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リスティアーナ女王国編

37 悪役主従とイカ・後

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 まるで小さな子どもがそう言ったかのような愛くるしい声に、目をキラキラさせて見ていると、鼻を鳴らしたドラゴンがぷいっと僕から目をそらした。小さな顔に大きな金色の瞳をつけた黒いドラゴンは庇護欲をそそり、僕が遭遇したアイスドラゴンと同じドラゴンだとは思えないほどだった。
 なんだろうあのかわいい生き物は……と思いながら、肩に乗せているケイトが羨ましくて仕方なかった。

「これがさっきまでここにいた魔王だ。お前が探していた暗黒竜」
「……あ、暗黒竜? それが???」
「無礼な人間だな。地獄の業火で消し炭にしてやろう」

 そう言った瞬間に、その小さなドラゴンの口から黒い炎がアントンのほうへと吹きかけられた。
 僕が目を丸くしていると、次第に弱まった黒い炎の中から、アントンを守るように立てているライナスの大剣がきらめいた。相変わらずのかわいい声でドラゴンが言った。

「フンッ……こんなのが勇者とはな。今すぐにでも喉元を掻っ切ってやりたいわ」
「だめだ。この勇者は証人になるからな」
「魔王陛下に生かされたその命、大いに役立てよ」
「…………チッ」
 
 おい、今こやつ舌打ちしたぞとギャーギャー騒いでいるドラゴンを見ながら、僕の顔は緩みっぱなしだった。偉そうなかわいいドラゴンかわいい。
 だが、冷や汗をだらだらと流しながらアントンが言った。
 
「ま、魔王? エマさんの恋人が魔王?? 一体どういうことですか?」
「不本意ながらその通りだ。そしてオレはこの世界を滅ぼしたくもない。元から世界を滅ぼしたいのは、お前たちだけだ」

 驚愕に目を見ひらくアントンに、ケイトがいろんなことを説明していく。僕は体を起こしてもらいケイトの胸に寄りかかって、その様子を見つめていた。
 ほっとして頭がぼんやりとしてきた。
 アントンは自分でも言っていた通り、最初からライナスの味方ではなかったのだろうか。
 テオでも見えた妖精の姿は、勇者と行動を共にしてきたはずのアントンには見えなかったのだ。それが、ただ悲しかった。
 一体いつからアントンはライナスを騙していたんだろう。二人は気を許しあった関係に見えたのに。
 僕がしゅんとしている間に周りには黒装束たちがわらわらと集まってきていた。
 ケイトが静かに尋ねた。

「サザランド連合国から秘密裏に、平民を煽動してリスティアーナ女王国を陥れるように命令されていたな?」
「そんなわけないだろう……ッくそ」
 
 ライナスにぐっと大剣を喉元に突きつけられて、アントンは悪態をついた。その様子はすっかり幼なじみに向けた顔ではなかった。
 勇者の幼なじみを使ってそんなことをしようだなんて、なんて強欲な国なんだろう。
 一度舞踏会で見た、ネジャリフ元首が竜の目玉をころころと指先で転がしていたのを思い出し、僕は嫌な気持ちになった。

「ああ、その通りだよ! こんな国滅びてしまえばいいし、魔王が本当に実在するなら、世界ごと壊してしまえばいいと思ったよ! 勇者を倒してなあッ!」

 キッと背後にいるライナスをアントンが睨んだ。
 そして、今まで抑え込んでいたすべてを吐き出すかのように言葉を続けた。

「同じ……同じ孤児だったのに。ゴミみたいな生活をしてた仲間だったのに! お前はその顔ですべてを手にして、マリアまでも遊んで捨てて、今までだって好き勝手やってきただろう! それなのに! なんだ! 勇者だって??? ふざけんなよ!! お前ばっかりが主人公かよ!!!」
「マリアって……」
「目の前で好きな女を取られた僕の気持ちがわかるかよ! その上、そんな気はなかったって捨てられてるのを見た僕の気持ちは!!!」

 二人が言い合っているのを見て、黒装束たちがざわざわとどよめきだした。
 必死そうなアントンに反して、ライナスは相変わらずのめんどくさそうな顔で、はーっとため息をつきながら言った。

「……逆恨みじゃねーか」
「そうだよ!!! 悪いかよ!!! 国から任務をもらった瞬間に、僕は思ったんだ。ついにライナスを陥れるチャンスが巡ってきたって!!!」

 アントンの目には涙が浮かんでいた。
 ライナスはそれを見て「いいことなんてなにもねーよ」と小さく吐き捨てるように言った。
 二人の世界を巻き込んだケンカを見て、なんだか僕とケイトのケンカみたいだなと少しだけ思った。それも多分、ライナスが適当そうな態度を崩さないからかもしれない。
 
「あーあ。俺は友達にもこんな風に思われて、まじで勇者なんていいことねーよ……アントン、お前がなったらいいじゃん」
「はあ???」
「お前が勇者やれよ。俺、従者としてサポートしてやるから。それでいいじゃん……だめか?」
「そ、そういう問題じゃない!!!」

 周りの黒装束たちも、今まで自分たちをまとめてきた人がギャーギャー喚いているのを見て、動揺しているようだった。黒装束の下は多分、普通の村人なのだ。頭がぐらつけば、集団の意志も揺らぐ。

「そこの魔王がー世界滅ぼしたくねえって言ってんだからー。俺らはモンスター倒すぐらいしかすることねーし。お前がエマにしたことは許さねーけど」
「僕だってマリアのことは許さないよ!!」
「じゃあお前勇者としてまわってみろよ。マリアよりずっといい女が『勇者様ぁ~』つって、胸擦りつけてくるぞ」

 もはやこの二人のケンカはサザランド連合国がどうこうという話ではなくて、いやらしい笑みを浮かべたライナスがにやにやしながらそう言うのを聞いて、僕は思った。
 あれ……なんでライナスって妖精見えるんだろう。

「僕はマリアが好きなんだよ!!」
「わかったって。だからやってみたらいいだろ。サザランド連合国がリスティアーナ女王国を陥れようとしてたんだ。それは魔王なんかより世界の均衡を揺るがすだろ。とりあえず俺らは、王様たちの前で証言しなくちゃいけないだろ。めんどくせー」
「…………そしたら、僕だけ牢屋じゃねーかよ。くそ」
「捕まんねーよ。俺の――勇者の、従者なんだから」

 目を丸くするアントンを嫌そうに見つめると、ライナスが「文句あんなら普通に言えよ。めんどくせー」と吐き捨てた。
 それから、ケイトにチラッと視線をやって、ため息まじりに言った。 

「まさか魔王に助けられるとはな……」

 心底嫌そうにライナスがそう吐き出すのを聞いて、あ……ケイトが助けてあげたんだ、と思ったら、魔王みたいな恐ろしい笑顔で恩を売ってやったみたいな顔をしている魔王がいてびっくりした。
 僕は眉尻を下げながら笑って、ケイトの胸に頬を擦りつけた。
 なんだかすべてが終わった途端に、ほっとして力が抜けてしまった。

「ケイト。……あとのことはどうするつもりだ?」
「それは、正義の味方がどうにかしてくれるでしょ……それより――エマ様」
「ん……けいと」

 妙に自分の声が甘いなと感じて、不思議に思う。
 いまだに縛られたままの手をどうして解いてくれないんだろうと、ぽやんとした頭で思った。ケイトのあたたかな腕の中で、ケイトの心臓がとくんとくんと優しい鼓動を奏でるのを聞いて、うっとりしてしまう。
 ケイトのもとに戻って来れてよかった。幸せな気持ちが胸いっぱいに広がった瞬間だった――。

「どうやら生贄が捧げられてるみたいなんですよ、オレに」

 ――――ん?
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