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古の儀式 魔法の祝福

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「俺たちを明日、神殿に……?」

「その通りであーる! 私から陛下に提案したのであーる! 感謝するのであるぞ!!」

 屋敷ではローガを始め、各隊の隊長が集められていた。そこでカーライルは驚きの発言をする。

 なんと陛下は俺たちや騎士の一部に、魔法の祝福を与える決断をしたというのだ。これにはローガも驚いていた。

「カーライル殿。俺たちは貴族じゃない。それに今は国に金で雇われただけの傭兵だ。そんな俺たちに魔法の祝福を与えるなんて。間違いじゃないのか?」

「間違いなどではない。それだけ先の報告が大きく影響しておるのだ」

「ああ……」

 俺の隊が裂閃爪鷲と一戦やった報告はすでに全員に共有されていた。何人かの隊長が俺に視線を向ける。

「ノンヴァード王国も魔法使いの人員を増やし終えたら、明日にでも前線に投入してくるだろう。それが分かっていてこちらも手をこまねいている訳にはいかんのだ」

 理屈は分からなくもない。それに両国の魔法の力を持つ貴族の多くは、前線には出ていない。つまり魔法使いで戦場慣れしている奴は少ないのだ。

 これまで武功を挙げてきた戦士たちに魔法の力を授けるというのは、戦力アップという面で効率が良いとは思う。

 その分、貴重な魔法使いを失いやすいというデメリットもあるのだが。とはいえゼルダンシア王国も、人材の面で遅れはとりたくないのだろう。

「それにお主らは近く、我が国の騎士団として正式に認められる。今の隊長格には貴族位も与えられる」

「え……!?」

「まじかよ!?」

 カーライルの言葉に驚いた者は半分、特に反応を示さなかったのも俺を入れて半分くらいだった。

 事前に聞いていた者と、そうでない者の違いだろう。ローガはゆるく頭をかく。

「あー、ぬか喜びさせてもあれだから、あまり言ってなかったんだが。しかしカーライル殿。それは次の戦で俺たちが活躍したらという話では?」

「そう悠長な事を言っている場合ではないと、私が説得したのだ! お主らは実際、命を捨てて私の護衛任務を完遂してくれた。その恩に報いるのは、貴族として当然であろう。お主らも敵は魔法の力を持っているのに、無策で戦いたくはあるまい?」

 どうやらカーライルは俺たちの働きを高く評価してくれているようだ。死んでいった仲間たちに感謝だな。

「だがもちろん、反対する者たちも多い。そこで騎士団への加盟や貴族位はまだ与えられんが、魔法の祝福だけ与えようとなったのだ」

「そりゃありがたいが……。祝福は俺たち全員が受けられるので?」

「……本来ならそうしたいところではあるが。我が国の大幻霊石も、年々その濁りが強くなっておる。祝福を与えられる者は有限だ。具体的には各隊の隊長と、その隊の主だった者5名までだ」

 群狼武風は全部で7部隊ある。つまり全員で42名。これを多いととるか少ないととるかは微妙なところだな。

 俺と同じ様に考えている者が多いのか、誰も声をあげて喜ぶ者はいなかった。

(それに小競り合いならともかく、決戦ともなると敵も味方も魔法使いは多く投入されるはずだ。ゼルダンシアとノンヴァードの規模なら数百人はいるだろう。そしてノンヴァードは魔法使いを急増させつつある。42人の魔法使いが増えたところで、戦局にどこまで影響を与えられるかは未知数だな……)

 何より俺たちは今まで魔法というものを持たずに戦い続けてきた。実戦で使うまでに修練も必要になる。そんな時間があるかも分からない。

「明日の朝に迎えを寄越す。本来であれば神聖な儀式になるので、礼儀作法も必要なのであーるが。お前たちは貴族ではなく、特例という事なのでその辺りは省く。だが! ちゃんと身を清めておくのだぞ! 神殿には私の娘も務めておるのだ! 汗臭い匂いなど持ち込むでないぞ!」

 カーライルは要件を伝えると屋敷から去っていった。残った俺たちはそのまま会議を続ける。

「まさか貴族でもないのに、いきなり祝福を受けられる事になるとはなぁ……」

「へへ……魔法か……。楽しみだな……!」

 戸惑っている者、楽しみにしている者、反応はそれぞれといったところだな。ローガは俺たち一人一人に視線を巡らせる。

「群狼武風を立ち上げてもう20年か……。まさに上り詰めたって感じだな、おい!」

「団長……あんた祝福を受けられるのがそんなに嬉しいのか……」

「あったりめぇだろ! これまで敵でいたら厄介だった力を手にできるんだぞ!? それに俺もああいう不思議パワーを使ってみたかったんだよ!」

「めっちゃはしゃいでるぞ、この人……」

 とはいえ、俺も楽しみといえば楽しみなのだが。しかし陛下も思い切った決断をしたものだ。だが考えてみれば、それだけこの戦乱は佳境に入っている証拠なのかもしれない。

 今や人員と名声を兼ね備えた群狼武風を雇える資金力を持つ国は、ゼルダンシアとノンヴァードくらいになる。

 そしてノンヴァードと一戦交えた上にゼルダンシアから長く世話になっている以上、ここで俺たちに祝福を与えても裏切らないと判断したのだろう。

 実際、ここまで面倒を見てもらって裏切れば、俺たちはもうこの界隈にはいられないからな。

(もう少し真面目にローグルの授業を受けていれば、この戦争があと何年で終わるか分かったんだがなぁ……)

 そう。俺は「大昔の出来事なんて次期ディグマイヤー家当主には必要のない知識だ」と決めつけ、まともに授業を聞いていなかったのだ。

 まぁあの頃は過去の世界に迷い込む事になるなんて想像もしていなかったのだが。おかげで戦争がどういう形で決着するのか、その後はどうなるのか。大幻霊石が全て砕ける具体的な時期はいつなのかなど、重要な事は何も分からない。

 そう考えると知識というのは、いつどこで身を助ける事になるか分からんな……。




 
 翌日。俺たちは迎えの先導に従って、神殿へと赴いた。

 祝福を受ける者は、隊長の他に各隊5名まで。俺はその5名にアックスとフィン、ガードンにロイ、そしてハギリじいさんを選んだ。

「ふぉっふぉ。しかし良かったのか? 老い先短いわしを選んで」

「ああ。下手な兵よりじいさんに祝福を受けてもらった方が、俺の隊にプラスになる」

「ありがたいのぉ。わし、坊の部下になって良かったわい」

「坊はやめてくれ……」

 俺たちは吹き抜けになっている廊下を進み続ける。ロイは緊張していたが、アックスやフィンは面白そうに周囲を観察していた。ガードンはいつもと変わらず無表情で前を見ている。

「お……」

 足を進める事しばらく。俺たちは大広間に出た。奥には天井まで届く巨大な水晶が見える。だが水晶は、全体的に泥を被ったかの様な色をしていた。

「あれが大幻霊石か……」

 確かに濁っている。今にも砕けそう……には見えないが、一部が白い色を残している分、濁りがより強く強調されている。

 大幻霊石の周囲には白い装束を身にまとった女性たちが並んでいた。その中央に立つ赤い眼の女性が、一歩前へと出る。

「ようこそ。私はシャノーラ・ゼルダンシア。ローガ様以外は初めてですね」

「おう! ……じゃなかった、シャノーラ王女殿下におかれてはご機嫌麗しゅう……」

「ふふ。無理して合わせなくて大丈夫ですよ、ローガ」

 この女が……この国の王女か。しかしローガのあの態度。俺が元いた世界で傭兵が王族にあんな態度を取れば、即座に不敬罪が成り立つ。

 しかしこの世界ではローガほどの戦士であれば、ある意味王族に近い立場としてカウントされるのだ。

「シャノーラ殿下、どうしてここに?」

「はい。私は大幻霊石エル=グラツィアの巫女を務めているのです」

 エル=グラツィア……? 大幻霊石の呼称だろうか。俺の疑問に答えられぬまま、話は先に進む。

「祝福を与える事ができるのは、各王家の血を引く者だけなのです。ここからは儀式でもありますので、簡単にお話しさせていただきますね」

 シャノーラは大幻霊石を巡る歴史の話をしだす。いろいろ思うところがある俺は、話に真面目に耳を傾けた。

 どうやら今から数千年前、女神がこの世界に君臨したらしい。そして女神は8つの大幻霊石を人に与え、また特定の者を巫女に指名すると、その姿を消した。

 混乱はあったものの、やがて8つ大幻霊石と巫女を中心に、人は国家を形勢していく。世界は8つの大国といくつかの小国に分かれ、人は幻想歴という魔法文明時代を切り開いていった。

「昔は今よりももっと魔法の力を持つ者が多かったのです。そして魔法を利用した乗り物や、農業施設なども増え、人は今よりも豊かな時代を過ごしていました」

 そういえば俺のいた時代でも、昔は魔法先進文明があったとか言われていた。

 だがこの時代の生活レベルはあまり俺の時代と大きな違いはない。いや、確かに一部魔法を用いた噴水とか珍しいものはあるが。

「ですがいつしか大幻霊石は濁り始め、とうとう砕ける物もでてきてしまいました。そして今、残りの大幻霊石を巡って長い戦乱の時代になった事は、ご存じの通りです」

 本来の儀式であれば、この話を清書して王家への忠誠と共に王族の巫女に捧げるらしい。だが今回は特例で省かれた。

(要するに、歴史の話を通して今の王族が女神に選ばれた血筋であると認識させ。神聖視させると共に忠誠を強く誓わせる儀式という事か)

 シャノーラの話が終わると、いよいよ儀式が始まる。祝福は一人一人に与えられた。最初にローガが名を呼ばれ、大幻霊石の前に立つシャノーラの元へと向かう。

「汝、名を述べよ」

「ローガ」

「ローガ。エル=グラツィアの巫女であるこのシャノーラ・ゼルダンシアがあなたに祝福を与えます。跪きなさい」

「はっ」

 ローガは片膝をつけてその場で跪いた。シャノーラが目を閉じると、大幻霊石が僅かに輝く。やがてその輝きはローガに宿ると、身体に溶け込む様に消えていった。

「おお……」

「これで祝福は無事に終わりました。どの様な力を授かったのかは、使ってみるまで分かりません。錬兵所で試してくるといいでしょう」

「確かに、これは……! 分かる、分かるぞ! 俺にこれまでとは違う、別の力が宿ったのが……!」

「団長ー! 早くどいて下さいよー! あと41人もいるんですよー」

「うるせぇ! おい、お前ら! 終わったら真っすぐ錬兵所に来い!」

 そう言うとローガは、小躍りしながら神殿を出て行く。その様子をシャノーラは小さく笑いながら見ていた。

 それにしても確かに幻想的な光景だった。これが祝福か……。

 そうして他の者たちも祝福を受けていき、いよいよ俺の番になった。少し緊張しながらも俺はシャノーラの前まで移動する。

「……あら? あなた……」

「……? なにか?」

「いえ……その。綺麗な首飾りをしていらしたものですから……」

 そう言うと、シャノーラは俺の首飾りに視線を動かす。これは父より譲り受けた、ディグマイヤー家に伝わる家宝だ。由来は分からないが、当主に受け継がれている物らしい。

「……すみません、儀式を続けましょう。……汝、名を述べよ」

「…………ヴェルト」

 一瞬、どう名乗ろうか迷った。本来の名はヴェルトハルト・ディグマイヤーなのだが。

 ディグマイヤー家は存在しないし、ヴェルトハルトなんていかにも貴族らしい長い名は目立つ。そこで俺はずっとヴェルトとして生きてきた。

 まぁ実際傭兵として生きてきた名だ。間違いではない。

「ヴェルト。エル=グラツィアの巫女であるこのシャノーラ・ゼルダンシアがあなたに祝福を与えます。跪きなさい」

 これまで見てきた通り、俺はその場で跪く。そして問題なく魔法の祝福を受けたのだった。
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