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リスティアーナ女王国編

33 悪役主従と下ごしらえ・前

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(はあ……本当に生贄にされる日がくるとは)
 
 魔導灯に照らされた洞窟の入り組んだ道を僕は黒装束たちに囲まれながら歩いていた。
 僕のこの身がイカであったのなら前提条件は変わってくるが、ケイトがこんな洞窟で生贄が捧げられるのを待っていることはないだろう。
 あれだけ生贄じゃないと叫んでケンカ別れしたというのに、僕は完全なる生贄であった。
 ちーんという残念な鐘の音が頭の中に響く。
 以前、ケイトを守りたいといきりたったあげく、奴隷商人に捕まってしまったという史上最低なかっこ悪さを僕は今まさに更新しようとしていた。
 
 そもそも生贄というものはなにをされるものなんだろうか。

 僕が以前『魔王』にいだいていたイメージを考えれば、美しい人間を食べるイメージで彼らが生贄を用意している可能性は高かった。だとすれば僕はこれから調理されるのかもしれない。僕の記憶がたしかであれば僕はおそらくイカではなかったと思うのだが、導かれた先に大きなフライパンが置いてあったらどうしようと僕はふるりと身を震わせた。
 前に遭遇した涙目の美少年を思い出しながら、僕は魔王視点で考えてみれば、やっぱり活き造りの可能性が濃厚かもしれないという考えに行き着いた。
 隣を歩く黒装束の男に僕はおずおずと尋ねてみた。
 
「あ、あの……魔王は……魔王様はどんな方なんだ」
「……残忍な方だと聞いている。生贄の悲鳴が絶えず、最後には骨も残らないそうだ」
「…………ほ、骨も」
「だが生贄に選ばれたことは名誉あることだ。誇りに思え」

 じゃあぜひとも代わってもらいたいと僕は思った。
 ケイトのところに戻ろうとして妖精王が転移をした結果この場所に出たのだから、もしかしたらケイトがいるんじゃないかとひそかに期待していた。骨も残らないとだけ聞けば、もしかしたらケイトが魔王として生贄を逃してるのかもとも思う。でも悲鳴が絶えないのであれば、きっと魔王の偽物がいるのだろう。
 やっぱりダメか……と思いながらため息をついて、ハッとする。

(僕はまた……ケイトに助けてもらおうとして……)

 一体どこへ連れて行かれるのか、重い足をとぼとぼと動かしていると、以前ケイトと一緒に下を覗いていた場所に出た。
 ケイトと一緒だったときはこんなことになるだなんて思ってもみなかった。冗談で生贄の話をしてたのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 そんなことを考えながら、ちらりと下の空洞に目をやって僕はヒュッと思い切り息を呑んでしまった。ゴホゴホッと咳き込む僕を見て、黒装束たちの足が止まる。

「ああ……そうだ。あそこに座っておられるのが魔王陛下だ」
「あッ……あれが?」

 以前、魔王崇拝の人間たちが集まっていた空洞にある段上には、大きな椅子が置かれていた。
 そこに座っていたのは、竜の骨のような頭に巨大な黒いマントを被った怪物だった。骨の奥には暗闇が広がり目だけが赤く光っていて、お化けのようにも見える。座ることができているのだから理性みたいなものがあるのかもしれないが、玉座よろしくその大きな椅子の周りに靡いている黒いカーテンはボロボロに切り裂かれていた。
 テオと一緒に訪れた聖泉のようなものがあるのだから、自我を持つ高位のモンスターが魔王崇拝の組織と手を組んだのだろうか……と思っていると、黒装束たちがおかしなことを言い出した。

「あんなにも美しいお姿だとは思わなかった……」
「は?」
「美しい? それよりは男前でかっこいいだろ」
「俺にはおどろおどろしく恐ろしい姿に見えるぞ」

 どういうことだろうと首をかしげているとまとめていた男が「私語は慎め」と言ったので会話は終わりになってしまった。せっかく情報を聞き出すチャンスだったのにと、僕は縛られた手で拳を握りしめた。
 あれが魔王なんだとすれば、僕は食べられてしまう可能性が高い。
 きょろきょろと逃げ道を探してみるが、ライナスや妖精王を置いて逃げた僕になにができるだろうかと悲しい気持ちになる。
 
(いや、凹んでる場合ではない。最後まで希望を捨てないで考えるんだ……)

 ギィッと音を立てて重そうな木の扉がひらいた。
 天井から鎖が垂れているのが見えて、一体なにをする場所なんだろうと僕は身をすくませた。次の瞬間――ビリビリと音を立てて、着ていた服をナイフで引きちぎられてしまった。

「や、やめ……な、なにを」

 貴族として育った僕はもちろん侍女たちに服を脱がせてもらったことはあったが、こんな風に大人数の前で裸をさらしたことはなかった。しかも相手は侍女でもなんでもない男たちである。ひんやりとした洞窟の温度に身を縮こまらせ俯くと、ボロボロの布切れになってしまった僕の服が床に散らばっているのを見て、さらに悲しい気持ちが広がった。
 まとめていた初老の声の男が言う。

「生贄の準備を。だが肌に直接触れるな。この生贄は特別だ」
「特別ってどういうことすか?」

 内心、そうだそうだ! どういうことだ! と思いながら、その男の言葉を待つ。
 僕が白百合のように美しいことは周知の事実だが、どう特別なことをされるのかが気になってビクビクしてしまう。だが、男が変なことを言い出した。
 
「――……魂が美しいから、きっと魔王様にとって最高の生贄になるだろう」

 まずすぎる答えだった。最高級の生贄認定されてしまったことは仕方ないかもしれないが、魂が美しいだなんて。妖精王でもないくせに、一体なんでこの男はどうやって魂を見ているんだと、僕まで死んだ魚のような目になってしまった。周りの黒装束たちにも動揺が走る。
 だが、そうこうしている間に、天井の滑車からガラガラと重そうな鎖が垂れ、それは僕の手首の縄に繋がれた。少しずつ鎖が巻き上げられ、つま先だけが床についているギリギリの位置で吊るされてしまった。

「あッ……うわ!」

 抵抗すらできないその態勢に驚く間もなく、次の瞬間には頭から水をかけられ、全身に鳥肌が立つ。手袋を嵌めた黒装束たちに体を念入りに洗われながら、さすがに恐ろしくなってきた。

(どうしよう……こんなことされて、、ケイト……)

 尻をぐいっとひらかれ、ヒッと息を呑んでいると中にぷるんとした球を中に押し込まれてしまった。
 奴隷市にいたときよりも、きっと状況はまずかった。お腹の中に広がる違和感に全身に震えが走った。つま先の状態のまま小刻みに震えていると、初老の声の男が近づいてきて耳元で囁いた。

「大丈夫だよ。中を勝手に綺麗にしてくれる魔導具なんだ。リスティアーナ女王国の貴族たちが使ってる」
「……え?」

 その優しい声色に僕は思わず目を瞬いた。
 近くで見たその男の瞳はどこかで見たことのあるような茶色で、僕はぽかんと口を開けた。

(え? え? い、今のって……)

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