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リスティアーナ女王国編
03 悪役主従の故郷・後
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「うーむ、ヴァールストレーム王は、なにかお隠しなのではありませんかねえ?」
まるで蛇が舌をすするようにねっとりとした口調で話すのは、サザランド連邦の年老いた元首、ガローニャ・ネジャリフである。お決まりの頬杖のポーズから斜めにギルバートのことを見ながら、反対の指ではいつも首から下げているドラゴンの眼球をくるくると回す。
その様子に、ギルバートは眉を顰めながら訊いた。
「なにか、とはなんだ」
「ふふ、なにかはとはなんでございましょうねえ。お気を悪くなさらないでくださいよぉ。わたしゃ商人上がりですから、人を疑ってかかるのが仕事みたいなもんでしてね。その長年の勘が、囁くんでございますよ。ヴァールストレーム王は、魔王と裏でつながっているような? いないようなー? ってな具合に」
言葉尻は一聞すると、敬意を払っているようにも見えるが、その口調や態度がすべてを見下していることは明らかである。なんと言われても、ギルバートは口を割る気はなかった。近年、やたら商業面で煽ってくるサザランド連邦には、特に言いたくない! と、思う。
すました顔のまま、相手の出方を見ていると、外野が騒ぎ出す。
「な、なんですって!!!」
「どういうことだ。勘というのはどれくらい当たるんだ」
この大陸には、妖精が住むと言われている森を除けば、五つしか国が存在しない。できるなら争いたくもないが、長い歴史から見てもそうはいかない。
隣の芝は青いとはよく言ったもので、どこも隣国の益を手にしたいのだ。
特に、極寒の地であるプラウゼン王国、金がいくらあっても足りない芸術を愛するリスティアーナ女王国、自由を愛する商人の国と謳ってはいるが一枚岩ではないサザランド連邦も、常に隣国に目を光らせている。
(結局、仲良くできるのはペルケ王国くらいだ……)
ギルバートは何度目かわからないため息を洩らした。
肥沃な大地を有するペルケ王国やヴァールストレーム王国は、のんびりとした国民性を持っているが、他の国は好戦的な者も多い。
「魔王となんてつながっているわけないだろう」
「いいんでございますよ。誰でも言いたくないことってありますでしょ? たとえば、息子さんの姿が見えないこととかね……ああ、いえいえ、それは関係ないことでございましたね、ひっひっ。そうそう、誰がなにを隠していたとしてもいいんですよ。我々はお友達というわけではないですから。魔王が復活してしまったことが問題なだけなんですから」
「…………」
アルフレッドの婚約破棄騒動から失踪までを把握されているとなると、――あの神子と行動していたことも知っている可能性が高いなとギルバートは思った。
だとすれば、もしかすると……と、とある推測にギルバートは行き着いた。
だが、ネジャリフ元首がなにを疑い、なにを言おうとも、ギルバートには余裕があった。魔王は自分の位置を知られないように結界を張っているようで、彼らが魔王の居場所や情報を掴んだわけではないのは明らかだった。
それに、ギルバートの余裕がどう見えようと、口を割りさえしなければ、つながりが露見することはない。ひひひ、と妙な笑い方をするネジャリフ元首を見て、ギルバートはフンッと鼻を鳴らして、足を組み直した。
「おー怖い。とにかく魔王でございましょ? ヴァールストレーム王がおっしゃる通り、当代の魔王のお気持ち次第ですよ。吉が出るか凶が出るかは分かりませんからね。もしかしたら、揺蕩う波のように穏やかなお心を持っていらっしゃる可能性もありますけどね。ただ――」
ネジャリフ元首の「ただ――」のあとは、いつも最悪な言葉が続くことをギルバートは知っていた。
自分が予想した通りの言葉を老害が紡ぐのを、はあ、と小さくため息をつきながら、ギルバートは待った。
「年老いたわたしは、その結果を待つだけなのは、怖いんでございます。対抗手段の一つくらい持っていても、悪くはないかと思っているんですよ」
ほらみろ、と、ギルバートは思った。
首をかしげるランツェル三世。それから、意味がわからなかったらしいリスティアーナ女王が尋ねる。
「対抗手段? 兵力のことをお話しですか?」
「ええ、ええ、そうですよ。目には目を、脅威には脅威を。魔王がどんな人物かわからないのですから。万が一のときのために、こちらだって脅威を保持しておくべきだと申しているのです」
そう、歴史から見ても、平和の裏ではいつだって次の火種が燻っている。
ネジャリフ元首の言っていることは、別段間違っているわけではないのだ。それが国を治めるものとしての、当然の準備だった。ランツェル三世が渋い声で言った。
「兵力……か」
ネジャリフ元首は、その顔にいつも貼りつけたいやらしい笑みをたやさず、ギルバートが想像した通りの『最低最悪なこと』を言ってのけた。
「脅威には脅威。魔王には……勇者でございましょう?」
一同が、ハッと息を呑む声が響いた。
ようやく幸せに暮らしているエマニュエルのことを思うと、ギルバートの心の中は穏やかではなかった。後ろからは、おそらくギルバートにしかわからないであろう押し殺した殺意がダダ漏れているのも感じていた。
にやにやとしているネジャリフ元首の顔を見れば、もうその『勇者』の当てがあることも明らかであった。
(それはそれは、用意周到なことで……)
もはや息をするようにため息しか出ないギルバートは、ネジャリフ元首がその後ろに立っていたサザランド連邦の宰相に小さく呟いたことには気がつかなかった。
「あいつに連絡しておけ……」
まるで蛇が舌をすするようにねっとりとした口調で話すのは、サザランド連邦の年老いた元首、ガローニャ・ネジャリフである。お決まりの頬杖のポーズから斜めにギルバートのことを見ながら、反対の指ではいつも首から下げているドラゴンの眼球をくるくると回す。
その様子に、ギルバートは眉を顰めながら訊いた。
「なにか、とはなんだ」
「ふふ、なにかはとはなんでございましょうねえ。お気を悪くなさらないでくださいよぉ。わたしゃ商人上がりですから、人を疑ってかかるのが仕事みたいなもんでしてね。その長年の勘が、囁くんでございますよ。ヴァールストレーム王は、魔王と裏でつながっているような? いないようなー? ってな具合に」
言葉尻は一聞すると、敬意を払っているようにも見えるが、その口調や態度がすべてを見下していることは明らかである。なんと言われても、ギルバートは口を割る気はなかった。近年、やたら商業面で煽ってくるサザランド連邦には、特に言いたくない! と、思う。
すました顔のまま、相手の出方を見ていると、外野が騒ぎ出す。
「な、なんですって!!!」
「どういうことだ。勘というのはどれくらい当たるんだ」
この大陸には、妖精が住むと言われている森を除けば、五つしか国が存在しない。できるなら争いたくもないが、長い歴史から見てもそうはいかない。
隣の芝は青いとはよく言ったもので、どこも隣国の益を手にしたいのだ。
特に、極寒の地であるプラウゼン王国、金がいくらあっても足りない芸術を愛するリスティアーナ女王国、自由を愛する商人の国と謳ってはいるが一枚岩ではないサザランド連邦も、常に隣国に目を光らせている。
(結局、仲良くできるのはペルケ王国くらいだ……)
ギルバートは何度目かわからないため息を洩らした。
肥沃な大地を有するペルケ王国やヴァールストレーム王国は、のんびりとした国民性を持っているが、他の国は好戦的な者も多い。
「魔王となんてつながっているわけないだろう」
「いいんでございますよ。誰でも言いたくないことってありますでしょ? たとえば、息子さんの姿が見えないこととかね……ああ、いえいえ、それは関係ないことでございましたね、ひっひっ。そうそう、誰がなにを隠していたとしてもいいんですよ。我々はお友達というわけではないですから。魔王が復活してしまったことが問題なだけなんですから」
「…………」
アルフレッドの婚約破棄騒動から失踪までを把握されているとなると、――あの神子と行動していたことも知っている可能性が高いなとギルバートは思った。
だとすれば、もしかすると……と、とある推測にギルバートは行き着いた。
だが、ネジャリフ元首がなにを疑い、なにを言おうとも、ギルバートには余裕があった。魔王は自分の位置を知られないように結界を張っているようで、彼らが魔王の居場所や情報を掴んだわけではないのは明らかだった。
それに、ギルバートの余裕がどう見えようと、口を割りさえしなければ、つながりが露見することはない。ひひひ、と妙な笑い方をするネジャリフ元首を見て、ギルバートはフンッと鼻を鳴らして、足を組み直した。
「おー怖い。とにかく魔王でございましょ? ヴァールストレーム王がおっしゃる通り、当代の魔王のお気持ち次第ですよ。吉が出るか凶が出るかは分かりませんからね。もしかしたら、揺蕩う波のように穏やかなお心を持っていらっしゃる可能性もありますけどね。ただ――」
ネジャリフ元首の「ただ――」のあとは、いつも最悪な言葉が続くことをギルバートは知っていた。
自分が予想した通りの言葉を老害が紡ぐのを、はあ、と小さくため息をつきながら、ギルバートは待った。
「年老いたわたしは、その結果を待つだけなのは、怖いんでございます。対抗手段の一つくらい持っていても、悪くはないかと思っているんですよ」
ほらみろ、と、ギルバートは思った。
首をかしげるランツェル三世。それから、意味がわからなかったらしいリスティアーナ女王が尋ねる。
「対抗手段? 兵力のことをお話しですか?」
「ええ、ええ、そうですよ。目には目を、脅威には脅威を。魔王がどんな人物かわからないのですから。万が一のときのために、こちらだって脅威を保持しておくべきだと申しているのです」
そう、歴史から見ても、平和の裏ではいつだって次の火種が燻っている。
ネジャリフ元首の言っていることは、別段間違っているわけではないのだ。それが国を治めるものとしての、当然の準備だった。ランツェル三世が渋い声で言った。
「兵力……か」
ネジャリフ元首は、その顔にいつも貼りつけたいやらしい笑みをたやさず、ギルバートが想像した通りの『最低最悪なこと』を言ってのけた。
「脅威には脅威。魔王には……勇者でございましょう?」
一同が、ハッと息を呑む声が響いた。
ようやく幸せに暮らしているエマニュエルのことを思うと、ギルバートの心の中は穏やかではなかった。後ろからは、おそらくギルバートにしかわからないであろう押し殺した殺意がダダ漏れているのも感じていた。
にやにやとしているネジャリフ元首の顔を見れば、もうその『勇者』の当てがあることも明らかであった。
(それはそれは、用意周到なことで……)
もはや息をするようにため息しか出ないギルバートは、ネジャリフ元首がその後ろに立っていたサザランド連邦の宰相に小さく呟いたことには気がつかなかった。
「あいつに連絡しておけ……」
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