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1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
62 ルナティック商業戦略・前
しおりを挟む「また来いよ」
翌朝、早めに国境に向かって発つというので、俺たちはリンを見送っていた。
普通に『友達』ができて嬉しかった俺は、リンの勤め先が王都ではなく、すぐそこの国境であることも素直に嬉しい。
「うん、僕は左遷役人だしさー。特にやることないし、知り合いもいないし、毎週来るよ。レイに会いにー♡」
「そうか」
ばいばーい! と、馬上から大きく手を振りながら小さくなって行くリンの背中を見送っていると、隣でぼそっとオリバーが言った。
「レイ様……ちゃんとフェルトさんにフォローしといて下さいよ」
なんのことだと思って振り返ると、不機嫌そうなフェルトとちらりと目が合った。
――が、ぷいと反らされてしまった。
え、なにその反応。そんなにあからさまな態度取るほど? 仲間に入れたほうがよかったか?
「おい、フェルt……「レイさまーッ!!! すごい報告があるのー!!!」……」
話しかけようと口をひらいた瞬間、逆方向からベラの大声が聞こえた。
視線を向けると、「おはよー!」とぶんぶんと手を振りながら、馬に乗ったベラが近づいてくるのが見えた。
「レイ様どうしたの? 今日、朝早くない??」
「ああ、友達を見送ってたんだ」
「「「友達?!」」」
「…………なんだよ。俺にだって友達くらいいてもいいだろ」
「「「!!!!!」」」
なんだその反応は。
ベラたちは「レイ様に友達?! 誰ッ!」「え、メルヴィル卿は友達って選択を?」「友達っていう概念とかあったんですね」と、ぼそぼそ、なんか知らないけど失礼なことも含みながら、ベラとフェルトとオリバーは3人で話し合っている。
イラッとした俺は、とにかくベラに要件を聞くことにした。
「それでなんだ。なんの用だ」
「なんの用って……まあ、いつも通り作業しに来たんだけどね。報告があって、ルナティックが異例の売り上げを叩き出してるものだから、王都に進出することになったのよッ!」
「ルナティックって……ベラの下着屋だろ? そうか。栄転じゃん。おめでとう」
ベラが言うには、こんな辺境にありながらもほかの街で話題になり、ついには王都までその噂が届くようになったんだとか。遠方まで買いつけに来る商人たちに中継地点にだけでも店舗を出してくれと言われ、ビアズリー家で話しあったらしいが、どうせなら王都行っちゃう? ……ということになったらしい。
最近、このダンジョンのおかげで、資産が潤っていることも原因の一端なのだとか。
転送陣で、いつものリビングに戻った俺たちは、話し合いを続けた。
「でも問題があってー。王都なんて私あんまり知らないからさー。どうやって販売していこうかしらと考えてて、それでレイ様の意見を聞きに来たわけなの」
「売り方ぁー?」
「お店の雰囲気とかもしっかりしないと、王都だと舐められちゃいそうだし。それに、所詮は田舎から始まったブランドでしょ? とか思われちゃったら、なんか敵も作りそうじゃない?」
なるほど。
俺は頭の中で東京の下着屋を思い浮かべた。入りやすさ、買いやすさ、親しみやすさ……とかいろんな方法はあるんだろうが、ベラの話を聞く限りだと、王都っていうのは東京にある大衆向けの下着屋というよりは、パリのハイブランドの店……のような店構えのほうが良さそうだ。大衆向けは大衆向けで、おいおい違うラインを作ってみるのもいいかもしれない。
「そういう敷居の高い市場で成果を出すのに、1番大事なことは……ブランドイメージを固めることだ」
まずはブランドイメージを固めるために、ロゴを作ったり箱や袋を統一し、誰かが持っているだけで「どこ」の店のものなのかがわかること。それから、袋や箱だからと侮るのではなく高級感を全面に押し出し、値段も素材の値段を基準に考えるのではなく、買いたい人間が買って満足する値段に設定する。
それにプラスして、モデルを使ったイメージ戦略やノベルティ、期間限定品、セール、など……現代社会では当たり前だったことをベラに教えてあげると、すごい勢いでメモを取っていた。
「レイ様ってすごい……」
「まあ、俺は『流れ人』らしいからな。ここの常識とはちょっと違うことを知っているだけだよ」
「それにしても、モデルっていうのは……見目麗しい人たちを使って客の購買意欲を煽るのね……すごい発想だわ」
「この世界だと舞台俳優とか歌手とかになるんじゃないか? 有名な貴族のご令嬢とかでもいいのかもしれないけど」
「ううん、レイ様。ぴったりの人がいるの。コストもかからないし、女神のように神々しい」
なんだか嫌な予感がする。
ベラの視線がじーっとこちらを見ていて、予感が予感にとどまらず、現実になる雰囲気をひしひしを感じさせる。
「えー またなんかそういうやつ?」
「だってそもそも、このブランドイメージは最初からレイ様だしー? 商品もレイ様が考えてるしー? ルナティックって名前自体も、月の女神のイメージだしー? それってもうレイ様がやるしかなくない?」
えー……。えろいブランドの広告だろ? それってえろいかんじの写真……は、ないか、絵? とかになるじゃん。
たしかに俺は性転換できるから、女のモデルやれって言われてもできなくはないけどな。そこまで考えたとき、ふと、さっきのオリバーの呟きが、俺の頭をよぎった。
『フォローしといて下さいよ』
あ、と思いながら、会話には参加していないけれど、同じテーブルでお茶を飲んでいたフェルトに視線を向ける。ああ、それなら俺にとってもモチベーション上がりそうだな……と考えながらベラに言った。
「俺が女の体でモデルやってやるから、相手はフェルトで男女の絡みっぽいのを広告にしてくれ。ただ、ここが大事なとこだが、えろくすると俗っぽくなるから、えろい雰囲気なのにオシャレとか、えろくないのにえろい気がする……みたいな画像にしてくれ」
「フェルトさん?! うんッ! わかった! 愛ねッ! 愛!」
「……そういうことにしといて」
「え?!」
バタバタと『ロゴ』だの『箱』だの呟きながら、ベラが慌ただしく、ダンジョン内の自室に向かって行った。今から大急ぎで計画案を作り出し、また後で大騒ぎしながら招集をかけられるのだろう。
取り残され、呆然とするフェルトの手を取り、俺は自分の部屋へと促した。
え? と困惑した表情を浮かべていたが、俺が「ベラはしばらく出てこないだろ」と言うと、おずおずと俺の後についてくることにしたようだった。
フェルトの手はいつも大きくてあたたかい。
俺の手とは正反対だ。
「それで?」
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