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リスティアーナ女王国編
02 悪役主従の故郷・前
しおりを挟む「魔王は復活してしまったようだが、我が国はなにも知らないな」
ヴァールストレーム王国の国王であるギルバート・ヴァールストレームは強気な姿勢を崩すことなく、つまらなそうな口調で言った。
金縁の豪奢な椅子にドンッと寄りかかりながら、はあーと大きく息を吐き出した。目の前の大きなテーブルには、錚々たる顔ぶれが並んでいた。そのすべてから疑いの目を向けられ、ギルバートは肩をすくめた。
金色を基調にした国賓用の広い会議室には、朝日が差し込み、いくつもつるされた大きなシャンデリアがキラキラと輝いている。粗野な態度でドカンと椅子に腰かけたギルバートの後ろには、シリウス・レーフクヴィスト公爵が立っている。その顔はギルバートからは見ることができないが、おそらく穏やかな笑顔を浮かべながら、腹の内をグツグツと煮えたぎらせているだろうとギルバートは思った。
ヴァールストレーム王国の歴史を物語る絵画が描かれた天井を仰ぎながら、どうしたものかとギルバートは頭を悩ませる。先ほどから、ヴァールストレーム王国に招集された各国の首脳たちから、糾弾されているわけだった。
議題は言わずもがな『魔王復活』について。
この世界では、魔王の心臓と呼ばれる宝玉が魔王に取り込まれ、復活してしまうという一大事件が起きているのだ。
それぞれの方法で『魔王復活』を察知した各国の首脳たちは、こうして緊急招集を余儀なくされていた。諍いの絶えない国々であるが、世界の脅威となる『魔王』という存在のせいで、こうして結託しようという動きが見られている。
だが、彼らはなぜかヴァールストレーム王国に疑いの目を向けている。
(通常なら、頼りになる魔法が仇になってしまったな……)
各国の宮廷魔法使いがペルケ王国で巨大な力の対立を観測したと報告をあげたからだ。
もちろん、それはヴァールストレーム王国とて例外ではない。観測された力は魔王と思わしき強大な闇の力と、そして、強大な光の力の対立だったのだ。その光魔法が、ヴァールストレーム王国が召喚した失踪中の神子のものではないかと推測されたのだ。そのせいで、ヴァールストレーム王国がなにか魔王の重大な情報を握っていると疑われているのである。
ギルバートは、やれやれと首を振る。
本当はその内訳も、今、魔王がどういう状況にあるのかもすべて把握しているギルバートであったが、それを各国に洩らすわけにはいかない。
それにはわけがある。
魔王が復活してしまった直接の原因になったのは、ギルバートの後ろに立つこの国の宰相、シリウス・レーフクヴィスト公爵の最愛の息子であるエマニュエルなのだから。
(魔王の手綱を握っているのがエマニュエルだとバレてしまえば、もうエマニュエルの人生に平穏はないだろな……)
学友であるシリウスの最愛の息子であるエマニュエルに、大変な使命を与えてしまったことをギルバートは申しわけなく思っていた。
だが、あんな大役を任せられるのも、なにか事態を好転させることができるのはエマニュエルだけだと思っていたのも、たしかだった。
老害どもを焚きつけて、裏でエマニュエルを息子の婚約者として推すように画策したことは、シリウスにも伝える気はない。だが、二人への罪悪感も相まって、ギルバートはエマニュエルに幸せに過ごしていてほしいと思ってもいるのだ。
(それはまあ、エマニュエルにいい顔をしすぎだな)
国を、民を、守る国王として、友の息子を手元に閉じ込めようとするほどには、ギルバートは『王』であった。
だが、エマニュエルとシリウスへの罪悪感があるにしろないにしろ、この重大な機密を各国に洩らす必要などない。
不確定要素を多分に含んでいるとはいえ、魔王という強大な力、そして、その手綱を握ることのできる人物。その両方をヴァールストレーム王国は手に入れたようなものだ。
もとから仲がいいわけではない他国が結託しようとしているところには悪いが、今は『魔王の復活』に怯えている各国と足並みを揃えて、知らぬ存ぜぬを突き通すのが得策である。ギルバートの後ろに立つシリウスとて、最愛の息子のことを別に考えたとしてもその方針には賛成なはずである。
(頃合いを見て、魔王に世界に干渉するつもりはない、とでも書いた手紙を各国に届けてもらうか……?)
だが、それにすんなりと賛同する国々でないことは、ギルバートは百も承知であった。魔王が復活してしまった時代の残虐な歴史を思えば、誰もが疑心暗鬼になって然るべきである。現に、その疑心暗鬼極まったヒステリックな声が会議室に響き渡った。
「それをどう信じろと? 魔王復活の闇の波動は、明らかにペルケ王国から。そして、観測された光の力はヴァールストレーム王国の神子のもので間違いありませんわ! うちの占星術師がそう申しておりますの」
先ほどから金切声を張り上げているのは、リスティアーナ女王国のアルベッラ・リスティアーナ女王。
濃い茶色の豊かな髪を結い上げ、大きな襟の立ちあがった赤を基調にした派手なドレスに身を包んでいる。目を吊り上げている姿は一国の女王というより、政略結婚をした自分の妃が嫉妬に狂ってるときに、そっくりだとギルバートは思う。いつも王妃に怒鳴られているため、胃の辺りにずんと重みを感じる。
どうやらリスティアーナ女王国では、宮廷魔術師ではなく、占星術師がそう言っているらしい。一体どうやって、個人の魔法波動を探知したのかと思いきや、星見とはな、とギルバートは顔を顰めた。そんなものでどうやってわかるんだろうとギルバートが思っていると、ぼそりと違う声が聞こえた。
「もう少し静かに話せんのか、この小娘は」
低く硬質な口調でそう言った白い髭の老人は、プラウゼン王国の国王、ランツェル八世。やれやれと首を振りながら、両手の指すべてにつけられた大粒の宝石のついた指輪を擦り合わせた。
ただでさえ怒り心頭なのに、「小娘」と呼ばれたアルベッラは、さらにその眉を吊り上げて叫んだ。
「なにを! 当然の心配でしょう! もとより仲良しなペルケ王国とヴァールストレーム王国ですから? 発現の場所からして、両国のどちらかが、あるいはその二国が結託して、魔王の心臓のありかを秘匿していたのは明らか! こうして魔王が復活してしまった責任はあなた方にあるのですよ!」
その言葉を聞き、ギルバートはさらに深いため息をついた。
長く友好関係にあるペルケ王国まで巻き込んでしまって、申しわけないなと内心思う。
アルベッラの言い分は、そもそもの論点がおかしい。これはまさに、嫉妬に狂っているときのギルバートの妃のようだ。アルベッラは謝罪に固執するがゆえ、「魔王が復活してしまったからどうするかを話し合う」というこの会議の論点を履き違えているのだ。
今は誰が悪いかを問いただす場ではないし、問いただされたくもない。これからの方向性を話し合うべきである。
ギルバートが口をひらくよりも早く、ペルケ王国国王である、リュシャン王が反論した。盲目の瞳は閉ざされ、顎のラインで水色の髪を切り揃えられた髪は彼の物静かな性格によく合っている。
「それはどうでしょうか。もとより、魔王の心臓が発現してしまったということは、この世界に『魔王』となる者が現れる予兆でした。その流れは誰にも止めることなのできないし、誰のせいでもありはしないでしょう。今はヴァールストレーム王国が秘匿していたかどうかではなく、現状として、復活してしまった魔王へどう対応するかの方が先決ですよ」
その通りである。
今、こうして首脳が集まる機会を得たのだから、話し合うべきは『今後』についてであるとギルバートは思う。
だが、当代の魔王がことを荒立てる気がないことを知っているギルバートは、過度な不安に押しつぶされる必要もない。ギルバートは、シリウスと話し合ったすえの当たり障りのない言葉を口にした。
「魔王が友好的だった時代もあるのだ。今のところ、モンスターたちを先導しているような気配もなく、一度の強大な魔力を観測したのみ。当面は、魔王の出方を見るほかないだろう」
ため息まじりに、先ほどから何回も、そう提案してみているが、やはりすんなりとは認められない。女王の頭の中まで花が咲いているリスティアーナ女王国や、強欲なプラウゼン王国は御し易いが、この大陸にはもう1つ、疑い深い商人が作った国が存在するのだ。
それは――
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