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リスティアーナ女王国編
27 悪役主従と勇者・後
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この前会ったときライナスは余裕のある態度でいたのを思い出し、僕はもしかしてまた腹が痛いのかもしれないなと思い始めていた。妖精王もどこか憐れむような表情を浮かべている。
ライナスが口をひらいたり閉じたりしながら、なにかを言おうとしているように見える。
腹が痛いのなら、その辺りの柱の影で用を足してきてくれても僕は問題ないよ……と言おうとしたとき、むっと唇を引き結んだライナスが尋ねた。
「……待って。エマ、教えるってなんのことだと思ってる?」
「え? 剣を教えてくれるんじゃないのか?」
「あ! 剣ね!!!」
真っ赤な顔で大声を出したライナスが、バツが悪そうに小麦色の髪をかきあげた。
森で振り下ろされたライナスの剣筋は、見ているだけで痛快だと感じるほどの威力だった。なにか勘違いしていた様子だったので、僕はライナスに僕の覚悟が伝わるといいなと思いながら大剣を見ながら続けた。
「ああ、すごいなって思ってる。ライナスのたくましい腕に身を委ねたら……すごく、気持ちよさそうだ」
「……言い方な」
「そこだけは同意してあげましょう」
ライナスと妖精王が同じような死んだ魚のような目になっていることに気づかず間もなく、僕はどきどきと胸を高鳴らせていた。
僕がたくましいヒゲの猛者になるための最短ルートを確保したようなものだった。ライナスは僕を弟子にしてくれるだろうかと思っていると、ぎゅっと手を握られて、僕は顔をあげた。
「……あの恋人のために剣教えてほしいってこと?」
「ああ、守りたい気持ちは変わらない」
妙に真剣な表情になったライナスが、僕の覚悟を測ろうとしているかのように僕を見た。
僕がじっとライナスの瞳を見返しながらそう言うと、スンと薄青色の瞳に影が差した。なぜか逃さないぞとばかりに、僕の手をしっかり握ったライナスが尋ねた。
「――あいつ、魔王なんじゃないの?」
「……ッ」
突然の指摘に僕の体はビクンッと大きく震え、その振動はライナスに伝わってしまった。
しまった――! と、僕は思った。ライナスがどういうつもりでそんな質問をしてきたのかはわからない。だけど、あれほど公の場で表情や態度に感情を乗せない練習をしてきたというのに、僕はすっかり気を抜いてしまっていた。
サアッと全身から血の気が引いていく。
ライナスが「あ」と小さく洩らす声が聞こえ、そして、さっきまでの友好的な表情はどこへ消えてしまったのかというほど、ライナスの顔から表情が消えた。
どっどっど、と心臓が嫌な音を鳴らし始め、口からは「え、あ、」となにも意味をなさない音だけが洩れた。
握られた手はびくともしなくて、冷や汗が流れた。ライナスの顔は無表情だったけど、明らかに失望させたことがわかった。
「ふうん」
「手……は、放して、ライナス」
「――知ってて、恋人やってんだ。エマは」
「ライナス! 違う。違うんだ……手を、手を放して」
出会ったときのライナスとはまったく違う。
それは、僕が『魔王の恋人』であると知った普通の人間の、普通の反応だった。
ぎゅっと掴まれた手から冷たい感情が流れてくる。じわっと視界が滲む。
悔しかった。ケイトのことをなにも知らないくせに。僕とケイトのことをなにも知らないくせに。魔王なんて言葉だけで、ケイトは世界を滅ぼそうとしているわけじゃないのに。それなのにあからさまな負の感情を向けられて、僕は悔しかった。
それから、気がついた。
(生贄だなんて……そんなこと。ケイトが魔王じゃなかったら僕だって言わなかった……)
僕もケイトを『魔王』と知っていて、あんな言葉を選んでしまったことにようやく気がついた。
どうしようと焦る気持ちが大きくなる。
(きっと……ケイトを傷つけてしまった)
ぐっと涙を堪えながら、怖い顔をしたライナスを睨んだ。
ケイトに謝るまでは、この場をどうにか切り抜けないといけない。
ライナスがケイトをよく思っていないことは明らかだった。そして、僕がケイトの恋人であることを知られてしまった。事態は最悪だった。
だから僕は、これ以上に最悪な想定をまったくしていなかった。
「俺、――勇者なんだよ」
「……え?」
耳から音は聞こえてきたのに、内容を理解するまでに時間がかかった。
だけど僕の体はその最悪すぎる事態を察知して、凍りついた。固まってしまった僕を見ながら、ライナスが目が笑っていない笑顔を作りながら言った。
「俺が、勇者なんだよ」
ヒュッと変に息を吸い込んでしまって僕がむせているのを見ながら、ライナスが無邪気に笑った。
「あーあ。どうするエマ? 俺、魔王の恋人、捕まえちゃった」
頭の中はまっしろだった。
今の今まで、ライナスに剣を習ったらケイトも見直してくれるかも! だなんていうことを花畑のどまん中で考えていた自分を消し去ってしまいたい。手は相変わらずビクとも動かない。自分の役立たずっぷりに嫌気がさした。
陛下から勇者選出の動きがあることは聞いていた。いつ神託が降ったんだろう、ライナスが本物の勇者なんだろうかと、いろんな疑問が瞬時に頭をかけ巡る。
じわっと滲む視界の中、目の前に薄緑色の美しい羽が立ちはだかったのはそのときだった。呆然とするライナスの額を、小さな足がスコンと蹴飛ばした。
「ま、そうはいかないけどね」
そんなつぶやきの直後、ライナスは近くにあった柱にめり込むように吹っ飛ばされた。
そして、その小さな足の持ち主――妖精王は、くるりと僕の周りを回ると、その場から僕たちは姿を消したのだった。
ライナスが口をひらいたり閉じたりしながら、なにかを言おうとしているように見える。
腹が痛いのなら、その辺りの柱の影で用を足してきてくれても僕は問題ないよ……と言おうとしたとき、むっと唇を引き結んだライナスが尋ねた。
「……待って。エマ、教えるってなんのことだと思ってる?」
「え? 剣を教えてくれるんじゃないのか?」
「あ! 剣ね!!!」
真っ赤な顔で大声を出したライナスが、バツが悪そうに小麦色の髪をかきあげた。
森で振り下ろされたライナスの剣筋は、見ているだけで痛快だと感じるほどの威力だった。なにか勘違いしていた様子だったので、僕はライナスに僕の覚悟が伝わるといいなと思いながら大剣を見ながら続けた。
「ああ、すごいなって思ってる。ライナスのたくましい腕に身を委ねたら……すごく、気持ちよさそうだ」
「……言い方な」
「そこだけは同意してあげましょう」
ライナスと妖精王が同じような死んだ魚のような目になっていることに気づかず間もなく、僕はどきどきと胸を高鳴らせていた。
僕がたくましいヒゲの猛者になるための最短ルートを確保したようなものだった。ライナスは僕を弟子にしてくれるだろうかと思っていると、ぎゅっと手を握られて、僕は顔をあげた。
「……あの恋人のために剣教えてほしいってこと?」
「ああ、守りたい気持ちは変わらない」
妙に真剣な表情になったライナスが、僕の覚悟を測ろうとしているかのように僕を見た。
僕がじっとライナスの瞳を見返しながらそう言うと、スンと薄青色の瞳に影が差した。なぜか逃さないぞとばかりに、僕の手をしっかり握ったライナスが尋ねた。
「――あいつ、魔王なんじゃないの?」
「……ッ」
突然の指摘に僕の体はビクンッと大きく震え、その振動はライナスに伝わってしまった。
しまった――! と、僕は思った。ライナスがどういうつもりでそんな質問をしてきたのかはわからない。だけど、あれほど公の場で表情や態度に感情を乗せない練習をしてきたというのに、僕はすっかり気を抜いてしまっていた。
サアッと全身から血の気が引いていく。
ライナスが「あ」と小さく洩らす声が聞こえ、そして、さっきまでの友好的な表情はどこへ消えてしまったのかというほど、ライナスの顔から表情が消えた。
どっどっど、と心臓が嫌な音を鳴らし始め、口からは「え、あ、」となにも意味をなさない音だけが洩れた。
握られた手はびくともしなくて、冷や汗が流れた。ライナスの顔は無表情だったけど、明らかに失望させたことがわかった。
「ふうん」
「手……は、放して、ライナス」
「――知ってて、恋人やってんだ。エマは」
「ライナス! 違う。違うんだ……手を、手を放して」
出会ったときのライナスとはまったく違う。
それは、僕が『魔王の恋人』であると知った普通の人間の、普通の反応だった。
ぎゅっと掴まれた手から冷たい感情が流れてくる。じわっと視界が滲む。
悔しかった。ケイトのことをなにも知らないくせに。僕とケイトのことをなにも知らないくせに。魔王なんて言葉だけで、ケイトは世界を滅ぼそうとしているわけじゃないのに。それなのにあからさまな負の感情を向けられて、僕は悔しかった。
それから、気がついた。
(生贄だなんて……そんなこと。ケイトが魔王じゃなかったら僕だって言わなかった……)
僕もケイトを『魔王』と知っていて、あんな言葉を選んでしまったことにようやく気がついた。
どうしようと焦る気持ちが大きくなる。
(きっと……ケイトを傷つけてしまった)
ぐっと涙を堪えながら、怖い顔をしたライナスを睨んだ。
ケイトに謝るまでは、この場をどうにか切り抜けないといけない。
ライナスがケイトをよく思っていないことは明らかだった。そして、僕がケイトの恋人であることを知られてしまった。事態は最悪だった。
だから僕は、これ以上に最悪な想定をまったくしていなかった。
「俺、――勇者なんだよ」
「……え?」
耳から音は聞こえてきたのに、内容を理解するまでに時間がかかった。
だけど僕の体はその最悪すぎる事態を察知して、凍りついた。固まってしまった僕を見ながら、ライナスが目が笑っていない笑顔を作りながら言った。
「俺が、勇者なんだよ」
ヒュッと変に息を吸い込んでしまって僕がむせているのを見ながら、ライナスが無邪気に笑った。
「あーあ。どうするエマ? 俺、魔王の恋人、捕まえちゃった」
頭の中はまっしろだった。
今の今まで、ライナスに剣を習ったらケイトも見直してくれるかも! だなんていうことを花畑のどまん中で考えていた自分を消し去ってしまいたい。手は相変わらずビクとも動かない。自分の役立たずっぷりに嫌気がさした。
陛下から勇者選出の動きがあることは聞いていた。いつ神託が降ったんだろう、ライナスが本物の勇者なんだろうかと、いろんな疑問が瞬時に頭をかけ巡る。
じわっと滲む視界の中、目の前に薄緑色の美しい羽が立ちはだかったのはそのときだった。呆然とするライナスの額を、小さな足がスコンと蹴飛ばした。
「ま、そうはいかないけどね」
そんなつぶやきの直後、ライナスは近くにあった柱にめり込むように吹っ飛ばされた。
そして、その小さな足の持ち主――妖精王は、くるりと僕の周りを回ると、その場から僕たちは姿を消したのだった。
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