引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️4/30新刊

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1-4 反乱の狼煙

88 {回想} 暗闇の鍾乳洞と泣き虫

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 黒い洞窟……と、ひとことで言うのは容易いが、本当にそこは漆黒の洞窟だった。


 見たこともない大きさの、黒い鍾乳洞のような尖りが上から下から突き出し、『千年』という月日を感じさせた。いや、元からあるものかもしれないから、もしかすると何億年という月日をかけてこうなったのかもしれないけれども。

 オリバーの言う『神話』が正しいのだとすれば、ここは……ザイーグ王国の地下、ということになる。本当に伝承が正確ならば、王都ファシオンの地下だ。
 まさか訪れた『平和』の中、のうのうと王都の人たちが暮らしている地下に、こんなおどろおどろしい洞窟があるのだとすれば、それもなんだか前提としておかしいような気がした。

 俺は結局、オリバーにもフェルトにも言わずに、ひとりでこの場に立っていた。
 理由は二つある。
 ひとつ目は、セイレーンのときにもまったく問題がなかったこと。
 ダンジョンの説明書はとても正確で、間違ったことを記載していない。この世界の、一般人が知りもしないような情報さえも、さらっと書いてあったりするし、逆にそれがオリバーたちの知っている『常識』とずれていることもあるが、俺はなんとなく、ダンジョンの取説のほうが正しいんじゃないかと思っていた。
 言うなれば、俺がこの世界にいることは、この魔法や矛盾だらけの世界の中の『超常現象』のひとつだ。一体誰の思惑で、どういう経緯で、俺がこの世界に存在しているのかはまだわからない。だけど、なにかの意図が働き、あるいはなんらかの『偶然』が起き、俺がここにいる。だけど、その『偶然』を『導く者』が存在しているはずだった。
 その存在の証明がダンジョンの取説だ。
 だって、これがただの『偶然』であるなら、『説明』をする者など、存在しないはずなのだから。
 俺は何者かに導かれて、ここにいる。そして、俺がそれをどう解釈するかは別として、その導く者は、俺に方向を『提示』しているのだ。散々、宝石さんの部屋で繰り返した人体実験も、あるいは、ダンジョンで実践してみた経験も、その説明を『前提』としているのだから、それが正しくないと普通になにも成立しない。
 取説は、俺のことを害さない、それが俺の導きだした結論だった。
 
(――今のところは……)

 二つ目の理由は、俺以外の人間に対して、契約をしていないモンスターが『害』を為さないのかどうか……という記載がなかったから。
 フェルトは強いし、オリバーも俺のことを心配はしてくれるけど、彼らがこの世界で真っ当に生きている人間である以上、不明瞭な情報に基づいた不安定な案件に足を踏み入れさせるわけにはいかない。俺のことは害さない、と取説に記載されていたのだから、その情報の上で行動すべきだろう、と思った。

 で、結局、昼ご飯を食べた後に、昼寝するとオリバーたちに嘘をついて、召還陣を発動させたわけだった。

 ただ、セイレーンのときとは様子が違った。
 セイレーンのときは、召還陣の中にセイレーンが浮き上がり、そこで会話をするかんじだったのだが、今回はどうしてか、召還陣の中に漆黒の扉が現れたのだ。黒い石でできた……ゴシック調とでもいえばいいのか、植物の模様で装飾された重厚な扉だった。

 どうしようかと少し悩んだが、手を伸ばして触れてみれば、その重厚な扉が俺を招き入れるかのようにひらいたのを見て、俺はその誘いに乗ることにした。
 なんとなく、俺が呼び出したのではなく、俺が呼ばれたんだな……という気がしたからだった。これも『勘』なのだとすれば、これは、また、このダンジョンの真実に近づく一歩なのだろうと思った。

 そして俺は、今んところ、その扉の向こうに広がっていた黒い洞窟を、三十分ほど歩いている。
 下へ下へと誘われるように続く水浸しの道は、昔行ったことのある鍾乳洞を思い起こさせる場所だった。転ばないように気をつけながら歩いているせいか、変なところに力が入って足が痛くなってきた。どうせ扉を用意するなら、この道のりもすっとばして、現地にたどりつかせて欲しいものだ……と、もう百回くらい考えてる。

 別に道がわかるわけじゃないけど、なぜ三十分も歩いているのかというと、ただ単純に、――泣き声が聞こえるからだった。
 すすり泣くような声がずっと聞こえてる。

 こんな薄暗い洞窟で、すすり泣く声が聞こえてるって、ホラー以外のなにものでもないが、ときおり聞こえる鼻水をすする音がその怖さを見事に崩壊させていて、ちっとも恐ろしくない。ちなみに、ずずっと鼻水をすっては、たまにチーンという音まで聞こえるおまけつきだ。この先にいるのは、ティッシュ箱を抱えた小学生かなんかに違いない……と、俺はため息をつきながら歩いていた。

「はあ」

 これ、泣いてるやつがまじで暗黒竜なんだとしたら、神話改ざんされすぎだろ。

「おーいー、いつまで歩けばいいんだ! もう帰るぞ」

 いい加減、足が攣りそうでイライラしてきた俺は、とにかく話しかけてみることにした。泣いてる声が聞こえるんだから、こっちの声も聞こえるだろ。むしろ、三十分も黙って歩いてやった俺は、優しいと思う。ちょっと食べ過ぎたから、腹ごなしにちょうどいいと思ってたのも、確かだったけど。

「えッ!!!」

 普通に……びっくりした声が聞こえた。チッと俺は舌打ちをした。さっさと話しかけとけばよかった。

「や、ちょっと待って、感動的な対面っていうか! 衝撃ッ! みたいな展開が、――ほら! おおおー! みたいな!」
「…………」

 俺は、もう帰ることにした。
 くるりと踵を返して、今まで来た道を上り始めると、「え!」とか「ちょっと!」とか焦った声が聞こえはじめ、それも無視して歩いてしばらくすると、そこにまた漆黒の扉が現れた。やっぱり、歩いていたのはかなりの無駄だったらしい。その小学生が一体なにを考えて『衝撃的な展開』を『演出』しようとしていたのかは知らないが、やっぱり扉は現地までつなぐことも可能だったようだ。俺は、深いため息をついた。

 しかたがないので、その扉に手をかけ、中に入った。
 そこは真っ暗な空間で、俺は自分の手までの距離すら見えなくなった。
 だけど、もはやもう怖さを感じてない俺は、いつも通りの感覚でそいつに話しかけた。

「――それで?」
「そ、それで?! えッ! 暗いー! とか、怖いッとか、ほら……えっと、ついに俺の中の闇に呑まれてしまったか……みたいなのとか!」
「もういいから、早く灯りつけて。見えない。話したいなら聞いてやるから」
「…………」

 しばしの沈黙のあと、次第に辺りが明るくなった。急に明るくならなかったのが、目に優しい仕様で助かった。
 目が慣れてくると、そこには、普通に邸宅があった。町で見た金持ちの邸宅みたいな大きめの屋敷で、壁から扉から窓枠から雨樋まで、すべてが黒色に統一されていた。俺の趣味ではないけど、全部黒っていうのははじめて見たので、なかなか重厚感あってかっこいいなと素直に思った。庭的な場所には黒い植物が生い茂り、色という色が抜け落ちたみたいな――美しい出で立ちだった。

 ギギッと音がして、玄関の扉からひとりの青年が顔を出した。

 あれ、小学生じゃねーな……というのが俺の感想だった。
 もっとなよなよっとしたやつを想像していたが、思いのほか気が強そうな顔立ちだった。普通の人間に見える。黒竜だというのだから、本当はドラゴンの姿なんだろうけど。黒いつんつんした髪を無造作にまとめた浅黒い肌の男で、つり目でこっちを見ながら、ムッとしたかんじで口をひらいた。

「もっと怖がれよッ!」
「いや、――泣きすぎだろ」
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