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リスティアーナ女王国編
11 とある旅人たちの会話・前
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「なあアントン、俺らどこ行けばいいんだろ」
「え、それ僕に聞くかんじ?」
「モンスターで困ってる人々を救えって言われても、漠然としすぎてない?」
「ライナス。僕はあくまでも付き添いなんだから、もっとそれらしくしてもらわないと困るよ」
リスティアーナ王国にある、とある小さな町を男が二人歩いていた。
気だるそうな顔であくびをしていた男――ライナスは、跳ね散らかった小麦色の髪をわしゃわしゃとかきあげた。
生理的な涙で潤ませている薄青色の瞳は半びらきで、だらしなさが滲み出ている。だが、その体躯は一目で鍛え上げられたものだとわかるし、キリッとした猫目のついた顔は整っていて、先ほどから何人もの女性が目を奪われていた。
隣にはひょろっとした長身の男――アントンが歩いていたが、誰も彼のことは見えてもいないというほどに、ライナスは人目を引いていた。同時に、アントンがそれほどまでに平凡な容姿をしているためとも言える。
アントンは鼻の頭にちらばったそばかすを擦りながら、ライナスに小言をこぼしているところだった。彼らは孤児院で共に育った幼馴染であり、二人は今、リスティアーナ王国を旅しているのだった。
「だって、この国あれだろ? 美しいモンスターは討伐してはいけないっていう法律あるんだろ。狂ってんな」
「仕方ないよ。醜いモンスターを倒すしかないでしょ……」
「俺がさ、"美しい"モンスター倒しちゃったら、それってどうなんだろ」
「あー……たしかに、その判定は……いや、やっぱりだめなんじゃない? ルールは守らないと……って! ちょっとライナス!」
大声でアントンに引き止められているのも気にせず、ライナスは歩いていた町の噴水のほうへと歩いていき、そして、その地面に落ちたハンカチを拾い上げた。そして、前方を歩いていた町娘の手を躊躇なく掴みながら言った。
「これ落としましたよ」
「えッ! あ、あの……手」
「あ……ごめんなさい。つい」
ぶわっと町娘の顔が赤く染まるのを見ながら、アントンはこの幼馴染のこういうところがあざといと思いながら、眉間に皺を寄せた。
そもそも、普通の男は「つい」女性の肌に直接触れるようなことはない。
後ろから手を掴まれれば、驚きと嫌悪感でいっぱいになるはずの町娘は、頬を染めてライナスを見つめている。対するライナスも恥ずかしそうな顔でその女性を見ながら、「つい」掴んでしまった手はそのままなのだ。
アントンは思った。
(手を離せよ……)
ハッとした様子を装ったライナスが、慌てて手を離し「すみません」と言うのを見ながら、アントンは死んだ魚のような目になった。
通常、見知らぬ男に手を掴まれた女性は、憤慨するか怯えるかどちらかだろう。だが、渡されたハンカチをぎゅっと握りしめ、まつ毛を震わせている女性はライナスの次の言葉を待つ体制である。
おそらく、ライナスの顔がいいからだ。
精巧な顔立ちをしているかと言えばそうではない。どちらかと言えば、童顔である。だが、その少年っぽさの残る顔でふわりと微笑むライナスの瞳には、しっかりと『男』が滲み出しているのだ。その差に、幾人もの女性たちが頬を染めるのをアントンはずっとライナスの横で見てきた。
(ほんと……こういう意外性みたいなの、好きなんだろうな……)
だが、ずる賢いこの男は「つい」なんなのか「何故」手を掴んでしまったかということを、決して口にすることはないし、自分から誘いをかけることもない。ただ困ったような顔で笑うだけだ。
女性の頬は赤く染まり、自分から声をかけるべきなのか悩んでいるのは明らかだった。
息をするようにそんな罠を張るライナスに向かって、女性たちは悪い花の匂いに誘われた蝶のように、それこそ「つい」口にしてしまうのだ。
「あの、もしよかったら一緒に――」
「ねえ、ギルドがあそこにあるみたいだよ。依頼見に行こう」
「…………」
「…………そうだな。ごめんね。じゃあ、また」
町娘は残念そうな顔をして、ライナスに向かってそっと手を振った。
ライナスが手を振りかえすのを見ながら、ふとその町娘にもう一度目をやったアントンは、牛乳を拭いた雑巾でも見るような顔で見られていることに気がつき、冷や汗をかきながら大股で歩き出した。
そんなアントンのことはつゆ知らず、ライナスの呑気な声が響く。
「息抜きくらいよくないー?」
「……せめてなにかしらのモンスター倒してからに息抜いてくれないかなあ!」
「えー?」
その気の抜けたライナスの返事に、アントンはすべてを吐き出すような大きな大きなため息をついた。
――――――
読んでくださって、ありがとうございます!
電子派のみなさん!明日から電子書籍の配信が、各種書店ではじまります!!
電子派のみなさんにも、"勝手に特典★感謝SSプレゼント"をニュースレターで明日配信する予定です。
国王とエマパパの過去編です。おたのしみに!
「え、それ僕に聞くかんじ?」
「モンスターで困ってる人々を救えって言われても、漠然としすぎてない?」
「ライナス。僕はあくまでも付き添いなんだから、もっとそれらしくしてもらわないと困るよ」
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気だるそうな顔であくびをしていた男――ライナスは、跳ね散らかった小麦色の髪をわしゃわしゃとかきあげた。
生理的な涙で潤ませている薄青色の瞳は半びらきで、だらしなさが滲み出ている。だが、その体躯は一目で鍛え上げられたものだとわかるし、キリッとした猫目のついた顔は整っていて、先ほどから何人もの女性が目を奪われていた。
隣にはひょろっとした長身の男――アントンが歩いていたが、誰も彼のことは見えてもいないというほどに、ライナスは人目を引いていた。同時に、アントンがそれほどまでに平凡な容姿をしているためとも言える。
アントンは鼻の頭にちらばったそばかすを擦りながら、ライナスに小言をこぼしているところだった。彼らは孤児院で共に育った幼馴染であり、二人は今、リスティアーナ王国を旅しているのだった。
「だって、この国あれだろ? 美しいモンスターは討伐してはいけないっていう法律あるんだろ。狂ってんな」
「仕方ないよ。醜いモンスターを倒すしかないでしょ……」
「俺がさ、"美しい"モンスター倒しちゃったら、それってどうなんだろ」
「あー……たしかに、その判定は……いや、やっぱりだめなんじゃない? ルールは守らないと……って! ちょっとライナス!」
大声でアントンに引き止められているのも気にせず、ライナスは歩いていた町の噴水のほうへと歩いていき、そして、その地面に落ちたハンカチを拾い上げた。そして、前方を歩いていた町娘の手を躊躇なく掴みながら言った。
「これ落としましたよ」
「えッ! あ、あの……手」
「あ……ごめんなさい。つい」
ぶわっと町娘の顔が赤く染まるのを見ながら、アントンはこの幼馴染のこういうところがあざといと思いながら、眉間に皺を寄せた。
そもそも、普通の男は「つい」女性の肌に直接触れるようなことはない。
後ろから手を掴まれれば、驚きと嫌悪感でいっぱいになるはずの町娘は、頬を染めてライナスを見つめている。対するライナスも恥ずかしそうな顔でその女性を見ながら、「つい」掴んでしまった手はそのままなのだ。
アントンは思った。
(手を離せよ……)
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通常、見知らぬ男に手を掴まれた女性は、憤慨するか怯えるかどちらかだろう。だが、渡されたハンカチをぎゅっと握りしめ、まつ毛を震わせている女性はライナスの次の言葉を待つ体制である。
おそらく、ライナスの顔がいいからだ。
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(ほんと……こういう意外性みたいなの、好きなんだろうな……)
だが、ずる賢いこの男は「つい」なんなのか「何故」手を掴んでしまったかということを、決して口にすることはないし、自分から誘いをかけることもない。ただ困ったような顔で笑うだけだ。
女性の頬は赤く染まり、自分から声をかけるべきなのか悩んでいるのは明らかだった。
息をするようにそんな罠を張るライナスに向かって、女性たちは悪い花の匂いに誘われた蝶のように、それこそ「つい」口にしてしまうのだ。
「あの、もしよかったら一緒に――」
「ねえ、ギルドがあそこにあるみたいだよ。依頼見に行こう」
「…………」
「…………そうだな。ごめんね。じゃあ、また」
町娘は残念そうな顔をして、ライナスに向かってそっと手を振った。
ライナスが手を振りかえすのを見ながら、ふとその町娘にもう一度目をやったアントンは、牛乳を拭いた雑巾でも見るような顔で見られていることに気がつき、冷や汗をかきながら大股で歩き出した。
そんなアントンのことはつゆ知らず、ライナスの呑気な声が響く。
「息抜きくらいよくないー?」
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