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リスティアーナ女王国編
29 悪役主従とバターナイフ・後
しおりを挟む「た、大変だ! 妖精王! あの神殿にはケイトがいるんだ。ライナスはケイトに挑みに行ってしまうかもしれない!」
ケイトのことを守らねばと僕が奮い立っている間に、ケイトがライナスと対峙してしまっては困る。
だが、そんな慌てる僕に相反して妖精王は冷静に口にした。
「そうはならないと思う」
「え?」
「あそこには暗黒竜もいる。それから、魔王を倒すのにはあの勇者では力不足だわ」
ライナスが大剣を振るだけで大地を揺るがしていたことは妖精王を見ていたのに、ずいぶんと確信した言い方だなと僕は思った。気は動転していたが、僕は先ほどの妖精王の蹴りを思い出しながら言った。
「武闘派のおばあさんの見立て」
「有益な情報をあなたには与えないことをここに誓う」
「すまなかった。どうか有益な情報をください」
僕はご高齢の武闘派に対する礼儀を重んじ、すぐに頭を下げた。
そんな僕の様子を見て、妖精王がフンッと鼻を鳴らした。どうやら続きを教えてくれるようだった。
「あの勇者には決定的に足りないものがあるわ」
「決定的に?」
あれほどの実力を持つ強き者、そして、魂も美しいのだと言われたライナスに足りないものは一体なんだろうと僕は考えた。
そして、ハッと息を呑んだ。
自分の腕を組んでいた妖精王は「あら、わかったの?」とばかりに右眉をあげながら、僕に視線を流した。先ほどの妖精王がそうであったように僕にも確信があった。そうか、言われてみればどうして気が付かなかったのだろうと僕は思った。
ごくっと喉を鳴らし、僕は厳かに口にした。
「ヒゲだな」
「違うわッ!」
おや、どうやら違ったらしい。だが、足りないものがなにかを妖精王が知っているのであれば、問題解決はそんなに難しくないだろう。
パシャンと水音が響いたのはそのときだった。
てっきり森の中にいると思っていたが、どうやら近くに泉でもあるのだろうか。そう思っていると、妖精王が言った。
「勇者に足りないものがこの先の泉にある。それは……」
妖精王の視線を追って目をやると、木々の間から水面が見えた。だがその小さな泉は太陽に照らされているとはいえ、妙に金色に光っている気がして僕は首をかしげた。
その瞬間――僕ほどの背丈の巨大ななにかが跳ねたのが見えた。
黄金色の肢体、その鱗の一枚一枚にうっすらと繊細な模様が浮かんでいた。この世のものとは思えない美しい魚だった。
(も、もしかして……)
妖精王はさっきまでの僕の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。
ここが一体どこなのかはわからないが、目をこらすと泉の内側が金色に輝いているように見える。妖精王がなにか説明をしようとしている雰囲気だったが、ピシャと水音が聞こえた僕は咄嗟に唇の前で指を立て制止をうながした。そして、僕は小声で妖精王にケイトの平穏を……いや、世界を救うための計画を発表した。
「あの魚を鍋に入れて二人に食べさせよう」
「厳しいのでは」
僕はじりじりと泉へ近づきながら腰につけていた短剣を取り出し、構えた。
僕は曲がりなりにも魔王と共に旅をしている人間である。そして不本意ではあるが、こと魚の捕獲に対しては通常の人間よりも多くの経験をしているであろうことが予想された。
僕は泉を舞うように泳いでいる魚に目をやった。
(きっとやれる……!)
ケイトの喜ぶ顔を思い浮かべる。僕が右手に短剣を構え左手に風魔法の準備をしていると、妖精王が信じられないものを見るような目で僕を見た。
「え……あなたまさか本当に鍋を作るために?」
「妖精王。あの魚を鍋にできるかどうかということに、この世界の命運がかかっているんだ」
「そんなバカなことある? ていうかどうやって捕まえる気なの」
僕は、じっと妖精王を見つめた。
僕にじっと見つめられた妖精王は首をかしげた。だが、視線を外さない僕を見ていた彼女はなにかを察知したようだった。
「……まさかあなた。私を、妖精王である、この私を、魚の囮にしようだなんて思ってないわよね」
「大丈夫だ。ああいった大型の魚が妖精を食べるという記述を見たことはない。好むのは比較的大きめの虫だ」
「虫! ってちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
なにやら焦った妖精王が僕を引き止める声を上げた気がしたが、僕は勢いよく駆け出した。
そして、叫んだ。
「鍋を捕まえる!!!」
その姿が魚を目の前にしたケイトにそっくりであることに、僕が気がつくことはない。
僕はぐっと拳を握りしめ、打倒勇者を再度心に決めた。待っていろライナス。お前の頬が落ちるほどの鍋をケイトが作ってみせる。
お前が――お前が――!
「ケイトにバターナイフをちらつかせる前に!」
「なんかいろいろ違うからあああッッ!」
鍋の火蓋は――落とされた。
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