71 / 119
1-4 反乱の狼煙
68 招かれざる客・中
しおりを挟む「え、暗殺?」
こくこくと頷きながら、フェルトはそいつの着ていたシャツの腹のあたりをめくって、筋肉のつき方とかが……と首をかしげる。
靴を脱がせズボンの裾をめくると、案の定、凶器を収納するための布を脚に巻いていて、その中には仕込み針のような武器やナイフが数本入っていた。
引きずっていたほうの足には深い切り傷があって、面倒なのでズボンもシャツも脱がせると、体中鞭で打たれたみたいな跡だらけだった。
俺が手を翳して、ひとつずつ治しているのを見ながら、オリバーが、哀れむような目をして言った。
「黒髪黒目の子は忌み嫌われる風習ですから。うしろ暗い組織に引き取られて、そういった教育をされることもあります。幸か不幸か、黒髪黒目は暗闇に紛れますし、孤児に多いですからね。逃げてきたんでしょうか?」
「――でも、刃物の手入れがすごく丁寧だ。所作は素人だったけど、現役の可能性を考えたほうがいいよ」
フェルトは刃物を回収して、じっと見ながらそう言うと、治療を終えた俺を近づけないようにそっと背にかばった。
「誰かを暗殺するために、ここにいるってことか?」
「それか、なにかしらの調査か……関係ない任務の遂行中かもしれないし」
「ふうん。畑を耕してたことを考えると、この村に定住する気だろ? そうだとしたら、俺かベラか、あるいはフェルトか……の調査だろうな」
「あと、メルヴィル卿の可能性もありますね。毎週来てますから」
そこまで話したところで、ポーラが水差しとコップを持って来てくれて、にこにこと会釈して出てった。
「――……ううん」
寝てたやつが起きる気配がして、そっちを見ると、ちょうど目を開けたところだった。俺たちを見てハッとすると、無意識なんだろうが、さっきの布が巻いてあった脚に手をやった。
もう武器は取り上げたあとだが、その行動が……そいつが現役の暗殺者である証拠でもあった。
自分が裸なことに気づくと、慌てた様子で毛布をたぐりよせた。やっぱり瞳も黒だった。顔は幼く、まだ十二才くらいだろうな……と思った。
「お前……とにかく水飲め」
「イッいい! いいですッ!!!」
「怪我は治したから、もう普通に歩けるはずだ」
「へ?」
そいつはきょろきょろと自分の体を見回し、あったはずの傷が全部消えているのを見て、唖然とした表情を浮かべた。自分が暗殺者だと気づかれたと思ったんだろう。
「……こ、殺すのか」
「アホか。殺すなら怪我治さねーし、さっき殺しておくだろ」
その子どもからピリピリと殺気を向けられて、フェルトも負けじと怖いオーラを放ちながら、悪態をつく俺の前に立っている。少し考えればわかることなはずだけど、おそらく子どもは気が動転しているんだろう。
「……拷問したって無駄だ。なにも話さないからな」
「別に、お前に聞くこともねーよ」
「じゃ、じゃあッ! ど、どうする気なんだ!!!」
「別に。小麦がんばって作ってくれたら、俺はそれでいいけど」
「――……は? 小麦??」
とにかく水を飲んで落ち着け、とコップを渡す。子どもはしばらく警戒していたが、喉が乾きすぎていたのか渋々口にしていた。そういう判断の甘さは、子どもっぽいなーと思う。
ごくごくと水を飲み干しながらも、俺をじろじろと睨んでいるのを見て、ハアとため息が出る。
仕方がないので、自分の髪と目を黒に戻して、ついでにオリバーの顔をグランの顔に変えてみた。
得体のしれないやつに手のうちをあっさりと明かす俺を見て、「レイ……」とフェルトが不満げな声をあげた。でもさ、あんな怪我して鞭打たれてまでやってる仕事を、楽しいと思ってるやつはいないと思うよ。
「お前さ、髪と目の色を変えて欲しかったら変えてやるけど、どうする? 容姿も変えたいなら、見ての通り――それもできる。俺、そういう変な魔法できるから」
俺の魔法を見て呆然としているそいつは、まだ頭が働かないのか、目をぱちぱちと瞬かせるだけだった。
「黒髪ってこの国だと大変なんだろ? 俺は別に困ったことないけど。そのせいでやらなくちゃいけないことしてるなら、こういう選択肢もあるぞってことだけ」
「……い、いらない」
ああ、なにか、抜けられない契約……人質か。なにかしらの理由がありそうだ。
「そう、これからどうする気なんだ?」
「別に。黒髪のやつができることなんて、限られてるから」
「ふうん、変えてやるって言ってんのに変えない。黒髪だからって諦める。俺、そういうの嫌いだわ。じゃあ勝手にしろ」
「――れ、れい様」
俺は自分の髪と目を銀と紫に戻して、オリバーの顔も戻してやった。そいつは、また目をまんまるにして、それを見ていた。
「そ、その、――それって……俺以外の人間にもできるのか?」
「ほかの黒髪のやつってこと? できるし、なんの労力もいらないし、一生そのままでいることもできる。対価も特に要らない。ただの魔法だからなー」
同じ黒髪の仲間か、人質を取られてるか、の二択だろうな……これは。でも、興味はひけたみたいだ。こうなると、後は交渉だけだから、話は早い。そいつは、とぎれとぎれに話を続けた。
「お、俺はいいんだ。このままで。どちらにしろ、俺にできることなんて限られてるから。その……い、妹がいて……妹も黒髪なんだ」
――妹か。黒髪の女はどんな仕打ちを受けるものなんだろう。暗殺者であろうとなかろうと、いい待遇はされていないだろうな、という気がして嫌な気持ちになった。
「妹でも、弟でも、仲間でも、別に何人だって俺は構わないけど」
「何人でも?! ど、どうしてそんな――」
「いや、だから……俺も黒髪だし。別に毛がなに色でも俺の性格は変わらないし。お前だって、あんな怪我してまでやりたい仕事をやってるってわけじゃないんだろ?」
「――……それは」
63
いつも読んでいただき、本当に本当にありがとうございます!
更新状況はTwitterで報告してます。よかったらぜひ!
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


糸目推しは転生先でも推し活をしたい
翠雲花
BL
糸目イケメン。
それは糸目男性にのみ許された、目を開けた時とのギャップから生まれるイケメンであり、糸那柚鶴は糸目男性に憧れていたが、恋愛対象ではなかった。
いわゆる糸目推しというものだ。
そんな彼は容姿に恵まれ、ストーキングする者が増えていくなか、ある日突然、死んだ記憶がない状態で人型神獣に転生しており、ユルという名で生を受けることになる。
血の繋がりのない父親はユルを可愛がり、屋敷の者にも大切にされていたユルは、成人を迎えた頃、父親にある事を告げられる──
※さらっと書いています。
(重複投稿)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる