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1-4 反乱の狼煙
93 レイとフェルト(フェルト視点)・後
しおりを挟む「…………レイ」
俺は、抱きしめている腰の重なっている位置に、熱くて硬いものが当たっていることに、ようやく気がついた。
「ほら、もっと泣いてごらん。悲しそうな顔見せて」
レイは興奮が隠せない様子で荒い息を吐き、俺の頬を舐めながらぐりぐりと腰をこすりつけてきた。綺麗な黒目に溢れんばかりの情欲が浮かんでいて――
……俺はさすがに泣くのをやめた。
「――れ、レイ! お、俺は真剣に!!!」
「待って。わかってる。俺も真剣に……真剣にお前の悲しい顔を愛でてる。俺が死んだかもっていうときの、絶望顔もすごく、――すごくよかった!」
「…………」
レイは、うっとりとまるで夢見ているかのように、俺の絶望してたときの様子を語り出した。
俺の胸の中にどんどん虚無が広がって、もうなんて言えばいいのかもわからなくなる。じとっと恨みがましくレイを睨んでいたら、レイが信じられないほどかわいい笑顔で言った。
「俺、お前ほどの男に会える気がしない。愛してる」
「……最低すぎるッ!」
俺は抱きしめていたレイの腰から手を離し、ぷいっと横を向いて石けんを取ると、ごしごしと髪を泡立てはじめた。突然態度を変えた俺を見て、困ったように笑ったレイは、「洗ってやるから」と俺の髪の毛に手を伸ばした。俺はレイの顔も見ないで横を向くと、レイの白い手が俺の髪の毛を優しく洗うのを享受した。
これはさすがに謝ってもらわないと、許せない! と、思うのだ。あ、あ、愛してるなんて言われたけど、レイが本気でそんなこと言うわけないし! いつもみたく、からかわれてるだけだと思う。
ムカムカしていたら、いろんな怒りが込み上げて、俺は荒い息を吐き出しながら言った。
「――だいたい! なにあれ! なにあの力! レイめちゃくちゃ強いし! 俺ばっかり、必死に、――必死になって……! なんで!」
だって! あんなに強いんだったら、最初から教えておいてくれたら、俺だってあんなに――あんなに! 必死にならなくたってよかった。……と、ちょっと考えたけど、やっぱりどんな情報を教えてもらってても、必死になっただろうと思い直した。
レイにどんな力があったって、どういう仕組みだって、どんな背景があったって、あの状況では、必死になる以外の選択肢はなかった。
そこまで考えて、ため息が出た。ハア。
(どちらにしろ、俺の負け……)
好きなんだから、同じことを繰り返すだけだ。
この、憎たらしくて、意地悪で、性格も根性も曲がりすぎて、信じられないほど曲がりすぎて、まったく理解できる気のしない、この目の前の美しい男の……
――手のひらの上なのだ。
「――なあ、フェルト。これだけ慎重にダンジョン作りこんでる俺がさ、お前に対してなんの対策もしてないと思った?」
「……今なら、そうじゃなかったってわかるけど!」
俺は口を尖らせながら同意する。
そうなのだ。あれだけ綿密にダンジョンを作りこんでいるレイのことだ。
自分がHP15のまま、なんの対策もしないで放置することなんて、ありえない。
俺のこともそうだ。『護衛』という人間に守られたまま、そのままでいいと考える人ではない。その俺のことですら、いつ寝返るかわからないものとして疑ってかかっていたのだろう。疑われていたのかと思うと、悲しくなる。
こういうのって冷静に考えてみれば、わかることかもしれない。
でも、――恋は盲目というやつなのだ。いつだって俺はレイを守りたかったし、守れると思っていたし、守るべき存在だと、――そう、思い込んでいたから。
もこもこに泡立った髪の毛をお湯が優しく流していく。レイは俺の思考を知っているかのように、やわらかい口調で言った。
「お前は、俺の――最大の弱点だから」
「え?」
「もし俺が俺の敵だったら、まっ先にお前を狙うだろうと思ってた。ここは魔法のある世界で、俺の知らないことがたくさんある。お前が操られたりしたら、俺はお前を殺すことはできないから」
「……え」
「ま、今回はそういう敵ではなかったみたいで、ただ『お前の敵』だっただけみたいだけど」
レイは、石けんじゃなくて、いい香りのする違う液体を俺の髪の毛に揉み込みながら言った。『最大の弱点』って言われると、すごく微妙だけど、それってなんだか――……すごい告白なんじゃないかと、俺は髪の毛をいじられながら、胸を高鳴らせた。
え、でも……ひとつ疑問がある。
「俺が裏切るって、疑ってたわけじゃないの?」
「――は? お前が俺を裏切る? あはは! それは考えたことなかったなー!」
レイはいつもみたいに大声で豪快に笑いながら、「え、お前裏切んの?」と涙を浮かべながら、尋ねた。裏切らないって思われているのはいいけど、これはこれで、なんか馬鹿にされたみたいでムッとする。
「――それは……」
わかんないよ! 裏切るかもしれないよ! ……と言おうとしたけど、そんなこと絶対にないだろうなと思ったら、またため息が出た。レイが勝ち誇ったような笑顔で「ん?」と上目遣いで尋ねてきたけど、俺は首を振るだけだった。
(……ッ! この、自信家は!)
レイが使っていたいい香りの液体をシャワーで流しおえると、俺の髪がさらさらっとしたかんじがした。それから素早く自分の髪を洗い、ぱぱっと石けんで俺と自分の体を洗い終えると、また、両頬を引き寄せられた。降り注ぐシャワーの水滴の中で、レイが目を細めて言った。
「好きだよ、フェルト」
心臓が大きく跳ねた。
いつもみたいにからかわれてる雰囲気じゃなかった。まるで俺のことを慈しむような、柔らかなレイの表情に、俺は言葉を失った。
レイが、ゆっくりと目を閉じた。どくどくとすごい速さで脈打つ自分の心臓を感じる。熱に浮かされた俺は、衝動に突き動かされるように、そのままレイと唇と重ねた。次第に深くなっていくレイの口づけの合間に、「俺も好き」と言おうとしたとき、――レイが悪魔みたいに、美しく笑いながら言った。
「――さ、お仕置きしようか」
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