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2-1 魔法学園の編入生
112 ハナと買い物に出かけましょう
しおりを挟む放課後――。
はじめて王都を友達と歩くことになった。よく考えたら、日本にいたときも……友達と街を歩くようなことは滅多になかったから、変なかんじがした。
隣を歩くハナは機嫌がよさそうで、かわいいカフェだの、おいしいクレープだの騒がしくしていた。
(女とデートしたことがないわけじゃないけど、あんまりこういううるさいタイプとは出かけたことないな)
デートなら、手を引いて優しい笑顔を浮かべているところだけど、ハナ相手だと気を遣わなくていいから楽だ。フェルトと歩いたときとは違う視点で、王都を見ることができておもしろい。
夕方の街には、たくさんの人が歩いていた。
ハナみたいな裕福な商家の娘や、貴族の令嬢から見た王都ファシオンは、華やかで、楽しげだ。
レンベルグだって栄えている町だけど、活気の種類が違うと感じた。レンベルグみたいに、村娘や町娘が日々暮らし、そんな中でちょっとおしゃれをしてみようかなと思ったりするような規模とは……なんていうか、作りからしてまったく違う。
宝飾店、服屋、雑貨屋、靴屋……貴族の令嬢がそこにいるのなら、この街は自分を着飾るためのクローゼットというかんじだろうか。
俺が、魔法学園に通う本物の令嬢だったのなら、毎日楽しくてしょうがないだろうなと思った。
美しい格好をして、舞踏会というステージで披露し、王子様と踊り、恋をして、また美しい明日を迎えるのだから。まるで、全盛期のパリみたいに華やかだ。
俺は食ってばっかりだったけど、ハナは手にいくつかブティックの箱を持っていた。「レイちゃんこそいろいろ買いなよ! 元気でるよ!」と言われたけど、俺にはスタイリストの監視がついてるからなあと思う。
ハンガーにかけられたひらひらした服の裾を、興味ないまま摘むだけだった。
歩いていると、そこかしこから不躾な視線を感じる。俺の顔はこの国の人間より、ずいぶんさっぱりしていると思うけど……彼らの美意識の中では、美しいと感じられているようだ。
ハナがルナティックの店に入るというので、俺はピタッと動きを止めた。
そういえば、フェルトと歩いているときは話題にも上がらなかったけど、よく考えたら、フェルトと俺の絵が飾られているかもしれないと思い出したのだ。
「レイちゃん、ここの下着めちゃくちゃかわいいんだよー! しかも着心地が最高で、ほんとオススメ」
「へえ……ハナはここの下着着てんの?」
「え、やだ……なんかレイちゃんに言われると緊張する。なんでそんな色っぽい言い方すんの」
くま柄のパンツとか履いてそうなのに、意外だと思ったことは言わなかった。ビアズリーコットンで作ってるんだろうから、もしかしたら普通の綿の無地とかかもしれないけど、ハナが赤くなるのを見てたらからかいたくなった。
「だって、ここの下着やらしいから」
「えっ……なんだぁーレイちゃん知ってたの? 見てこーよ。内装もすごい素敵なんだよ」
「うん、いいよ。ここ見てみたかったんだ」
俺が伝えたことを、ベラがどう再現したのか……本人からは聞いたりしてたけど、実際に見るのははじめてだった。
グレンヴィルなんていう辺境の発祥だということを感じさせない、目抜通りの立派な面構えだ。ほかの商店とは違って、見やすいショーウィンドウには、公序良俗に反さない程度のパジャマやネグリジェを着たマネキンが飾られていた。
(へえ……やるじゃん)
大体がすりガラスで中の見えない窓を使っている商店が多い中、ベラの店だけは群を抜いて目を引く。
店舗の入り口や窓枠は、すべてが薄紫色の塗装で統一され、ブランドイメージの月の女神の印象が一瞬でわかる。銀色の繊細な取っ手のついたガラス扉も、ちゃんと中の様子が見えるような仕様だ。
扉を開けると、夜の印象で統一された世界観の中に……かわいい路線とセクシー路線の下着がずらりと並ぶ。
そして――。
(わ……あのメガネっ子もなかなかやるね。センスいいじゃん……絵)
かわいい路線のエリアの壁には、俺が白い下着をつけた絵が……セクシー路線のエリアの壁には、俺が紫色の下着をつけた絵が、大きく飾られていた。だけど、月明かりの下のような薄紫っぽいパレットで、油彩でぼやっとした描かれた俺とフェルトの顔は誰だということまではわからない。
(でも……すごいな)
そっと俺の腰に添えられた手や、俺がフェルトの胸に置いた手が、二人の間にある愛を伝えてくるような気がした。
芸術のことはよくわからないけど、すごく……好きな絵だと思った。
ぼうっとその絵に描かれたフェルトを見つめていると、うしろから視線を感じて、俺は振り返った。
「わあ……え、うわぁ……い、今まで下着ばっかり見て気がつかなかったんだけど、ねえ、この絵って……」
両手を口に当て、目を丸くしたハナが……俺と油絵を見比べて感嘆の声を洩らした。
よく見れば、男の上に乗ってる女の左耳に、小さく黄緑色の光が見える。こんな小さな筆あとのひとつで、なにが変わるわけではないけれど……でも、これは俺で……俺の下にはフェルトがいるんだと思った。
ハナが訊いた。
「これって……え、ねえ……もしかして、レイちゃんなの?」
「ここ、私の店なんだ」
「嘘ッッ!」
「……あはは、嘘」
口をあんぐり開けて、ポカポカと俺の肩を叩くハナをひとしきり笑ったあと、ハナがかわいい系の下着を選ぶのを横から見ることに徹した。
「このピンクのね、ひらひらリボンが大きくてかわいくない?」
「それは女が好きなやつだな。服にも響くし、男が好きなのはこっち」
「ちょっと待って。なんでそんなのわかるの! レイちゃんこんなすごいの着てんの⁉︎」
「日による」
「日による⁉︎」
ハナはかけてるメガネみたいに目をまんまるにさせて、楽しそうにしていた。ベラの店で王都の令嬢がこんなに楽しく買い物してくれてるのは、素直に嬉しかった。
試着したほうがいいよと言ったら、ハナがするというので「見てあげようか?」とにやにやしながら言ったら、なにか本能的に感じるものがあったのか断られた。
結局俺はなにも買わずに、ハナが店員にいくつか下着を包むようにお願いしているのを横目に、俺はソファに座って壁に描かれたフェルトの絵を見ていた。モネの絵みたいにいい具合に顔がぼけてるから、やっぱり何度見ても……だれだかはわからない。
(でも目が優しい色だ……好きな色)
その男の瞳と、俺の耳のひとつの点を見るだけで、少しだけ……心が安らいだ。
買い物を終えたらしいハナが、俺の隣にそっと腰を下ろした。それから、俺が絵を見ているのに気づいて、ハナも一緒に無言で絵を見ていた。
俺はぽつりとハナに尋ねた。
「なあ、ハナは……婚約者いないの?」
「えー? うーん、まだいない」
「好きなやつは?」
「いないなー。ていうか……今は情勢的に、決めちゃって動けなくなるのも怖いし、お父さんたちも静観してるってかんじ」
ハナがため息をつきながらそう言った。
こんなに浮かれて買い物とかしてても……ちゃんと情勢見極めてて、ハナは偉いと思った。
俺は目の前にあった銀の部屋用のミュールを手に取って、くるくると回した。
(やるな……ベラ。下着ばっかり盛るんじゃなくて、部屋での足もとまで繊細な観点だなー)
高価でエロい下着着て、スリッパ履いてたらダサいということなんだろう。
きつくない程度のヒールのついた銀色のミュールは、ふわふわの羽が足の甲の部分につけられ、その真ん中に、カットされた黄緑色の硝子細工がリボンと一緒につけられていた。
「そのミュール、飾ってある絵のイメージで作られたシリーズで、黄緑と薄紫のセットで全部あるんだよ。かわいいよねー!」
「へえ……そうなんだ」
真ん中の黄緑色の硝子細工を指先でつんつんと触りながら、思う。
(ほんと、どこにいるんだよ……あいつ)
また誰かに隷属……は、ないにしても、誰かに騙されたりしてたら、次はもう許せないなと思う。
そんなことを考えてため息を洩らしていると、ハナがじっと俺のことを見ながら訊いた。
「そういえばさ。レイちゃん、そのピアスずっとつけてるよね。どうしてペリドットなの?」
「んー……好きなやつの目の色」
「……えッ! な、なにその衝撃発言‼」
そう叫びながら、マンガで言うなら、雷の背景を背負ったやつみたいな顔で固まった。
そして、しばらく動かなかったのち、ハッと顔を上げ、また質問してきた。
「恋人いたの⁉︎ レイちゃん」
「いないいない」
「……か、片想いだと⁉ こんな美少女捕まえて、その甲斐性なしは一体どこでなにを……⁉︎」
ハナの反応がおかしくて、俺はくすくす笑ってしまった。
こういう女はモテないだろうが、一緒にいたらきっと一生楽しいと思う。ハナのよさがわかる男がいるといいなーと思いながら、俺は夜空の描かれた天井を見上げながら、呆れた声で言った。
「ほんと……どこでなにしてんだろうなー。帰ってくるといいけど」
「え? も、もしかして居場所がわからないの?」
「ハナに言ってもしょうがないけど、今は、失踪中なんだよ」
「――…………失踪……」
ハナはなにか考えるように真剣な顔になると、しばらく顎に手を当てたまま、ぶつぶつとなにかをつぶやいていた。
一体なにを考えてるんだろうと思って見ていると、突然、「もう一軒だけ、買い物行こう」と、覚悟を決めたような顔で俺に言った。
「別にいいけど、どこに?」
そう尋ねた俺の手を取り、ハナは箱を抱えながらも、ずんずん街を進んで行く。
華やかな大通りとは反対の方向で、フェルトと行った市場の方角だった。
(たしかこっちには、食品関係の店しかないって、フェルトが言ってた気がしたけどな……?)
着いた先は、こじんまりとした商店だった。
店構えも小さいが、このフランスパリ感を醸し出しているファシオンの街並の中で、存在が異質な商店だった。
どことなく昭和っぽさを感じる木造建築で、今まで石造りの店が並んでいたのになぜ? と、疑問符で頭を埋めていると、ガラッと硝子戸をハナが開け、ドスドスと勢いよく中に入った。
(――……は? 引き戸?)
俺はぽかんと口を開け、おそるおそるその商店の中に足を踏み入れた。
なんでハナが俺のことをこんなところに連れてきたのかはわからないけど、明らかにおかしな店だった。俺がきょろきょろ中を見回していると、くるりと振り返ったハナが……俺の両肩に手を置き、険しい顔で言った。
「レイちゃん聞いて。ここは〝ヤマト〟っていう国の商品のみを扱う、輸入雑貨店なの。極東の島国らしいんだけど、私、今日食材買おうと思ってたの忘れてたから、つきあってちょうだい」
「――……え、あ、うん」
なんかつっ込みどころしかないような説明をハナにされ、目を瞬かせている間に、ハナはあれこれ商品を掴んでは、腕にかけた竹籠のようなものに入れだした。
(……ヤマト? 極東の島国? え、俺、この世界の地図をオリバーに見せてもらったけど、地球とはだいぶ違うかんじだったぞ。日本みたいな国があんのか⁇)
俺はハナの意図が見えず、呆然としたまま、とにかくいろんなものを手に取ってみた。
どうやら、味噌や醤油のような調味料もあるようだ。
もしかしてこの世界にも、そういう日本っぽい文化があるんだろうか。だとすれば、俺はもしかしたらみそ汁を飲めるんじゃないだろうか。ハナが詳しいんだったら、今度聞いてみたい。あわよくば、作ってほしい。
(まじかー……ヤマトの国。すげー気になるな)
そんなことを考えながら、俺はその狭くて暗い商店の中をゆっくりと歩き、そして――。
ついに、衝撃的なものを発見してしまった。
「――は?」
俺は震える手で、その小さな箱を手に取った。
(――……いやいや、ちょっと待て。待って待って)
この世界の年号は本当によくわからなくて、文明レベルとかも……魔法が絡んでるから、きちんと理解できるとも思っていない。地球と比べてとか……そういう次元でもない。
でも、大まかにだが……大体、フランス革命くらいの時代感なんじゃないかと、俺は考えていた。
中世……というには、文明が発達しているように感じたからだった。
味噌や醤油は、昔から日本にあった調味料だから、存在しても違和感はそこまでない。貿易の発達具合がわからないが、この国で輸入されたものなのだろう。酒も、米も存在するのはわかる。
でも――これはなんだろう。これはどう考えても、おかしいと思った。
「これ……カレーのルーじゃん」
というか、カレールーと書かれているのだ。
この世界の文字で。
これは時代とか、なんとかっていう問題じゃない気がした。インドのような国でできた商品……というわけでもないだろう。これは、日本でよく見る商品であり、日本のカレーを作るための調味料だ。
「……なにこれ」
どういうことだ。まったく考えがまとまる気がしない。どういうことだ。
俺はよくわからないまま、醤油と味噌とカレールーを手に持ち、そして、呆然としたまま……それらを購入した。
料理なんてなにひとつわからないから、ただ買ったみただけである。
忙しく買い物をしていたはずのハナが、その様子をじっと観察していたことにも、どうしてこの店に連れて来られたのかも、そのときの俺はなにも考えられなかった。
「この世界って――……なに?」
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