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リスティアーナ女王国編

43 悪役主従と魔王城

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 そんなことがヴァールストレーム王国で起きていたらしいころ――。
 
「魔王陛下ぁー」
「え……まだそれ続けます?」

 僕はすっかり漆黒の屋敷に居座り、今も黒いビロードのソファに腰かけ、ケイトが用意してくれたいい香りのするお茶をすすって寛いでいる。すべての事態が収拾するまではこの場所にとどまりたいというケイトの意志を汲んで、僕たちは数週間もここで過ごしているのだ。
 だが、先ほど陛下から手紙が届いた。
 ライナスのことやサザランド連合国の企みについてはゼリコルデ・ハクレール三世♀に暗号の手紙を託したが、どうやらすべては一件落着となったようだった。
 それにしても――

「まさかアルフレッドが魔王だと思われてるなんてな……むぐっ」
「その名前は不快なので口にしないでください。でも、あんな男でもこうして役に立つこともあるんですね」
「むぅむむ」

 隣に座ったケイトからすかさず伸びてきた手に口を塞がれ、名前くらい別にいいのではないかなと僕は思った。でもこの議論はなんだかよくない方向に進むような気がして、僕は華麗に身を返し、方向転換を試みた。
 ソファの背によりかかり、ぽやっと漆黒の部屋を見渡す。黒塗りの壁、黒塗りの家具、黒いシャンデリア、窓の外まで真っ黒黒なこの不思議な邸宅のことを尋ねていなかったことを思い出したのだ。

「ところでケイト、ここはどこなんだ?」
「それですよ。まさか数週間もなにも聞かずに生活しているエマ様の図太さには本当に驚かされました」
「なッ」

 そ、そんな言い方しなくていいと思う! この屋敷はとても静かで、窓のない真っ黒な場所のわりには思いのほか快適だったのでちょっとごろごろしてしまっただけである。それなのに! と、憤慨した僕は今日こそはこのいけすかない恋人に物申してやろうと、勇んで口をひらこうとした。
 ――が、ケイトの言葉に遮られてしまった。
 
「何代か前の魔王の居城だそうです」

 暗黒竜の神殿の中にあるのだから、その可能性は高いとは思っていた。僕はギクッと体が震えるのを感じながら口にした。
 ということはここが――

「魔王城なのか……」
「そう、なりますね。趣味もなんか魔王っぽいです。イメージですけど」

 しばらく姿を見ていないが、暗黒竜はケイトに忠誠を誓っているようだったから問題はないのだろう。だが、たった今ケイトがさらりと口にした『何代か前の魔王』という言葉に、僕は背筋を震わせた。そんな秘匿された情報は、王妃教育を受けてきた僕のような人間でなければ知ることがないことで、ケイトが知らないのは当然のことだった。
 ケイトは自分が魔王であるという意識があまりないから、こうして口にしたのだろうが、内臓が凍りついたような感覚が走る。
 
(その魔王はもういない……)

 歴史上、一体何人の魔王が誕生し、去っていったのかは正確にはわからない。
 この大陸の歴史を思えば、五百年生きている妖精王だってすべてを把握しているわけではないだろう。だが、僕が知りうる限りの知識の中で言えば、大半の魔王は、寿命で死ぬわけではない。世界が死ぬか、魔王が死ぬか、そんな歴史を繰り返しているのだ。
 世界が滅ぼされるたびに残された文献は少なくなっていく。だからすべてを知っている人間はいない。
 ぎゅっと拳を握りしめる僕を見て、ケイトが不思議そうな顔をした。

(僕が生きている時代の魔王は絶対に死なせない。僕が生きている時代は絶対に平和にしてみせる……!)

 ここに住んでいた魔王のたどった末路については、あとであのかわいい暗黒竜に聞いてみたい。
 そう思いながら、僕はその決意を新たにした。
 そして、そういう意味でも、僕は――……

(早く強くなって、精神的にも肉体的にも、たくましいヒゲの猛者を目指す!)
 
 だけど僕はもうちゃんとわかっている。
 それは、決してケイトに心配をかける形であってはいけないのだ。
 僕はケイトのそばで、ケイトに守ってもらっていることをちゃんと知りながら、少しずつ自分を鍛えていかなければならない。
 僕がガバッと一気にお茶を煽るのを見て、ケイトは「なんか嫌な予感がする」と変なことをぼやいた。
 だけど僕が、お茶の隣にあったクッキーに手を伸ばし始めたのを見たケイトが尋ねてきた。
 
「そういえば。オレとケンカしたあとって、妖精王と一緒にすぐあの森に戻ったんですか?」
「そういえば、妖精王はどうしたんだろう。大丈夫だろうか」
「人の話聞いてますか。妖精王は勇者と一緒だから大丈夫でしょう。まあ、いつ勇者が攻めてくるかはわかりませんが」

 助けてやったんだから貸しはあるけど、とケイトがつぶやくのを聞いて、僕は首をかしげた。

「ライナスはケイトのことを倒しに来たりはしないだろう?」
「……いえ、いろんな意味で攻めてくる可能性はあるんです」
「なんだ? ここに宝でもあるのか。たしかに絶世の美女でもいたなら、攻めてきそうな気もするけど」

 僕が笑いながらそう口にすると、ケイトは死んだ魚のような目になった。
 だけどその死んだ魚のような目を見て、僕はふと思い出したことがあった。

「そうだ。ケイトとライナスが一緒に魚の鍋でもつついたら世界が平和になるんじゃないかと思ったんだ」
「……それで解決するようであれば、この世界は小学校くらいの知能レベルで運営されてる気がしますね」
「ん? よくわからないが、違うんだケイト。そう思ってたんだが……」

 そうなのだ。僕はそのために妖精王と一緒にあの黄金の魚と格闘したわけなのだが――
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