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1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
65 デート(フェルト視点)・中
しおりを挟む「うわ、きれいだなー!」
前回も思ったけど、町の中ではしゃぐレイはくるくると表情を変える。
食事関連のお店では子どもみたいにはしゃいで、武器屋や防具屋では冒険者みたいに真剣な顔をして、雑貨屋やアクセサリー屋でも興味津々ではしゃいで、どこにいても楽しそうだ。
宝石店で、じっとミスリルのピアスを見ているレイに尋ねた。
「なにか欲しいのがあるの?」
つい、女の子に言うみたいに聞いてしまったけど……嫌だったかな。欲しいものがあるなら、記念に買ってあげたいけど。でも、俺が見ていることに気がついたレイは予想外のことを口にした。
「ミスリルとかオリハルコンとか……本当にあるんだな」
「どういうこと?」
「俺がいたところでは〝幻の金属〟っていうか……まあ、想像上のものでしかなかったから。銀とか金はあるけど」
「そうなんだ? それは不思議だね」
レイがそう言うのを聞きながら、レイの世界はどんなところなんだろうと想像してみる。
あんなにもいろんなものを創り出すことができるんだから、きっと魔法が発達した世界なんだろうな……と思う。レイにだって家族や友達がいただろうし、帰りたいって思うときもあるんだろうか。
あんまりそういう弱みを見せないからうっかりしちゃうけど、真剣な顔でミスリルのピアスを見ている顔を見てると、もしかしたら元の世界のことでも思い出したりしてるのかも――と、思ってたら、違った。
「フェルトの乳首にでもつける?」
「つけないよッ!」
耳じゃないんだ…………。
エロいし刺激しやすくなっていいのに……と、そのあとに続いたレイの言葉は聞こえなかったことにした。一身上の都合で。この場所にいるとなんだか悪いことが起きそうな気がした俺は、ぶつぶつ言っているレイの手を掬い取り、ぎゅっと握って、次の店に向かった。
レイがきゅっとたしかめるように手を握り返してくれて、はッと気がついた。
慌てて咄嗟に掴んじゃったけど……大丈夫だったかな? そっとレイの顔を確認してみたら、幸せそうに笑ってくれて、ドキッとした。
これじゃあ、本当に――
(デートみたいだ……)
俺の身バレを防ぐために髪と目の色を変えているし、レイは女の子仕様だけど、それでも前回とは違って、元の顔がわかる変装だから素直に嬉しい。
「レイ、ピアスの穴開いてるの?」
「あー 開けてねーな」
そう言いながら、さらりと髪を上げて白い耳を見せてくれた。いつもは普通に見せているはずなのに、髪の隙間からうなじが見えて、ぶわっと体温が上がる。赤くなっているであろう顔をパタパタと仰いでいると、レイは俺の耳を確認しながら「フェルトは開いてんなー」と言った。
俺の耳には特に変哲もないシルバーのピアスが1つだけついている。
俺の親は小さい頃に亡くなってしまったけど、なんか形見だってばーちゃんが言ってたから、なんとなくつけているだけだった。
「この国では、小さいころから開けてる人も多いよ。レイはミスリルが気になるの?」
「希少性で言ったら、オリハルコンのほうが稀少なんだろ? でも、ミスリルのほうがなんか綺麗だし……好きだな。俺、あんまり金色って似合わないんだよ」
「あ、なんかわかるかも。別に金だってレイなら似合うと思うけど、なんとなくイメージが銀色っぽいからかもね。宝石とかは?」
「宝石ねー。男があんまりギラギラさせてんのもなー」
「そうかな? レイの黒髪もレイの黒目もすごく綺麗だから、宝石も似合いそうだよ」
「…………黒は忌避されてんじゃなかった?」
「うん、でも関係ないじゃん。レイの色、美しいなって思うよ」
本当にそう思ってる。
黒っていうのはこの国の建国のときから忌み嫌われている色だ。それは古の歴史に基づくものだけど、そんなの吹っ飛んでしまうくらい、レイにとてもよく合ってると思う。見てると包み込まれるような、それでいて、全部を塗りつぶされてしまいそうな――
(とても深い黒が……似合う)
心からそう思いながらうっとりと口にしてみたら、レイの綺麗な顔がどんどん訝しげなものに変わっていくのがわかった。え? 俺、今褒めただけだよね……って、目を瞬かせていると、レイが嫌そうに言った。
「お前、いつもそんなこと女に言ってんの?」
「――えッ!?!?」
「たらし野郎」
「え、や、ちょッ……ちょっと待ってよ。俺デートとかしたことないし、女の子になんて言ったことないよ!」
俺がわたわたと慌てるのをじっと見ていたレイだったが、近くの屋台から揚げパンの匂いがして、すぐそっちに走って行った。
だよね、俺より揚げパンだよね。
「お嬢ちゃん、揚げパン買ってくかい?」
「うん、おじさん3つちょうだい」
そんな声が聞こえてきたから、慌てて駆け寄った。揚げパン3つ分のコインをおじさんに手渡しながら言う。
「あ、代金はこれでお願いします」
「まいど! お嬢ちゃん、まるで月の女神みたいだね。彼氏もかっこいいし、今日はデートかい?」
「それよく言われる。でも月の女神は多分揚げパン3つも食べないから、違うよ」
「あはは! 月の女神のお墨つきなら、商売繁盛間違いなしだな。1つおまけしてあげよう」
「うそ! やった! おじさんありがとう」
代金を払った次の瞬間には、レイは満面の笑みで、揚げパンにかじりついていた。今日の見た目は、おしのび貴族のご令嬢っぽいのに、レイはお構いなしだ。
熱いものが苦手なのか、ふうふうと冷ましながら食べる姿は……本当に愛らしい。あ、と気づいたレイが、小さく「ありがとフェルト。ごちそうさま」と、恥ずかしそうに言ってくれて、ぎゅうっと心臓を握られたみたいな衝撃が走った。
レイは雑だけど、こういう礼儀正しいところもかわいい(男心を掌握する術を全部理解していて、手のひらの上で踊らされていることも理解した上でも、やっぱりかわいい)と思う。
もっもっと口を動かしながら、レイが言った。
「そろそろ、ベラの店行くかー」
そうだね、と相槌を打ちながら、俺たちは今日の本当の目的地である――イザベラ嬢の店『ルナティック』に向かって歩き出した。
レイの愛らしさに、四方八方から視線が飛んでくるが、剣を構えた俺が横にいるせいか、流石に声をかけてくる人はいない。揚げパンを片手に歩いているレイの手をとって、ぎゅっと繋ぐと、やっぱり優越感みたいなものを感じた。
(俺にも独占欲とか、あったんだなあ……)
レンベルグの町の中でも商店の立ち並ぶ通りにある、イザベラ嬢の店に着くと、入口の扉の前にイザベラ嬢と一緒に眼鏡をかけたおさげの女性が待っていた。
「は、はじメッまして! ぇエマです! きょキョッ今日はお二人の絵画を描かせていただきます!」
「はじめまして、レイです。今日はよろしくお願いします」
「フェルトです。よろしく」
「エマは若いけど、将来有望株なのー! 孤児院の後輩なんだけど、本当に絵の才能があるのよ。それに! レイ様の下着姿を男の画家に描かせるわけにはいかないからね」
今言われるまで、まったく懸念していなかったけど……レイの下着姿を他の男に見せるのは嫌だなと思って、ハッとした。そんな大事なことを考える余裕もないくらい、デートを普通に楽しんでしまったことを……反省した。本当に、女の子でよかった。
「こっちよ」とベラ嬢に導かれた奥の部屋には、紺色の厚いカーテンが垂れ下がっており、その前に寝椅子が置いてあった。
「じゃ、フェルトさんは脱いで。レイ様はこの下着着て」
「えッ!」
本当に裸で描かれるんだろうか。いや……女性の前だし、さすがにそんなことはないか。俺は小さくため息をつくと、着ていたシャツを脱ぎ捨て上半身だけ裸になって、寝椅子に寝そべっていた。
しばらくすると、透けた白いひらひらの女性用の夜着姿のレイが現れた。透けてる素材のガウンの下に、レースの下着をつけていて、俺はかちんと固まってしまった。
だけど、そんな俺にはおかまいなしのレイは、そのまま当たり前のように、寝そべっていた俺の股間の上に座った。
(――――は? えッ?!)
今回はなぜか胸は……慎ましやかな設定らしく、繊細なレースの美しさがささやかな胸のふくらみにきれいにフィットしていて、これはこれですごく似合っていると思った。
こ、これは――……思ったよりもしんどい作業になりそうだ。
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