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1-4 反乱の狼煙
85 あれ?
しおりを挟む森の中に足を踏み入れると、さっき見えたはずのフェルトの薄茶色の頭はもう見当たらなかった。
おかしいな……と思いながら、俺はつい森の奥のほうまで進んで行く。
『レイ、なんか精霊たちの様子がおかしいよ。風の精霊は、レイの番と仲いい精霊でしょ?』
左目の中から、同じ年くらいの男の声がする。
そう、この左目のことを説明しなくちゃと思ってたのに、フェルトはどこに行ったんだ。
「だから番じゃないってば。様子がおかしいってなに?」
『これ、――多分、隷属されて狂ってる』
「は? ……隷属?」
『そういう道具があるんだよ。レイは知らない? 相手に命令した行動だけを取らせるんだ。レイの番、多分誰かの奴隷になってる。それで精霊もつられて狂ってる』
その言葉を聞いて、俺はぴたりと足を止めた。
「――――は?」
まったく。今日は、次から次へと一体なんなんだ。
オリバーが前に話していた『奴隷』という身分について思い出す。平民階級の下にも、『奴隷』と『罪人』という非公認の二つの階級がが存在する。一応、形式上は平民が最下層の階級ではあるが、その下にあるその二つに関しては、みんな我関せずで、認識すらされない存在であると聞いた。
中でも罪人は人権がまったくなく、首輪で管理され、所有者の『所有物』でしかなく、『人』ではないという扱いらしい。わかりやすく言うならば、装飾品や道具と同じようなもので、それを奪えば、『窃盗』として扱われるということだ。持ち主が怪我をさせてしまえば『損傷』、殺してしまえば『損害』のように、『物』という扱いらしいのだ。
だから端的に言うと、罪人がいくら働いても給与は与えられないし、万が一、金を得ることがあっても、自分を買い取るということもできない。『物』が自由になることはないからだ。
『奴隷』は少し違う。
平民として生活できなくなった人間や孤児などが落とされる身分で、首輪で管理されることは変わらないが、『性奴隷』『労働奴隷』『戦闘奴隷』のような特化したタイプの『奴隷』が存在し、そういった者たちは、期間が決まっている場合もあるし、がんばれば自分を買い戻すことができるのだそうだ。
まあ、でもそれも、飼い主の対応と運も為せる技だという話で、飼い主によっては結局、奴隷を物のように扱い、自由を一切与えない場合もあるらしい。なにしろ、非公認の階級なのだ。
なんでもありってとこだ。
(フェルトが誰かの奴隷になってる……?)
――奴隷?
俺の頭の中をすごい勢いで、フェルトが誰かに跪いている姿が巡った。なにそれ、戦闘奴隷? 労働奴隷? 性奴隷? え、よくわかんないんだけど、どういうこと。
(……あれ?)
そういえば、こんなにも清く爽やかな男が、俺のものになることはないだろうと思っていたけど、フェルトがほかの誰かのものになる想像をしたことがなかったことに気がつく。
(……えーと?)
あの優しく素直なフェルトが、そのまま健やかでいる未来しか考えていなかった。
俺と恋愛的な関係になりさえしなければ、フェルトはずっとあのままだと思って……。俺はぽかんと口を開け、それから大げさに首をかしげた。フェルトがあのままキラキラ爽やかでいてくれたらいいと、そう思ってた――んだけど。
(え、待って。ちょっと待って……)
そもそも、奴隷とかじゃなくて、その前提の話なんだけど。フェルトが誰かのものになるって、どういうことだっただろうか。
動きを止めてしまった俺に、左目がなんか話しかけてる気がしたけど、その言葉が俺に届かないほど……頭の中がまっしろになった。
(あれ、考えたことなかったな……)
フェルトにいつか好きな女でもできて、あいつのことだ……その女をそりゃあもう大切にして、あのふわふわの毛をなでられ微笑んで、あのえろい唇でキスをして、優しく抱き、あの固いちんこをつっこんで、あんあん言わせて、女の中に精子を出すわけだ。
(フェルトの精子が? ――どっかのアバズレの中に?)
それか、いつか男ができて……その男に縛られて、ちんこをしゃぶって、散々いたずらされて、許してって涙を流しながらお願いして、え、奴隷って?「フェルトのやらしいお尻に、おちんぽ下さい、ご主人様」とか言って、あんあん言わされたあげく、「ご主人様のおちんぽ気持ちいい」とか言って、あんな体位とかあーんな体位とかで、恥ずかしいこと言わされまくって、「お願いイかせてください」とかお願いして、泣くまでイかされるわけだ。しかもそのあと、男の汚ねえちんこを舐めてきれいにしたりするわけ?
「――え、ちょっと待って。まじで」
『……レイ?なんかすごい想像してない???』
「あーまじちょっと待って。俺、考えたことなかったわ」
俺は額に手をやり、誰に向けるでもなく手のひらを前に向けた。
そして、そのままの状態で、自分がなにを守ろうとしていたのかを思い出した。
(……だって、なによりも、あの屈託のない笑顔が)
俺と関わると、フェルトの笑顔が曇るんじゃないかと……思ってた。
ちゃんとした愛情を知らない俺が人のことを大切にできるはずないから、俺と継続的に関係を持つことは絶対に、フェルトを壊してしまうと思った。
(……待って。ちょっと待って。まじで)
恋愛のことなんて、まともに考えたことなどなかった。
しかも、あのフェルトのことなのだ。爽やかで清らかな恋愛をして、幸せになる未来しかないとばかり思っていた。だから、関わりたくないと思っていたのに。
でももしかして、相手が俺じゃなくてもそのリスクってあるし、逆に、俺じゃないやつにあの笑顔を壊されたりすることがあるのだろうか。
え、俺もできないかもしれないけど……俺はその、自分ができない『かも』しれないことを、他人に丸投げして、ただ祈るだけ、みたいな状態になること?
「――あれ? 俺、なに考えてたんだろ」
俺はどこを見るでもなく、ぱかんと口を開けた。
なんで欲しいと思うものが目の前にあるのに、身を引こうとしてたんだっけ。
『レイ、ほんとどうしたの?』
「おい、お前さ……もしお前に番がいたら、そいつが幸せなのがいいんだよな? 自分が幸せにできないかもと思ったら、ほかのやつと幸せになったほうがいいと思うよな」
『えー? そりゃあ幸せでいてくれるのがいいけど、そうじゃなくてさ、レイ、――俺が幸せにしたいんだよ」
左目は不思議そうにそう言った。
「――え、俺が幸せに?」
いや、だから、それができないからほかのやつに、――いや、でも待って。たとえ、ほかの男のちんこしゃぶって幸せ♡ みたいなフェルトを見ることになったとしても、俺は……それが幸せだと思って、いや、――え? フェルトって、ほかの男のちんこしゃぶって幸せなの?え、待って、いや、まじで待って。
(それって……誰のちんこ?)
――『ご主人様』て、誰だよ!おい。
そのとき、カチリと頭の中でパズルのピースがはまるみたいに、俺の中に鮮明な映像が流れた。
絨毯の敷かれた床に跪いて、嬉しそうにちんこ舐めてるフェルトがいるんだとしたら、その前で、あのふわふわな髪の毛撫でてるのは……、え。
「それ、俺じゃね――??」
『レイー?』
「なあ、そのちんこ、俺のだよな??」
『はあ???』
人影の見当たらない森の中に、俺のおかしな言葉が響き渡った。だけど、そんなことも気にならないくらい、気が動転していた。
(あれ、俺一体何考えてたんだろ? なにを守ってるつもりだった?)
たしかに、フェルトのこといじめたいし、泣かせたいし、なんなら絶望させたいけど……でも、それって、ほかのやつにやらせていいことだった?
(――え、待って。しかも隷属状態って、あれだろ? 物扱いだろ? 言いなりのやつだよな?)
フェルトの意志関係なしに、服従させるってことだよな? 誰だかわかんないけど、とにかく誰かが。
(それって、――笑顔とか、なんとかって、そういう次元じゃなくない??)
「………………」
『………………』
え、それするとしたら、俺じゃないと、だめじゃないか?
フェルトが結局誰かに飼われるくらいなら、俺が飼ったほうがいいのでは……?
首輪つけられて、ちんこ入れられて、泣かされるなら、それなら相手――……。
(……俺のほうがよくない??)
あいつはほかの男の汚ねえちんこで、わんわん言うつもりなんだろうか。
頭の中で断続的な木魚の音が聞こえる。そして、チーンとなにかができあがったような音がした。
そして俺は、崇高な結論に達した。
「――いや、だめだろそれ。――普通に、俺のちんこで泣かされとけよ」
『――ねえ、レイってさ、言葉選びまずいって言われたことない?』
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