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1-4 反乱の狼煙
86 レイ死す (フェルト視点) ※残酷な表現あり
しおりを挟む「――なあ、なにしてるの? フェルト」
俺たち以外誰もいないはずの森に、低いけど、よく通るレイの声が響いた。
なんか楽しそうだね、と美しく微笑まれて、内臓が凍りつくような感覚が走る。
「――れ、れ"い」
な、なんでこんなところに?!
動揺が走る。俺の震えた小さな声は、レイに届いたのかわからない。
今の俺は、自分の意志で体を動かすこともできず、忌々しい隷属の首輪によって、服従を余儀なくされているんだから。
「なあ、それ、俺のお気に入りなんだけど」
「れ、れ"い!……だめ、だ! ――かはっ、に、逃げて! 俺、いま、っぐううう……ぐああああ」
無理に言葉を発したせいで、首輪から雷魔法のような痛みが全身に走った。
あまりの激痛に俺は地面に這いつくばり、土や草を握りしめた。それでも、レイに「逃げろ」と伝えなければ……と、必死でもがいていた。だから、俺は思いもよらなかった。
レイがそんな芋虫みたいに地面に転がる俺を一瞥して、なにごともなかったように会話を続けるだなんて。
「お前が、フェルト先輩を騙したんだろ!」
「なあ、それ、俺のなんだけど」
そんな会話を聞いて、俺の全身から体温がなくなる。カイルは後輩とはいえ、歴とした騎士なのだ。
(だめだ! ……レイが殺されてしまう……!)
カイルはどういうわけだか、第二王女殿下に心酔しているみたいなのだ。彼女を苦しませている元凶がレイだと思い込んでいるのだから、レイのことを許しはしないはずだ。それに、レイが俺の想い人だと気づいてるんだとしたら、多分、――自分でレイを殺さないだろう。なによりも俺が苦しむ方法を考えるはずだ。
それは、――ほかならない、俺の手で、レイのことを殺させること。
(それだけは死んでもやだ……!)
腰につけた剣に必死で手を伸ばす。隷属の首輪とはいえ、剣なら切り裂くことができるかもしれない。首に少しくらい傷が残ったっていい。
(俺が死んでも、俺がどうなっても、レイだけは生きていてくれないと! 俺は……!)
感覚のない手でなんとか剣の柄を掴む。その途端、また新たな激痛の波が打ち寄せた。
「ぐううう……あッギッ……うああ」
「惨めですね。先輩。そんなにこの人が大事?」
俺のことを慕っていてくれたカイルは、一体どこに行ってしまったんだろう。もはや、敵でしかないカイルが、くすくすと勝ち誇ったような笑みを漏らし、苦しんでいる俺の脇腹を蹴飛ばした。そのせいで、せっかく掴んだ柄から手が外れてしまう。
「がはッ」
「だめですね、先輩は。守りたいって気持ちを隠さないと、それにつけ込まれるだけですよ。この女みたいな男が、先輩の大好きな人だって……俺にバレちゃったら、ねえ?」
「――やめ"ッ」
俺は首輪に手をやり、喉元を掻きむしりながら、どうにかして引きちぎろうとする。
周りの精霊たちは半狂乱で跳び回っている。目が赤く光っているせいなのか、彼女たちの軌跡に赤い禍々しい風が吹く。俺の目も、もしかしたら赤いのかもしれない。そんな俺を見て、カイルは笑いが止まらないらしく、高らかに俺に宣言した。
「フェルト先輩。あなたがいけないんですよ。殿下を裏切り、苦しませた罰です。せめて未練が残らないよう、あなたの手で終わらせて下さい。さあ、――この男を殺しなさい」
ヒュッと息を呑む。俺の体がその命令を全身で拒絶し、ガクガクと震えだした。
前にオリバーとの会話で聞いたことを思い出す。レイはHPが15しかないんだ、そんなの、そんなのって、非戦闘員のHPだ。
ダンジョンの外では、村で平和に暮らしている人たちぐらいの体力しかないのに、――俺の、俺の剣で切られたら、レイは一瞬で命を落としてしまう!
きっと俺の顔はきっと蒼白になっているだろう、それなのに、地面に転がっていた俺の足がぐっと森の土を踏みしめ、ゆっくりと前進し始めた。
「フェルト?」
レイの不思議そうな声が聞こえる。
違う! 違うんだ! レイ。お願い、お願いだから逃げて……このままじゃ俺は、俺は、――
明確な命令をされたせいなのか、もう声も出せない。
目から涙がこぼれおちた。
――伝えたいことも伝えられない! 涙をこぼすことくらいしかできない!
「おい、フェルト?」
「ふふふ、馬鹿な男ですね。何も知らずに、信じていた男に殺されるんだから。アハハ!」
「――れ、い"」
俺の手が、腰から下げた剣の柄に伸びる。
どんなに抵抗しようと、俺の意志が行動に反映されない。唇を噛み締め、ただひたすら、剣を抜かないように全身の力をこめるけど、剣を抜く手が止まらない。
どうしよう!!! 誰か!!
俺が隷属されているせいで、シルフィーにもなにかが起きている可能性は高かった。どこかでシルフィーも苦しんでいるのかもしれない。シルフィーには助けを求められない。
(くそ!!! どうすればいいんだ!!!)
俺の手が、剣を引き抜き、愛剣が月の光を浴びて、白く輝いた。
狂った風が俺のまわりと吹き荒れていた。
どうしよう――……
俺――……
れい――――俺……
「おい、フェルト。それ止めろ……」
剣を構え、俺はレイに向かって走り出した。俺のまわりを、キャハハアハハと狂った精霊たちが跳び回っている。これが精霊たちが『洗脳』されてしまった状態なんだろうか。
目から血の涙が流れた。唇も噛み締めすぎてもう、ちぎれそうだ。
でも……
体が……
言うことをきかないんだ。
――れい、月の女神様、お願い、レイを、レイを守って、――――
俺がレイの首を横断するように、剣を払った。
スヒンッと風を切る音がして、人間の頭が落ちるような、ボトッという鈍い音が響いた。
目の前にあった人影の身長が明らかに変わり、首があった場所から大量の血が上に向かって噴き出した。
しばらくしてから、ドスッとその胴体が地面に倒れる音。
――うそ。嘘だ。嘘――
「――――――あ、ああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は、倒れるように地面に膝をつき、剣を落とした。
自分が内側から全部崩れてしまったようだった。
おえっと胃液が口から出た。
――レイ、レイ、レイ――うそ、うそだよね――
今日が月なし夜であることが、希望すら抱かせてくれない気になった。
――……守れなかった。
こんなにもあっさりと、しかも自分の手で、好きな人をなくしてしまうなんて、俺は、――なんて。
なにが、ずっと守りたいだ。
自分で殺しておいて。
愛してる人を――……
れいを――……
もう、なんにも考えたくない……もう……
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