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1-4 反乱の狼煙
81 十歩の冒険と、反乱の狼煙・前
しおりを挟む「おかしいな。ここの屋敷は、先日私が買い取ったはずなのだけど」
うしろから響いたよく通る男の声。――冷水を浴びせられたように、体温が一瞬で冷えた。窓際で夜空を眺めていた俺は、振り向くこともできずに、ただ固まった。――まずい。
リンが言っていた王都の西地区にある屋敷は、おすすめされた通り、人目にもつかず最適な廃屋と言えた。屋敷自体も、随分と長い間放置されていたのだろう。伸び放題の植木に、雨風に晒されていたと思われる外壁。からまった蔦や葉のせいで屋敷の中も暗く、召還陣から発せられる光も遮ってくれるほどだった。
廃屋に着くやいなや、ニアはなにも言わずに、すぐに消えていなくなった。
フェルトは念のため、顔の造形を変えた状態のまま茶髪茶目。俺は、逆に黒髪のほうが心配だということになり、銀髪のまま。格好だけはニアに倣って、フェルトも俺も黒づくめの格好にフードつきのローブを被っている状態で、その場で待機していた。
ちなみにリンは、騎士団内の意向を調査するほうが向いてるからと言って、オーランド団長と今後の騎士団の意向をまとめる作業をするためにダンジョンに残った。
しばらく待機していたが、フェルトがピクリと動いたかと思うと、小声で「レイ、人がいるみたいだ」と言って警戒しはじめた。ちょっとだけ階下の様子を見て来ると言って、音をひとつも立てることなく風のように消えた後のことだった。俺は、フェルトも精霊王もいるしと思って、なんの警戒もせずに窓の外を見ていた。
「――お嬢さんは、どこの、どなたかな?」
――今、召還陣を出現させれば、逃げられるかもしれないけど、得体のしれないやつに手の内を明かすことになる。しかも、こんな廃屋を買い取るような、絶対頭おかしいやつに。え、どうしよ……と考えてたとき、ふわりと頬をなでるような優しい風が俺のまわりで小さく吹いた。あ、これは多分フェルトだな、と俺が安心した次の瞬間。俺が眺めていた窓が、すごい勢いの風に吹かれてバンッと音を立てて外にひらき、俺の体はあっという間に、夜空へと吹き飛ばされていた。
「わーお」
俺は見に覚えのある、あたたかな腕に抱かれながら、地上からは決してみることができない速さで夜空を飛んでいるところだった。都合のいいことに、その日は、新月で(新月っていう概念もこの世界じゃよくわかんないけど、とにかく月が出てなくて)俺たちは、黒尽くめだったから、さっきの男はもはやなにも見ることはできなかっただろう。
それにしても、夜空を風のように舞うことができるなんて。逆に月がないのが悔やまれる。
さっきはびっくりしたけど、固まってるときですら「フェルトがいるし」と安心していた俺は、フェルトのことを心から信用してるんだろうな。いつもとは違うフェルトの横顔を見ながら、フェルトがかなり焦ってたらしいということに気づく。
「惚れちゃうなー」
と、俺がにやにやしながら言うと、「惚れちゃうような男なら、レイのことをあんな危険に晒さないよ」と言って、フェルトがぷいっと、不貞腐れたように横を向いた。ほんとに真面目だ。
夜空を横抱きで飛行してくれる騎士様なんだから、少しくらい驕ってもいいと思うけど。
ちょうど俺たちが寂れた倉庫に降り立ったとき、ニアの『口』から「場所が特定できた」と連絡があった。俺の『口』を使って、「眠らせておいて」と伝え、同時に、ニアが描いてくれた監獄内の地図で照らし合わせ、場所を特定すると、再び召還陣の扉へと入った。
出たさきは、この狭い中によく全員押しこんだな、――と思えるほどの小さな檻に、騎士団の家族が寄り添って寝ているところだった。じめじめしたカビ臭い石造りの牢獄に、子どもたちを庇うように小さく丸まっている姿を見ると、胸が痛んだ。ニアが小声で「リストは確認した。全員いる」と手短かに伝えてくる。
それってもう仕事ないな、と思いながら俺はそこでまた召還陣の扉を出した。ニアが見張っている間、フェルトが風を操り、一気に全員を中に入れてもらった。
そして、俺たちも入った。
扉の中は、暗い洞窟なのだ。
「「「はあああああーーーー」」」
俺たちは人質が山のようになって地面に倒れる中、三人で盛大なため息をついた。
「あーーー。緊張した……」
こんなスパイ映画みたいなことすることになるなんて。
まじで、緊張した。流石に俺の人生においても、かなりの冒険だったんじゃないか? 冒険っていうには、移動距離が十歩くらいだった。
「レイ様、ほんとこれどうなってんの? すごい魔法っつーか、これ、すごすぎない?」
「あー! よかった! なんとかなったーッ!」
ニアもフェルトも緊張していたんだろう。来るときに通った洞窟に戻ってこれて、安心したのか、テンションが高い。ニアに渡しておいた眠り薬も即効性が高かったみたいで、ほぼ計画通りに進んだと言える。
想定外だったのは、変な男に出くわしたことくらいだ。
(あんな廃屋であの男はなにをしてたんだろう……)
妙に落ち着いた雰囲気だった男の声を思い出すと、なんだか薄寒くなる。廃屋をわざわざ購入して、なにをしようとしてるのか。考えれば考えるほど、おかしな男だったけど。とにかく今は、それもフェルトがごまかしてくれたから、安心していいだろうと思う。
その遭遇をかき消すように、すうっと一度大きく息を吸う。
三人で再度人質のリストを確認し、再び召還陣を出現させ、ダンジョンの入り口に人質を移動した。そして、ニアがリンのところに『人質奪還成功』の報告に行ったのだった。
これでもう、オーランドに隠す必要もないだろう、と、俺はフェルトの容姿を元に戻した。それから「ありがとな」と言って、ちゅっと唇を重ねると、フェルトもほっとしたのかにっこりと笑ってくれた。
「あれ?」とフェルトが俺のほうを不思議そうに見るので、「ん?」と目で尋ねると、「あ、いや、――なんかレイの目の色が水色に見えた気がして」と言った。ああ、それは後で話さないといけない話なんだった、と、俺は思い出した。
「そうなんだ。目のこともそうなんだけど、召還したモ、――「フェルト先輩!」」
俺が話しかけたとき、うしろから誰かが呼びかけた。
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