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最後の戦場 ローガから託されたもの
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「……始まったか」
外から歓声が聞こえる。最後の戦いが始まったのだろう。
大幻霊石が収められた広間には、俺たちとシャノーラ殿下の他は数人の女官が残るのみ。騎士たちは外を固めていた。
その時に備え、俺は大剣を抜き放つ。そんな俺の元にシャノーラ殿下が近づいてきた。
「あの……」
「はい?」
「すみません、ヴェルトさんでしたよね。あなたの首飾りを見せてくれないでしょうか」
なんだ……? そういえば祝福を受けた時も俺の首飾りを気にしていたな。まぁここにきて特に断る理由はないか。
俺は首飾りを外すと、それを殿下に手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。…………。やっぱり、これは……」
殿下は難しい顔を見せていたが、俺に首飾りを返す。だが何か気になる点があったのは、顔を見れば明白だった。
「この首飾りがなにか? これは我が家に代々伝わるものなのですが……」
俺の言葉にシャノーラ殿下はやや目を大きく見開く。
「あの。つかぬ事をお聞きしますが……。ヴェルトさんはこことは違う、別の場所からやってこられたのではないですか……?」
「…………!?」
殿下の言葉を受け、今度は俺が両目を大きく見開いた。今のはどういう意味だ。ゼルダンシア王国以外から来た……というニュアンスではないよな。
「殿下……それはどういう……」
「ほっほ。そういえば坊は昔、自分は未来から来た貴族だとか言っておったのぅ」
「じいさん……だから坊はやめてくれって……」
いつの間にか背後にいたハギリじいさんに言葉を取られる。そういやこの中では、じいさんとガードンは幼少時代の俺を知っているんだった。
だがそんなじいさんの言葉を受け、シャノーラ殿下は両手で口を覆った。
「まぁ……! まさか本当に……!?」
……この反応、やっぱり何かある。もしかして俺がこの時代にやってきた原因について、何か知っているのか……!?
「殿下、あなたは……」
「きたぞ!」
殿下に問いただす暇もなく、アックスの声が響く。外からは何者かが近づいてくる音が聞こえていた。広間の扉を叩く音が聞こえる。
「ち……! もうここまで来やがったか……!」
「でもここの扉はそれなりに頑丈……」
次の瞬間、扉が轟音と共に爆ぜた。奥からは二本の剣と大鷲を模った文様が刻まれた鎧を身に付けた集団が現れる。
「裂閃爪鷲か……!」
先頭に立つ大男は、俺たちに一通り視線を向ける。
「ほう。さすがに気骨のありそうな奴らが残っているな。目的の姫、そして大幻霊石も無事な様で何よりだ。ノンヴァードの大幻霊石は既に砕け散ってしまったからなぁ……!」
「なに……!?」
「俺は裂閃爪鷲を束ねる者。団長のルードだ。そしてこいつらは魔法の祝福を受けし俺の配下たち。喜べ、お前たちの最後を彩るのは大陸最強の戦士たちだ」
こいつが……! 裂閃爪鷲の団長か……! ローガも負けじと一歩前へと進む。
「おうおう、てめぇが裂閃爪鷲の団長か! これまで随分と舐めた真似をしてくれたなぁ!」
「……お前は?」
「俺は群狼武風の団長、ローガだ! てめぇが神殿に来たのは僥倖だぜ、ここで叩き斬ってやる……!」
「ほう……! お前が群狼武風の英雄ローガか! くく……! だがなんだ、この人数は! 笑わせてくれる! お前ら! 雑魚を片付けろ! 俺はローガをやる! いいか、手を出すなよ!」
「はっ!」
両者から魔法の気配が高まる。ローガも大声を張った。
「こいつとは一騎打ちで片を付ける! てめぇら、頼むぞ!」
「おう!」
こうして群狼武風最後の戦いが始まった。多勢に無勢とはいえ、入り口は一つ。一気になだれ込んでくることは難しい。
「おおおお!」
俺たちも魔法を発動させる。だが敵も魔法の力を持っていた。アックスが、フィンが。ガードンが、ロイが。そしてじいさんもここを最後と決め、その刃を振るう。
「はぁ!」
俺も黒曜腕駆を発動させながら、次々と敵を斬っていった。ここでは大剣は振りづらいため、途中から黒い剣を現出させて戦う。
「うおおおお!」
考える前に動く。とにかく刃を振る。死力を振り絞る。一人でも多く、道連れにする。そんな気持ちを抱きながら大量の血を浴びる。
どれくらいそうしていたか分からない。これで斬ったのは何人目だろうと思った時、シャノーラ殿下の悲鳴が広間に響いた。
「ローガ!」
その声につられて視線を動かす。視線の先では、傷を負ったルードの持つ燃える剣が、ローガの腹部を貫いていた。
「……!」
「はっはっはぁ! さすがは英雄ローガ! 久しぶりにここまでの傷を負ったわ! おいお前ら! いつまで手こずっている! さっさと片付けねぇか!」
ローガ……! 腹部を貫かれたローガを見て、俺の視界が物理的に黒く塗りつぶされていく。内からさらに高まる魔法の気配。俺はその慟哭に身を委ねる。
「お……おおお……おおおおおおおおおお!!!!」
全身から黒い霧が溢れる。霧はそのまま全身を包みこむと、甲冑の様な外骨格を形作った。これまで腕を中心に覆っていた黒曜腕駆が、今は全身を包んでいる。
「ルーーーーードォオオオオオオオオオ!!!!」
「な……!?」
一瞬で距離を詰め、その顔面を殴りつける。ルードも抵抗して炎の剣を振るってきたが、俺の甲冑に当たると剣は弾かれた。
「なにぃ……!? 俺の魔剣が!?」
「おおおおおおおお!!!!」
さらに黒い霧が溢れ、周囲に剣が次々と生み出されていく。俺は生まれて初めて感じる強い感情にその身を委ね、ただただ腕を、足を動かし続ける。
「ああああああああああああ!!!!!!」
どれくらいそうしていただろうか。黒くなった視界が、さらに黒く塗り潰されていく。
「ヴェルト!!」
強く鋭い声で意識を取り戻す。気づけば広間は大きく崩壊しており、周囲には俺たち以外に生きている人影は見当たらなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「もういいヴェルト! 奴らは撤退した!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「落ち着け……! もうここに敵はいない!」
「はぁ、はぁ……! ……っ!?」
はっと顔をあげる。足元にはルードの死体が転がっていた。フィンはシャノーラ殿下と共にローガの側に立っている。
「俺は……」
「ローガ! まだ生きている!」
「!!!!」
俺たちはローガの元まで走る。ローガは呻きながらも目を開けた。
「ローガ!」
「あ、ああ……。シャノーラ、すまない……」
ローガの手がシャノーラの頬に触れる。シャノーラはただただ涙を流していた。
「へ……。これが俺の最後か……。愛する女の腕の中で死ねるのは本望だが、残して先に逝くことはやはり気がかりだ……。じいさん、これまで世話になったな……」
ローガはハギリじいさんに別れを告げる。じいさんは無言だった。
「ヴェルト……」
「…………」
「見ていたぜ……まったく。あんなすげぇ力があるなら、もっと早く使えってんだ……」
「ローガ……」
「今さら……言えた義理でもねぇが……。お前らには生きて欲しい……。どうか……俺の夢を……」
その言葉を最後に、ローガは動かなくなった。広間には殿下のすすり泣く声と、無言の俺たちが残される。しかしシャノーラ殿下はゆっくりと立ち上がった。
「殿下……」
「みなさん。どうかローガの最後の願いを聞いてやってください」
「…………」
最後の願い。夢については憶測しかできないが、もう一つの希望……生きて欲しいというのはどういう意味か理解できた。
「どうか……」
「……そりゃ叶えてはやりたいが。その内撤退した敵はここに戻ってくるだろう。それに今さら外に出ても、もう逃げ場はない」
「いいえ。まだ道は残されています」
そう言うとシャノーラ殿下は俺に視線を向ける。
「ヴェルトさん。あなたはこことは違う場所から来ましたね?」
「……ああ」
「その首飾り。それは元々、私が大幻霊石を用いて作った物。おそらく時を越え、この時代に戻ってきたのでしょう」
「どういう……意味です?」
そこから語られた内容は、俺にとって驚きのものだった。
殿下には元々、弟の様に可愛がっていた貴族がいたらしい。その貴族は南方征伐に出陣したが、その時にこの首飾りを手渡していた。
「何かあった時に、彼の身を守ってくれる様にと願いを込めて作成した物です」
「……その貴族はどうなったのです?」
「南方の有力な家の娘を娶り、新たに領地を得ました。元は私の婚約者候補の一人だったのですけれどね」
まさか……その貴族が、ディグマイヤー家の……? いや、ゼルダンシアの貴族だ。それはないか……?
「大幻霊石にはそれぞれ個別に司る力があるのです。そしてエル=グラツィアは時と空間を司っています。……ヴェルトさん。あなたは昔、ここに来る前に命の危機を迎えたのではないですか?」
「……ええ。幼少の頃、そんな目に合いました」
「やはり……。おそらくその時、エル=グラツィアと首飾りが時を越えて引き合ったのでしょう。そしてあなたはこの時代へとやってきた……」
持ち主の無事を祈る力が、空間転位という形で発現した。俺が時代をさかのぼったのは、そういう理由だったらしい。
「今なら残された大幻霊石の力と、未来から時を渡ってきたその首飾りを媒介にして、あなた方を元の時代に送れるでしょう」
「え……」
元の時代に……戻れる……?
「さぁ時間がありません。みなさん、こちらに……」
俺はふらふらとした足取りで大幻霊石の側へと向かう。5人も俺に続いて足を進めた。
「どうか……ここではないどこかで、ローガの最後の願いを聞き届けてください」
「……殿下。あなたも一緒に……」
シャノーラ殿下は首をゆっくりと横に振る。
「私はいいのです。それに私でなければ、あなたたちを未来には送れませんから」
「な、なら! 過去に送ってくれ! そこで俺は、ゼルダンシアが負けない様に立ち回る!」
しかしこれにも殿下は首を横に振った。
「媒介に使えるのはその未来からきた首飾りだけ。多少の誤差は生じるかもしれませんが、送れる時代はあくまであなたの元いた時代だけです」
「そんな……」
聞き分けのない子供を諭す様に、アックスは声をあげる。
「俺たちはどちらにせよお前に付いていく。後はお前次第だ。どうするんだ? 団長の願いを聞くのか、ここで散るのか」
言われてはっとする。そうだ。俺の判断には俺だけじゃない、5人の命もかかっている。
そしてローガの願いを活かすも殺すも俺次第なのだ。
「…………すまない。殿下、どうかよろしくお願いします」
「分かりました。……みなさん。今日までありがとうございました。ローガの……いえ。言わずともいいでしょう。……いきますよ」
大幻霊石と首飾りが眩い光を放つ。上を見上げれば、大幻霊石はビキビキと音を立てながらヒビが入り始めていた。
ヒビはさらに大きく走り、音を立てて大幻霊石が崩壊していく。そして首飾りは一層強い光を放つ。
「ああ……」
視界が白の世界で包まれる。この何も見えない光の向こうに、元の世界が広がっているのだろうか。
(だが例え元の時代に戻れても……! ローガの、そして群狼武風の戦いの日々は決して忘れない……!)
そうだ。俺はディグマイヤー家の長男である前に、群狼武風の傭兵なのだ。
改めてヴェルトという男を定義づけるものは何かと理解する。そしてゆっくりと目を開けた時。目の前には草原が広がっていた。
外から歓声が聞こえる。最後の戦いが始まったのだろう。
大幻霊石が収められた広間には、俺たちとシャノーラ殿下の他は数人の女官が残るのみ。騎士たちは外を固めていた。
その時に備え、俺は大剣を抜き放つ。そんな俺の元にシャノーラ殿下が近づいてきた。
「あの……」
「はい?」
「すみません、ヴェルトさんでしたよね。あなたの首飾りを見せてくれないでしょうか」
なんだ……? そういえば祝福を受けた時も俺の首飾りを気にしていたな。まぁここにきて特に断る理由はないか。
俺は首飾りを外すと、それを殿下に手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。…………。やっぱり、これは……」
殿下は難しい顔を見せていたが、俺に首飾りを返す。だが何か気になる点があったのは、顔を見れば明白だった。
「この首飾りがなにか? これは我が家に代々伝わるものなのですが……」
俺の言葉にシャノーラ殿下はやや目を大きく見開く。
「あの。つかぬ事をお聞きしますが……。ヴェルトさんはこことは違う、別の場所からやってこられたのではないですか……?」
「…………!?」
殿下の言葉を受け、今度は俺が両目を大きく見開いた。今のはどういう意味だ。ゼルダンシア王国以外から来た……というニュアンスではないよな。
「殿下……それはどういう……」
「ほっほ。そういえば坊は昔、自分は未来から来た貴族だとか言っておったのぅ」
「じいさん……だから坊はやめてくれって……」
いつの間にか背後にいたハギリじいさんに言葉を取られる。そういやこの中では、じいさんとガードンは幼少時代の俺を知っているんだった。
だがそんなじいさんの言葉を受け、シャノーラ殿下は両手で口を覆った。
「まぁ……! まさか本当に……!?」
……この反応、やっぱり何かある。もしかして俺がこの時代にやってきた原因について、何か知っているのか……!?
「殿下、あなたは……」
「きたぞ!」
殿下に問いただす暇もなく、アックスの声が響く。外からは何者かが近づいてくる音が聞こえていた。広間の扉を叩く音が聞こえる。
「ち……! もうここまで来やがったか……!」
「でもここの扉はそれなりに頑丈……」
次の瞬間、扉が轟音と共に爆ぜた。奥からは二本の剣と大鷲を模った文様が刻まれた鎧を身に付けた集団が現れる。
「裂閃爪鷲か……!」
先頭に立つ大男は、俺たちに一通り視線を向ける。
「ほう。さすがに気骨のありそうな奴らが残っているな。目的の姫、そして大幻霊石も無事な様で何よりだ。ノンヴァードの大幻霊石は既に砕け散ってしまったからなぁ……!」
「なに……!?」
「俺は裂閃爪鷲を束ねる者。団長のルードだ。そしてこいつらは魔法の祝福を受けし俺の配下たち。喜べ、お前たちの最後を彩るのは大陸最強の戦士たちだ」
こいつが……! 裂閃爪鷲の団長か……! ローガも負けじと一歩前へと進む。
「おうおう、てめぇが裂閃爪鷲の団長か! これまで随分と舐めた真似をしてくれたなぁ!」
「……お前は?」
「俺は群狼武風の団長、ローガだ! てめぇが神殿に来たのは僥倖だぜ、ここで叩き斬ってやる……!」
「ほう……! お前が群狼武風の英雄ローガか! くく……! だがなんだ、この人数は! 笑わせてくれる! お前ら! 雑魚を片付けろ! 俺はローガをやる! いいか、手を出すなよ!」
「はっ!」
両者から魔法の気配が高まる。ローガも大声を張った。
「こいつとは一騎打ちで片を付ける! てめぇら、頼むぞ!」
「おう!」
こうして群狼武風最後の戦いが始まった。多勢に無勢とはいえ、入り口は一つ。一気になだれ込んでくることは難しい。
「おおおお!」
俺たちも魔法を発動させる。だが敵も魔法の力を持っていた。アックスが、フィンが。ガードンが、ロイが。そしてじいさんもここを最後と決め、その刃を振るう。
「はぁ!」
俺も黒曜腕駆を発動させながら、次々と敵を斬っていった。ここでは大剣は振りづらいため、途中から黒い剣を現出させて戦う。
「うおおおお!」
考える前に動く。とにかく刃を振る。死力を振り絞る。一人でも多く、道連れにする。そんな気持ちを抱きながら大量の血を浴びる。
どれくらいそうしていたか分からない。これで斬ったのは何人目だろうと思った時、シャノーラ殿下の悲鳴が広間に響いた。
「ローガ!」
その声につられて視線を動かす。視線の先では、傷を負ったルードの持つ燃える剣が、ローガの腹部を貫いていた。
「……!」
「はっはっはぁ! さすがは英雄ローガ! 久しぶりにここまでの傷を負ったわ! おいお前ら! いつまで手こずっている! さっさと片付けねぇか!」
ローガ……! 腹部を貫かれたローガを見て、俺の視界が物理的に黒く塗りつぶされていく。内からさらに高まる魔法の気配。俺はその慟哭に身を委ねる。
「お……おおお……おおおおおおおおおお!!!!」
全身から黒い霧が溢れる。霧はそのまま全身を包みこむと、甲冑の様な外骨格を形作った。これまで腕を中心に覆っていた黒曜腕駆が、今は全身を包んでいる。
「ルーーーーードォオオオオオオオオオ!!!!」
「な……!?」
一瞬で距離を詰め、その顔面を殴りつける。ルードも抵抗して炎の剣を振るってきたが、俺の甲冑に当たると剣は弾かれた。
「なにぃ……!? 俺の魔剣が!?」
「おおおおおおおお!!!!」
さらに黒い霧が溢れ、周囲に剣が次々と生み出されていく。俺は生まれて初めて感じる強い感情にその身を委ね、ただただ腕を、足を動かし続ける。
「ああああああああああああ!!!!!!」
どれくらいそうしていただろうか。黒くなった視界が、さらに黒く塗り潰されていく。
「ヴェルト!!」
強く鋭い声で意識を取り戻す。気づけば広間は大きく崩壊しており、周囲には俺たち以外に生きている人影は見当たらなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「もういいヴェルト! 奴らは撤退した!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「落ち着け……! もうここに敵はいない!」
「はぁ、はぁ……! ……っ!?」
はっと顔をあげる。足元にはルードの死体が転がっていた。フィンはシャノーラ殿下と共にローガの側に立っている。
「俺は……」
「ローガ! まだ生きている!」
「!!!!」
俺たちはローガの元まで走る。ローガは呻きながらも目を開けた。
「ローガ!」
「あ、ああ……。シャノーラ、すまない……」
ローガの手がシャノーラの頬に触れる。シャノーラはただただ涙を流していた。
「へ……。これが俺の最後か……。愛する女の腕の中で死ねるのは本望だが、残して先に逝くことはやはり気がかりだ……。じいさん、これまで世話になったな……」
ローガはハギリじいさんに別れを告げる。じいさんは無言だった。
「ヴェルト……」
「…………」
「見ていたぜ……まったく。あんなすげぇ力があるなら、もっと早く使えってんだ……」
「ローガ……」
「今さら……言えた義理でもねぇが……。お前らには生きて欲しい……。どうか……俺の夢を……」
その言葉を最後に、ローガは動かなくなった。広間には殿下のすすり泣く声と、無言の俺たちが残される。しかしシャノーラ殿下はゆっくりと立ち上がった。
「殿下……」
「みなさん。どうかローガの最後の願いを聞いてやってください」
「…………」
最後の願い。夢については憶測しかできないが、もう一つの希望……生きて欲しいというのはどういう意味か理解できた。
「どうか……」
「……そりゃ叶えてはやりたいが。その内撤退した敵はここに戻ってくるだろう。それに今さら外に出ても、もう逃げ場はない」
「いいえ。まだ道は残されています」
そう言うとシャノーラ殿下は俺に視線を向ける。
「ヴェルトさん。あなたはこことは違う場所から来ましたね?」
「……ああ」
「その首飾り。それは元々、私が大幻霊石を用いて作った物。おそらく時を越え、この時代に戻ってきたのでしょう」
「どういう……意味です?」
そこから語られた内容は、俺にとって驚きのものだった。
殿下には元々、弟の様に可愛がっていた貴族がいたらしい。その貴族は南方征伐に出陣したが、その時にこの首飾りを手渡していた。
「何かあった時に、彼の身を守ってくれる様にと願いを込めて作成した物です」
「……その貴族はどうなったのです?」
「南方の有力な家の娘を娶り、新たに領地を得ました。元は私の婚約者候補の一人だったのですけれどね」
まさか……その貴族が、ディグマイヤー家の……? いや、ゼルダンシアの貴族だ。それはないか……?
「大幻霊石にはそれぞれ個別に司る力があるのです。そしてエル=グラツィアは時と空間を司っています。……ヴェルトさん。あなたは昔、ここに来る前に命の危機を迎えたのではないですか?」
「……ええ。幼少の頃、そんな目に合いました」
「やはり……。おそらくその時、エル=グラツィアと首飾りが時を越えて引き合ったのでしょう。そしてあなたはこの時代へとやってきた……」
持ち主の無事を祈る力が、空間転位という形で発現した。俺が時代をさかのぼったのは、そういう理由だったらしい。
「今なら残された大幻霊石の力と、未来から時を渡ってきたその首飾りを媒介にして、あなた方を元の時代に送れるでしょう」
「え……」
元の時代に……戻れる……?
「さぁ時間がありません。みなさん、こちらに……」
俺はふらふらとした足取りで大幻霊石の側へと向かう。5人も俺に続いて足を進めた。
「どうか……ここではないどこかで、ローガの最後の願いを聞き届けてください」
「……殿下。あなたも一緒に……」
シャノーラ殿下は首をゆっくりと横に振る。
「私はいいのです。それに私でなければ、あなたたちを未来には送れませんから」
「な、なら! 過去に送ってくれ! そこで俺は、ゼルダンシアが負けない様に立ち回る!」
しかしこれにも殿下は首を横に振った。
「媒介に使えるのはその未来からきた首飾りだけ。多少の誤差は生じるかもしれませんが、送れる時代はあくまであなたの元いた時代だけです」
「そんな……」
聞き分けのない子供を諭す様に、アックスは声をあげる。
「俺たちはどちらにせよお前に付いていく。後はお前次第だ。どうするんだ? 団長の願いを聞くのか、ここで散るのか」
言われてはっとする。そうだ。俺の判断には俺だけじゃない、5人の命もかかっている。
そしてローガの願いを活かすも殺すも俺次第なのだ。
「…………すまない。殿下、どうかよろしくお願いします」
「分かりました。……みなさん。今日までありがとうございました。ローガの……いえ。言わずともいいでしょう。……いきますよ」
大幻霊石と首飾りが眩い光を放つ。上を見上げれば、大幻霊石はビキビキと音を立てながらヒビが入り始めていた。
ヒビはさらに大きく走り、音を立てて大幻霊石が崩壊していく。そして首飾りは一層強い光を放つ。
「ああ……」
視界が白の世界で包まれる。この何も見えない光の向こうに、元の世界が広がっているのだろうか。
(だが例え元の時代に戻れても……! ローガの、そして群狼武風の戦いの日々は決して忘れない……!)
そうだ。俺はディグマイヤー家の長男である前に、群狼武風の傭兵なのだ。
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一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
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