引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️4/30新刊

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2-1 魔法学園の編入生

106 植物採取の授業とオカシナ竜

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ちょっと遅くなりました!誤字報告、ありがとうございます!
――――――――――








 前回の授業でウルシラ先生が言っていた通り、その週の植物学クラスは、近隣の魔法植物の採取から始まった。
 オーベルソミュール学園は、研究機関と隣接している森の反対側にあり、採取に最適とも言える立地だ。小さくても王都に森があることも驚きだが、学園の隣にあるとは思えない鬱蒼とした森で、今日は指定された三種類の植物をそこで採取するのだ。
 
(小学校の理科みたい……)

 でも、薄暗い森には、おかしな形の植物や気味が悪い色のキノコが生えていて、楽しくなってきた。
 俺の少し先でシア殿下が腰をかがめて、植物を探しているのが見える。王子にも容赦ないウルシラの態度は、好感が持てる。

 しかし、王子だというのに護衛のようなやつらがついていない。
 学校だとはいえ、こんな森に出かけているのに、少しおかしいような気がして首をかしげた。
 シア殿下は帯剣しているようだが、心許ない。なにごともおきなけえばいいなと思いながら、しばらく採取に没頭してしゃがんでいると、上から声をかけられた。

「どうだ? 見つかったか?」
「――ああ、殿下。あと一種類なんですけど、最後の『ポンポングラス』が見つからないんですよね」
「私もだ。もう少し奥のほうまで行ってみようかと思うが、お前も一緒に行くか?」
「あ、はい。行ってみましょう」

 二人で影になっている岩場のほうへ足を伸ばし、もしかしたら木の上に生えている植物なのだろうかと、話し合っているときだった。
 から声がした。

『レイ――この先、誰か隠れてる。暗殺者かもしれない』

 まじかよ……と、思いながら、俺はちらりとシア殿下を振り返った。

「シア殿下、護衛は一緒じゃないんですか?」
「……なぜ、そんなことを聞く? 帯剣はしているが――学園内では護衛をつけていない」
「この先、誰か隠れてます。暗殺者っぽいかんじがします」

 ピリッとシア殿下に緊張が走り、人形みたいに綺麗な顔が途端に険しい表情になった。

「悪いな……巻き込んでしまったようだ。きっと俺の刺客だ――ゆっくり後退しよう」
「シア殿下は誰かに狙われているんですか?」
「……ああ、そうか。お前はあんまり貴族社会に明るくないんだったな。私の母親の身分が低くてな。それを正妃様によく思われていないのだ」
「え……じゃあ、ご正妃様に狙われてるんですか?」
「まあ、それか……姉上か……どちらかだろうな」

 なんという血みどろな家族構成……殺し合っているなんていう民度に低さに、俺は目を丸くした。
 本当にそういうのあるんだな、と逆に感心してしまった。少ない王族の中で潰し合って、ご苦労なことだ。ただでさえ、平民の不満が高まっているというのに。

『レイ。複数いるみたいだから、まだ遠くにいるうちに俺の屋敷に逃げたほうがいい。っていうか、ちょっと、その……と、とにかく、召還陣!』

 なんだろう。
 なんかユエの様子がおかしい気がするが、まあ、複数暗殺者がいるのは本当なのだろうから、俺はシア殿下にそれを伝えるべきなんだろう。王族にユエの力を見せるのは大丈夫なんだろうか。なにか変だなと思いながらも、俺はシア殿下に言った。

「シア殿下、複数暗殺者がいるみたいなんです。魔法で逃げる方法があるんですけど、その、私のこと信用していただけますか?」
「複数も――そうか。って信用……というのは?」
「だってほら、私が殿下を狙ってる暗殺者とかだったら大変じゃないですか」
「――あ、ああ、そういうことか。いや、信じよう。人を見る目だけはあるつもりだ」

 根拠は……それだけで大丈夫なんだろうか。
 俺は呆気に取られながらも、とにかく木陰で召還陣を発動させると、扉の中にシア殿下と一緒に逃げ込んだ。きっといつもの洞窟の岩場に出るものだと思ったが、辺りを見回すと……緑の深い木々に囲まれた――ユエんちの中庭だった。
 黒塗りの柵をキィッと開けたところで、ようやくシア殿下は我に返ったようで声を上げた。

「こ、ここは……!」
「話せば長いんですけど、とりあえず安全な場所です。こんな変なところにいたら不安でしょうし、今すぐどこか殿下が安心できる場所に移動しましょう」

 そう言いながら、どこがいいだろうかと顎に手を当てながら考える。
 教室だと目立つだろうし、ウルシラ先生の近くにいけば安全ということもないだろう。
 よく考えてみたら俺は学園にも不慣れで、考えても思いつかなそうだったので、本人に希望を聞くことにした。

「すみません、どこか希望はありますか? 教室だと目立ってしまう気がして……王城のシア殿下のお部屋とかにしますか?」
「……ど、どこにでも出られるのか⁇ これは一体……どういう仕組みの……魔法なんだ……」
「話すと長いんですけど、とにかくどこにでも出られますので。こんな怪しいところにいるのは怖いでしょうし」

 ――……そう言いながら、さすがに俺は気がついた。
 暗殺者うんぬんよりも、俺のほうがよっぽど怪しい状況になってしまった。

 なぜかユエがやたらと強調してきたもので、こんなところに来てしまったが、俺にとってはバレないほうがいいことばかりだった。
 シア殿下はわりと人間ができているように思うけど、それでも……あまり奇妙な印象は残したくない。
 めんどうなことになった。
 とにかく早くどこかに送り届けて、知らぬ存ぜぬで通してもいいか……と思い始めたところで、シア殿下が口をひらいた。

「いや、怖くはない。ちょうどお前と話がしてみたいと思っていたんだ。安全が確保されるまで、もう少しこの場にいても問題ないだろうか。ウルシラ先生にはお前から伝えてほしい。あとで、城からも報告を出すことになるだろう」
「それはいいですけど、私と話ですか?」
「あ、ああ……平民と話す機会があまりなくてな。編入するくらい優秀な者なら話しやすいかと思うし、不思議な魔法のことも気になる」
「……なにかお話があるなら、この屋敷の応接間でちょっと話しますか? 真っ黒で恐縮ですが」

 数日見た印象だが、シア殿下は社交的ではなさそうだし、もしかしたら話し相手が欲しいだけかもしれない。例のロザリー殿下のように取り巻きもいない様子だし、不思議な王子様だ。

 俺はそう言いながら、黒い柵を閉めてから、草しか生えていない庭を進む。
 両端に石の並んだ小道を十メートルほど進むと、黒塗りの館の前で一度、シア殿下を振り返ってみた。
 きょろきょろとこの邸宅の敷地や外側を見ながらも、シア殿下に緊張感はないように思えた。

(もし……俺が逆の立場だったら、悪魔の家にでも誘われていると感じるが……純粋なんだろうな)
 
 いや、この世界の『常識』と『非常識』の区別がつかない俺には、なんとも言いがたいところではある。
 俺は植物採取やウルシラ先生たちの安否を少し気になったが、ユエが『大丈夫だよ』と言ったので、そのまま応接室に向かうことになった。

 ゴシック調の黒い扉を開け、中に入れば、また黒い廊下に黒い照明が続く。
 応接室の扉を開けたって、そこはくどいほどに真っ黒黒のごてごての家なのだ。ユエ本人はシュッとしていて、スラリとした体躯で、どちらかというと近未来的な服装が似合いそうなのにな……と思う。
 ソファに座るよう促しながら、俺は口をひらいた。

「――ええと、それでなにが話したかったんですか?」
「あ、ああ……その」

 しどろもどろの口調で話し始めたシア殿下は、自分でもうまく理解ができていないのか……様子がおかしかった。
 自分は社交的な方ではないのに、初対面のときになぜか俺の隣の席に座ってしまったこと、なぜか気になって俺のことを目で追ってしまうこと……それを自分でも不思議に思っていることを教えてくれた。

(なんだそれ……しかもそれって、俺に言うべきことかな?)

 一生懸命話している姿は、一国の王子としては……心許ない。
 しかも要点がまとまっていないので、なんて言葉を返すべきなのかもよくわからない。どうして俺にそんなことを話してみようと思ったのかは知らないが、そもそもこんな国の情勢の中にいる王子様っていうのは……平民と交流があるものなんだろうか。
 こんなのは子守りじゃないかと、だんだんめんどくさくなってきた俺は、もうこの王子に関わらないようにしようと思った。

「シア殿下。私はあんまり貴族社会に明るくないのですが、平民と交流したりすることってあるんですか?」
「今の王族は選民意識が高いからな……あまり平民と交流することはない。母上みたいなおおらかな人でも、平民と話をしているのは見たことがない」
「じゃあ、シア殿下もお母上にならったほうがいいのではないでしょうか。悪影響かもしれないですよ」
「いや! そ、その……レイは、姉上や父上、ご正妃様が……平民を奴隷のように扱っていることを、どう思うか?」
「………どう、とは?」

 俺は、なんにもわかりませんでしたのような無害そうな笑顔を浮かべながら、心底呆れ返っていた。

(………なんだこのお坊ちゃまは。んなの、反吐が出るに決まってんだろ)

 こっちは、俺のものに手をつけられかけているんだ。
 隷属の首輪つけられて、平民が喜んでるとでも思ってんのか? 頭ん中で花でも育ててるんだろうか。ふざけんなよ……と思い、ピクピクとこめかみが動くのを感じながら、俺はシア殿下の説明を待った。

「私はその現状をどうにかしたいと、考えているのだが……」

 その言葉を聞いた途端――。
 俺にはもう我慢ができなかった。
 というか、この王子の前で笑顔を浮かべていても、なんにも自分に得などないと思ったので、それを……やめた。
 
「はあ? だったらさっさとどうにかしろよ。ぼんくら王子」
「……えッ」

 俺は頭をガシガシと掻きなら、言っちゃったからもういいやと腹をくくった。ここで「処刑だ!」と騒がれたら、この王子の頭をいじって記憶を消そう。無理かもしれないが、その実験の第一号にしてやる……と思った。

「綺麗ごとばっかり言ってんじゃねーよ。もう被害は散々出てるんだ。そっちこそ……第二騎士団のこととか思ってるんだ? オーランドのおっさんとか、あんな温厚そうなおっさんなのに……お前の姉貴にぶちギレてたぞ」
「………ッ」
「どうにかしたいと思ってんなら、とっくの昔にもうどうにかしてろよ。思うだけでなんか起きると思う? お前もう成人してんだろ。幸せなやつだな!」

 日本の感覚で言えば、十六才なんてまだ子どもだと思うけど。
 でも、王族であるこいつらは――違うはずだ。
 俺だって、家の都合で小さいころからいろんなことを勉強させられてきた。一国の王子ともあろう人間が、それなりの教育を受けて来てないはずがない。なにかしようと思えば、できる年齢なはずなのだ。
 
 地球の歴史でも、四才で即位とかあったんだから、十八才なんて大人も大人だ。
 黙り込んでしまったシア――もう継承をつけるのは止めた。俺はシアを放って、ソファの背もたれに、ドカッと行儀悪く寄りかかった。
 どんな反応をしてくるかなと思っていたら、シアはぎゅっと拳を握りしめたまま、なんと会話を続けた。

「――そ、それが、その、平民の総意だと思うか?」
「知らねーよ! 普通に俺の意見だわ。でもそう思ってるやつらも多いんじゃねーの? あともう隠すの面倒だから、一応言っておくけど、俺、男なんだ。お前の姉貴が、見目のいい平民の男は、根こそぎ〝奴隷騎士〟にしてるって聞いてな。やむをえず『女』として学校に通ってる。お前こそどう思うわけ?」
「お、男……! 平民には、お、お前みたいに綺麗な男がいるのか……た、たしかに。その見た目では……そ、そうだな。いい判断だと思う」
「…………」

 俺は死んだ魚のような目になった。
 
(論点そこじゃねーんだよ……俺の顔立ちは平民どうこうでもねーし……)
 
 悪いやつじゃないんだろうなとは思うけど、なんせ温室育ちの坊ちゃんだ。めんどくさすぎだった。なぜか暗殺者に狙われていて、日常的に狙われているようだけど……それでもこの花畑脳なんだとすれば、それは周りの教育のせいだろう。
 おそらく……母親が強いんだろう。
 身分的には弱くても、シアに心配をかけないようにずっと守ってきたんだと思う。そうじゃなくては、こんなにも純粋な王子ができあがるわけはない。

「で、なんなの? 俺になにが聞きたかったんだ……」
「――い、いや、私の考えが甘かった。レイの言う通りだ。今までにもできることはたくさんあったはずだ」
「この国はもう……崖っぷちだ。俺は……実はまだこの国に来て間もないんだけど、グレンヴィルではもう革命が始まってるようなものだろ」

 シアは綺麗な顔を歪ませて、なにかを考え……そして、だんだん涙目になってきた。

(……え。泣く……? 王子様泣かせるのは……まずくない?)
 
 でも、優しく諭すみたいなことをした試しがなかった。
 上っ面でいいならなんでも言えるけど、悪いけど……取り繕うほどの価値も感じない。
 どうしたものかなと思っていると――そのとき、左目からユエが突然飛び出してきた。そして、慌てて肩を抱くように、シアの横に座った。

「ちょっとレイ! シアのことをいじめないでよ!」
「……へ? わッ! だ、誰だ……! 黒髪……⁉︎」
「えー…………」
 
 ――もっとややこしくなる展開が訪れた。
 突然現れたユエに、シアはビクッと体を震わせて目を見張った。
 俺は頭を抱えて「めんどくせぇ……」と思わずつぶやいた。
 だけど、ユエはきっと自分のことを説明するだなんていう親切な芸当を……しないタイプ、の人間であることは明らかだった。俺はしかたなく、しぶしぶと口をひらいた。

「……お前の隣にいるのは、千年間ザイーグを守って来た守護竜様だ」
「えッ……へ⁉︎ ど、ドラゴン……⁉︎」
「ああ、昔……お前の祖先に騙されて、知らない間に悪者にされてたみたいだけど、正真正銘……この国の守り神だ。ユエ」

 あとはさすがに、自分でやれと思いながら、俺はふいっと横を向いた。
 目線だけでどうなるのかを見守っていると、ユエがシアのことを抱えたまま、にこにことしまりのない顔で話し出した。
 
「はじめまして、シア。俺……今は、レイの左目の中から世界を見させてもらっていて……それで、シアのことも見てたよ。髪、黒だから怖いかもしれないけど……わ、悪いことは、したことないよ!」
「――ま、守り神さま……」

 なんていうつたない自己紹介だろう……でも非常にユエっぽかった。
 シアはぽかんとした顔でユエのことを見ていたが、守護竜と聞いて、ピッと背筋を伸ばして姿勢を改めた。
 黒髪でも騒ぎ出さないシアを見て、この国の成り立ちをかいつまんで説明してやると、「今すぐには全部信じることはできないけど、とりあえずは信用します。守護竜様」と、シアが言った。

(…………俺の周りに、だんだん〝ピュアァァ〟てかんじのやつらが増えて行く)
 
 わかるだろうか。
 『純粋』とか『健気』とかの属性なのはわかるんだが、『ピュアァァ』てかんじの清らかの最上級のようなやつらだ。

(…………あれ? でも待てよ)
 
 竜と人間は言葉が通じないはずだよな。
 俺は人間ではないから通じるんだと思ってたけど……。

「ユエ、なんで人間と言葉が通じるんだ?」
「ああ、ここは俺んちだから。ここだけは違う空間なんだ。特別。でも結局はレイがいないと、人を呼ぶこともできないから……その、外で会ってもシアと話せないから、その、それで……」

 そう言いながら、ユエの頬がだんだん赤くなっていく。
 その様子を見て、さすがに俺も気がついた。

(シアと話したかったから、召還扉を出せって騒いでたのか……え、なんで⁇)

 そんなことを考えていたら、俺が考えているその前で――。
 ぎゅっと目をつぶったユエが、真っ赤な顔のまま……子どもみたいに、ちゅ、と涙目のシアにキスをしたのだった。


「――……は?」




 

 俺が混乱の極みにいるころ、俺たちがの森で、こんなことをつぶやいている者がいたことなど、知るよしもなかった。

「……あれぇー? おっかしいなぁー⁇」



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