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2-1 魔法学園の編入生
110 ダンジョンで聞いてみよう・後
しおりを挟むこの国は今、大きく分ければ……国を変えたい革命派と、国を維持したい穏健派、自分の利益だけを求める貴族派の三つに分かれているはずだ。
バランスを取る必要は……なんだろう。
たとえばニアの上司が革命派である場合は、穏健派や貴族派の情報を集め、その中心人物を暗殺しようとするのが普通なのではないのだろうか。
人間は欲求と欲望が原動力なはずだ。たとえ穏健派だろうと、〝バランス〟を取ろうとするだろうか?
敵を殺そうとするのが常ではないのか。
(うーん……なんだろう)
ニアがこの村に派遣されたとき「なにかがおかしい」というあいまいな理由で、諜報を派遣してくる人間だということに、驚いたのを思い出す。
「なにかがおかしい」というのは、その人間にとって、「なにか予定外のことが起きている気がする」ということなのだから。
〝バランスを取る〝それに〝予定〟……それは一体、誰の視点なんだろう。
――不思議だ。
どうも、ちらちらとアレクサンダー王子の顔が頭を過るが……あの王子に、ここまで世界をフラットに見る視点はあるんだろうか。
というか、俺みたいに違う世界から飛ばされてきた人間ならともかく、この世界に生まれ育っていながら、自分の世界をそんなふうに見ることってあるんだろうか。
地球にいたときに、自分が物語の主人公だったらなんて……考えたことがある?
日本のことを考えて、ちょっとした国の方針に対して「なにかがおかしい」と思い、行動をしようとしたことがあっただろうか。
国会の中継を見て、バランスが崩れてるなと……神のような目線で感じたことはあっただろうか?
自分たちの毎日を生きるのに、必死なはずだ。
俺は親のことで悩み、毎日課せられる事柄に、日々鬱屈していき……周りの人間も信用できずに、ただ自分のことを考えてた。
バランスだの、予定だの、そんな余裕あったか?
そんなことができるとしたら――確約された未来を提示されている状態でなければ無理だろ。
(……ん? 未来を、知ってる……?)
昔読んだ漫画のことを思い出す。
未来から来た人間が、未来のことを語る。そんな漫画や小説はたくさんある。
その人物は大抵が、自分の理想の未来へとつながる〝今日〟を生きるために、行動を始める。
主人公はみんなそうだろう。
こうしないために、ああならないようにするために、あるいは、ああしたいがために……一番効率的な行動を取り始めるはずだ。
「……誰か、この国の未来を知っている人間がいる?」
「え……? レイさま、なに言い出すの。予言者みたいなこと言ってる?」
「あ、予言者っているのか? 当たるの?」
「いやあ……一応、教会が星見みたいなことやってるけど、あんなの占いみたいなもんで、ただの毎月恒例の慣習だよ」
教会がやってるんだ……今度ちょっと聞きに言ってみようかなと思う。
ニアがぽかんとしているものだから、未来を知っているだなんて、そんなバカげたことを口にしてしまって、少し恥ずかしくなった。
魔法の世界ならもしくは……と思ったけど、現実はそうでもなさそうだった。
俺は頭の中を、とりあえず仕切り直すと、もうひとつ気になることをニアに訊いた。
「あとさー……第二王女。お前たちから聞いた印象と、実態が違いすぎる。どうなってんだ?」
「え? 実態が違う? 言った通り、選民思想の気位の高いお姫様だろ?」
「うーん……そうなんだけど、でもなんか……あれは普通のわがまま姫ってかんじがするんだ。なんかもっと狡猾でえぐいの想像してたから。あれじゃあまだ高校生の女の子ってかんじ」
「コーコーセイ?」
ロザリーのことを頭に思い浮かべながら、俺は腕を組んで口をとがらせた。
隷属の首輪をフェルトに嵌めて呼び戻そうとするくらいだ……残忍でしかるべきだと思う。そんなことは高校生にはできないだろうに。
俺は眉を寄せたまま、ニアに訊いた。
「本当にあの王女が、無実の平民を奴隷にしてはべらしてるわけ?」
「――はい⁇ え、なに……? 奴隷をはべらす⁇」
「――え?」
そのニアの反応を見て、今度は俺がぽかんとする番だった。
(……あ、れ?)
そういえば、俺は……どこで奴隷騎士のこと聞いたんだっけ。
たしか――学校に通うっていう話が出たときに、リンとフェルトが必死で「奴隷にされちゃうから」と主張していて、それから、カイルがフェルトに首輪をつけようとしたときに……隷属して連れて帰るって言ってて――。
(ん? あれ……それだけ……か?)
オーランドのおっさんはなんて言ってたんだっけ。
たしか……〝平民の騎士たちは、フェルト以外、極刑〟だと言ってて――。
(ん? あれ? なんでフェルトは極刑じゃないんだっけ……?)
それはやっぱり、隷属して騎士にするっていうことだと――思ったんだけど。
――あれ?
〝思った〟だけだっただろうか。
(待て待て。あの、ローデリックってやつはなんて言ってたっけ……)
たしか「見目麗しいものを集めて騎士にしてる」と言ってたはずだ。そのときロザリーは「あれは私の護衛ですから」と言っていたはずだ。
どこにも奴隷だの隷属だのっていう話は……出てはいない。
見目麗しい者たちを集めて騎士にしている……という文面だけならば、あの王女さまならありそうだ。
だけど、「奴隷としてはべらせている」という印象とはほど遠い。
リンとフェルトの前情報があったから、俺がそう思っただけで、もしかして違ったんだろうか。
「レイさま。たしかに第二王女殿下は選民思想の固まりみたいなお姫さまだけど、奴隷をはべらせてるところは、さすがに見たことないよ」
「——なあ、それって……裏の顔だとか、こう……見えないところでは、みたいなこともなく?」
「えー? どうかな……そういうタイプのお姫さまなら、あんなあからさまに高飛車なかんじにはならないんじゃないの? あのお姫さまは、なにをするのにもわかりやすそうだよ」
「……だよな?」
俺とニアの感覚が正しい……はずだ。
だとすれば、リンとフェルトはなんであんなに必死に、俺が〝奴隷にされちゃうから〟っていう忠告をしてきたんだろう。
どうしてリンはあんなに第二王女に警戒をしていたんだろう。
もっと警戒すべき人間がいるはずなのに……あの洞察力に優れたリンが、そんな間違いをするだろうか。
(カイルにフェルトを隷属させて、誰がなにをするつもりだったんだ……⁇)
俺は首をかしげていたが、結論が出ることでもないので一旦保留にすることにした。
「うーん、もう少し考えてみるわ。ありがとう、ニア」
「レイさま。俺、とりあえずはここにいるけど……情報が必要だったらいつでも言ってね。俺はレイさまについてくって決めたんだからな」
「大丈夫だと言いたいところだけど――頼ることになるかもしれない。また連絡する」
俺はティカとニアに別れを告げて、再び王都へと戻ることになった。
ダンジョンに戻る途中、オリバーが「うーん」と空を仰ぎながら言った。
「なんか……いろんなことがわかったっていうよりは、さらに問題が増えたかんじでしたねー」
「まあ、俺には、この世界でよくわかんないことが多すぎる」
「フェルトさんの無事はわかってるんでしょう?」
「ああ。隷属の首輪は、効力が切れるとわかるようになってるから、〝無事〟かどうかはわからないけど、生きてることは生きてる」
死んでいないならば、どうにでもなるだろという希望と、生きているのになんで連絡が取れないんだっていう疑念。
その両方を感じて、なんだか気持ちが悪くなりそうだった。
渋い顔をしていると、オリバーが言った。
「――そうですか。レイさま、ニアも言ってましたけど、僕もこうして悪魔の手先になってしまったわけで、もはや普通の生活に戻ろうとは考えてないので、いつでも来て下さいね。こちらでもなにかあったら、すぐに〝口〟で連絡しますから」
「――ああ、頼りにしてる」
珍しく、オリバーが優しい言葉を吐いた。
俺が、そこまでしょぼくれた顔をしているのかどうかは、自分ではさだかではないけれど、この世界では……周りに恵まれてるんだろうなと思った。
それにしても、特定の人間と連絡が取れないというだけで、こんなに行動をしてしまうとは思わなかった。
(変なの……)
オリバーやニアが気にかけるほど、俺は落ち込んでいるのか。
――不思議だ。
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