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1-4 反乱の狼煙
94 お仕置き (フェルト視点)・前
しおりを挟む「――ぁッ……やだっ、ゅるして、レイッ」
あのあと――……。
シャワー室から出て体を拭いたあと、バスタオルを首からかけた状態でベッドに座らされた俺は、下半身だけスウェットを着たレイが水を飲むのを黙って見ていた。水を飲むレイの喉がごくごくと動いて、髪から水が滴った。口元を手の甲で雑にぬぐったレイが、「さてと」と言って、俺のほうを見た。
「……れ、れい、その、――お仕置きって」
ビクビクしながら俺が尋ねると、ベッドの縁に腰掛けた俺の両側に手をついて、レイは下から覗き込むように俺にキスをした。
「お前さー、なに勝手に、他人に隷属されてんの?」
「……あ」
「ちょっと油断が過ぎるんじゃねーの?」
レイは俺の胸をドンと押して、うしろに倒れた俺の上に乗るようにして跨いだ。
手を伸ばして、ヘッドボードの引き出しから黒い物を取り出すと、俺に見せつけるようにゆらゆらと揺らした。レイの手には、さっきぼろぼろになったものではなく、真新しく、美しい――……。
「これ、なーんだ?」
「えッそれって……」
「そ、隷属の首輪。これ、ご主人様が決まってると、ご主人様の上書きはできないんだろ? 首輪いくつもつけるわけにいかないもんな」
「それ……レイのなの?」
レイは俺の腹の上に乗ったまま、その首輪を慈しむようにきれいな指先で撫でた。首輪というよりもアクセサリーみたいで、一見してそれが隷属の首輪だとはわからない気がする。
「俺、昔から犬が欲しくて。ま、結局は飼わせてもらえなかったんだけど。俺、――お前をはじめて見たときから……」
「……れ、れい?」
まるで恋してる乙女みたいな顔で、レイが変なことを言い始めた。
「お前のこと、飼いたくて、飼いたくて、――しかたなかった」
ハア、と興奮したように荒い息を吐き出すレイの頬が、赤く上気していく。
ぎゅっと胸の辺りを抑えながら肩で呼吸しているレイが、ものすごい色気を放ってる。レイのスウェットの股間の部分が、完全に勃ちあがっているのが見えた。
俺は、恐ろしさなのか……なんなのか、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なあフェルト、俺、もう、――我慢できない」
「れい、……そ、その」
「俺の犬になって」
この世で一番愛おしいものに向けるようなとろとろの顔で、レイが夢みるみたいに、俺の唇をぺろりと舐めた。それから……がぶりと食べるみたいに、レイは俺の唇に噛みついた。
「かわいがるから」
レイの指先が、俺の首をくるくるとなでまわす。あたかもそこに、首輪を嵌めた俺を想像して、愉悦に浸っているかのようだ。
「……れ、レイ。犬って……具体的に、ど、どういうものなの?」
「俺にしっぽ振ってくれたらいい。俺は、お前を愛でたい」
「……それって、こ、恋人じゃ、だめなの?」
レイは「うーん」と唸ってから、がしがしと面倒くさそうに頭をかいた。
「その概念は、正直あんまり理解できない。お前のことを愛でたいけど、お前みたいに『大切にする』っていうのをできる自信がない」
「……なにそれ。でも、俺には『大切にして』ほしいってこと?」
レイはにっこりと笑って頷いた。
そのまま低い声で、俺の耳元で「いつも俺だけにしっぽ振ってよ」と言った。俺にしっぽなんていう器官はついていなかったはずだけど!
「ていうか、本当はお前に首輪をつけるつもりはなかったんだけど。俺の知らないところで、勝手に誰かの隷属になって、はああ――……あんなに、あんなにかわいい顔で地面に這いつくばってるのを見ちゃうとな。他人の犬になってるのを見るくらいなら、俺のものにしとかないとまずいと思った」
「…………」
俺が死ぬほど絶望してるときの感想、――それ? 俺、血の涙を流す勢いだったんだけど……と思いながら、俺は白い目でレイを見た。レイはそれに気づいて、くすくす笑った。
「大変だと思う。あと、あんまりいいこともないと思う。大切にもできないと思うけど――」
そんな前置きをしてから、レイがとろけそうな笑顔で言った。
「……愛してるよ」
そして、ちゅっとまた俺に唇を落とした。
俺の心臓は強く掴まれたみたいに、ぎゅううっと締めつけられた。
だめな男にハマる女子がいるって、前にジョー先輩たちが話していたのを思い出した。
これはもしかして……世界で一番だめな男の一番だめな誘い文句に、ほだされようとしているのではないかっていう正常な判断は、レイの優しいキスに呑み込まれて、すわっと溶けて消えた。
「ん……ぅッ」
性感を呼び起こす場所を熟知したレイの舌が、俺の口内を撫でるたびに、体は高められてく。頭の中は「俺も愛してる」っていう言葉だけに占められていて、俺の体は歓喜して、中心に熱を集め始めていた。
ぴたりと密着しているせいで、上に乗っているレイの中心と重なって、熱さが二倍にも三倍にもなっていく。いつの間にかぎゅっと絡められた両手が、しびびと痺れた。
俺の息はだんだんと荒くなって、もうなんでもいい、どうにでもして……みたいな、また一番だめな対応を試みようとしていた。
「首輪つけるよ」
レイが俺の首に手をかけ、黒い首輪をまわした。
結局、そこに俺の意志なんて、レイは必要としてるんだろうか。俺はちょっと眉尻を下げて、でも、それでも首を差し出して目を閉じた。
カイルにつけられた首輪とは、全然違う物に見えた。不思議な黒色の硬質な素材がところどころに嵌められているせいかもしれない。テカテカしてるわけではなく、夜空みたいな不思議な黒の素材だった。
カチリと音がして、首のまわりに魔法が舞った気配がした。うっすらと目をあけると、カイルのときの禍々しい赤い魔法の軌跡ではなく、月の光が差しているかのような淡い薄青い光が、俺のまわりをくるりと回った。
すっとつなぎ目がなくなって、これで――。
(レイが死ぬか、レイが解除しない限りは……俺の首は、永遠にレイに繋がれた)
とくとくと速く脈打つ自分の鼓動が恥ずかしい。誰かの『所有物』になるということを、こんなにやさしい気持ちで受け止める日が来るだなんて、思ってもみなかった。
レイは愛おしそうに、首輪をそっと撫でた。
「似合ってるよ」
そのレイの嬉しそうな表情を見るだけで、胸から恋をしてるみたいな音がする。顔に熱が集まってしまって、慌てて首輪のことを尋ねる。
「――レイ、これって」
「ああ。効果はなにもないんだ。ただそこにあるだけで。品としては【隷属の首輪】だから、もうほかの人間から隷属されることはない」
「……そう、なんだ」
効果はなにもないってことは、俺がレイの命令に逆らったり、万が一ほかの人間のことを好きになったとしても、なにも起きないってことだ。ただのアクセサリーというか、俺のあげたピアスみたいに、ただのレイの――執着の証だった。
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