118 / 119
2-1 魔法学園の編入生
115 雨の王都で
しおりを挟む『――イ、レイ!――レイってば!!』
「え?」
ユエの声が聞こえて、ピクッと俺の体が反応した。
ふと気がつくと、自分の体が濡れていることに気がついた。しかもびしょぬれだ。しかも、男物の普段着を着たまま、体も男のままで普通に夜のファシオンを歩いていた。
(あれ……俺、なんでこんなに濡れてんだっけ?)
立ち止まったまま、俺は首をかしげた。
『やっと気づいた。大丈夫?』
「……ああ、なんでこんなとこ歩いてんだ?俺」
『レイ。説明してあげるけど、とにかく髪の毛の色だけでも銀に戻して。夜だし、雨が降ってるから、あんまり気がつく人もいないと思うけど、黒くなってる』
「え?」
そう言われて、前髪をひと筋摘んで見たら、本当に黒に戻ってしまっていた。
俺は路地裏で髪を銀にし、目をいつもの紫に変えた。男物の服を着てきてしまったから、長さと体は……しかたなくそのままにして、できるだけ目立たないように壁際を歩く。
なんでこんなに濡れているんだろうと思ったら、いつの間にか雨が降り出していたようだ。
『レイ、あのあと、そのまま外に出ちゃってさ。止めても聞こえてないみたいだったし……ねえ、大丈夫?』
そう言われて、ようやく……ぼんやりと記憶が戻ってきた。
フェルトのことを探していたつもりが、想像もしなかった光景を、見せつけられた。
「なんか、キスしてたな。あの聖女と」
『……』
「なんだ、あれ」
『……でもさ、いつものフェルトと雰囲気が違ったね』
雰囲気……それはたしかに、いつもの優しそうなフェルトではなかったかもしれない。『耳』が機能しなくなって、俺はなんの可能性があると思っていたんだったか。
誰かに捕まってるか、誰かになんらかの暗示をかけられているか……もしかして、記憶喪失とかそういうこともありうるんだろうか。
(希望的観測すぎた……?)
考えてもみなかった。関係は良好だとばかり、思っていたし、オリバーにそう言ったときも、オリバーは信じてくれているようだった。
俺もそう思ってた。
でも、もしも本当に、俺に嫌気がさして、俺のもとを去ったんだとしたら。
『レイ、濡れたまま歩いてたら、風邪ひいちゃうよ』
本当は、俺と一緒にいるのがもう我慢できない限界まできていて、逃げたかったんだろうか。
『暗いところで考えても、いい考えなんて浮かばないよ。帰ろう』
俺の性格が、俺の性癖が、俺の……本質がねじまがっているせいで、フェルトに迷惑をかけていたんだとしたら。
『レイ! 大丈夫だよ! とにかくなんかあったかいものでも食べて落ち着こうよ!』
――――俺が、こんなに、醜いから。
『…………レイ』
ユエがなんか言ってるのは聞こえているし、言っていることも理解できている。でも頭がうまく働かなくて……その優しい言葉をすぐに受け入れることができなかった。
俺はどこを目指すでもなく、ただ夜雨のファシオンの街を、ただ……とぼとぼと歩き回っていた。
パカッパカッと、時おり馬車の音が聞こえては、ビシャッと泥水が俺の脚を濡らした。
でも、気にならなかった。
よくない思考だとわかっていても、俺はどんどん暗いほうへ考えを深めてしまい、たまに、ははっと乾いた笑いが俺の口から漏れた。
「前の世界にいたときもさ、俺、こんなだったんだよなー」
『こんなって?』
「俺は自分が優れていると思っているし、いろいろ恵まれてるんだけど、人を信用できてないんだよ」
『――周りの人間を?』
そう言われて、それはそうだと思った。
周りの人間との間には、高い壁を築いている。友好的な微笑みを浮かべることはできるし、冗談も言えるし、人間関係に問題があったとは思えない。
だけど――俺が、その壁の中への侵入を……許せなかった。
それはきっと……。
「自分をだろうな。自分を信じられないから、周りも信じられないんだと解釈してる。でもさ、俺が汚いところ見せても、あいつがそばにいてくれたから、なんか……安心しちゃってたんだ。フェルトはさ、オリバーとかベラみたいに、利害はなにもないだろ? あいつらは革命のこととか商売のこととか、多少は利害あるけどさ」
『俺もないじゃん。俺もレイのこと、ちゃんと好きだよ』
「――ありがとな」
地球にいたときも、多分俺の周りにはそう言ってくれる人間がいたんだと、思う。
ただ、俺の問題で、俺が信じられるかっていう問題で。
本で読んだ知識でしかないけど、幼いころに愛情を受けられなかった子どもは、他人を信用できなくなるらしい。
それを読んだときは、どうかな……そんなことはないんじゃないかなって思ったけど、次のページに書かれたことを読んで、すごくしっくりきてしまった。
それは、なぜなら、〝自分のことが信じられないから〟……なんだそうだ。
幼いころにたっぷり愛情を受けとるのが一番簡単な方法らしい。そのあと、成長するにつれ歪みができ、愛情を受けなかった子どもは、世界に愛情を求めるようになるんだとか。
反抗であったり、犯罪であったり、いろいろな形で顕現する。早い段階で、愛をもって叱ってくれる人間に出会えれば、それはすごく幸運なことだと思う。
俺の場合は、性癖だったんじゃないかなと思ってる。
犯罪に手を染めない程度の理性を残して、人を性的に支配することで安堵した。それもまあ、この世界に来て、ダンジョンで好き放題やって、犯罪に手を染めてないと言い切ることもできなくなったけど。
自分を理解してほしいと思ってた。
支配を享受してくれることが、理解してもらうことだと、思った。
(……知ってた)
俺が変わったわけじゃないって。ただ、フェルトの器がでかいだけで、俺が変わったわけじゃないって、ちゃんと俺は理解していた。でも……少しずつだけど、本当に……少しずつだけど、信じてもいいんじゃないかって、思い始めていたんだ。
フェルトのことをではない。
フェルトを〝大切〟にできそうな、自分のことを。
もしかしたら、人を愛することができるようになれるかもしれないって思って、はじめて……人のために努力したいと思った。
フェルトとならって。支配するだけではない関係を築けたら、きっと……幸せだろうなって、感じた。
でも――。
「あーあ、やっぱ俺には恋愛なんて無理だわ」
『レイ。あのフェルトはおかしかったって! 無理とかそういうんじゃないよ……」
パカッパカッとまた違う馬車が前から走って来る音がした。またビシャッと俺の脚に泥水がかかった。だけど、今までと違って、俺の少しうしろで馬車が止まり、カチャリとドアがひらく音がした。
「こんばんは。こんな雨の夜に、ひとりで散歩ですか? お嬢さん」
ぞくりと性感を揺さぶられるような声。
この声は、いつも俺の背後から聞こえてくる。振り返りたくない。今――会いたくないやつだ。
馬車を降りてくる気配がして、ふわっと、肩になにかをかけられた。
爽やかな香水の匂いと……人のあたたかい温度がした。
「どうぞ、僕の馬車でよければ乗っていかれませんか? このままでは風邪をひいてしまいますよ」
優しげな声色。俺のことを心配するようで、その下に、巧妙に隠された好奇心が透けて見える。
あたたかな手が俺の手をひき、馬車へと誘導された。
乗りたくない――が、この状況で、平民が……その申し出を断るすべを知らなかった。
「レイ・アキミヤ。今日は――男性なんだね。本当にあなたの周りには、おかしな魔法がたくさんで、興味がつきないよ」
「……こんばんは、アレクサンダー殿下。こんな見苦しい格好のときに、お目汚し……申しわけありません。このような見窄らしい平民は、殿下の馬車にはふさわしくありませんので――」
「……っていう口上は、通用しないよ。さあ乗って。今宵は月も見えずに、あなたは消えてしまいそうだ」
そして、強引に馬車の中へと連れ込まれた。
王族が乗る馬車にしては、ずいぶんと質素な気がしたが、内側は豪奢な作りになっていた。俺が馬車に座ると、じわりと泥水で美しい青色の椅子が濡れた。
もったいねー……と思ったけど、王子が乗れというんだからいいや、とひらき直った。
「寮まで送るよ……と言いたいところだけど、せっかくだからおもしろいところに連れてってあげる」
「……いえ、寮までで……」
「――出して」
人の話など、聞く耳を持たず、アレクサンダーの馬車は走り出した。
(最悪だ……さっさとユエの忠告に従っておけばよかった……)
なんでこの王子は俺にちょっかい出してくるんだ。
男のままで会ってしまったし、今から変えるわけにもいかない。というか……服だけで男って気がつくだろうか?
(あー……まじで会いたくなかった。今、会いたくない度で言えば、ぶっちぎりの一位だ……)
車窓を流れていく雨のファシオンの街並を見ながら、俺は思った。
(くそみたいな日だ……)
46
お気に入りに追加
818
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました
無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。
前世持ちだが結局役に立たなかった。
そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。
そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。
目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。
…あれ?
僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる