悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️4/30新刊

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リスティアーナ女王国編

22 悪役主従と竜・前

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「美しいな……ケイト」
「ええ。暗黒竜が眠る場所って聞いて想像してたとこよりは、ずっと」

 門をくぐった暗闇の先には、ヴァールストレーム王国の王城でも見たこともないほどの、高くそびえたつ柱が何本も何本も続く、ひんやりとした空間が広がっていた。地下宮殿とでもいうのだろうか。どこからか採光がされているらしく、光の道が何本も上方から差し込んでいて美しい。
 地下水脈でも流れているのか柱のところどころに木の根が絡みついていて、ケイトと僕が踏み入れたこの場所が過酷な砂漠の真ん中だということを忘れてしまいそうなほど、神秘的な光景であった。

「誰かが作ったんだろうか……」
「まあ、封印されてるわけでないなら、前時代の魔王が作ったってことでしょうか」

 カツンカツンとケイトと僕のブーツの音が鳴り、話し声はその空間に大きく響いた。
 本当にこの先に暗黒竜が眠っているというのならば、僕達の声は筒抜けだろうというほど、静かな場所であった。悪魔じみていたのは門のところだけで、何代も前の魔王が作ったにしてはとても静かで美しい神殿だと思った。

(そもそも、暗黒竜に『神殿』だなんて……不思議だ)
 
 たまにどこかの天井に穴でも空いてるのか、サラサラと砂の音が聞こえた。暗黒竜のなんたるかはわからないが、それはまるで砂時計の砂が落ちるようで、ゆっくりと時間が流れている中で竜が静かに眠っているのを想像させた。神殿と呼ばれるのが少しだけわかる。

(どんな魔王が、どんなことを考えて、暗黒竜をここで眠らせることにしたんだろう……)

 ケイトが魔王でなければ、僕はこんなことを考えることはなかっただろう。魔王の気持ちも、暗黒竜との関係も、人格があることさえも思いつきもしなかった。
 相変わらず強ばった顔で僕の肩に座っている妖精王を見ながら、僕はぽつりと尋ねた。

「妖精王は暗黒竜に会ったことがあるのか?」
「あるっていうか……大抵が敵対してるときだからね。でも、なんていうか犬みたいなものよ」
「「――犬?」」
 
 ケイトと僕は目を見合わせて、妖精王の言葉の続きを待った。

「あんまり自分で考えるタイプじゃなくて、尻尾振ってついてく感じよ」
「……ひどい言われようだな」
「犬……そうなんですね。じゃあ、悪い存在ではないってことですか?」

 ケイトがそう尋ねるのを聞いて、妖精王は心底嫌そうな顔になった。
 
「なんていうか方向性が間違ってるのよ。ともあれ、振った尻尾で何万人も死ぬんだから、あれは天災みたいなものよ」
「方向性?? …………え、天災って制御できないってことじゃないですか」

 ケイトがそんなことを訊いたら、妖精王は「そう思うなら起こさないことよ」と吐き捨てるように言った。
 それを聞いて僕は思った。

 ――……たしかに起こさなければいいのでは?

 あれ、そもそもケイトはどうして暗黒竜のところに来たんだったっけ? と首をかしげていると、例の男が暗黒竜の神殿を探してるらしいって聞きました、とケイトが説明してくれた。
 暗黒竜の神殿を探しているなんて、随分と傲慢な気がする。もしかしてあの黒装束の男は自分が魔王にでもなろうとしているのだろうか。ケイトはあの黒いローブの下の男の顔を見たのかな。
 ぼうっとそんなことを考えていると、柱の影から音もなく、僕と同じくらいの大きさの巨大なサソリのモンスターが姿を現したのはそのときだった。

(サンドスコーピオン……近づきすぎなければなんとか倒せるだろう)
 
 僕は急いで剣を抜き構えたが、ずいっと僕の前に出たケイトの背中にすぐにかばわれてしまった。

「エマ様、下がって」
「……け、けい……」

 僕の胸の前にケイトの左腕が立ちはだかったかと思うと、ケイトの右手から黒い煙のようなものがくゆり、それはシュパッとサンドスコーピオンを切り裂いた。そして、核となる魔石だけを残して、散るように消えていく姿を見て、思わず震えが走る。

(闇魔法で刃を……形も残らないのか)

 魔王のなんたるかはわからないが、ケイトの闇魔法のレベルは、僕が知らないうちにどんどん魔王じみてきているように思う。普通の剣戟のようでいて、その形すらも葬り去ってしまう闇魔法に、僕は驚いていた。
 でも――そうではない。僕はムッとしながらケイトに言った。

「サンドスコーピオンくらい、僕だって倒せる」
「わかってます。念のためです」

 念のため。別に悪いことではないはずだ。僕が気にしすぎなんだろうか、と思ったが、やっぱり違う気がした。
 僕はケイトに向かって、声をあげた。

「だが、僕だって! ちゃんと……!」
「エマ様。待って、たくさん出てきたみたいだから。下がっててください」
「ちょ……」

 僕と妖精王を背にかばったケイトの手から広範囲に闇が広がっていくのを見て、僕の中で不安や焦燥も一緒に広がっていくような気がした。
 わかってる。ケイトが強いことなんてわかっているのだ。だって相手は魔王だ。勇者が強いと思うのと同じくらい、当たり前のようにこの世界の中で一二を争う強大な力を持つ存在であることは間違いなかった。
 でも――それでも!
 僕はケイトに背を向け、後ろから近寄ろうとしているサンドスコーピオンに向かって一歩踏み出した。ケイトだって後ろに目はついていないのだから、背中くらい守らせてくれたっていいと思った。ライナスに剣を教えてもらったことも、僕の気持ちを後押しした。
 そして、「え? え?」と僕の肩で慌てている妖精王に力強く頷くと、サンドスコーピオンに向かって剣を振り下ろした。だが――

(か、固い……!)

 剣の先から伝わってくる、鋼鉄のような感触。これはもしかしたら切るよりは刺したほうがいいかもしれないと思い、一歩下がって態勢を立て直す。だが、サンドスコーピオンの長い尻尾が僕のことを追ってきたことに気がつかなかった。慌てて剣で防ぐが、弧を描き強く振り下ろされたそれに押し負けて、膝をついてしまった。
 目にも止まらなぬ速さで、すぐに黒いもやのようなものが僕と対峙していたサンドスコーピオンに巻きついたかと思うと、高く宙に放り出されてたそれはシュパッという鋭い音をたて、跡形もなく消え失せた。のしかかっていた重みが急になくなったことで、僕は尻餅をついてしまった。その瞬間、手のひらに痛みを感じ、うっと小さく声が出る。
 ケイトの腕がすぐに僕の腹に回り、ぐいっと立ち上がらせた。

「え、エマ様!!」

 青ざめたケイトが、鬼気迫る声色で僕に叫ぶのを聞いて、ようやく自分の手のひらから血が出ていることに気がついた。
 転んだ拍子に地面にあった鋭い石で手を切ってしまったようだった。戦いでの負傷ですらないその傷が恥ずかしくて、かあっと頬に熱が集まった。大丈夫だ、と言おうとしたところで、僕は息を呑んだ。
 血を流す僕の手のひらに、必死にケイトが青い回復液をかけているところだった。
 それは、前にも見たことのある光景だった。スゥッと自分の傷が消えていくのを見ながら、僕は心臓を掴まれたみたいに動けなくなった。

(かすり傷……こんな小さな、かすり傷ひとつで……)
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