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1-4 反乱の狼煙

70 とある屋敷での会話

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※※朝間違えて更新してしまったので、再掲です。読んでしまった方はすみませんでした!




 

「――報告を聞こう」


 とある古い屋敷の窓際で、とある男が、突如そこに出現した黒い影を振り返りながら言った。
 かつては栄華を極めたとある貴族が住んでいたその邸宅には、もはやぼろ布のようなカーテンがかかり、壁は剥げ、木の床は裂けてところどころに穴が開いていた。
 そんな屋敷の中に居ながらも、その立ち居振る舞いを見るだけで、その男が身分の高い人物であることは明らかだった。
 男の背からは、柔らかな月の光が差し込み、男の顔は影になっていて見えない。

「レンベルグ内で起きたいざこざは、ラムレイ辺境伯爵がご子息捜索のために行ったことだそうです。レンベルグは安定しています」
「やたらと事件がグレンヴィルで起きているけど、ラムレイ自身に叛意はないということで間違いないのか」
「ご子息捜索の際にも集まる人数が少なく、傭兵を雇っていました。軍事力を増強しているとは思えません。しばらく張りましたが、密会する相手もなく、通常の生活を送っている様子でした」
「そうか。――レンベルグという辺境の町、隣国と接している以外に特筆すべきところはないというのに。でもどうしてまた、いきなりいろいろなことが……」

 手を顎にやり、ふうむ……としばし考える様子で男は固まる。黒い影は床に跪いたまま、微動だにしない。
 突然栄え始めた商業に、第二騎士団の調査隊の失踪、そのあとの第二騎士団への周囲の反応と、優秀なメルヴィル次男の左遷、ただの流れのようにも見えるが……突然そんなことが起きるものだろうか。
 
 (なにかが……そこに?)

 男はなにか得体の知れない存在が筋道をかき乱しているような気がしてならなかった。
 一体なにが? と、思考を巡らせる。

「――そもそも発端は、ダンジョンの出現……」

 それが一連の流れの発端であり、新しいダンジョンが発見されなければすべてのことが〝起きなかった〟はずだった。
 栄えはじめた商業に加え、辺境の町まで通う商人が出る事態。力を持った辺境の商人は、村を開墾して新しい作物の栽培に精を出しているのだとか。
 ――たかが辺境の町の話。

(僕が気にしなくてはいけないことではない……でも、――なぜこんなに気になるんだ)

 その辺境の町が王都にまで及ぼしている影響は、たかだか一商人の成功のせいではない。
 それに、ダンジョンが発見されて商業が栄えるなんていうのはよくある話で、それが王都を動かすようなことにはならない。
 原因は――。

「第二騎士団からの調査隊の失踪」
「はい、ロザリー殿下のお怒りはいまだ収まらない様子で、第二騎士団はこれからだそうです」
「遠征だと?」
「はい、レンベルグの新しいダンジョンまで」
「――またレンベルグか。一体それは誰の権限で行われた指示なんだ」
「ロザリー殿下です」

 ハア、と男はため息をついた。
 たかだか、おもちゃの人形のために……ずいぶんと大それたことをしてくれる。
 わざわざ二週間もかけてあの辺境まで行くというのだろうか。平民だけの騎士団とはいえ、実力を兼ね備えた精鋭だ。そんな辺境のできたばかりのダンジョンが、王都を動かしているような気がして……奇妙な感覚が拭えない。
 こんなことは、今まで一度もなかった。貴族の領地内でのいざこざなど、すべては小事だったのだ。

(これは……事件の質ではなく、この一件に関わっている人間の質だろうか)
 
 メルヴィルの次男、ラムレイの問題児、ロザリー、そして――近衛に昇進予定だった平民騎士。貴族ですらないのに、この一件の登場人物に含まれている男か……。一応、死亡したとされているが。

(血は争えないな……)

 男は力なく首を振る。そもそも、そのダンジョンでどうして調査隊は失踪を余儀なくされたんだろうか。
 ラムレイの問題児が一緒だったから、なにか揉めごとでもあったとも考えられる。

「失踪した調査隊の中にいたのは、ラムレイの次……いや、長男か。それと近衛に昇進予定だった平民騎士だったな。お前はそのダンジョンを見たか?」
「はい。生還する者が十人いれば四人しかいないと聞き及んでおります。入り口のあたりだけ足を踏み入れてみましたが、ゴブリンやスライムばかりの……なんの変哲も無いダンジョンでした。なにが難しいのか、少しの探索ではわかりかねました」
「そうか。それに関しては、ラムレイから報告を上げさせてもいいし、第二騎士団の様子でわかるだろう。ほかになにか気づいた点はなかったか?」

 微動だにしなかった影は、しばらく沈黙したあと、「……あ」と小さく声を洩らした。
 
「なんだ」
「あッ……いえ、大したことではないのですが。――くだんのダンジョンから一番近い村……開墾をはじめている村ですが、その」
「それがどうかしたのか」
「その……どうやら月の女神を信仰しているようでした。ちょっと珍しいと思いまして」

 珍しく言い淀む影の様子を不思議に思いながら、男は首をかしげた。


「――月の女神?」


 神話では大して力もない、儚げな女神だったように思うが……と、男は動きを止めた。
 豊穣をもたらす慈愛に満ちた神……だっただろうか。数多もの神々がいる神話の中ではそれほど目立つ存在でもない。こうして男が思い出すのも、太陽でもないのに不思議だなと昔思った以来だった。軍神を信仰しているわけでもないのだから、警戒する必要もないだろうが……なにか土地神信仰のようなものだろうか。
 新しく農業を始める村なのだから、それに関係するような神話でもあったのかもしれない。
 まあ、たかだか村ひとつの話だ。なにを信じていようとも関係ないだろ。気になるのは、隣国と接しているということくらいか……と、男は結論づけた。

「子飼を一匹放ってあります。なにかあればまた報告させていただきます」

 男が小さく頷くのを確認した黒い影がその部屋から消えると、再び夜の静寂が戻った。

 なんだか得体の知れないものが存在するような、嫌な気分になる報告だったなと男は思った。しかし、今、遠く離れた王都で考えてみたところで、わかるものでもなかった。

 グラスに注いであった葡萄酒を男は飲み干した。男が窓の外にふと目をやると、蒼白い月がささやかな光を降らせていた。

「月の女神ね」

 男は小さくため息をついた。
 
(なんにせよ……僕に優しい女神であって欲しいものだな)

 男はそんなことを思いながら、廃墟をあとにした。

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