上 下
53 / 174

地下闘技場で進む策謀

しおりを挟む
 帝国某所にある地下闘技場。そこでは冥狼の幹部である針刺しオーバンが、同じく幹部であるダイルズと会話を交わしていた。

「流石に黒狼会は一筋縄ではいかないねぇ」

「オーバン。ボスになんて説明をするんだ? ここまで刺客を放って、まだガーラッドを仕留めていないなんて」

「そう言うなよぉ。なんせ相手は閃刺鉄鷲をも返り討ちにした相手だぜぇ? 始めからごろつき如きがどうにかできると思ってねぇよ」

 闘技場では奴隷同士が素手による殺し合いを演じていた。観客たちがワッっと盛り上がる。見ると一人の拳闘士が相手の顔面を殴りつけたところだった。

「……じゃ何でそんなごろつきどもを放っていたんだ?」

「ボスが言ってただろぉ。まずは情報を集めろってよ」

 この数日、冥狼はその情報網を使い、黒狼会……特に最高幹部たちの情報を集めていた。結果、それぞれの名は分かったものの、血縁関係やその過去などは全く探る事ができなかった。

 どれほど情報屋を駆使しても、帝都に現れる以前の情報が一切出てこないのだ。あまりにも綺麗に痕跡が消されており、かえって妙だとオーバンは考えていた。

「その情報。全然集まっていないんだろ?」

「何も情報を集められない連中だって情報が得られたのさ。当初は別の大陸か、どこかの孤島生まれかとも考えたが。それならそれで、帝都に来る前にどこの街に滞在していたのか。その辺りの情報も全く入ってこねぇのはいくら何でもおかしい。まるでいきなりこの帝都に姿を現したかの様だ」

「……何が言いたいんだ?」

「つまりそこまで徹底して自分たちの痕跡を消せる力があるんだろう。そしてそうしなければならない程の事情もある」
 
 オーバンがそこまで話してダイルズはまさか、と口を開いた。

「例のいかれた結社に属する者……!?」

「結社はどっちもいかれてんだろうがよぉ。まったく。俺たち真っ当な闇組織の者からすれば、迷惑な話だぜ」

「だ、だが……! もしそうなら、うかつに手を出すのはまずいんじゃ……!?」

 再び観客たちの間で歓声が沸き起こる。闘技場では5人の裸の女性が、無理やり男に引きずられて入場してきたところだった。

 男はさっさと退散し、高いフェンスで覆われた闘技場には女性たちだけが残される。

「少なくとも俺たちと懇意にしている方とは無関係だ」

「……何故分かる?」

「例の集団が間もなく帝都に来るってのに、俺たちに何も通達がこないからな。それにもし黒狼会が結社の関係組織だったとして。俺たちに敵対する理由がないだろう?」

「……確かに。だがそれなら、やっぱりいかれた方の結社に属しているんじゃ……」

 闘技場では女性たちが入場した方とは逆方向から、低い唸り声が響き始める。そして6人の男たちに鎖で抑えられた状態で、不気味な化け物がその姿を現した。観客たちはさらに大きな歓声を上げる。

 化け物。まさにその呼び名が相応しい獣だった。大きさは大人5人分はあるだろうか。四本脚で唸り声をあげる様は、狼に悪霊が憑りついた様にも見える。

「さて、な。とにかく俺はよぉ。こうしてごろつきどもを放って、誰が閃刺鉄鷲の刺客を倒した奴なのか見極めていたんだよぉ」

「確かに黒狼会の幹部どもがどこの誰であれ、閃刺鉄鷲の暗殺者どもを上回る実力を持っているのは確実だ。そんな実力者がごろごろいるとは思えねぇ。6人の内の誰かが特異的な戦闘力を有しているって訳か」

「少なくとも2人はいる。一人はフィンという女だ。これは前に閃刺鉄鷲の見届け人が直接確認している事から間違いない」

「確か最高幹部の中では最年少だったな。そんな女が……いや。あの結社の関係者ならあり得るか」

 男たちが獣を抑える鎖の力を弱め始める。その瞬間、獣は素早く男たちを振りほどき、近くにいた者に頭からかじりついた。一瞬で男から上半身が失われる。

「き、きゃあああああ!!」

「こ、こいつ……!」

「ぐえっ!?」

「ぶぎゃ!?」

 獣は次々に男たちをその爪で、牙で仕留めていく。闘技場には大量の肉片と血がまき散らされていた。

 獣の口からはボリボリ、ガリガリという音が鳴り響いている。おそらく食べた男の骨を砕いているのだろう。

 地下闘技場は今日一番の熱気を見せたが、オーバンたちは普段と変わらぬ態度で会話を続けた。

「……その話。ボスには?」

「当然伝えているに決まってんだろぉ。で、フィンの他のもう一人だが。誰だと思うよ?」

「そりゃ黒狼会のボス。ヴェルトだろう?」

「普通はそう考えるよなぁ。確かにあの男も、赤柱相手に暴れた経歴を持つ。強ぇのは間違いないだろう。だがそれで閃刺鉄鷲の刺客を上回るという結論にはならねぇ。おそらくもう一人の実力者はガードンだ」

 闘技場では裸の女たちが逃げ惑っていた。だが獣は一人、また一人と女たちに襲いかかり、男たち同様に無残に殺していく。

「6人の中では一番如何にも、て風貌の奴だな」

「ああ。ガードンはこの数日、帝都の賞金首を捕えているんだが。その総額は700万エルクに上る」

「な……!?」

「奴が捕えたお尋ね者の中には、俺以上の賞金首である盾割りのバルドもいた。しかし情報では、ガードンはバルド相手に無傷であっさり倒しちまったらしい」

「なんだって……!?」

 地下闘技場から女たちの悲鳴が無くなる。その変わり、観客たちの歓声が大きくなっていた。

 闘技場には大勢の男たちが鎖を持って入り、獣を再び抑えにかかっている。

「それは……増々結社の関係者の疑いが出てきたな」

「だなぁ。で、うちにはそんな強者に興味むんむんな奴がいるだろぉ? あの怪物が気に食わねぇって言ってる脳筋がよぉ」

 そう言うとオーバンは闘技場で暴れる獣を指さした。今日はこの獣によるショーを見せるため、多くの有力者を招いていた。興味を持った者は何とかあの獣が欲しいと考えるだろう。

「まさか……動いたのか? 堕ちた騎士、アルフリードが……!?」

「そのまさかだ。まずは手ごろな最高幹部を人質に取り、ガードンをおびき寄せる。で、アルフリードの野郎は1対1で正面から倒すと息巻いているって訳よ」

「それは……確かにアルフリードなら、まぁ……」

「んなアルフリードの騎士ごっこに付きあってやるはずがねぇだろうが。もし野郎をおびき寄せれたのなら、人質もろともさっさと片付けるとも。こっちにはまだ閃刺鉄鷲の刺客が残ってんだからよぉ」

 くっく、とオーバンは暗い笑い声を出す。確かに黒狼会の実力は想像以上に高かった。だがそれならそれで、こちらも出方を変えるだけの事。
  
 罠に嵌め、一人孤立したところを数の暴力で押し切る。そうして一人一人仕留めていき、最後には黒狼会の幹部全員を消す。オーバンにとって何も難しい話ではなかった。

「しかし手ごろな最高幹部って……。誰をターゲットにするつもりだ?」

「ロイだ。あの野郎、日中はどこかに出かけているのか、中々尻尾をつかめねぇが。夜はどこかから一人で屋敷まで帰ってくる。尾行は難しいが、一人になるタイミングは掴んでいるって訳だ」

「なるほど。確かに、最高幹部の中では一番大人しそうな見た目をしているな」

「ハギリも考えたが、老い先短いじじいが人質としてどれだけ有用かは怪しいからな。ここはフィンの次に最年少であるロイを狙うとするぜぇ」

 ロイも実力者なのは分かっている。一人で雷真弓の幹部宅を襲撃した実績もある。

 しかし幹部宅には武闘派連中が常にそろっている訳ではないし、それくらいなら冥狼の中でもできる者は多い。こっちも相応の者を出せば決着は直ぐにつく。オーバンはそう考えていた。

「いずれにせよアルフリードの奴が動くんだ。冥狼幹部を表に出させた黒狼会の実力は高く評価してやろうぜぇ」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

俺の召喚獣だけレベルアップする

摂政
ファンタジー
【第10章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話 主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉 神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく…… ※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!! 内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません? https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

【第二章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 のんびり、マイペース、気まぐれ。一緒にいると気が抜けるけど超絶イケメン。  俺は桜井渚。高校二年生。趣味は寝ることと読書。夏の海で溺れた幼い弟を助けて死にました。終わったなーと思ったけど目が覚めたらなんか見知らぬ土地にいた。土地?というか水中。あの有名な異世界転生したんだって。ラッキーだね。俺は精霊王に生まれ変わった。  めんどくさいことに精霊王って結構すごい立場らしいんだよね。だけどそんなの関係ない。俺は気まぐれに生きるよ。精霊の一生は長い。だから好きなだけのんびりできるはずだよね。……そのはずだったのになー。  のんびり、マイペース、気まぐれ。ついでに面倒くさがりだけど、心根は優しく仲間思い。これは前世の知識と容姿、性格を引き継いで相変わらずのんびりライフを送ろうとするも、様々なことに巻き込まれて忙しい人生を送ることになる一人の最強な精霊王の物語。 ※誤字脱字などありましたら報告してくださると助かります! ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...