49 / 119
1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
46 フェルトと盗賊・後
しおりを挟むフェルトだけが……この世界の主人公みたいに、穏やかな月明かりに照らされていた。
腰につけていた剣を抜き、その月明かりが美しい白刃に反射したときだった。
フェルトは一閃を放った。
美しいな、と素直に思う。
彼は世界に愛されている人間だとわかる。幾重にも重なる美しい薄緑色の風の軌跡が、歌うように彼の周りを舞っていた。
「一撃。かっこいい、フェルト」
「…………た、建物の中も見に行かないと」
フェルトの放った一撃で、甲冑を着ていたやつもそうでないやつも、地面にひれ伏しピクピクと痙攣するだけ。戦闘不能に陥ったのだった。
少し照れたように見えるフェルトは、子どもにするように俺の手を引いて、建物のほうへと促した。森の土の匂いが立ちこめる中、足元でパキパキと枯れ枝が折れる音がした。
フェルトがさきに建物へ入り、数回剣を振る音と、ぐあっという汚い音がして、「レイも入って」と言われた。
中には10人ほどの拘束された女子どもと、裸のまま床に寝転がっている女が5人ほどいた。やっぱりお楽しみの最中だったんだろう。子どもの前でなにやってくれてんだ。フェルトは転がっている女たちに、布をかけ、きょろきょろと服を探していた。
俺は特にすることもないので、隅っこで縛られたままの子どもたちの縄を解いてやっていた。
「怖かったな。お前らはなにもされてないな?」
「――……つ、月の女神さまなの?」
「どう見ても男だろ! 勘違いすんな。お前らは無事なのかって聞いてんだよ」
「う、うん。ちょっと殴られた子もいるけど、あ、あの、――その、女の人たちみたいにひどいことはされてない」
「そうか。よくがんばったな。お前はほかのやつの縄を解いてやれ」
子どもの肩は震えていた。当たり前だ。
汚ねえ男たちに連れ攫われて、目の前でひどいものを見せられたんだ。まだ小さいのに。俺はその子の背中をぽんぽんとできるだけ優しく叩いてやった。
トラウマになりませんように。できるだけ、この記憶が早く薄れますように。
俺は! この世界に来てからも来る前も、陵辱は好きだがTPOはわきまえてんだよ! 小さい子にそんなことをする気はないのだ。
数人の縄をほどいたときだった。
背後でなにか動く気配がして、ふっと振り返ったときには、喉元にザリザリした剣を当てられていた。
さきほどまで倒れていたはずの盗賊の男が、お決まりの……というか、人質の喉元に刃物をつきつける体勢で、俺の後ろに立っていた。
――まあ、人質は俺だ。
うわ……これで斬られたら、斬れ味悪くて逆にすげえ痛そうだなあ……と思って見ていると、顔面蒼白になったフェルトと目があった。
目を見開いたまま石のように固まって、心なしか震えているように見える。
――……は?
お前、なにそんな……お姫様でも人質に取られたような顔してんだ。
こいつもしかして、俺に強姦されたこと忘れてんじゃないだろうな。だとしたら、相当図太いぞ。なんでそんな顔……と思って、俺がぱかんと口を開けて目を瞬かせていたときだった。
「こいつをー………」
俺の背後で、男がなにかを言いかけた――が、その前に、俺は手を男の足に置いた。
次の瞬間、――男の足がぼこぼこぼこっと細胞分裂をするかのように盛り上がると、すぐに破裂した。悪いやつには容赦はいらないはずだから。俺は男の足に触りながら、生体改造の魔法をかけたのだ。
「ぐぎゃああああッッ!!!」
男が尋常じゃない叫び声をあげて、床をのたうち回った。
俺は手についた血をその辺にあった布で拭い、きたねえなーと思いながら顔を上げた。
いや、顔を上げようとした――……が、目の前の清潔そうな白いシャツに包まれた胸板に阻まれた。ブッとぶつかったそのシャツから、ふわりと……最近いつも横にある匂いが広がった。
なんか……あったかいなーと思った。
「――……心臓が止まるかと思った」
なぜか震えているフェルトの背中に手をまわし、さっきの女の子にしてやったみたいに、ぽんぽんと叩いてやる。
「そう? まあ、密着してくれる分には、俺も対処できるからよかった」
――……不思議だ。
自分のことを強姦した男を、こんなに心配できるやつがいんのか?
男だからって、ヤラれたことは考えないようにしてるみたいだけど、女なら考えられない事態だろ。どんだけお人好しなんだ。もしかしてバカなのか?
しばらくそうして、背中をぽんぽんしていると、最後にぎゅううっと強く抱きしめられ、背骨がぐっと曲がった。
フェルトの熱めの体温が、俺にじんわり染みてくるみたいだ……と少し思った。
やっと落ちついたのか、ちょっと離れたフェルトの顔を覗いたら、涙目だった。
正直、理解不能だった。
女子どもを解放して、みんなに服を着せると、俺たちは町のほうに向かって歩きだした。もう夜だけど、まだそこまで遅くもない。手はず通りなら、ベラんちの奴らが、途中まで馬車をまわしてくれているはずだ。
疲労はひどいだろうが、みんな抱えていくわけにはいかないので歩いてもらう。
盗賊たちを縛ってから、太い木の幹と合体させてくっつけて置いた。こっちは後回し。
そう遠くないところで、約束通りベラんちの馬車と見たことのあるやつがいて、攫われた人たちを乗せて、レンベルグへと戻って行った。俺とフェルトはそこで子どもたちを見送り、盗賊を回収しに戻る。ダンジョンに収納して、ちょっと俺が遊んでから、弱くてなかなか繁殖に参加できずにいるゴブリンにあげようと思う。
だってなにしろ相手が罪人である。
ちょっとくらい俺がひどいことをしても、おそらくオリバーが白い目をしないだろう相手だ。
俺はどうしよっかな~と、うきうき考えながら切り株の上に座っていた。盗賊はフェルトが今取りに行ってるところだ。
木々が揺れ、ふと月の光が俺にあたり、俺は空を見上げた。
美しい満月(多分)のようなものが浮かんでいた。
よく考えれば、『月の女神』って今日よく聞いたけど、月あるんだなあ……と改めて思う。
月はあるけど……ここはやっぱり地球ではないんだよな……。もしかしたら、月に見えるあれ以外にも、緑の月とか、赤い月とかもあるのかもしれない。
ざくっと土を踏みしめる音が、近くでした。
目を向けると、どこか夢を見ているようなぼんやりとした表情のフェルトが立っていた。
「本当に、月の女神みたい」
言ってしまってから、少し照れたようにフェルトの頬が赤くなり、「早く帰ろ」と俺に言った。
俺の脳内で、めくるめく広がっている盗賊の妄想なんて、まったくわかっていないにしても、またしても……理解不能な発言だった。それに、――何度だって思うだけだ。
――俺はそんなに綺麗じゃないよ。
98
いつも読んでいただき、本当に本当にありがとうございます!
更新状況はTwitterで報告してます。よかったらぜひ!
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


糸目推しは転生先でも推し活をしたい
翠雲花
BL
糸目イケメン。
それは糸目男性にのみ許された、目を開けた時とのギャップから生まれるイケメンであり、糸那柚鶴は糸目男性に憧れていたが、恋愛対象ではなかった。
いわゆる糸目推しというものだ。
そんな彼は容姿に恵まれ、ストーキングする者が増えていくなか、ある日突然、死んだ記憶がない状態で人型神獣に転生しており、ユルという名で生を受けることになる。
血の繋がりのない父親はユルを可愛がり、屋敷の者にも大切にされていたユルは、成人を迎えた頃、父親にある事を告げられる──
※さらっと書いています。
(重複投稿)

クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる