106 / 119
2-1 魔法学園の編入生
103 王都をデートしてみましょう・後
しおりを挟む俺がかじりつくのを、フェルトはにこにこしながら見ていた。
きっとほかのやつにそんなことをされたら、俺はきっと……鬱陶しいと思うに違いなかったけど、嬉しそうなフェルトを見て、胸の中にほわほわしたあたたかな気持ちが溢れていく。
結局……なんだかんだでフェルトの首には首輪をつけることになったけど、俺はいろいろ満足してる。見た目はチョーカーのようにしてあるから、王都をそのまま歩いていてもあまり違和感もない。
飼いたいっていうのを伝える前は、ぐだぐだ心配して空回りしたけど……不思議なことに、なにも問題が起きてないのだ。
俺はなにも変わった気がしないから、おそらく……フェルトの心が広いとかフェルトの器がでかいとか……そういうことなんだろう。
(恋人ってさー……わかんねーけど、こういうかんじなんじなのでは?)
そんなことをたまに思うときがあって、それを、つい……今も考えてしまって、ちょっと恥ずかしくなった。
うつむきながらもぐもぐと口を動かしてごまかしていると、俺の髪がさらりと耳から垂れて……サンドイッチにつきそうになった。――その瞬間にフェルトの手が伸びてきて、両手の塞がっている俺の代わりに、左耳に髪をかけてくれた。
「いつも……つけてくれて嬉しい」
そう言ったフェルトの笑顔は……愛おしい人を見る恋人の微笑みってかんじだった。
あまりに綺麗に笑うものだから、びっくりした俺の口からぽろっとタマゴが落ちた。なんのことだろうと首をかしげていたが、ピアスのことを言っているのだと気がついた。
耳たぶをふにっと優しく撫でられて、俺は自分の顔がさすがに……かああと赤くなるのを感じた。そして、恥ずかしすぎて思わず叫んでしまった。
「彼氏かッ!」
「……え⁇」
思わずつっ込んだけど、フェルトはよくわからなかったようで、きょとんとした顔をしていた。そのあとしばらくして理解したのか、おかしそうに、あははと声を上げて笑った。
「いつもレイに振り回されてばっかりだから、かわいいレイが見られて嬉しい。俺は、全然彼氏でいいよ」
「……お前は、なんでも嬉しそうだな……」
「うん、いつか彼氏にしてほしい」
にこにこするフェルトを見ながら、俺は聞き捨てならない言葉に……思わず眉間に皺を寄せた。
(なんだそれ……やだよ。そんな終わりが一ヶ月くらいで来そうな関係……犬でいいって言ったじゃん)
そう思いながら、むっと唇を尖らせた。
でも、〝彼氏〟がなんなのかとか、〝犬〟がどうだったとか……だんだんよくわかんなくなってきてしまった。
最近、犬であるはずのフェルトが……あまりにも幸せそうで、それから、幸せそうに……笑うから。だから、もう大丈夫なんじゃないか……っていう気がしたりするときもある。
でも、そのたびに、自分の親のことを思い出して……〝恋人〟という関係に踏み切ることはできないでいる。
フェルトに甘えてんのはわかってるけど、こればっかりはどうにもならない。
時間が解決してくれるというなら、時間が解決してくれるまでフェルトが隣にいてくれることを、祈るしかないのだ。
(でも! 大切にしてる! 俺なりに!)
いつも食欲はすごくあるのに、朝だけは少ししか食べれない俺とは違って、ガツガツ肉を食べてるフェルトを見ながら、ため息をついた。恋人の話は保留にしておいている。結局……考えてみても、フェルトの望む答えを俺が提示できるとも思えなかった。
うまい朝食をたいらげた後は、公園をぶらぶらと歩いて、市場をいろいろ案内してくれた。話の合間にちょこっと挟まれる『俺の行きつけの場所』とか『俺が昔住んでたとこ』とか『俺の好きな店』だとか、フェルトのよく行く場所を聞いて、わくわくした。
(ここで……生まれ育ったんだなー、フェルトは)
俺は、もう日本に帰らなくていいなら、別に帰りたくもない。
でも、フェルトはこの街で生まれて、この街にたくさんの思い出があるんだなあ、と思う。親は死んでしまったって言ってたけど、その辺のことは、深く聞いたことがない。
育ててくれた『ばーちゃん』っていう人も、もう亡くなったみたいだ。そうやっていろんなものが失われている中で、唯一の故郷だというのに……フェルトは、俺と一緒にいるためにこの街すらも捨てなくちゃいけなくなって……ほんとによかったんだろうか。
俺の隣にいるということは、縁もゆかりもないグレンヴィルを……活動拠点にすることになるんだろうと思う。
俺は素直に訊いてみることにした。
「お前さ、本当は……王都に戻りたかったんじゃないのか?」
俺が尋ねると、フェルトは少し考えるような素振りをしてから、「全然」と断言した。その答えを聞いた俺が、不思議そうにしているのがわかったのか、フェルトは言葉を続けた。
「どちらにしろ身内もいないし、もとから王都はシルフィーが嫌いなんだよ。それに今は、レイが言ってた『王都は鬼門』っていうのもその通りだと思うし。それに、なによりも……俺がレイのそばにいたいし」
「――……ふうん」
未練がないなら、俺に言うことは特にない。
俺たちは王都のいろんな店を見ながら、いろんな話をして歩いた。しばらく経ったとき、左目からユエの声がした。
『レイ、ここちょっと見てもいい?』
「フェルト、悪い。ユエがちょっとこっちの路地のほうに行きたいって」
「ああ、黒竜様! うん、でもこっちの路地のほうは、治安が悪いっていうか、ちょっと……暗いんだけど」
フェルトの言う通り、狭い路地の先を行くと誰も人が歩いておらず、王都の目抜き通りから一本入っただけとは思えないほど……寂れた細い通りに出た。ユエが「こっち」と言って、俺を導いた先には、古井戸のようなものがあった。
中をのぞけば、水は干涸びていて、そのまま放置されていた。
「この辺りは……その、言い方が悪いんだけど、貧民街なんだ。悪い取引とか、それこそ奴隷の売買とか……こっちのほうでされてる。黒竜様が一緒でも、レイは絶対にひとりでは来ないで」
「――国はどういう対応してんだ?」
「基本的には放置だよ。騎士団の見回り経路にも入ってない。たまに慈善活動をしてる貴族が、もうちょっと通りに近いほうで、炊き出しみたいなことをやってるって聞いたこともあるけど、正直お遊びというか……数回それをしたところで、なにかが改善するわけではないと思ってる。不思議なのが、その……俺はたまに見回りのときに見に来たりしてたんだけど、貧民街に、子どもが――いないんだ」
フェルトはそう言って、きょろきょろと辺りを見回した。
どうやら子どもの声が聞こえないかと、耳を澄ませているようだったが……聞こえるのは寂しい風の音や、立て付けの悪い屋根がガタガタと鳴る音だけで、たしかに子どもの声は聞こえなかった。
「子どもがいない? 孤児ってこと?」
「そう。まあ、もしかすると、ルカさんみたいな人が集めて行ってる……っていう可能性もあるんだけど。一度も王都の貧民街で、子どもを見たことがない。それってさ……ちょっと怖くない?」
たしかに。それは怖い。
子どもがいない街なんてあるわけないんだから。
たとえそれが貧民街であって、ルカみたいなやつがいたとしたって、娼婦だっているだろうし。
この世界観の中での、避妊に対する考え方はわからないけど、子どもはできるだろう。
子どもがない街なんていうのがあれば、それは未来がない街だ。それが王都の中にあるっていうのは、この国にもう未来がないことと同義だ。
「おいユエ、なんかあんのか?」
『これなんなんだろう……この辺りの龍脈の流れが滞ってんのかと思ったけど、なんかこれ……悪意みたいな。おえぇ……なんか吐きそう』
「――とにかく今はわかんないんだな⁇ とりあえず離れるか?」
『うん、そうしてぇ……』
俺の目が吐いた場合ってどうなるんだろう……と少し考えて……俺は、そのすべてを考えなかったことにした。
フェルトの手を取り、表通りへとまた向かう。
その途中で、念のためフェルトに「誰かの気配があったか?」と聞くと、「なにも」と言っていた。
あの古井戸はなんなんだろう。俺からしてみれば、ただの枯れ井戸でしかなかったけど、なにか怨念みたいなもんが取り憑いているんだろうか。
(俺……ホラーは苦手なんだよなー。井戸とか……映画を思い出すから)
背筋がぞわぞわとしてきて、俺は足早にその場を去った。
なんとも思っていないのか、フェルトがあっけらかんと訊いてきた。
「黒竜様、なんだって?」
「なんか……今はわかんないらしい。悪意に当てられて吐きそうって言ってる」
「え! 大丈夫なの⁇」
表通りに戻ると、そこは活気溢れる王都の華やかな雰囲気が広がっていた。
一本、道を違えれば……あの寂れた場所に行き着くんだとすれば、このファシオンっていう街は……なんだか恐ろしい場所のように思った。
90
いつも読んでいただき、本当に本当にありがとうございます!
更新状況はTwitterで報告してます。よかったらぜひ!
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


糸目推しは転生先でも推し活をしたい
翠雲花
BL
糸目イケメン。
それは糸目男性にのみ許された、目を開けた時とのギャップから生まれるイケメンであり、糸那柚鶴は糸目男性に憧れていたが、恋愛対象ではなかった。
いわゆる糸目推しというものだ。
そんな彼は容姿に恵まれ、ストーキングする者が増えていくなか、ある日突然、死んだ記憶がない状態で人型神獣に転生しており、ユルという名で生を受けることになる。
血の繋がりのない父親はユルを可愛がり、屋敷の者にも大切にされていたユルは、成人を迎えた頃、父親にある事を告げられる──
※さらっと書いています。
(重複投稿)

クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる