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1-4 反乱の狼煙
84 カイル (フェルト視点)・後
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カイルの顔から笑顔が消え、心底わけがわからない、という表情になった。あれ?
「メルヴィル卿と団長から、さっきなにか聞かなかった?」
「……あ、ああ、さっきもメルヴィル卿がなんか変なこと聞いてきたんです。もし人質がいなかったらどうするかとか、これからどうしたいかとか、ちょっと意味がわからないですよね? だって、俺たちは国を守る騎士団だから、ジョー先輩たちを捕まえなくちゃいけないし、フェルト先輩は王女殿下のところに連れていってあげないといけないし」
「――カイル? みんなのところに、とりあえず戻ろうか。その話にもいろいろ進展があるはずだよ」
「フェルト先輩……? まさか、王女殿下を裏切る気なんですか?」
「カイル。裏切るっていうか、その、一度戻って状況を整理しないか?」
「え、あ、――はい」
カイルはあからさまに落ち込んだ様子で、黙ったままなにかを考えているようだった。俺は、え、どうしようと、少し慌てながら、ちゃんと説明しないといけないなと思った。元はと言えば、俺の判断が招いた結果である。カイルと第二王女殿下がどういう信頼関係を築いたのかはわからないけれども、とにかく状況を教えてちゃんと考えてもらわないといけない。
「まさか……あいつに腑抜けて、王女殿下のお気持ちを踏みにじる気なんじゃ、――これって、やっぱり、騙されてるってこと?」
カイルがなにかを呟いたので、「え、なに?」と俺が尋ねた。
「あれ? 先輩、首のところになんかついてますよ。ちょっと待って」
と、言いながら、カイルが俺の首に触れたと思った瞬間だった――。
体から一切の力が抜け、俺はその場に倒れた。ぶわっと落ち葉が舞い、湿った土の匂いがした。
――え?
「正直、まさか王女殿下の言う通りのことが起こるなんて、思ってもみませんでした」
「――か、かい、る」
カイルの名前を呼ぶだけでも、精一杯だった。
首に強力な魔力を当てられているような、とてつもない違和感を感じる。まったく力の入らない手をなんとか首まで持ってくると、硬質ななにかが首に巻かれているのがわかった。
これって、え、――〝隷属の首輪〟……?
「先輩、嘘つきですね。さっき俺、実は見ちゃったんです。あの銀髪の男と、先輩……キスしてませんでしたか?」
カイルが顔を歪ませながら、冷たい声で言った。
レイのことを見られてたのか……と思ったけど、それが一体カイルにとってなんだというのだろう。
「先輩、あの男に誑かされたんですか? 王女殿下を裏切って、王都にも帰らないで。あの方が、あの心の優しい方が……! どれだけ心を痛めていると思ってるんですか?! あの方はフェルト先輩のことを思って、毎日寝ることもできずに! 食べることもできずにいるんですよ!」
カイルは今にも泣き出しそうな表情で悲痛な声を上げた。
だけど、内容がまったく入ってこない。俺は首輪と首の間に指を挟んだまま、ぽかんと口を開けてしまった。
(……え、これ一体なんの話???)
だけど、そう思っている間にも、体の中から作り変えられていくようなおかしな感覚が広がっていく。俺のまわりで、目を真っ赤にした精霊たちが、苦しそうにのたうち回っているのが見えて焦る。
自由の象徴である風の精霊たちが、地面に這いつくばり、助けを求めるように空に手を伸ばしている。
(まずい……! 精霊たちにまで影響があるんだ……!)
どうにかしてあげたいけど、自分の体も動かすことができない。もしシルフィーにまで影響が及んでいたらどうしようと、嫌な汗が背筋を流れていく。
そんな俺を前にしても、カイルはそのまま淡々と続ける。
「ねえ、キスしてたとき、先輩がどんな顔してたか知ってますか? 俺、目いいんですよ。先輩、なんか腑抜けた顔してました。なんか、まるで、――あの男のこと、好きみたいなかんじで!!!」
「まッ……て」
「王女殿下がこの首輪を俺に渡したんです。もしも、あなたが誰かに騙されて、王都に帰らないって言ったら、そのときは使ってくれって!!!」
「――っか、る」
隷属の首輪だなんて初めて装着されたけど、自分の意志で声を出すこともできないのかと驚愕する。
カイルの認識との間に、重大なすれ違いがあることは明確だった。だけど、説明しようにも、話すことができない。
「先輩には、心底失望しました。これから、俺がこの首輪を王女殿下にお返しするまで、あなたは俺の奴隷です。さあ、――王都に帰りましょう」
カイルがそう言うのを聞いて、目の前が真っ暗になった。
体はカイルの……この首輪の主人の命令を聞こうと、今にも動き出してしまいそうだ。
このまま王都に帰るわけにはいかない。せっかくいろんなことが終わったところだったのに。
――――レイ!
「メルヴィル卿と団長から、さっきなにか聞かなかった?」
「……あ、ああ、さっきもメルヴィル卿がなんか変なこと聞いてきたんです。もし人質がいなかったらどうするかとか、これからどうしたいかとか、ちょっと意味がわからないですよね? だって、俺たちは国を守る騎士団だから、ジョー先輩たちを捕まえなくちゃいけないし、フェルト先輩は王女殿下のところに連れていってあげないといけないし」
「――カイル? みんなのところに、とりあえず戻ろうか。その話にもいろいろ進展があるはずだよ」
「フェルト先輩……? まさか、王女殿下を裏切る気なんですか?」
「カイル。裏切るっていうか、その、一度戻って状況を整理しないか?」
「え、あ、――はい」
カイルはあからさまに落ち込んだ様子で、黙ったままなにかを考えているようだった。俺は、え、どうしようと、少し慌てながら、ちゃんと説明しないといけないなと思った。元はと言えば、俺の判断が招いた結果である。カイルと第二王女殿下がどういう信頼関係を築いたのかはわからないけれども、とにかく状況を教えてちゃんと考えてもらわないといけない。
「まさか……あいつに腑抜けて、王女殿下のお気持ちを踏みにじる気なんじゃ、――これって、やっぱり、騙されてるってこと?」
カイルがなにかを呟いたので、「え、なに?」と俺が尋ねた。
「あれ? 先輩、首のところになんかついてますよ。ちょっと待って」
と、言いながら、カイルが俺の首に触れたと思った瞬間だった――。
体から一切の力が抜け、俺はその場に倒れた。ぶわっと落ち葉が舞い、湿った土の匂いがした。
――え?
「正直、まさか王女殿下の言う通りのことが起こるなんて、思ってもみませんでした」
「――か、かい、る」
カイルの名前を呼ぶだけでも、精一杯だった。
首に強力な魔力を当てられているような、とてつもない違和感を感じる。まったく力の入らない手をなんとか首まで持ってくると、硬質ななにかが首に巻かれているのがわかった。
これって、え、――〝隷属の首輪〟……?
「先輩、嘘つきですね。さっき俺、実は見ちゃったんです。あの銀髪の男と、先輩……キスしてませんでしたか?」
カイルが顔を歪ませながら、冷たい声で言った。
レイのことを見られてたのか……と思ったけど、それが一体カイルにとってなんだというのだろう。
「先輩、あの男に誑かされたんですか? 王女殿下を裏切って、王都にも帰らないで。あの方が、あの心の優しい方が……! どれだけ心を痛めていると思ってるんですか?! あの方はフェルト先輩のことを思って、毎日寝ることもできずに! 食べることもできずにいるんですよ!」
カイルは今にも泣き出しそうな表情で悲痛な声を上げた。
だけど、内容がまったく入ってこない。俺は首輪と首の間に指を挟んだまま、ぽかんと口を開けてしまった。
(……え、これ一体なんの話???)
だけど、そう思っている間にも、体の中から作り変えられていくようなおかしな感覚が広がっていく。俺のまわりで、目を真っ赤にした精霊たちが、苦しそうにのたうち回っているのが見えて焦る。
自由の象徴である風の精霊たちが、地面に這いつくばり、助けを求めるように空に手を伸ばしている。
(まずい……! 精霊たちにまで影響があるんだ……!)
どうにかしてあげたいけど、自分の体も動かすことができない。もしシルフィーにまで影響が及んでいたらどうしようと、嫌な汗が背筋を流れていく。
そんな俺を前にしても、カイルはそのまま淡々と続ける。
「ねえ、キスしてたとき、先輩がどんな顔してたか知ってますか? 俺、目いいんですよ。先輩、なんか腑抜けた顔してました。なんか、まるで、――あの男のこと、好きみたいなかんじで!!!」
「まッ……て」
「王女殿下がこの首輪を俺に渡したんです。もしも、あなたが誰かに騙されて、王都に帰らないって言ったら、そのときは使ってくれって!!!」
「――っか、る」
隷属の首輪だなんて初めて装着されたけど、自分の意志で声を出すこともできないのかと驚愕する。
カイルの認識との間に、重大なすれ違いがあることは明確だった。だけど、説明しようにも、話すことができない。
「先輩には、心底失望しました。これから、俺がこの首輪を王女殿下にお返しするまで、あなたは俺の奴隷です。さあ、――王都に帰りましょう」
カイルがそう言うのを聞いて、目の前が真っ暗になった。
体はカイルの……この首輪の主人の命令を聞こうと、今にも動き出してしまいそうだ。
このまま王都に帰るわけにはいかない。せっかくいろんなことが終わったところだったのに。
――――レイ!
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