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幻魔歴 過去の世界
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「う……」
俺は……寝ていたのか? ここはどこだ? 俺は何故外にいる……?
「……っ!」
そうだ……! 俺はローブレイト家の兵士に追われて……! 身体を起こし、周囲を見渡す。辺りは木の生い茂った森だった。
「ここは……ディグマイヤー領の森か……? 俺は昨日、確かに森を駆けていた。あれからどうなったんだ……?」
ローブレイト家の兵士たちは俺に気付いていた。もし途中で俺が意識を失ったのなら、捕らえているはずだ。なのに俺は、捕らわれておらず森で寝ていた。
アランとローグルは。母上にクイン、それにメルディアナはどうなったのか。そもそもディグマイヤー領は今、どういう状況なのか。全てが分からない。
「とにかく……ここから移動しないと……」
昨日あれだけ走ったのだ。喉も渇いている。
俺は街道の方向も分からず、感を頼りに森の中を歩き続けた。幸い川を見つける事ができたので、ゆっくりと喉を潤していく。
「く……! ディグマイヤー家の長男たる俺がこんな場所で生水を……! だ、大丈夫だよな……?」
なんという屈辱……! しかしローブレイト家は王家の許しを得ていたとはいえ、いきなり軍事行動に移してきた。普通ならあり得ない。
それに父上が隣領の動きを掴む前に兵を挙げられたというのも気になる。普通、戦には準備が必要になるものだからだ。
おそらくローブレイト家は王家の許しを得る前から、軍備を整えていた。初めから頃合いを見計らって、ディグマイヤー領を侵略するつもりだったのだろう。
「許さん……許さんぞ、ローブレイト家……! そして代々に渡るディグマイヤー家の忠義を裏切った王族め……!」
父上の話ぶりから、先王の跡を継いだ今の陛下とはあまり関係がうまくいっていない様子だった。今回の侵略と無関係ではないだろう。もしこのままローブレイト家にディグマイヤー領を乗っ取られたら……。
「いいや……! 父上の派閥に属する貴族は他にもいるはずだ……! いずれかの家に身を隠し、再起の機会を掴むのだ……!」
そうと決まればまずはこの森を抜けなければ。そして情報を集め、ローブレイト領から離れた領地を目指す。
今は俺も成人前の11才だが。いずれ大人になった時、奴らに復讐し……! その罪を贖わさせる……!
だが意気込む俺の気持ちとは逆に、腹は力を無くしたかの様に唸る。
「く……! お腹が空いたぞ……!」
何か腹に詰めなければ、このままでは復讐する前に餓死してしまう。かといって、この森に自生している物の中から、食べられる物の判別などつかない。
どうしたものかと考えていたが、俺の鼻は香ばしい匂いをかぎ取っていた。
「これは……?」
肉の焼ける匂いだ。匂いに食欲がより刺激され、さらに腹が鳴る。俺の足は匂いのする方へと向いていた。
「……!」
向かった先には切り開かれた場所があり、その中心部では火が焚かれていた。7人の男たちが火を取り囲み、肉を美味しそうに食べている。
「うめぇ!」
「森に逃げるしかなかった時は焦ったけどよぉ。意外となんとかなるもんだな!」
「まったくだ! 水場もあり、食うものは美味い!」
「だが塩がもう少しで尽きる。ずっとこのままという訳にもいかんぞ」
「わかってるがよ! 今はこうして生き残って食事にありつけているんだ! 食う事に集中しようや!」
男たちは全員、みずぼらしい恰好だった。ローブレイト家の兵士だったらどうしようかと思ったが、話ぶりや身なりからして、その線は薄い。むしろ何かに追われてこの森に逃げてきた様だった。
おそらくディグマイヤー領の兵士だろう。きっと領都を襲ったローブレイト家の兵士たちから逃げてきたに違いない。俺はそう断定し、男たちに姿を見せた。
「っ!? 誰だ!?」
「落ち着け。俺はヴェルトハルト・ディグマイヤーだ」
俺の名を聞いた男たちはポカンとした目でこちらを見ている。まぁ普通なら平民如きが直接対面できる相手ではないからな。きっと現実味がないのだろう。
「お前たち、領都から逃げてきたな。普通なら処刑だが、こうして俺を守る栄誉を手にしたのだ。お前たちの罪はこれからの働きをもって不問とする」
しっかりとした足取りで男たちに近づいていく。
ああ、それにしても本当に良い匂いだ。見たところ、焼いた肉に塩を振っただけというものだが、今の俺にはそんな粗末な物でさえご馳走だ。
「まずはその肉を捧げてもらうぞ。朝から何も食べていないのだ」
こう言えば、今にも慌てて肉を差し出してくるだろう。だが男の1人は俺の予想とは違い、何も持たずに立ち上がると俺に向かって歩いてきた。
「おい。聞いていたのか、俺は……」
記憶が飛ぶ。次に意識が戻った時、俺は空に視線を向けながら宙を飛んでいた。
「え……?」
さらに背中から地面に叩きつけられる。肺の空気が全て口から抜けていき、俺は倒れたまま動けなくなった。右頬に痛みを伴う熱を感じる。
「おい……いいのか? そいつ、身なりからして貴族じゃないか?」
「へっ! だからだろうが! こいつの衣服、高く売れるぜ! それにこいつ自身もな……!」
「そうだ。このままだと金も尽きる。どこか大きな街でこいつを売ってしまおう!」
「おお……! そりゃ名案だ! 見たところ剣なんて握った事もないような、華奢な体つきをしている! こいつは高く売れそうだ……!」
なんだ……!? こいつらは、何を言っている……!? 俺は地に倒れたまま、何とか声を振り絞る。
「おい……! 貴様、なんのつもりだ……! 俺を誰だと思って……!」
「うるせぇ!」
今度は髪を掴まれ、腹に拳を突き入れられる。またしても強制的に空気も吐き出され、何も話せなくなる。
「おい。売りもんにあまり傷をつけるなよ」
「刃物を使わなきゃいいんだろ。おら、まずはその生意気な口を直してやる!」
男は俺を持ち上げると、地面に叩きつける。その後も顔以外に俺は暴力を受け続けた。初めて直面する、逆らえない圧倒的な暴力。俺の心が屈するのは早かった。
「や……! やめろ……! やめて、ください……!」
「ああん? 人にお願いするには、態度ってもんがあるだろうが!」
さらに暴行を加えられる。俺はなすすべも無く男に衣服を剥ぎ取られた。後に残ったのは下着と父上からもらった首飾りだけ。
そんな裸同然の状態で、俺は地に頭をつけていた。いや、つけさせられていた。男に頭を掴まれ、顔を上げる事ができないのだ。
「思った通り、良い服着てやがるな! おい、この首飾りももらうぞ」
「だ、だめだ……!」
「あぁ!?」
「……っ! だ、だめなんです……! これは我が家に伝わる物でして……!」
「関係あるか! だいたいなんだ、ディグマイヤーってのは! 聞いた事もない家名を偉そうに持ちだしてきやがって……!」
「え……」
どういう事だ。ここはディグマイヤー領であり、ディグマイヤー家は王国貴族でも指折りの大貴族だ。それを聞いた事がない……?
「こんなところにいるんだ! 大方、どこかの貧乏貴族の生まれだろう! 武功を立てて祝福でも得ようと思ったのかぁ? 残念だったなぁ、お前は俺たちに……」
男の言葉が途中で止まる。そればかりか頭を抑える腕から力も抜けた。何事かと顔をゆっくりと上げる。
「え……」
俺の視界に映る男は、後頭部から口腔内にかけて一本の矢が生えていた。生暖かい血が俺に降りかかる。
「な……!」
「お、おい……! こいつら、いつの間に……!?」
気が付くと周囲は幾人もの武装した者たちによって囲まれていた。一人の男が獰猛な笑みを浮かべて一歩前へと出てくる。
「見つけたぜぇ~、盗賊団の残党どもがよぉ~」
「ひ……! ま、まさか……! 群狼武風……!?」
「おら、お前らぁ! やれ! だが坊主は傷つけるなよ!」
「おおおお!!」
決着は一瞬でついた。俺の目の前では、男たちが次々と矢と剣によって、その命を散らせていった。思えば人の死をこんなに間近で見るのは、初めての事だった。
■
「あれから12年か……」
あの時、俺を売りとばそうとしていた男たちは、当時辺りを騒がせていた盗賊団の生き残りだった。
彼らは領主が雇った傭兵団、群狼武風によって壊滅させられた。当時の俺は助かったと思い、自分の事情を彼らに話した。
だがディグマイヤーという名もローブレイトという名も知らないばかりか、ルングーザ王国も聞いた事がないと言われた。
「決定的だったのは、魔法の存在だったな……」
話を詳しく聞くうちに、驚くべき事が分かった。世界は今、人に魔法の祝福を与える大幻霊石を巡って、大きな争いの中にあったのだ。
群狼武風もそんな戦乱の世に英雄となるべく旗揚げされた傭兵集団だった。まさかと思い、俺は今は新鋼歴何年だと聞いてみた。
「新鋼歴? 何を言っている、今は幻魔歴410年だ」
幻魔歴。それはまだ魔法という理が世界に存在していた時代。俺はどういう訳か、過去の世界へと飛ばされていた。
俺は……寝ていたのか? ここはどこだ? 俺は何故外にいる……?
「……っ!」
そうだ……! 俺はローブレイト家の兵士に追われて……! 身体を起こし、周囲を見渡す。辺りは木の生い茂った森だった。
「ここは……ディグマイヤー領の森か……? 俺は昨日、確かに森を駆けていた。あれからどうなったんだ……?」
ローブレイト家の兵士たちは俺に気付いていた。もし途中で俺が意識を失ったのなら、捕らえているはずだ。なのに俺は、捕らわれておらず森で寝ていた。
アランとローグルは。母上にクイン、それにメルディアナはどうなったのか。そもそもディグマイヤー領は今、どういう状況なのか。全てが分からない。
「とにかく……ここから移動しないと……」
昨日あれだけ走ったのだ。喉も渇いている。
俺は街道の方向も分からず、感を頼りに森の中を歩き続けた。幸い川を見つける事ができたので、ゆっくりと喉を潤していく。
「く……! ディグマイヤー家の長男たる俺がこんな場所で生水を……! だ、大丈夫だよな……?」
なんという屈辱……! しかしローブレイト家は王家の許しを得ていたとはいえ、いきなり軍事行動に移してきた。普通ならあり得ない。
それに父上が隣領の動きを掴む前に兵を挙げられたというのも気になる。普通、戦には準備が必要になるものだからだ。
おそらくローブレイト家は王家の許しを得る前から、軍備を整えていた。初めから頃合いを見計らって、ディグマイヤー領を侵略するつもりだったのだろう。
「許さん……許さんぞ、ローブレイト家……! そして代々に渡るディグマイヤー家の忠義を裏切った王族め……!」
父上の話ぶりから、先王の跡を継いだ今の陛下とはあまり関係がうまくいっていない様子だった。今回の侵略と無関係ではないだろう。もしこのままローブレイト家にディグマイヤー領を乗っ取られたら……。
「いいや……! 父上の派閥に属する貴族は他にもいるはずだ……! いずれかの家に身を隠し、再起の機会を掴むのだ……!」
そうと決まればまずはこの森を抜けなければ。そして情報を集め、ローブレイト領から離れた領地を目指す。
今は俺も成人前の11才だが。いずれ大人になった時、奴らに復讐し……! その罪を贖わさせる……!
だが意気込む俺の気持ちとは逆に、腹は力を無くしたかの様に唸る。
「く……! お腹が空いたぞ……!」
何か腹に詰めなければ、このままでは復讐する前に餓死してしまう。かといって、この森に自生している物の中から、食べられる物の判別などつかない。
どうしたものかと考えていたが、俺の鼻は香ばしい匂いをかぎ取っていた。
「これは……?」
肉の焼ける匂いだ。匂いに食欲がより刺激され、さらに腹が鳴る。俺の足は匂いのする方へと向いていた。
「……!」
向かった先には切り開かれた場所があり、その中心部では火が焚かれていた。7人の男たちが火を取り囲み、肉を美味しそうに食べている。
「うめぇ!」
「森に逃げるしかなかった時は焦ったけどよぉ。意外となんとかなるもんだな!」
「まったくだ! 水場もあり、食うものは美味い!」
「だが塩がもう少しで尽きる。ずっとこのままという訳にもいかんぞ」
「わかってるがよ! 今はこうして生き残って食事にありつけているんだ! 食う事に集中しようや!」
男たちは全員、みずぼらしい恰好だった。ローブレイト家の兵士だったらどうしようかと思ったが、話ぶりや身なりからして、その線は薄い。むしろ何かに追われてこの森に逃げてきた様だった。
おそらくディグマイヤー領の兵士だろう。きっと領都を襲ったローブレイト家の兵士たちから逃げてきたに違いない。俺はそう断定し、男たちに姿を見せた。
「っ!? 誰だ!?」
「落ち着け。俺はヴェルトハルト・ディグマイヤーだ」
俺の名を聞いた男たちはポカンとした目でこちらを見ている。まぁ普通なら平民如きが直接対面できる相手ではないからな。きっと現実味がないのだろう。
「お前たち、領都から逃げてきたな。普通なら処刑だが、こうして俺を守る栄誉を手にしたのだ。お前たちの罪はこれからの働きをもって不問とする」
しっかりとした足取りで男たちに近づいていく。
ああ、それにしても本当に良い匂いだ。見たところ、焼いた肉に塩を振っただけというものだが、今の俺にはそんな粗末な物でさえご馳走だ。
「まずはその肉を捧げてもらうぞ。朝から何も食べていないのだ」
こう言えば、今にも慌てて肉を差し出してくるだろう。だが男の1人は俺の予想とは違い、何も持たずに立ち上がると俺に向かって歩いてきた。
「おい。聞いていたのか、俺は……」
記憶が飛ぶ。次に意識が戻った時、俺は空に視線を向けながら宙を飛んでいた。
「え……?」
さらに背中から地面に叩きつけられる。肺の空気が全て口から抜けていき、俺は倒れたまま動けなくなった。右頬に痛みを伴う熱を感じる。
「おい……いいのか? そいつ、身なりからして貴族じゃないか?」
「へっ! だからだろうが! こいつの衣服、高く売れるぜ! それにこいつ自身もな……!」
「そうだ。このままだと金も尽きる。どこか大きな街でこいつを売ってしまおう!」
「おお……! そりゃ名案だ! 見たところ剣なんて握った事もないような、華奢な体つきをしている! こいつは高く売れそうだ……!」
なんだ……!? こいつらは、何を言っている……!? 俺は地に倒れたまま、何とか声を振り絞る。
「おい……! 貴様、なんのつもりだ……! 俺を誰だと思って……!」
「うるせぇ!」
今度は髪を掴まれ、腹に拳を突き入れられる。またしても強制的に空気も吐き出され、何も話せなくなる。
「おい。売りもんにあまり傷をつけるなよ」
「刃物を使わなきゃいいんだろ。おら、まずはその生意気な口を直してやる!」
男は俺を持ち上げると、地面に叩きつける。その後も顔以外に俺は暴力を受け続けた。初めて直面する、逆らえない圧倒的な暴力。俺の心が屈するのは早かった。
「や……! やめろ……! やめて、ください……!」
「ああん? 人にお願いするには、態度ってもんがあるだろうが!」
さらに暴行を加えられる。俺はなすすべも無く男に衣服を剥ぎ取られた。後に残ったのは下着と父上からもらった首飾りだけ。
そんな裸同然の状態で、俺は地に頭をつけていた。いや、つけさせられていた。男に頭を掴まれ、顔を上げる事ができないのだ。
「思った通り、良い服着てやがるな! おい、この首飾りももらうぞ」
「だ、だめだ……!」
「あぁ!?」
「……っ! だ、だめなんです……! これは我が家に伝わる物でして……!」
「関係あるか! だいたいなんだ、ディグマイヤーってのは! 聞いた事もない家名を偉そうに持ちだしてきやがって……!」
「え……」
どういう事だ。ここはディグマイヤー領であり、ディグマイヤー家は王国貴族でも指折りの大貴族だ。それを聞いた事がない……?
「こんなところにいるんだ! 大方、どこかの貧乏貴族の生まれだろう! 武功を立てて祝福でも得ようと思ったのかぁ? 残念だったなぁ、お前は俺たちに……」
男の言葉が途中で止まる。そればかりか頭を抑える腕から力も抜けた。何事かと顔をゆっくりと上げる。
「え……」
俺の視界に映る男は、後頭部から口腔内にかけて一本の矢が生えていた。生暖かい血が俺に降りかかる。
「な……!」
「お、おい……! こいつら、いつの間に……!?」
気が付くと周囲は幾人もの武装した者たちによって囲まれていた。一人の男が獰猛な笑みを浮かべて一歩前へと出てくる。
「見つけたぜぇ~、盗賊団の残党どもがよぉ~」
「ひ……! ま、まさか……! 群狼武風……!?」
「おら、お前らぁ! やれ! だが坊主は傷つけるなよ!」
「おおおお!!」
決着は一瞬でついた。俺の目の前では、男たちが次々と矢と剣によって、その命を散らせていった。思えば人の死をこんなに間近で見るのは、初めての事だった。
■
「あれから12年か……」
あの時、俺を売りとばそうとしていた男たちは、当時辺りを騒がせていた盗賊団の生き残りだった。
彼らは領主が雇った傭兵団、群狼武風によって壊滅させられた。当時の俺は助かったと思い、自分の事情を彼らに話した。
だがディグマイヤーという名もローブレイトという名も知らないばかりか、ルングーザ王国も聞いた事がないと言われた。
「決定的だったのは、魔法の存在だったな……」
話を詳しく聞くうちに、驚くべき事が分かった。世界は今、人に魔法の祝福を与える大幻霊石を巡って、大きな争いの中にあったのだ。
群狼武風もそんな戦乱の世に英雄となるべく旗揚げされた傭兵集団だった。まさかと思い、俺は今は新鋼歴何年だと聞いてみた。
「新鋼歴? 何を言っている、今は幻魔歴410年だ」
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