69 / 119
1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
66 デート(フェルト視点)・後
しおりを挟むおそらく赤くなってしまっている俺の耳元で、レイは「勃たせてたらバレるぞ」と低く囁き、煽るように股間を数度ぐりぐりとこすりつけてくる。「ぅわッ!」と思わず、慌てて声を出してしまった。
言ってることとやっていることがまったく噛み合ないッ! 俺は両手で顔を覆って、俯いた。
「フェルトさん、大丈夫だからー! レイ様が魅力的なのわかってるし、フェルトさんは背景みたいなもんだから、安心して!」
「…………」
それを聞いて、俺は思った。
(一体……なにに安心しろと宥められているのか)
まさか彼女たちの目の前で、レイに興奮して勃起したとしても、見なかったことにするから安心して……ってことだろうか。年下の女の子にまで心配してもらって、恥ずかしすぎて死にそうだった。
「レイ様。レイ様がこの前言ってたみたいに、あんまり生々しくない、かっこいいかんじにするつもりなの。絡みっていうのもわからないくらいになると思う。エマはスケッチだけ何枚もして、後はこっちで仕上げるつもりだから、自由に何枚かポーズ取ってもらえたら大丈夫。フェルトさん翻弄しちゃうかんじで。白い下着のときは神秘的な美しさで、あとで紫に変えて悪女的なかんじでいくつか」
「んー」
「…………」
目の前で淡々とされる説明を聞きながら、俺はもうすでに背景になった気分を味わっていた。
レイがどうにかするんだろうから、とにかく……動かないことに徹しようと心に決める。
だけど、「話しててもいいよー!」とイザベラ嬢が言うので、レイと俺はたまに会話をしながら、はじめての『モデル』体験をしたのだった。
1時間くらい経ったころ、レイが振り向いているようなポーズをしていたときに、髪の隙間から形のいいきれいな耳たぶが覗いていて、俺は誘われるように手を伸ばした。
だって、ずっと腰の上に乗られてて、衝動が抑えきれなくなってしまった。「ん?」とレイが振り向く。
「――……ねえ、レイ。ペリドットは……どう?」
レイは一瞬きょとんとして、なんのことだっけ、というような表情を浮かべながら尋ねた。
「ん? ああ、ピアスの話? ――ペリドット? ってえーと、あー……。ははは、すごい独占欲だな」
「レイの黒髪にだって……きっと映えると思うよ」
「……ルビーとかサファイアだって、別に黒ならなんでも合うだろ」
「でも、ペリドットがきっと……1番似合うと思うから」
ペリドットは物にもよるけど、俺の瞳の色に1番似てる。
これはもう……「好きだよ」と言ってるのとおんなじことだけど、レイはどう思うんだろう。ピアスくらい受けとってもらえないかなあ。
珍しく引き下がらない俺を不思議そうに見ていたレイだったけど、スッと目を細めながら口にした。
「――ふうん。じゃあ買ってこいよ。俺のために」
レイはそう言いながら両手で俺の頬をつつむと、目を見つめたまま、挑発するように、そのまま俺の下唇にやわらかく噛みついた。そしてゆっくりちゅっと音を立てて唇を離すと、小首をかしげて、蠱惑的に笑った。
その姿に見惚れてしまった俺の心臓に、ドキッと強く握りしめられたような感覚が走る。でも、すぐにエマ嬢たちがいることを思い出し、慌てて、レイの両手を握りしめた。
「ちょ、ちょっとレイ! その、お、お嬢さんたちがいるんだから」
んー? そうだっけ? と、わかっているはずなのに、どうでもいいというように気だるそうな表情をしたレイは、このまま事に及びかねない。本当に自分勝手だ……と内心思う。
でも――。
高圧的に俺にそう言い切ったレイだけど、さすがに、次の展開を予想していなかっただろう。
俺は下穿きの右ポケットをごそごそとまさぐり、中から小さな革袋を取り出した。「え」と驚いてレイが固まるのを見ながら、「はい」とレイの前に差し出した。
レイはそれを受取り、革袋の中に入っている小さな装飾具を取り出し、光に翳して色を確認した。
ミスリルの真ん中に大粒のペリドットが入ってるシンプルな形。
意外そうにそれを指先でくるくるといじりながら、レイはいつもの意地悪そうな顔で尋ねた。
「ペリドットの中でも、1番似てる色を選んだのか?」
大雑把なくせに、そういうところには本当によく見てるんだなと思う。
ペリドットは天然の宝石だから、石とかカットによっては色が違って見える。鏡で比べて、1番俺の瞳に似てるのを探したのだ。だって――。
(どうせなら俺の色がいいし……)
レイは左頬のほうにそれを持って行き、そのままスッと左耳に差した。
あれッ? 穴開いてないって言ってたけど……あ、そうか。レイは体、変形できるんだった。
今は銀髪だから、ちょっと雰囲気も違うけど、よく似合ってる。ぶわっと春みたいな気持ちが広がる。
「嬉しい。よく似合ってるよ」
にっこり笑いながら言った俺に、レイは「たらし野郎」とまた言った。
けど、レイもちょっと嬉しそうに見えた。
自分がいつもどれだけ幸せそうに笑ってるかを、レイはわからないんだろうけど。嬉しそうに揚げパン食べてるときよりも、幸せそうに見えたのは、贈り物をした人間の欲目かな……。
レイはおもむろに俺のほうに顔を寄せると、俺の耳についている銀のピアスをぺろりと舐めながら、「ありがと」と小さく言った。その息が熱くて、俺の中心がピクリと痺れるように熱を持ってしまったのは、その上に座っているレイには丸わかりだったかもしれないけど、レイは愛おしそうに俺に微笑むだけで……からかわなかった。
いつもみたいに俺だけが翻弄されて、ドキドキし続けていた。
レイがポーズを変えるたびに俺の中心が擦られて、そのままじっと動かないでいるのは、ポーズを取っているだけだってわかってても……じらされているような気分になって。
そんな俺の葛藤なんかお見通しのレイの指先が、俺の股をそろりとなぞったり、首筋にふっと息がかかったりするのに、ひとりでびくびくしてしまった。レイはわかってやってるんだろうけど! 顔色ひとつ変えないで、まるで女優みたいに演じきっているのを見たら、俺は文句のひとつも言えなかった。
悔しい。
帰り際、エマ嬢に両手を握られ「頑張って下さい! ほ、本当にッ応援してます! 本当にッ!!」と謎の激励を受けた。
なにもかもがバレていたらどうしよう、と内心ハラハラした。女の子はこういうことには聡いから、俺の感情の機微なんて、もう手に取るように知られているのかもしれない。ハア。
「できたら見せるね~」と手を振るベラ嬢に手を振って、レイと俺は馬で元来た道を戻って行った。
森の中の道に戻ると、レイがこっそり左耳を触っているのに気づいた。ピアスをつけたことがないと言っていたし、違和感があるのかもしれない。
「レイ。今日……すごく楽しかったね」
色々翻弄されたけど、なんだか本当に今日は楽しくて、感極まってそんなことが口をついて出た。突然の俺の言葉に、レイが「ん?」と不思議そうにこちらを見た。
「俺、レイのこと大切にするよ。レイのこと、ずっと守りたい」
馬の手綱を握ったまま、俺はレイの細い体をぎゅっと抱きしめた。
レイは、まさかそんなことを言われると思っていなかったようで、珍しくぽかんと間の抜けた顔をした。固まっていたレイだったけど、すぐに正気を取り戻したみたいだった。
「あはは、ありがとう。すごく嬉しいよ」
その言葉とは裏腹に、レイの表情が翳ったのはすぐにわかった。困ったように笑うレイに、それでも食い下がるしかなくて、「だったら……」と続けようとした。でも、俺の言葉を遮ってレイが言った。
「俺が、お前を大切にできないんだよ」
どういう意味なのかがわからなくて、だけど、なにかが噛み合わなくて……やっぱりだめみたいだってことはわかった。
別に大切にされなくてもいい……って思ったのは、はやる恋愛感情に押された、ただのエゴなのかな。今はそう思っていたとしても、与えたものには、どうしても対価を望んでしまう日が来るだろうか。
でも実際に、この感極まった状態にあっても、「俺のことは大切にしなくていいから」という言葉がすぐに出てこなかったから、やっぱり……そういうわけにもいかないのかもしれない。
いろんなことを考えてはみたけど、でも、それでもやっぱり俺にはどうすることもできなかった。
(でも……ピアス……喜んでくれてた)
レイの左耳を見たら……これから少しは安心できるのかもしれないと、思った。今は、その嬉しい気持ちに縋ることしかできなかった。
でも同時に、その左耳になにもついていない日が来たらどうしようと不安で、もやっと胸の中でなにか黒い気持ちが噴き出すような、変なかんじがした。
それには気がつかなかったことにした。
75
いつも読んでいただき、本当に本当にありがとうございます!
更新状況はTwitterで報告してます。よかったらぜひ!
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる