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1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
66 デート(フェルト視点)・後
しおりを挟むおそらく赤くなってしまっている俺の耳元で、レイは「勃たせてたらバレるぞ」と低く囁き、煽るように股間を数度ぐりぐりとこすりつけてくる。「ぅわッ!」と思わず、慌てて声を出してしまった。
言ってることとやっていることがまったく噛み合ないッ! 俺は両手で顔を覆って、俯いた。
「フェルトさん、大丈夫だからー! レイ様が魅力的なのわかってるし、フェルトさんは背景みたいなもんだから、安心して!」
「…………」
それを聞いて、俺は思った。
(一体……なにに安心しろと宥められているのか)
まさか彼女たちの目の前で、レイに興奮して勃起したとしても、見なかったことにするから安心して……ってことだろうか。年下の女の子にまで心配してもらって、恥ずかしすぎて死にそうだった。
「レイ様。レイ様がこの前言ってたみたいに、あんまり生々しくない、かっこいいかんじにするつもりなの。絡みっていうのもわからないくらいになると思う。エマはスケッチだけ何枚もして、後はこっちで仕上げるつもりだから、自由に何枚かポーズ取ってもらえたら大丈夫。フェルトさん翻弄しちゃうかんじで。白い下着のときは神秘的な美しさで、あとで紫に変えて悪女的なかんじでいくつか」
「んー」
「…………」
目の前で淡々とされる説明を聞きながら、俺はもうすでに背景になった気分を味わっていた。
レイがどうにかするんだろうから、とにかく……動かないことに徹しようと心に決める。
だけど、「話しててもいいよー!」とイザベラ嬢が言うので、レイと俺はたまに会話をしながら、はじめての『モデル』体験をしたのだった。
1時間くらい経ったころ、レイが振り向いているようなポーズをしていたときに、髪の隙間から形のいいきれいな耳たぶが覗いていて、俺は誘われるように手を伸ばした。
だって、ずっと腰の上に乗られてて、衝動が抑えきれなくなってしまった。「ん?」とレイが振り向く。
「――……ねえ、レイ。ペリドットは……どう?」
レイは一瞬きょとんとして、なんのことだっけ、というような表情を浮かべながら尋ねた。
「ん? ああ、ピアスの話? ――ペリドット? ってえーと、あー……。ははは、すごい独占欲だな」
「レイの黒髪にだって……きっと映えると思うよ」
「……ルビーとかサファイアだって、別に黒ならなんでも合うだろ」
「でも、ペリドットがきっと……1番似合うと思うから」
ペリドットは物にもよるけど、俺の瞳の色に1番似てる。
これはもう……「好きだよ」と言ってるのとおんなじことだけど、レイはどう思うんだろう。ピアスくらい受けとってもらえないかなあ。
珍しく引き下がらない俺を不思議そうに見ていたレイだったけど、スッと目を細めながら口にした。
「――ふうん。じゃあ買ってこいよ。俺のために」
レイはそう言いながら両手で俺の頬をつつむと、目を見つめたまま、挑発するように、そのまま俺の下唇にやわらかく噛みついた。そしてゆっくりちゅっと音を立てて唇を離すと、小首をかしげて、蠱惑的に笑った。
その姿に見惚れてしまった俺の心臓に、ドキッと強く握りしめられたような感覚が走る。でも、すぐにエマ嬢たちがいることを思い出し、慌てて、レイの両手を握りしめた。
「ちょ、ちょっとレイ! その、お、お嬢さんたちがいるんだから」
んー? そうだっけ? と、わかっているはずなのに、どうでもいいというように気だるそうな表情をしたレイは、このまま事に及びかねない。本当に自分勝手だ……と内心思う。
でも――。
高圧的に俺にそう言い切ったレイだけど、さすがに、次の展開を予想していなかっただろう。
俺は下穿きの右ポケットをごそごそとまさぐり、中から小さな革袋を取り出した。「え」と驚いてレイが固まるのを見ながら、「はい」とレイの前に差し出した。
レイはそれを受取り、革袋の中に入っている小さな装飾具を取り出し、光に翳して色を確認した。
ミスリルの真ん中に大粒のペリドットが入ってるシンプルな形。
意外そうにそれを指先でくるくるといじりながら、レイはいつもの意地悪そうな顔で尋ねた。
「ペリドットの中でも、1番似てる色を選んだのか?」
大雑把なくせに、そういうところには本当によく見てるんだなと思う。
ペリドットは天然の宝石だから、石とかカットによっては色が違って見える。鏡で比べて、1番俺の瞳に似てるのを探したのだ。だって――。
(どうせなら俺の色がいいし……)
レイは左頬のほうにそれを持って行き、そのままスッと左耳に差した。
あれッ? 穴開いてないって言ってたけど……あ、そうか。レイは体、変形できるんだった。
今は銀髪だから、ちょっと雰囲気も違うけど、よく似合ってる。ぶわっと春みたいな気持ちが広がる。
「嬉しい。よく似合ってるよ」
にっこり笑いながら言った俺に、レイは「たらし野郎」とまた言った。
けど、レイもちょっと嬉しそうに見えた。
自分がいつもどれだけ幸せそうに笑ってるかを、レイはわからないんだろうけど。嬉しそうに揚げパン食べてるときよりも、幸せそうに見えたのは、贈り物をした人間の欲目かな……。
レイはおもむろに俺のほうに顔を寄せると、俺の耳についている銀のピアスをぺろりと舐めながら、「ありがと」と小さく言った。その息が熱くて、俺の中心がピクリと痺れるように熱を持ってしまったのは、その上に座っているレイには丸わかりだったかもしれないけど、レイは愛おしそうに俺に微笑むだけで……からかわなかった。
いつもみたいに俺だけが翻弄されて、ドキドキし続けていた。
レイがポーズを変えるたびに俺の中心が擦られて、そのままじっと動かないでいるのは、ポーズを取っているだけだってわかってても……じらされているような気分になって。
そんな俺の葛藤なんかお見通しのレイの指先が、俺の股をそろりとなぞったり、首筋にふっと息がかかったりするのに、ひとりでびくびくしてしまった。レイはわかってやってるんだろうけど! 顔色ひとつ変えないで、まるで女優みたいに演じきっているのを見たら、俺は文句のひとつも言えなかった。
悔しい。
帰り際、エマ嬢に両手を握られ「頑張って下さい! ほ、本当にッ応援してます! 本当にッ!!」と謎の激励を受けた。
なにもかもがバレていたらどうしよう、と内心ハラハラした。女の子はこういうことには聡いから、俺の感情の機微なんて、もう手に取るように知られているのかもしれない。ハア。
「できたら見せるね~」と手を振るベラ嬢に手を振って、レイと俺は馬で元来た道を戻って行った。
森の中の道に戻ると、レイがこっそり左耳を触っているのに気づいた。ピアスをつけたことがないと言っていたし、違和感があるのかもしれない。
「レイ。今日……すごく楽しかったね」
色々翻弄されたけど、なんだか本当に今日は楽しくて、感極まってそんなことが口をついて出た。突然の俺の言葉に、レイが「ん?」と不思議そうにこちらを見た。
「俺、レイのこと大切にするよ。レイのこと、ずっと守りたい」
馬の手綱を握ったまま、俺はレイの細い体をぎゅっと抱きしめた。
レイは、まさかそんなことを言われると思っていなかったようで、珍しくぽかんと間の抜けた顔をした。固まっていたレイだったけど、すぐに正気を取り戻したみたいだった。
「あはは、ありがとう。すごく嬉しいよ」
その言葉とは裏腹に、レイの表情が翳ったのはすぐにわかった。困ったように笑うレイに、それでも食い下がるしかなくて、「だったら……」と続けようとした。でも、俺の言葉を遮ってレイが言った。
「俺が、お前を大切にできないんだよ」
どういう意味なのかがわからなくて、だけど、なにかが噛み合わなくて……やっぱりだめみたいだってことはわかった。
別に大切にされなくてもいい……って思ったのは、はやる恋愛感情に押された、ただのエゴなのかな。今はそう思っていたとしても、与えたものには、どうしても対価を望んでしまう日が来るだろうか。
でも実際に、この感極まった状態にあっても、「俺のことは大切にしなくていいから」という言葉がすぐに出てこなかったから、やっぱり……そういうわけにもいかないのかもしれない。
いろんなことを考えてはみたけど、でも、それでもやっぱり俺にはどうすることもできなかった。
(でも……ピアス……喜んでくれてた)
レイの左耳を見たら……これから少しは安心できるのかもしれないと、思った。今は、その嬉しい気持ちに縋ることしかできなかった。
でも同時に、その左耳になにもついていない日が来たらどうしようと不安で、もやっと胸の中でなにか黒い気持ちが噴き出すような、変なかんじがした。
それには気がつかなかったことにした。
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