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2-1 魔法学園の編入生
103 王都をデートしてみましょう・後
しおりを挟む俺がかじりつくのを、フェルトはにこにこしながら見ていた。
きっとほかのやつにそんなことをされたら、俺はきっと……鬱陶しいと思うに違いなかったけど、嬉しそうなフェルトを見て、胸の中にほわほわしたあたたかな気持ちが溢れていく。
結局……なんだかんだでフェルトの首には首輪をつけることになったけど、俺はいろいろ満足してる。見た目はチョーカーのようにしてあるから、王都をそのまま歩いていてもあまり違和感もない。
飼いたいっていうのを伝える前は、ぐだぐだ心配して空回りしたけど……不思議なことに、なにも問題が起きてないのだ。
俺はなにも変わった気がしないから、おそらく……フェルトの心が広いとかフェルトの器がでかいとか……そういうことなんだろう。
(恋人ってさー……わかんねーけど、こういうかんじなんじなのでは?)
そんなことをたまに思うときがあって、それを、つい……今も考えてしまって、ちょっと恥ずかしくなった。
うつむきながらもぐもぐと口を動かしてごまかしていると、俺の髪がさらりと耳から垂れて……サンドイッチにつきそうになった。――その瞬間にフェルトの手が伸びてきて、両手の塞がっている俺の代わりに、左耳に髪をかけてくれた。
「いつも……つけてくれて嬉しい」
そう言ったフェルトの笑顔は……愛おしい人を見る恋人の微笑みってかんじだった。
あまりに綺麗に笑うものだから、びっくりした俺の口からぽろっとタマゴが落ちた。なんのことだろうと首をかしげていたが、ピアスのことを言っているのだと気がついた。
耳たぶをふにっと優しく撫でられて、俺は自分の顔がさすがに……かああと赤くなるのを感じた。そして、恥ずかしすぎて思わず叫んでしまった。
「彼氏かッ!」
「……え⁇」
思わずつっ込んだけど、フェルトはよくわからなかったようで、きょとんとした顔をしていた。そのあとしばらくして理解したのか、おかしそうに、あははと声を上げて笑った。
「いつもレイに振り回されてばっかりだから、かわいいレイが見られて嬉しい。俺は、全然彼氏でいいよ」
「……お前は、なんでも嬉しそうだな……」
「うん、いつか彼氏にしてほしい」
にこにこするフェルトを見ながら、俺は聞き捨てならない言葉に……思わず眉間に皺を寄せた。
(なんだそれ……やだよ。そんな終わりが一ヶ月くらいで来そうな関係……犬でいいって言ったじゃん)
そう思いながら、むっと唇を尖らせた。
でも、〝彼氏〟がなんなのかとか、〝犬〟がどうだったとか……だんだんよくわかんなくなってきてしまった。
最近、犬であるはずのフェルトが……あまりにも幸せそうで、それから、幸せそうに……笑うから。だから、もう大丈夫なんじゃないか……っていう気がしたりするときもある。
でも、そのたびに、自分の親のことを思い出して……〝恋人〟という関係に踏み切ることはできないでいる。
フェルトに甘えてんのはわかってるけど、こればっかりはどうにもならない。
時間が解決してくれるというなら、時間が解決してくれるまでフェルトが隣にいてくれることを、祈るしかないのだ。
(でも! 大切にしてる! 俺なりに!)
いつも食欲はすごくあるのに、朝だけは少ししか食べれない俺とは違って、ガツガツ肉を食べてるフェルトを見ながら、ため息をついた。恋人の話は保留にしておいている。結局……考えてみても、フェルトの望む答えを俺が提示できるとも思えなかった。
うまい朝食をたいらげた後は、公園をぶらぶらと歩いて、市場をいろいろ案内してくれた。話の合間にちょこっと挟まれる『俺の行きつけの場所』とか『俺が昔住んでたとこ』とか『俺の好きな店』だとか、フェルトのよく行く場所を聞いて、わくわくした。
(ここで……生まれ育ったんだなー、フェルトは)
俺は、もう日本に帰らなくていいなら、別に帰りたくもない。
でも、フェルトはこの街で生まれて、この街にたくさんの思い出があるんだなあ、と思う。親は死んでしまったって言ってたけど、その辺のことは、深く聞いたことがない。
育ててくれた『ばーちゃん』っていう人も、もう亡くなったみたいだ。そうやっていろんなものが失われている中で、唯一の故郷だというのに……フェルトは、俺と一緒にいるためにこの街すらも捨てなくちゃいけなくなって……ほんとによかったんだろうか。
俺の隣にいるということは、縁もゆかりもないグレンヴィルを……活動拠点にすることになるんだろうと思う。
俺は素直に訊いてみることにした。
「お前さ、本当は……王都に戻りたかったんじゃないのか?」
俺が尋ねると、フェルトは少し考えるような素振りをしてから、「全然」と断言した。その答えを聞いた俺が、不思議そうにしているのがわかったのか、フェルトは言葉を続けた。
「どちらにしろ身内もいないし、もとから王都はシルフィーが嫌いなんだよ。それに今は、レイが言ってた『王都は鬼門』っていうのもその通りだと思うし。それに、なによりも……俺がレイのそばにいたいし」
「――……ふうん」
未練がないなら、俺に言うことは特にない。
俺たちは王都のいろんな店を見ながら、いろんな話をして歩いた。しばらく経ったとき、左目からユエの声がした。
『レイ、ここちょっと見てもいい?』
「フェルト、悪い。ユエがちょっとこっちの路地のほうに行きたいって」
「ああ、黒竜様! うん、でもこっちの路地のほうは、治安が悪いっていうか、ちょっと……暗いんだけど」
フェルトの言う通り、狭い路地の先を行くと誰も人が歩いておらず、王都の目抜き通りから一本入っただけとは思えないほど……寂れた細い通りに出た。ユエが「こっち」と言って、俺を導いた先には、古井戸のようなものがあった。
中をのぞけば、水は干涸びていて、そのまま放置されていた。
「この辺りは……その、言い方が悪いんだけど、貧民街なんだ。悪い取引とか、それこそ奴隷の売買とか……こっちのほうでされてる。黒竜様が一緒でも、レイは絶対にひとりでは来ないで」
「――国はどういう対応してんだ?」
「基本的には放置だよ。騎士団の見回り経路にも入ってない。たまに慈善活動をしてる貴族が、もうちょっと通りに近いほうで、炊き出しみたいなことをやってるって聞いたこともあるけど、正直お遊びというか……数回それをしたところで、なにかが改善するわけではないと思ってる。不思議なのが、その……俺はたまに見回りのときに見に来たりしてたんだけど、貧民街に、子どもが――いないんだ」
フェルトはそう言って、きょろきょろと辺りを見回した。
どうやら子どもの声が聞こえないかと、耳を澄ませているようだったが……聞こえるのは寂しい風の音や、立て付けの悪い屋根がガタガタと鳴る音だけで、たしかに子どもの声は聞こえなかった。
「子どもがいない? 孤児ってこと?」
「そう。まあ、もしかすると、ルカさんみたいな人が集めて行ってる……っていう可能性もあるんだけど。一度も王都の貧民街で、子どもを見たことがない。それってさ……ちょっと怖くない?」
たしかに。それは怖い。
子どもがいない街なんてあるわけないんだから。
たとえそれが貧民街であって、ルカみたいなやつがいたとしたって、娼婦だっているだろうし。
この世界観の中での、避妊に対する考え方はわからないけど、子どもはできるだろう。
子どもがない街なんていうのがあれば、それは未来がない街だ。それが王都の中にあるっていうのは、この国にもう未来がないことと同義だ。
「おいユエ、なんかあんのか?」
『これなんなんだろう……この辺りの龍脈の流れが滞ってんのかと思ったけど、なんかこれ……悪意みたいな。おえぇ……なんか吐きそう』
「――とにかく今はわかんないんだな⁇ とりあえず離れるか?」
『うん、そうしてぇ……』
俺の目が吐いた場合ってどうなるんだろう……と少し考えて……俺は、そのすべてを考えなかったことにした。
フェルトの手を取り、表通りへとまた向かう。
その途中で、念のためフェルトに「誰かの気配があったか?」と聞くと、「なにも」と言っていた。
あの古井戸はなんなんだろう。俺からしてみれば、ただの枯れ井戸でしかなかったけど、なにか怨念みたいなもんが取り憑いているんだろうか。
(俺……ホラーは苦手なんだよなー。井戸とか……映画を思い出すから)
背筋がぞわぞわとしてきて、俺は足早にその場を去った。
なんとも思っていないのか、フェルトがあっけらかんと訊いてきた。
「黒竜様、なんだって?」
「なんか……今はわかんないらしい。悪意に当てられて吐きそうって言ってる」
「え! 大丈夫なの⁇」
表通りに戻ると、そこは活気溢れる王都の華やかな雰囲気が広がっていた。
一本、道を違えれば……あの寂れた場所に行き着くんだとすれば、このファシオンっていう街は……なんだか恐ろしい場所のように思った。
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