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かつての王都、今の帝都 

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「おい、あれ……!」

 歩き続けることしばらく。街道を歩く人の姿も増え始めた頃、俺たちの目の前にはかつての王都であり、今の帝都が姿を現した。

 帝都とその奥に見える山脈は覚えがある景色だ。だが街を取り囲む城壁は、俺たちが知っているものよりも高く、また大きく改築されていた。

 よく見ると城壁の外にも街が築かれている。きっと城壁の中に入り切らなかったのだろう。

「見覚えがある様な……ない様な……」

「いや、確かにこりゃ未来のゼルダンシア王都だと言われたら納得だが……」

 城壁の外に広がる街に足を踏み入れる。俺たちの知る王都とは違い、人は多く、活気もあった。 

「街の規模で言えば、俺たちが知っている王都よりも遥かに大きいな……」

 改築された城壁は大きく、その外にまで広がる街だけでもかなりの規模だ。あれから数百年の月日が経過しているからな。世界規模の戦乱も収まれば、人口は増えるか。

「ねぇヴェルト。ここからどうするの?」

「そうだな……。まずは何をするにせよ、腹に食い物を入れたいな。昨日からまともな飯が食えてねぇし」

「だな。でもどうするよ。俺たち、金なんざまったく持ってねぇぜ」

 そうなんだよな。だが即金を作ること自体は可能だ。俺は背中に背負っていた大剣を取り外すと、両手に持ち替えた。

「とりあえずはこいつを売るとするよ」

「え……。でもそれ、ヴェルトさんの愛用している剣じゃ……」

「構わねぇよ。それに俺はいざとなれば、自力で得物が用意できるしな」

 裂閃爪鷲との戦いの中で、俺の黒曜腕駆はさらに成長を遂げた。今では全身に纏う事もできるし、剣も生み出すことができる。

 もっと自由自在に扱える様に修練を積みたいところだが、それはもう少し落ち着いてからだな。

「ま、ローガの形見という訳でもないんだ。気にするな」

 剣、拳、槍と俺は一通りの武器が使えるが、大剣を選んだのは自分を強く大きく見せたいからだった。今にして思えば子供らしい考えだったな。

 今は単純に慣れたから使っているのであって、元々武器に対するこだわりはそれほど強くはない。

 俺たちは適当に歩きながら、大剣を買い取ってくれそうな店を探す。だが初めてくる街な上にこの規模だ。そう簡単には見つからない。

「仕方ない、適当に人を捕まえて聞くか……。おい、そこの道行く青年よ」

 俺は正面から歩いてくる青年に声をかける。青年は俺たちを探る様な視線で見渡した。

「な、なんだよ」

「実はこいつを売りたいんだが、どこか良い店は知らないか?」

「え……」

 青年はもう一度、俺たちを観察する。その視線は俺たちの身に付ける武具を中心に泳いでいた。

「あんたら、傭兵崩れかなんかか?」

「まぁそんなとこだ」

 今の時代はどうか分からないが、30年前は世界規模の戦乱なんてものは存在していなかった。

 大陸の覇権を狙うゼルダンシア帝国と、それを良しとしない国々が小競り合いを繰り返していた印象だ。

 だが周囲にも武具を身に付けている人が歩いているところを見るに、今も傭兵や商人の護衛など、それなりに戦があるのだろう。

 青年の言葉からも、傭兵という因果な稼業が今も存在する事が伺い知れる。

「ふぅん……。確かにあんたら、それなりに腕が立ちそうだな。でもあんまり見た顔じゃないな。もしかして最近帝都に来たのか?」

「ああ。最近も最近、ついさっき着いたところだ。それで右も左も分からず困っていたのさ」

 青年はそうかそうかと頷く。きっと傭兵崩れが珍しくないのだろう。

「店を案内するのは良いけどよ。その前に聞かせてくれよ。帝都には何しに来たんだ? 武器を売りたいってことは、荒事からは足を洗うつもりなのか?」

 微妙に答えづらいことを聞いてくるな。それに妙なところを気にするもんだ。後ろを見るが、みんな俺に話を任せるつもりの様なので適当に話す。

「帝都で何するかはまだ決めてねぇんだ。だが路銀が尽きてな。とりあえず俺の剣だけ売りさばこうと考えたのさ。荒事から足を洗うかはどうかは目下検討中だ」

「ふぅん。それであんたの武器だけねぇ……。あんたは武器が無くなって大丈夫なの?」

「ああ。俺は武器は選ばないし、拳でも自信があるからな」

 何せかつては聖剣と称されていた国宝の剣を、拳で砕いたこともあるくらいだ。

「そうか……。なら武器を売るより、もっといい金儲けの話があるぜ!」

「うん?」

「へっへ。あんたも運が良いな。この地域一帯を支配する組織、灼牙の構成員である俺に話しかけたんだからな!」

「…………?」

 青年は自らの名をレッドだと明かすと、俺たちに事情を話し始めた。

 現在の帝都ゼルダスタッドには、無頼漢の集った裏組織がいくつかはびこっているらしい。灼牙はその一つで、主に帝都城壁外西部を中心に版図を広げる乱暴者たちの集まりの様だった。

「乱れてるねぇ……。どうせろくでもない組織だろ」

「違う! 灼牙は他の組織と違って、無暗に街の人たちに迷惑をかけたりはしない! それにボスは、とても尊敬できる人なんだ!」

 レッドも城壁外西部の生まれだが、昔母が病に伏せていたところ、灼牙のボスとやらが金を恵んでくれたそうだ。レッドはその時の恩を返すため、灼牙に入ったとの事だった。

「この腕章は灼牙構成員の証! ここ西部では信頼の証みたいなもんなんだ!」

「ふーん……」

 アックスとフィンは何やら面白そうなものを見る目で話を聞いているが、俺は興味が持てなかった。

 まぁこの手の組織は昔の王都にも居たが、その実態は暴力で飯を食う街の利権屋みたいなもんだろう。

「んで、何で金儲けの話になるんだ?」

「実は今、他の組織と戦いになりそうなんだ。それで腕の立つ奴を雇おうと、俺が走っていたんだよ」

 そこをたまたま俺が話しかけたと。

「なるほどな。で、俺たちを雇おうってか」

「そういう事だ。な、悪い話じゃないだろ?」

 いや、今の話だけでは良いも悪いも判断できん。他の組織との比較や、どうして戦いになりそうなのかとか不明な点が多すぎる。

 それに厄介ごとの匂いしかしない。アックスとフィンは巻き込まれたそうだが、二人が何か言いだす前にさっさと口を開く。

「悪いが帝都にきたばかりでいきなり荒事に巻き込まれるのはごめんだ。そういう話は別の奴にしてくれ」

「なんだよ、せっかく俺がここまで話してやったのに! ったく、やっぱ負け癖のついた傭兵崩れはダメだな!」

 ……ふぅ、危ない危ない。俺が現役の傭兵だったら今の発言は見逃せなかった。傭兵稼業は舐められたら終わりだからな。

 レッドはその後も何かぶつくさと話していたが、最終的には武具を買い取ってくれる店を教えてくれた。俺たちはそこを目指して再び歩き出す。

「ヴェルト。良かったのか、さっきの話に乗らなくて」

「ああ……。まぁまだ帝都に来たばかりだし、何するにせよ情報が余りにも足りない。だいたいなんだ、地域を支配する組織って。怪しいにも程があるだろ」

「でもー。レッドが身に付けていた腕章だけど、確かに何人かあれを付けている人がいるんだよねー」

 フィンは少し遠くに視線を飛ばす。だが俺の目では、腕章を身に付けた人物を発見することができなかった。

「……そうなのか?」

「うん。多くはないけど」

「ふぉっふぉ。わしの故郷にも任侠集団がおったが、似た様なもんかのう?」

 レッドの教えてくれた店は直ぐに見つかった。武具屋かと思ったが、どうやら武具だけではなく、生活用品の金物なども扱っている店の様だ。店の中に入り、店主に視線を向ける。

「なんだ、お前さんらは」

「ああ。実は灼牙のレッドという男から紹介されてきたんだ。ここなら武器を売れるって聞いてな」

 店主はガタイの良い男だった。見た目とぶっきらぼうな口調が良く合っている。

「あん? 灼牙の……? まぁいい。そういう話なら、見るだけ見てやる。どれを売りたいんだ?」

「こいつだ」

 俺は店主の前に大剣を置く。店主はそのまま大剣を手に取ると、細部を観察しだす。だが途中から顔色を変え、さらに細かいところを見だした。

「……! こ、この柄に刻まれている刻印は……! お、お前! この剣、どこで手に入れた!?」

「おいおい、どうしたんだ」

「とぼけるな……! こいつは幻魔歴末期に活躍した、伝説の鍛冶師ガーディンの作った剣じゃねぇか! しかもこの保存状態はなんだ、とても数百年前に作られた物だとは思えねぇ……! それに刃を見れば分かる。最近までこいつはしっかりと武器としての役目を果たしていた……! こいつを使っていたのはお前か?」

「あ、ああ……。確かにここ数年、そいつは俺の獲物だったが。というかあの親父、そんなに有名なのか……?」

 確かに俺たちの使っている武器の多くは、鍛冶師ガーディンが鍛えあげた物になる。だが当の本人は酒好きで、常に酔っぱらいながら槌を振るっている様な奴だった。

 まさか後の世で伝説の鍛冶師とまで呼ばれる様になっているとは……。

「まだこれほど保存状態の良いガーディンの作品が、現役で使われていたとは……!」

「なぁ。ガーディンというのは、そんなに凄い鍛冶師なのか?」

「お前ら、知らんのか!? ガーディンといえば幻魔歴において、伝説の傭兵団群狼武風の隊長格に直々に武器を打ったという鍛冶師だぞ!?」

「え……?」

 群狼武風の名が出てきたことで、俺たちは顔色を変える。ガードンも思わず声をあげていた。

「群狼武風を知っているのか!?」

「知っているも何も、帝都の民であれば誰もが知っておるわい! お前ら、他国から来たのか!?」

 店主が言うには、群狼武風は昔ゼルダンシア王国が侵攻された時に、王族に従って最後まで抵抗した義を重んじる傭兵集団として知られている様だった。

 最後に団長と一部の者が王族を守護し、残りの隊長格は城壁の外で戦い、散っていったそうだ。だが生き残りも多かったため、そういった者たちが今日まで群狼武風の活躍を語り継いできたらしい。

(……! そうか、全員がローガの金を受け取って王都から離れた訳じゃなかったのか……! 何人かは死を覚悟して、正面からノンヴァードと戦っていたんだ……!)

 まさか数百年経った今でさえ、群狼武風の名が残っているとは思わなかった。金を受け取った奴らも、ローガの希望通りその名を後世に伝えてくれていたのだろう。

 こうして人々の記憶の中で今も群狼武風が生きていると思うと、目がしらが熱くなる。それはみんなも同様の様子だった。

「まぁ他にも群狼武風が有名な理由はいくつかあるのだが。そんなことは今、どうでもいい。で、話を戻すが。この剣、10万エルクで買い取ろう。どうだ?」

 これだけの逸話を聞かされた後だ。おそらく10万は安い。だが良い話を聞かせてくれたし、とりあえず金は作れた。

「ああ、良いぜ。だが10万で譲る代わりに、いくつか聞きたいことがあるんだ」
「な、なんだ」

 この反応。やっぱり10万は足元見た数字だな。

「帝都についていろいろ教えて欲しい。俺たちは今日来たばかりだからな。ほとんど何も知らないんだ。例えば俺たちをここまで案内してくれた灼牙の事とかな」

「ふん……。まぁいいだろう」

 店主は帝都ゼルダスタッドについて、いろいろ教えてくれた。城壁の中に入るには別途許可証が必要なことや、ゼルダンシア帝国自体についてもだ。

 ゼルダンシア帝国は前皇帝が退位してからというもの、積極的な軍事侵攻は行っておらず、ここ数年は大きな戦も無いとのことだった。

 そして灼牙を含めた組織にも話が及ぶ。

「灼牙というのはいわゆる無頼漢どもの集まり、ろくでもない奴らが集まった組織だ。帝都ではいくつかそうした組織がでかい顔をしている」

「恐喝紛いの事をやっていたりもするのか?」

「中にはそういう組織もある。まぁ灼牙はまだましな部類だな」

 ひどいところになると、人身売買や禁制品の取引もしているらしい。これも想像通りだな。かつての王都でもそういう裏組織は存在していた。

「国は何も対策を取らないのか?」

「ああ。かつては法で取り締まろうとした事もあったらしいが。そうした組織を縛ろうとする動きを見せると、何故かその貴族様の死体が見つかるって話だ」

 暗殺者でも飼っているのだろうか。他にも理由はあるんだろうが、現状裏組織の存在は見逃されている様だな。

「中には組織と金で繋がっている貴族様もいるという噂だ」

「下手に取り締まるよりは、付き合い方を変えて甘い汁を吸った方が得だって事か……」

「ああ。まぁ灼牙の様に、他に比べると比較的街人に親切なところもあるがな」

 灼牙はこの辺りの自警団的なことをしている様だ。金を納めている店だと、ややこしい客が来た時とかに助けてくれるらしい。

 そして俺たちの様な客を紹介してくれる時もある。店主も灼牙にいくらか金を納めているとの事だった。

「その灼牙だが。近く戦いになるって聞いたんだが、何か知らないか?」

「なに……!? それは本当か!?」

「ああ。さっき話したレッドという奴から聞いたんだ」

 店主は目を硬く閉じる。聞けば最近、別組織の構成員と一戦やらかしたらしい。

「その組織の名は青鋼。昔からこの辺りの縄張りを巡って、灼牙と問題を起こしている組織さ」
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