発的な態度をよそに、フィンに話しかける。

「先に戻っていろ。俺はこいつを倒してからゆっくりと帰る」

「っ! 逃がすかよぉ!」

 ガードンに足止めされては自分が困る。そう考え、グナトスは先に仕掛けた。




 
「で、ガードンが勝ったと」

「ああ。奴はグナトスと名乗っていたが。自分の不利を悟ると、それ以上大怪我負う前に去っていった。だがあいつの拳。俺の魔法で強化された肉体にもダメージを負わせてきた。只者ではない」

「俺が戦った七殺星のリアデインとやらとも関係があるだろうな。あいつも普通の人間では不可能な身体能力を持っていた」

 リアデインは今の世に、かつて存在した魔法の力を復活させる研究をしている組織があると話していた。魔法そのものではないにせよ、それに近しい何かである可能性は高い。

「だがフィンの持ち帰った資料はお手柄だったな。これで大体の片は付く」

 いろいろ予期せぬ出来事はあったが、フィンは見事にその役目を果たしてくれた。

 フィンの持ち帰った資料には、冥狼がこれまでエルクォーツという石を使って行ってきた実験結果や、結社との取引についての記載があった。

 さらにエルクォーツの取引先に、ハイラントの名があるのも確認した。これはエルヴァールに良い土産ができたな。

「音楽祭での襲撃が失敗に終わり、追い詰められたのは冥狼の方だ。騎士団もこれまでとは違い、本気になってその実態を追い始めるだろう。ハイラント派は邪魔するだろうが、こいつがあればその動きをけん制する事も可能だ」

「これでハイラント派も終わり。俺たちの護衛も終わりか」

「ハイラント派が終わるかはエルヴァール次第だろうが、護衛が終わりなのは確かだな」

 冥狼はエルヴァールの背後に黒狼会がいるという事を掴んでいるだろう。そして俺の力をあそこまで分かりやすく見せた以上、おいそれと仕掛けてくる事はできないはずだ。

 襲撃できる戦力も、報復に耐えられる実力も不足しているのだ。下手に動けば、その時が冥狼の最後になりかねない。

 帝都と貴族の間で冥狼の影響力が大きく落ちるのは間違いない。今さらエルヴァールにちょっかいは出せないだろうし、弱みを握ったエルヴァールに対し、ハイラントが積極的に仕掛けてくるとも考えづらい。

「七殺星とやらについては、ダグド辺りに調べてもらおう。それと影狼の方も徐々に名を出させていく。ここで一気に冥狼の影響力を帝都から放逐するぞ」

 だが冥狼の背後にもリアデインやグナトスを始め、結社エル=グナーデがついている。結社の規模は分からないし、保有している戦力についても謎が多い。

 素直に事が進むとは考えない方が良いだろうな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

聖女様に貴方の子を妊娠しましたと身に覚えがないことを言われて結婚するよう迫られたのでもふもふな魔獣と旅にでることにした

葉柚
ファンタジー
宮廷魔術師であるヒューレッドは、ある日聖女マリルリから、「貴方の子を妊娠しました。私と結婚してください。」と迫られた。 ヒューレッドは、マリルリと二人だけで会ったこともなければ、子が出来るような関係を持ったこともない。 だが、聖女マリルリはヒューレッドの話を聴くこともなく王妃を巻き込んでヒューレッドに結婚を迫ってきた。 国に居づらくなってしまったヒューレッドは、国を出ることを決意した。 途中で出会った仲間や可愛い猫の魔獣のフワフワとの冒険が始まる……かもしんない。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

処理中です...