47 / 72
リスティアーナ女王国編
20 悪役主従と異国の都・後
しおりを挟む「あ! これはすごいんだぞケイト。聞いていろ」
「なんですかそれ」
「げ~い"~ど~~だべじゃう"ぞ~」
地を這うようなおぞましいしゃがれ声を出した僕に、ケイトが目を丸くした。
僕の手には小型の魔導具……というか、工芸品に近いしかけの施された小さな輪が乗っていた。ケイトがびっくりして固まるのを見て、僕はくすくすと笑って満足した。前に商人のテオが、僕に買ってきてくれたことがあるのだ。
見た目は太い指輪を二つ重ねたような小さな筒でしかないのだが、これはリスティアーナ女王国の伝承に出てくる魔導具なのだ。作り方を聞いてみれば簡単で、内側に風魔法がしかけられているだけらしいのだが、唇に当てたまま話すと声が恐ろしい声色に変わる。
筒の部分は銀でできていて、物によってはいろんな模様が細工されていて美しい。僕が手にしたものには白百合の彫り物がされていて、自然と笑みが洩れた。
「この国に伝わる御伽噺があって、悪き者に追い詰められた兄弟が怖い声を出して追い払ったっていう伝承があるんだよ……って、ああッ!」
し、しまった。悪き者の最たる人物に伝承を浴びせてしまった……! と、僕は固まった。
青ざめたままケイトのことをちらっと見ると、ケイトは死んだ魚のような目をしていた。
「…………別に吹き飛ばされたりしてないんで、大丈夫ですよ」
「そ、そうか!」
以前、ペルケ王国の聖泉で、僕は『悪き者』として吹っ飛ばされたことがあったことを思い出し、冷や汗をかいた。だが、うっかりしていた。ケイトがあまりにも魔王っぽくないから……いや、たまに魔王っぽい顔をしているときもあるが、いつも忘れてしまうのだ。
うっかり聖なる道具とかを何気なく近づけたりしてしまって、僕がケイトをやっつけてしまっては困る。
ん?
でもよく考えてみたら、打倒魔王を掲げているのだから、僕がなにかしらの聖なる道具をケイトに近づければケイトは平伏すのかもしれないなと思った。「エマ様、おたすけを~オレが間違ってました~」と、童話に出てくるオーガのように泣きながら、過保護の檻を解いてくれるかもしれない。
だが、それで本当にケイトがやっつけられてしまっては困るので、やっぱり違うなと僕は首を振った。
魔導具を指でつまみながら、その繊細な百合の細工を見ているとケイトが言った。
「まさか買うんですか? やめてくださいよ。オレ、エマ様の声すごく好きなんです」
「え? そうなのか」
「はい。はじめて聴いたときから……海みたいに透き通った綺麗な声だと思ってて」
思い出すように、ふっと優しい笑顔になったケイトを見て、僕も昔を思い出した。
はじめて会ったときのケイトは、本当に迷子のように青ざめていた。今の余裕たっぷりの態度からは想像もできないが、仕事を失い、路頭に迷っていたのだから、きっと本当に大変な目にあったのだろう。
はじめは随分整った顔をしているなと思ったくらいだったが、そのあと一緒に過ごしていくうちに、いつの間にか好きになってしまった。あのとき出会えたことを僕は何度も思い返しているが、ケイトもそんな優しい顔になるくらい大切にしてくれているのだなと、僕は目を細めた。
それにしても、ケイトが僕の声を好きだなんて知らなかった。
打倒魔王を掲げる僕は、昨日も一人で喘がされてしまったことを思い出し、仕返しをしたい気持ちがむくむくと胸の中で大きくなった。僕の声が好きだと言うのなら、きっと効果があるはずだと確信しながら、ちょいちょいと手を曲げてケイトを近くに呼んだ。
そしてケイトの耳元で、できるだけ艶っぽく聞こえるといいなと思いながら、囁いた。
「――僕もケイトの声が、好きだよ」
「ッ……」
ケイトの声は穏やかでいてよく通る。
その声で優しく耳元で意地悪なことを言われると、僕はいつもその優しい声色と意地悪な内容に混乱してしまう。ケイトが言ってたような『透き通った海』みたいないい表現は思い浮かばなかったけど。
ケイトの耳がちょっと赤くなっているのを見て、僕はフフンと鼻を鳴らして言った。
「怖い声よりも僕の声のほうが脅かせそうだし、その魔導具はいらないかなー?」
「エマ様……調子に乗ってると知りませんよ。今日は宿屋に泊まるんですからね」
「――……へ!?」
百合の模様が綺麗だから記念に買いましょうか、とにやにやしたケイトが続けていたが、僕はどきどきしてしまってそれどころではなくなってしまった。固まっている僕の手にそっとケイトの長い指が絡まった。すりっと指先を撫でられて、なんだか夜を想像してしまう僕はもう、穢れているのかもしれない!
おそらく真っ赤になっているであろう僕は、こそこそと口に当てた布を反対の手で上げながら、ケイトの手を引かれ歩き出した。
「夜、楽しみですね」
「――……あ、あの、ケイト」
「オレ、エマ様の綺麗な声が溶けてくのも、聞くのすごい好きなんです」
「~~ッッ」
くそうと思いながら僕が奥歯を噛みしめていると、ケイトは「あ」となにかを思い出したようで、小さな声で僕に言った。
「そういえば生贄……なんですけど、どうやら捧げる日が決まってるみたいなんですよ。だから、捕まってしまった人たち用の部屋には細工をしてきたんですけど、当面は多分大丈夫だと思います」
「そ、そうなのか。それはよかった」
「多分、あのまとめてた男が不在なことも関係してるんでしょうね」
それを聴きながら、なるほどと僕は頷いた。
あの集団には生贄を逃そうとした人物もいるようだったし、今はその男のあとを追うべきかと思った。観光スポットである泉を抜け、土産物屋の屋台が立ち並ぶエリアを満喫した僕たちは、市場のほうへと足を向けた。
この王都は華やかで煌びやかで見るところに困らない。
やたら大きな通りには何台もの馬車が行き交い、歩道に植えられた花や街路樹は美しく管理され、それに沿うように重厚な面構えの商会がいくつも並んでいる。
すれ違う人々も裕福な貴族や商人が多いのか、みなどこぞの姫のような格好で歩き、荷物持ちの従者がいくつもの箱を抱えているのを何度も目にしていた。
近隣の町や村とは文明のレベルが違うと思ってしまうほどだ。
ライナスやアントンもいるかな、と思ったが、王都は物価が高いせいなのか冒険者の姿はちらほらとしか見えない。
ケイトが「あれ、食べてみませんか?」と、いい匂いのする屋台を指差したので、僕は目を輝かせて頷いた。どうやら香りのもとは、豆のペーストを油で揚げたものらしく、それを片手に二人で高台の公園に向かって歩き出す。僕の口元には布があるので食べづらかったが、湯気の立つ揚げ物を、布の下ではふはふと音をあげながら食べた。
貴族だったときは、こうして歩きながらなにかを食べるだなんて考えたこともなかったけど、できたては本当においしいものなのだ。
もぐもぐと口をいっぱいにしながら、僕はケイトの話に耳を傾けていた。
どうやらもう行き先は決まっているらしい。
「そうか。じゃあ次は南へ向かうんだな? どこなんだ」
「それが――実はこの王都の南側がゆるやかに砂漠につながっているみたいなんです。その辺りに行きます」
「ふうん……」
――砂漠?
12
お気に入りに追加
1,564
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
異世界で騎士団寮長になりまして
円山ゆに
BL
⭐︎ 書籍発売‼︎2023年1月16日頃から順次出荷予定⭐︎溺愛系異世界ファンタジーB L⭐︎
天涯孤独の20歳、蒼太(そうた)は大の貧乏で節約の鬼。ある日、転がる500円玉を追いかけて迷い込んだ先は異世界・ライン王国だった。
王立第二騎士団団長レオナードと副団長のリアに助けられた蒼太は、彼らの提案で騎士団寮の寮長として雇われることに。
異世界で一から節約生活をしようと意気込む蒼太だったが、なんと寮長は騎士団団長と婚姻関係を結ぶ決まりがあるという。さらにレオナードとリアは同じ一人を生涯の伴侶とする契りを結んでいた。
「つ、つまり僕は二人と結婚するってこと?」
「「そういうこと」」
グイグイ迫ってくる二人のイケメン騎士に振り回されながらも寮長の仕事をこなす蒼太だったが、次第に二人に惹かれていく。
一方、王国の首都では不穏な空気が流れていた。
やがて明かされる寮長のもう一つの役割と、蒼太が異世界にきた理由とは。
二人の騎士に溺愛される節約男子の異世界ファンタジーB Lです!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。