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リスティアーナ女王国編

12 とある旅人たちの会話・後

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 ギイッと錆びついた音を立てて、年季の入った木の扉がひらいた。
 ライナスとアントンが中へと一歩踏み出すと、そこかしこから値踏みするような不躾な視線が飛んでくる。
 なにも気にしないでズカズカと歩いていくライナスのあとに続きながら、アントンはびくびくと長身を縮こまらせた。
 この町のギルドは酒場につながっているようで、昼間だと言うのに大きな木製のジョッキでエールを煽っている冒険者たちは、小綺麗な格好をしている二人をみて嫌そうに顔を顰めた。

 壁に掲げられた木製の板には溢れんばかりのモンスター討伐の依頼板が貼られている。リスティアーナ女王国の王都であるレツィオーネ近郊の町だというのに、こんなにも討伐対象のモンスターが蔓延っているのかと、ライナスはうえっと小さく舌を出した。
 ちらりとアントンの目に入った討伐の報奨金も、微々たるものだった。
 近隣の村に住む人たちがなけなしの金を報奨金として提示しているのがわかる。
 前を歩いているライナスが「狂ってんな、この国」と、再度とんでもないことを口にするのを聞きながら、さすがに反論もできないとアントンは思った。でも、ライナスがそういうことを口にしてはまずいと思い、渋々なだめるような言葉を口にした。
 
「まあ、そんなこと言うなって……ライナス」
「別に俺が言わなくたって、そんなの国民が一番わかってるだろ」

 そうかもしれないけど、とアントンが言い淀んでいると、暗色のカウンターに並んでいたギルド職員の男にライナスは話しかけるようだった。
 同じ孤児院育ちでありながらも、アントンのように物怖じしないライナスは、堂々とよく響く声で要求を口にした。

「あそこ、依頼ありすぎてわかんないんすけど。一番凶悪なモンスターの依頼もらえます?」
「は……え? あ、えっと、Aランクの冒険者の方でしょうか」

 訝しげにライナスのことを見るギルド職員の男に、ライナスは自分の冒険者証をバンッとカウンターに叩きつけるように提示した。
 一見、鉄のプレートのようにも見える冒険者証は特殊な技術で作られている。この大陸中で共通の身分証で、モンスター討伐の功績によってランクが上がっていくシステムなため、冒険者証を見せればライナスの強さは一目瞭然なのだ。
 ともあれ、なんでそんな横暴な態度を取るんだろうとアントンは眉を顰めた。
 だけど、こんなやりとりもずっとライナスの横で見てきたアントンは、次に周りがどれだけの大騒ぎになるのかってことも知っていた。

「え、エス!!! Sランクの冒険者の方ですか!?」
 
 大概のギルド職員はライナスの冒険者証を見ると、思わず大声を上げてしまう。そして、その響き渡った声により、先ほどまで「装備ばっかりしっかりしてやがる」と悪態をついていたであろう周りの冒険者たちがみな振り返るのだ。
 丸太を組んで作ったかのような二階建てのギルドに、ざわざわと激震が走る。「まさか」「本当に?」「なんでこんなところに」と周りからの声が飛び交う中、困ったような顔をしたライナスが言った。

「お兄さん、声大きい」
「すッすみませッ」

 ハッと我に返ったギルド職員の男は片手で口を抑えると「たしかに、確認させていただきました」と震える声でライナスに伝え、先ほどの掲示板から一枚の依頼板を持ってきた。薄い板に雑に彫られた依頼内容を見て、まさかこんな大きなモンスターが王都近隣に存在するのかと、アントンは息を呑んだ。
 だけど、ライナスは「ふーん」とつまらなそうに目を細める、平然とした態度のまま言った。

「じゃ、これ。もらっていきますね」
「は、はい。じゃあこちらにサインをお願いします」

 依頼内容の確認や、完了時の対応について職員がライナスに話していく。その奥で「まさかこの短期間で二人もこの依頼を受けようっていう猛者が出るなんてな」と他の職員が話しているのを聞いて、アントンは首をかしげた。

(他にも強い冒険者の人がいるのか……?)

 だが、そんな疑問もライナスの「行くぞ」という一言でかき消されてしまった。
 ギルドに入ったときに感じた視線よりも、さらに重い視線を全身に浴びながらもアントンは背を丸めた。壁に沿って立っている女性冒険者にライナスはひらひらと手を振りながら、にこやかに退場した。
 
「毎度のことながら胃が痛いよ……」
「なんでだよ。別に気にすることないだろ。俺は強いし、モテるし、かっこいいしー」
「ほんとずるい……ライナスばっかり」
「今さらだろ。俺は昔から要領よくやってきてんだ。幼馴染のお前まで、態度変えてくれるなよ」
 
 アントンは鼻のそばかすを擦りながら、腹の中をすべて吐き出すかのような大きなため息をついた。だが、対するライナスもため息をつきたい気持ちなのは同じだった。
 
「それにしても、あんなモンスターが王都近郊にいるなんてほんと……」
「リスティアーナ女王国は、あんまり国が治安を気にしてないって聞くもんね。そのせいでその森だって、魔の森とか言われちゃってるわけだし」
「魔の森……へえ」
 
 ある意味があるのかよくわからない、いろんな石材がツギハギになった門を抜け、ライナスとアントンは目的地に向かって歩き出した。魔の森は馬で向かわないほうがいいと忠告を受けたのだ。
 大剣を背負ったライナスとは違い、アントンは短剣と弓矢を装備している。ライナスのように恵まれた体躯も、筋力もないアントンは、その目の良さを活かして弓矢で援護するという戦い方をするのだ。
 これから向かう先が森だというのだから、アントンの力も役に立ちそうだった。
 しばらく歩いていくと、周りに木々が増え始めてきた。
 魔の森というほど薄暗いイメージではなく、木々の間から柔らかな陽射し差し込み、二人の足元にこぼれ落ちていた。霧の深い森だという話だったから、もっと先に進めば暗くなっていくのかもしれないなとライナスは思った。
 そのとき、ライナスが思いついたことをふと口にした。
 
「魔の森っていうくらいだから、もしかしていたりしてなー」
「なにが?」

 足元の入り組んだ木の根に苦戦しながらアントンが顔を上げると、ライナスは前方をじっと見つめていた。
 なんだろう? と、アントンも前方に目をやると、立ち並ぶ木々がぽっかりと空いた場所があり、キラキラと光が差し込んでいるのが見えた。どうやらそこには誰か人がいるらしく、月色の髪がちらちらと木の影から覗くのが見える。
 ライナスはふっと口元に笑みを浮かべながら言った。
 
「見て。こんな森の中で、かわいい子がなんかやってる」
「ライナス、そういうのはほんともう懲り懲りなんだけど……」
「いいじゃん。こんな森の中で出会うだなんて、運命かも?」

 いつも通りの軽口でそんなことを口にするライナスに、アントンは死んだ魚のような目になった。
 だけど、そのあと続いたライナスの言葉を聞いて、アントンは冷や汗をかいた。

「魔の森だなんて魔王でもいるかと思ったけど、かわいい子に出会えるなんてついてる」
「ま、まお……!? な、なんでそんなこと突然……!」
「えー? だって、さっさと遭遇できるならそれに越したことないだろ」
「や、だってそれはまだ……」

 焦ったアントンが言い淀んでいると、ライナスはいたずらっぽく笑いながら続けた。
 
「でも今は、かわいい子のことで頭いっぱい」







――――――――
読んでくださって、どうもありがとうございます!
昨日3/3より各種オンライン書店で、
電子書籍の販売がはじまっております!!
楽天kobo(BL/TL)3位、Booklive2位、
シーモアでもAmazonでも上位につかせていただきました泣
本当に本当に、みなさんのおかげです。
引き続き、楽しんでいただけるように続編もがんばっていきます!
いつも本当にありがとうございます!
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