引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️4/30新刊

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2-1 魔法学園の編入生

105 招待状を平民のあなたに♡

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※誤字報告、ありがとうございました!!
――――――――――――――――――


 


「はあ? ――なんで⁇」

 俺が次の日、女子寮の自分の部屋に戻ると……恐ろしいものが部屋の扉の下に挟まれていた。
 それは――『レイ・アキミヤ様』と書かれた封筒で、首をかしげながら中身を見ると……なんとロザリー殿下からのパーティの招待状だった。
 俺がこの世界でパーティに行ったことがないことは言わずもがな。ロザリー殿下と会話するなんてもってのほかだし、すれ違ったことすらない。

 さすがにこれは、フェルトやリンに聞いてみないとまずいと思い、俺はすぐにフェルトの部屋に引き返し、フェルトと一緒にリンの屋敷を訪ねることにした。
 貴族の屋敷を訪ねたことなんてないが、念のため、服装は貴族っぽいクリーム色のドレスを着て行くことにした。きちんとしていたほうがいいだろうと思って、護衛のフェルトもグレーの騎士のような服を着ている。
 それにしても――。

(リンの家……すげぇぇ……)
 
 本邸ではなく別宅だから小さいのだと聞いていたが、さすがは貴族である。
 門越しに見える邸宅をざっと見回しただけでも、表の面に窓が十個以上あった。ひとり暮らしなはずだが、こんな広いところに住みながらも〝小さい〟と言えるのだから、リンの財力たるや。
 庭も綺麗に整えられており、夏のバラがいまだ咲き乱れていた。

「すげーな、貴族って」
「ねー。平民と比べちゃうと……その、考えられない豪華さ……だよね」

 フェルトがどこか不安そうな様子で、眉尻を下げてそう言った。ため息をついては、きょろきょろしているので、どうしてそんなに落ち着かないんだろうと不思議に思う。

「どうかした?」
「……あッううん、あのさ……レイも、こういうところに住みたいかな? その、俺の泊まってるとことか、ちょっと狭い?」
「はあ? 別に」

 なにを心配していたのかはさっぱりわからなかったが、フェルトはほっと息をついた。
 大きな金縁の門の横に立っていた守衛に声をかけてしばらくすると、建物の扉がひらき、執事っぽい黒服を着たじいさんが出て来た。

「リンゼイさまがお会いになるとのことですので、中へどうぞ」

 にっこりと微笑まれたけど、その笑顔が作りもののように見えて、おそらく歓迎されていないのだと理解した。
 俺はフェルトのほうをちらりと見ると、フェルトもなにか感じることがあったのか、「ごめん、レイ。貴族の人たちは、先に手紙を出してこの日に行きますよって伝えたりするみたい」と教えてくれた。
 
(効率わる……)
 
 執事のじいさんに案内されて中に入ると、屋敷の中は玄関からずっと濃紺の絨毯が敷かれており、二階へと続く仰々しい階段を上る。
 それからじいさんが、何個目かの扉をコンコンと叩いて、「お客さまをお連れいたしました」と言うと、リンの明るい声が「どうぞー!」と言うのが聞こえた。中に入ると、嬉しそうな様子のリンが出迎えてくれた。

「レイーッ! いらっしゃいー! いらっしゃい! まさか訪ねて来てくれるだなんて思ってなかったから……あぁ嬉しいなー! 忘れられる前に、近々学園まで会いに行かなくちゃと思ってたんだよー!」

 小走りで近づいてきたリンがぎゅうっと俺のことを抱きしめ、「かわいい! なにそれすごくかわいい……やばい」と褒めちぎっていた。
 その光景をあ然とした顔で見ていた執事のじいさんに、「お菓子とお茶お願い」と言ってから、リンはパタンと扉を閉めた。

「なんか貴族んちは、急に来たらいけなかったんだって? 悪かったな」
「えー⁇ レイならいつでも遊びにきていいんだよ! むしろ召還扉で来てくれていいよ。と、そこの茶髪の騎士はフェルトだよね?」
「そう、フェルト。顔違うけど。そうか、仕事忙しいかもと思って門から来てみたんだけど、余計な心配だったな」
「むしろ平民の女の子が、ひとり暮らしの男の家を訪ねてくるほうが心配だし、次からは直接来ちゃって」

 なるほど、そういう懸念もあったか。
 ひとり暮らしの感覚は現代とは違うなという気がしたけれど、リンがそれでいいのなら、俺も直接来たほうが楽だった。リンが白い布地のソファにとすっと腰かけながら訊いた。
 
「――で? なに⁇ なんか急ぎの要件なんでしょ? どうかした?」
「それが……」

 俺は、今朝届いたばかりのバラの匂いのする封筒をバッグから取り出すと、リンに手渡した。
 リンは封蝋を見ただけでビクッと一度動きを止め、俺の顔を見ながら「まじで?」と目線で尋ねた。
 俺がため息をつきながら頷くと、神妙な面持ちになって封筒の中身を確認した。

「うー……ん、なにが……起きたんだろう」

 テーブルを挟んだ向かいのソファに俺たちを座らせたリンは、頭を抱えてしばらく考えていた。

「レイ、なんか目立つことした? いや……成績とか容姿とかが目立つのわかってるんだけどね」
「してない」
「なんか最近、ロザリー殿下の噂でなんか気になることあった?」
「噂……ではないけど、ローデリックってやつに弱い者いじめをするなって言われてるところを見た」
「ローデリックに……? あー……そうなんだ。じゃあそれかもね。あーそれなら、そんなに怖いことじゃないかもしれない!」

 リンが言うには、ロザリー殿下は……婚約者のローデリックが好きなようだ。
 影では平民に対してやりたい放題のわがまま姫だが、彼に好意を持ってもらいたいという願望があるらしい。いじめの現場を見られてしまったから、それで、平民を誘う催しを――?

「……なんて安易な」
「ま、そういうお姫さまなんだよ。でも、断ることはできないだろうし……行かないとね。レイは誰にエスコートしてもらうの?」
「エスコート? 招待状は俺あてだったけど?」
「貴族のパーティにご令嬢がひとりで行くっていうのは、ちょっとねー。誰かほかに招待されている友達とかいれば、いいけど」

 ああ、それならハナに頼めばいいんじゃないかなと思っていると、リンが変なことを言い出した。
 
「レイ。パーティの同伴は基本異性。つまり……男の子ね」
「え、男…………いや、いまんとこ、シア殿下くらいしか話したことないな」
「あはは! さすがレイだね。友達のレベル高いなー。シア殿下ならその場にもいるだろうけど、エスコートさせるわけにはいかないよねー」

 それはわかる。平民の俺がシアにエスコートなんてされて登場したあかつきには、全方位から刃物が飛んできそうだった。
 ただでさえ、ロザリー殿下の夜会だというのに、そんな恐ろしく目立つことはできない。
 どうしようかと悩んでいると、フェルトがおずおずと口をひらいた。
 
「――あの、メルヴィル卿。俺じゃ、やっぱりだめですか?」
「ああ、フェルト? うん、そうだね。護衛にエスコートしてもらう子もいるよ」
「ロザリー殿下に目をつけられないためにレイは女の子になったけど、でもこれじゃ、逆に男性貴族のほうに目をつけられてしまいますよね……」
「たしかに社交界デビューについては考えてなかったよねー」

 そんなこと、俺が知る由もないんだから、できれば考えておいてほしかった。
 俺もこんなパーティだのなんだのに参加するつもりはまったくなかったので、はー……とため息を洩らした。だからやっぱり、顔を変えておけばよかったし、そもそも学校なんて行かなければよかったのにと思う。
 目の前の茶菓子に手を伸ばそうとしていると、リンがにやにやしながら言った。

「レイちゃん俺の婚約者になっとく?」
「だ、だめですからね‼」
「えー」

 フェルトがいつぞやのすごい剣幕で、リンに食ってかかってた。フェルトはリンのことを異常に警戒しているのだ。
 
(それにしても……こんなややこしい事態になるとはなー)

 参加しなくてはいけないイベントだなんて、なんか日本じゃ考えられない。話を聞いている限り、よほどのことがなければ、病欠すらもだめなようだ。
 ――本当にひどい国だ。
 実際のヨーロッパの貴族社会がどうだったのかは知らないけど、少し聞きかじっただけでも、ぐちゃぐちゃどろどろと入り乱れて、情緒がおかしくなりそうだ。
 本当に面倒な社会だと思う。

「めんどくせーな。瓶底眼鏡でもかけてく? 汚い格好してくとか」
「うーん、それはそれで、ロザリー殿下が嫌がりそうでね。本当に困ったものだね。どうしようか」
「とりあえず、婚約指輪だけでもつけておくのはどうですか?」
「そうだね。あとはもう……とにかく目立たないことだけど、それは無理だろうし……」

 フェルトとリンの両方が、俺の顔を見てため息をついた。
 でも、そんな顔で見られても俺だって困る。別に好きでこの顔に生まれたわけじゃないのだ。
 
(やたら綺麗な顔した母親に似ちゃったのが……いけなかったよね)

 頭の中で、自分の顔にモザイクでもかけられればいいのに、と思ってふと尋ねてみる。

「認識阻害みたいな魔法ってあるのか?」
「認識阻害……⁇ えーと、そこにいるのがレイだってわからなくなるってこと?」
「まあ、ノイズとかステルスと言ってもわかんないよな。霞がかったイメージになるとか、記憶に残らなくなるとか」
「あー……うーん……うーん? なんか、古代魔法で、幻惑の魔法っていうのがなんかあったような、なかったような」

 そもそも、絶対に『平民の男』のまま入学はしないほうがいい、と止められたときに……俺は顔変えればいいのではないかと、提案したのだ。
 女になるとかややこしいことするくらいなら、普通の顔に変えてしまえばいい。
 絶対にそっちのほうが楽だ! と、主張したのだ。
 でもフェルトが、学校は友達ができるから、レイの友達をちゃんと作ったほうがいいからって、そのままの顔で行けってやたら主張してくるから……。

(ていうか、女装しなくちゃいけないくらいなら、顔変えたってよかっただろ……)

 俺だって十八年間この顔でやってきてんだ。この顔が厄介なことくらい、さすがに自覚している。
 せっかく自分の顔を変えられる魔法みたいな――ああ、魔法だった……があるんだから、顔変えたっていいだろうと思うのだ。
 まったく、なんのこだわりだかわからないが、フェルトは言い出すと頑固だ。

 執事っぽいじいさんが運んで来ていたケーキと紅茶を飲みながら、考える。
 ロザリー殿下は平民を誘ってパーティをしたっていう事実が必要なだけなんだから、参加者名簿にチェックがつきさえすればいいはずなのだ。それなら入場してすぐに顔を変えてしまえば――とも思うけど、知り合いも招待されていることを考えると、途中で顔を変えるわけにはいかない。
 生体改造では、認識阻害というぼんやりとしたことはできないだろうし、やっぱりその幻惑の魔法とやらに頼るほかないのかもしれない。

『レイ、幻惑の実っていうアイテムがあるよ。まあまあレアアイテムだけど、俺いくつか持ってる。だからそのケーキをちょうだい』
「え、対価はケーキでいいわけ?」
「え? なに⁇」
「あ、いや、こっちの話」

 ユエの声が聞こえて、俺はフェルトの前に置かれてたケーキを、左目の前に翳した。自分のはもう食べてしまっていて、なかった。
 ケーキが一瞬でなくなり、紫色と緑色を混ぜたような変な実が、代わりに皿の上に置かれていた。

「「え」」

 動きを止めた二人に、「『幻惑の実』だって」と言ったら、リンが「ぐあああ」と悶絶し始めた。
 ――は?

「レイ、それ……おとぎ話でしか聞いたことない。大昔の英雄譚で、主人公が……一国を消し去った幻惑を見せるときに使うやつだ……」
「一国を消し去る幻影……え、それ俺の顔をぼやかすだけに使っていいやつ?」
「だ、だめなやつでしょう! ていうか、なに⁉︎ 今の! どういう仕組みでここに出て来たの⁇?」

 ああ、そういえば……フェルトには左目の話したけど、リンにはまだ話してなかった。
 とにかく、リンがそれは絶対に使わないほうがいい! 自分が幻惑の魔法は調べるから! と主張してくるのでリンに任せることになった。

 舞踏会は一週間後だ。
 ――まあ、リンの働きに、期待している。


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