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2-1 魔法学園の編入生

109 ダンジョンで聞いてみよう・前

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※すみません、以降オリバーの一人称を『僕』に変更しています







「あ、レイさま……えッ……どうしたんですか? 突然恋人と連絡が取れなくなって、しょぼくれてる村人みたいな顔して」

 俺の顔を見るなり、そう言ったオリバーの頭を……俺はスパンと勢いよく叩いた。ついにオリバーをオークにヤらせるときがきたか、と思った。
 ひさしぶりにダンジョンに帰ってきたのにはわけがある。
 ダンジョンの様子を見に来たっていうのもあるけど――。

「えぇッ! ま、まさか図星ですか……⁉︎」

 目を丸くするオリバーに、言い返してやりたい気持ちは山々だったが、言葉がなにも出てこなかった。
 なぜなら、本当に――……オリバーの言う通りだったからだ。
 フェルトは別に恋人ではないけれども。

「ついにフェルトさんも、悪魔の手から逃げようという段階になったんですね? なにしたんですかレイさま。浮気ですか? 鞭で叩いたんですか?」
「……」
「だめですよ、レイさま。フェルトさんは純粋なんですから。いくら許してくれるからって、変態行為にも限度があります。早く謝ったほうがいいですよ」
「……なにもやってねーよッ!」

 だいたい浮気ってなんだ。別に俺が誰となにしようと、フェルトには関係ないだろ……。
 というか、俺の感覚がよほど常人とズレていなければ、フェルトとの関係は良好だったはずだ。たしかに、いろんなことをさせたりはしてたけど、フェルトだってペニス振って喜んでたし、別に悪いことはしてない。
 むしろ――わりと仲よくしてた……と、思う。

「え、嘘。なんか……わりと深刻なかんじですか? レイさま意外と真剣に悩んでますね」
「別に……変なかんじじゃなかった。フェルトも楽しそうにしてたし。ただ、泊まってた宿屋にもいなければ、〝口〟の連絡も届かない」
「えぇッ!」

 そもそも〝口〟の連絡というものの仕組みは、俺の〝口〟が魔力を込めて発した〝言葉〟を、相手個体の〝耳〟が受信するという設定になっている。
 地球にいたころのように電波を張り巡らせることはできないので、直接、俺の〝口〟と相手の〝耳〟を生体改造するという方法を取っている。つまり、俺が〝オリバー、お菓子取って〟と魔力を込めた言葉で発すれば、オリバーの耳がそれを〝受信〟するという仕組みになっているわけだ。
 
 改造した〝耳〟が受信を拒否するということができるのかどうか……ということなのだが、今試してみたところ、オリバーは受信拒否ということができなかった。
 可能性としては、普通にフェルトが無視しているのか、もしくは耳を削ぎ落とされている状態か。
 あるいは、可能性は低いけど〝耳〟の機能を〝体〟が忘れてしまっている状態か……のうちのどれかだ。
 
 最後のは、要するに……催眠術にかかっているような状態で、〝あなたは動けなくなります〟と言われたあと、体が動かなくなる暗示にかかってしまう、みたいなかんじかと思う。
 俺が考えつくかぎりは、その三つかと思ったけど、そのうちどれが一番ましな状況なのかは……正直よくわからない。
 顎に手を当てたオリバーは、眉をひそめながら訊いた。

「ちなみにフェルトさん、顔はで失踪したんですか?」
「――それが、もとに戻した状態でいなくなった」
「え」

 その質問を聞いて、さすがはオリバーだなと思った。
 目のつけどころが違う。
 フェルトが失踪した……と聞いたあとに、からかっていたときは別として、尋ねてきたことは、状況でもなく俺との関係でもなく、〝状態〟だった。
 
 その質問に俺は少しだけ安堵する。
 
 オリバーから見ても、俺のもとからフェルトが自分の意志で去ったとは考えにくい……たとえそうだとしても、なにかしら連絡はするだろう、という意見にいたったということだからだ。
 この気弱そうで素朴な青年は、平凡そうでいて賢いと……俺は思う。

(そうなんだよなー)

 あの夜会のあと、寮までは送り届けられたのだ。
 そして、目につかない場所でフェルトの顔をもとに戻し、召還扉でフェルトは宿屋へ帰った。
 本当だったら、朝、冒険者ギルドに行く前に連絡があり、顔を外行きの茶髪茶目にする……ということをやって、お互いに登校・出勤というのがルーティーンだったのだ。
 だけど――。
 翌朝、フェルトからは連絡がなく、宿屋に様子を見に行けば、もうすでにもぬけの殻だった。

 ユエの召還扉は、場所と場所をつないでくれる、どこでもド――どこでも行ける扉みたいな便利道具だが、さすがに人同士はつなげない。
 一体フェルトになにが起きたのかはわからないが、もしも顔をさらしてしまえば、フェルトの存在に気がつく者もいるかもしれない。
 なんせ場所は王都――フェルトが生まれ育ち、そして、つい最近まで、王族貴族を含めて揉めていた案件の……中心人物なのだから。

「隷属は可能性としてないわけですよね? 暗示……あるいは、捕囚ですか」
「だと、俺は思ってる。でも誰に? どうして? なんのために? の、どれにも検討がつかない」
「そうですよ。だってフェルトさん、普段から顔出してないですもんね。風の精霊を使役している人間なんてたくさんいますし」

 ダンジョンでなにか手がかりがあればと思ったのと、ニアと少し話したくて一度戻って来たけど……こんな場所に来たところで、なにか出てくるわけはなかった。
 俺は、ハァとひとつため息をついた。
 オリバーはそんな俺をじっと見つめ、なぜか……微笑んだように見えた。

「……なんだ?」
「あッ……いえ……その、レイさまも……フェルトさんのことをちゃんと大事に思ってるんだなって思っただけです」
「は?」
「いや、なんでもないですよ。とりあえず、アッカ村行きましょうか。ダンジョンはなんの問題も起きてません。ニアもレイさまたちが王都に行ってからは、真面目にイモ掘ってますよ」

 この世界に来てから一番付き合いの長いオリバーは、もう俺の思考をよく理解しているようだ。
 フェルトと連絡が取れなくなって、少しもやっとしてたけど、オリバーと話して、ちょっと頭がすっきりした。

「お前をオークにヤらせようかと考えて悪かったな」
「えええッ‼ それは……ほんとに悪いと思って下さいよ! 僕、レイさまたちいない間、全部ひとりで管理やってるんですからね‼ 僕、普通に人間なのにッ!」
「…………たしかに」

 普通に人間なのに、モンスターとかダンジョンの管理をさせられているオリバーは、なんて奇妙な立ち位置なんだろう。というか、それをこなすことのできる人材っていうのも、結構すごい。
 もう少し大切にしてもいいかもしれない。

「ま、とりあえず行こうか」
「ありがとうとかってもいいんですよ!」

 そう叫ぶオリバーを無視して、俺はアッカ村に向かって歩き始めた。
 ニアとティカが住んでいるのは、孤児院とは別の場所に建てたこじんまりとした家だ。ニアが暗殺稼業というか……隠密作業をしているときは、顔をもとに戻しているので、俺のダンジョンから近くにある。

 少し歩くと、すぐにニアの家が見えてきて、小さな家庭菜園のような畑にティカがいるのが見えた。「レイさま~!」と、にこにこと手を振りながら寄ってくるティカの顔に、もはや出会ったときのような憂いはない。髪の色がなんであれ、目の色がなんであれ、本来子どもはこうあるべきだ。
 手を振り返すと、嬉しそうに飛び跳ねて、さらに大きく手を振りながら走ってきた。

「レイさま、お帰りなさいー! お兄ちゃん、村のイモ畑のほうにいるんですけど、もうすぐ帰ってきます!」
「ティカひさしぶり。元気そうでよかった」

 顔に土がついているが、本当に笑顔がキラキラしてほっとする。
 出会ったときの……あのにこりともしない様子を思い出すと、すごい変化だ。
 ティカに村の様子を聞きながら、家でお茶を出してもらってしばらくすると、顔を変えた茶髪のニアが帰ってきた。

「あれ? レイさま。おかえりなさい! 今日学校は?」

 それが……と俺が話し始めようとすると、ティカが気を利かせて、「私は畑の様子を見て来ますね」と外に出て行った。
 空気の読める子どもだ。
 一応ニアに状況を説明して、訊きたかったことを口にした。

「お前の上役ってさ、誰に仕えてたか知ってる?」
「いや、俺みたいな末端には、そんな情報は降りて来ないよ。ただ、いろんな任務の内容を考えると、商人が知りたい内容ではなかったから、王族か貴族なことは間違いないけどね」

 それでは、情報があいまいすぎだった。俺は質問を続けた。
 
「お前、第一王子の情報はどれくらい持ってるんだ?」
「第一王子? 第二王子じゃなくて?」
「第一だとなんで、第二だとなんなんだ?」

 ニアはきょとんとした顔のまま、指で数字を作りながら話した。
 第一王子は「優秀・誠実・穏やか」で、将来有望。次代は賢王となるだろうと言われていて、周りの貴族たちの期待も大きい。
 第二王子は、幼いころから完璧な第一王子と比べ評され、ひねくれてしまって、勉強もしない遊び人で女好き。だから関わる人間も多く、行き交う情報も多いため、スキャンダルにはこと欠かない。政治よりは芸術面に秀でている。
 だけど、それを聞いて……俺はすぐにおかしな点に気がついた。

「なあ、ニア。この国は……腐ってるだろ? その腐っている貴族たちが〝王〟を立てたいと考えると思うか? このまま楽して暮らしたいなら、第二王子を立てるだろ」
「ん⁉︎ ……た、たしかに。なんで第一王子はあんなに人気あったんだろ? あれ?」
「この前、話したけど、あれは見た目どおりの優男じゃなかったぞ」

 俺は……アレクサンダーのにやけ顔を思い出して、うげっと舌を出した。
 そうなると、あの王子の言ってた〝サロン〟が鍵なんだろうなと、思った。おそらく、そのサロンとやらでは、貴族が享楽の限りを尽くすなにかが行われていて、それで堕落した貴族たちをも操っているに違いない。
 
(問題は、どちらの側面が……あいつの本性なのかってとこだ……)
 
 賢王になるために貴族を操っているのか、それとも――逆なのか。
 どちらにしたって、キレ者には違いないのだ。

「お前の受けてきた任務の内容から推測できる範囲でいいんだけど、リンたちみたいに……〝穏健派〟と呼ばれる、国を守りたいと思う人間なのか、その中でも〝貴族派〟……と呼ぶのも変だけど、まあ、選民思想の貴族主義なやつなのか、あるいは、逆に……〝革命派〟なのか。そういう印象は少しでもあるか? 言いづらいことだろうけど、実際に〝暗殺〟の任務だってあったわけだろう?」

 ニアはまだ子どもだ。
 実際にどれだけ〝暗殺〟という任務があったのかは知らないが、その殺した人間が一体なにをやっている人間なのかもわからないこともあっただろう。思い出させるのは、本当に心苦しいが……どうしても情勢は知っておきたかった。
 ニアは「うーん」と言ってから、俺の顔を見て困ったように笑った。

「レイさま。俺がやってきたことは、俺がやったことだから。レイさまがそんな顔する必要はないよ。大丈夫。俺の感覚的なことだけど、殺した人間とか情報を集めた人間は、ってかんじだ。正確な数を覚えているわけではないし、わからないままやったこともあるから」
「――そうか」

 半々。そんなことってあるんだろうか。
 実際に、暗殺者なんていう人間に関わったことはないからわからないが……そんなに万遍なくということは……ありえるのだろうか。
 それこそ、漫画や映画の知識に頼るしかない状況ではなんとも言えない。
 
 ただ、偏りなく……一定数の不必要な人間がいて、偏りなく、ある程度の情報を必要とする人間。
 しまいには……こんな辺境の村にまで、ニアを送り込むくらいの用意周到な人間で、視野も広い。
 
(バランスを……取っている? どうだろう、でも……なんのために?)




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