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2-1 魔法学園の編入生
102 王都をデートしてみましょう・前
しおりを挟む「レイ! おはよう! 今日、どこに行きたい?」
周りに花を散らしたかのようにご機嫌なフェルトに起こされたのは――朝八時だった。早すぎる。
シャッと勢いよく宿屋のカーテンが開けられて、フェルトの髪が朝日に透けて輝いていた。俺は目をこすりながら、ベッドの縁に座ってうきうきにこにこしているかわいい騎士の首に手を回すと、ぐいっとひっぱってベッドに引き込んだ。
「どこも行かなくていいから、ヤりたい」
そう言いながら、フェルトの白いシャツの中に手を忍ばせると、明らかにしょんぼりした顔をして……フェルトが「で、でも」と困った声を出した。今日は一緒に出かけると言って、フェルトが楽しみにしていたことを思い出した。
こんな朝早くから行動して、いいことがあるとも思えないが――。
「……ハア」
俺は小さくため息をつきながら、「うまい朝食出すとこ」と言った。その途端、パアアとフェルトの顔が明るくなった。
葉っぱみたいなペリドットの目を輝かせながら、幸せを噛み締めるように笑うフェルトを見て、あくびをしようとしたまま固まってしまった。一体なにが楽しんだとさっきまで思っていたというのに、気分は百八十度変わってしまった。
たかが朝出かけるだけのことで、このかわいい騎士の気分が上がるなら……俺は甘んじて受けようと思う。
収まりのつかないペニスのことをできるだけ考えないようにしながら、寝ぼけた顔のまま「水浴びて来る」と言って、ベッドから降りた。
今日は、俺が王都で住むようになってから最初の週末だった。
ちなみに、一週間のしくみも地球と一緒のようで、呼び方は違うみたいだけど、面倒だから俺は日本式のまま『土曜日』と呼んでいる。
王都に俺がいるのが嬉しいフェルトと、週末は出かけようと約束してたのだった。金曜の夜には、フェルトが長期で借りてる宿に一緒に泊まって、今……朝を迎えたわけだった。
俺が王立学園の寮に住んでいる間、フェルトは王都の宿に泊まることにしたようだ。
どうせバレることもないし、不経済だから寮に泊まればと誘ったのだが、真面目な騎士様は……女子寮には泊まる気にはならないそうだ。ダンジョン経営が起動に乗れば、家でも買うか借りるかしないといけないなあとは思ってる。
なんせ王都だ。物価がグレンヴィルとは比べ物にならないくらい高い。
王都を一緒に歩くのを楽しみにしていたらしい騎士様は、昨日の夜、散々泣かせたのにも関わらず、健気にも早起きして待ってたようだ。それならば、俺も従うほかはなかろう。
普通の宿にはシャワーなんていう設備はないので、俺は桶に汲んだ水で体や顔を洗う。なんとか頭を通常モードに起動し、タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながら部屋に戻った。
(あーせっかくの休みなら、朝から晩までヤりたかった……)
という希望は……ベッドの縁に腰かけたまま、にこにこと嬉しそうに笑っているフェルトと目が合った以上、もう口にするまいと思った。下だけスウェットを着て、ソファで頭を乾かしていると、フェルトが首をかしげながら尋ねてきた。
「ね、レイ。今日って女の子で行くの? それともいつも通りで行くの? 」
「一応、女で行くつもり。王都にいるときは女で統一しといたほうが安全かと思って」
顔はいつも通りなのだから、誰かに見られたら面倒なことになりそうだ。
服を持って来てなかったので、フェルトと一緒にユエの召還扉で寮の部屋に戻り、クローゼットを開けた。服はベラが大量に用意してくれていて、クローゼットにパンパンに詰め込まれてる。こんなに衣装を用意されても、なにが楽しいんだかさっぱりわからない。
しかも、俺が混乱しないための配慮なのか、下着から靴下……髪につける飾りまで、セットでハンガーにかけられているのだ。つまり、もうすでに、頭からつま先までコーディネートされた状態でそこにある。「服選んどいて」とフェルトに言いながら、俺は水差しからそのまま水を飲み干した。
ようやく目が覚めてきて、俺は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「――行くか」
女の格好はするけど顔の造形は変えないつもりだし、化粧はやり方もわからないので、準備には大して時間がかからない。
着替えるかと思って振り返ったところで、フェルトの選んだ〝THE清楚かわいい服〟が目に入って、一瞬「えッ」と絶句してしまった。
だけど、本当に楽しみにしてたみたいだから……文句は言わなかった。
おかげさまで、俺は……首に紺色の細いリボンを巻き、全体に白いフリルのついた半袖のブラウスを着て、水色のプリーツスカートにベージュのヒールを履いて出かけることになった。
(……こんな格好する女が……好きなのか?)
胸がフリルで強調されて、それなのに首もとまできっちりボタンで止められているものだから、なんというか……性的な目線を意識していますと言わんばかりだ。
フェルトの好みは純粋に清楚なんだろうけど、妙に禁欲的な印象があって……逆にそういう視線を集めそうだ。
俺はそう思うけど、フェルトは多分なにも考えてないんだろう。
(これって……セットになってかかってた、フリルの白のブラジャーとか、生地のやたら少ない……ケツのとこだけレースアップになってる下着とかガーターベルトとかまでは……見てないんだよな?)
脱いだらすごいんです……のような、ベラの意図が透けて見える、非常にいやらしい衣装だと……思うのだが、やっぱりフェルトは気がついてないんだろうなと、俺は死んだ魚のような目になった。
もっと、動きやすそうな格好を選んでくれたらよかったのに。でも、俺が頼んだ以上、文句は言えなかった。
俺は股がスースーして、下着がきつくて、イライラしながらすべてを着た。
試着した自分を鏡で見て、俺は顎に手を当てて考えた。
さらさらしたストレートの毛先を内巻きに改造して、清楚感をさらに上げる。俺が着替えてるのを、背中を向けて待ってた律儀な騎士様を、横からのぞきながら「フェルト様、お待たせ」とにっこり笑う。
フェルトは両手で真っ赤な顔を隠して固まっていたので、多分……これで正解だったんだと思う。
かわいいのは、俺じゃなくてフェルトだと、教えてあげたい。
(こんな格好する女が、本当に中身が清楚なわけないって……)
フェルトはまだ赤い顔をしてたけど、すっと俺の手を取って歩き出した。多分、「うまい朝食」を出すところに連れてってくれるんだろう。
宿屋を出て迷うことなく道を進んでいくフェルトを見て、王都はフェルトが生まれ育った場所だから、俺のことを案内したかったのかもしれないなと思った。
昨日の夜にあんなに腰砕けになっていても、がんばって早起きしちゃうくらい楽しみだったんだ……と思うと、朝叩き起こされたことも愛おしく思えた。
ちなみに、フェルトは白い麻のシャツに細身の茶色のトラウザーを穿いて、黒いベルト黒ブーツで帯剣している。もともと顔やスタイルがいいから、こういうシンプルなのが一番似合う。
騎士みたいなかっちりした服装も好きだけど、休日っぽいリラックスしたかんじがあっていい。
九月とはいえまだ暑いのにブーツか……と思うけど、この世界は基本的に靴は革靴で、帯剣するようなやつはだいたいブーツを着用するようだ。
スニーカーなんてものがあるわけもないし、そういうもんなんだろう。
ちなみにフェルトの顔は……さすがに変えないとまずいので、茶色茶目になってて造形も変わってる。まあ、整ってるかんじにはしてあるけど、普段のフェルトを思うと……やっぱり残念な気持ちもある。
指を絡めてつながれた手から、絶対に離さない! みたいな勢いを感じる。
ぎゅっと俺の手を握りしめてるフェルトだったけど、他愛のない会話をしながら、俺を公園の近くのカフェまで連れて行った。
(あー……フェルトが好きそうだな、ここ。好きな女と来そう)
フェルトが案内してくれたのは、公園沿いの大きな木の下にある小さな木造のカフェだった。
俺がきょろきょろしている間に、フェルトは感じのよい優しそうな笑顔のおばさんに、なにかを注文したようだ。
数分後に、俺の前にはタマゴサンドっぽいのと、トマトスープ、濃いめにドリップされたコーヒーが出て来た。
なにも言わなくても、好みを把握されているのは楽だなと思った。朝、頭の回転の鈍い俺のために、頼んでくれたんだと思う。
フェルトの前には、がっつりした厚切りの肉が入ったサンドイッチがドーンと運ばれてきた。
「うまそー。いただきます!」
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