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1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより
46 フェルトと盗賊・後
しおりを挟むフェルトだけが……この世界の主人公みたいに、穏やかな月明かりに照らされていた。
腰につけていた剣を抜き、その月明かりが美しい白刃に反射したときだった。
フェルトは一閃を放った。
美しいな、と素直に思う。
彼は世界に愛されている人間だとわかる。幾重にも重なる美しい薄緑色の風の軌跡が、歌うように彼の周りを舞っていた。
「一撃。かっこいい、フェルト」
「…………た、建物の中も見に行かないと」
フェルトの放った一撃で、甲冑を着ていたやつもそうでないやつも、地面にひれ伏しピクピクと痙攣するだけ。戦闘不能に陥ったのだった。
少し照れたように見えるフェルトは、子どもにするように俺の手を引いて、建物のほうへと促した。森の土の匂いが立ちこめる中、足元でパキパキと枯れ枝が折れる音がした。
フェルトがさきに建物へ入り、数回剣を振る音と、ぐあっという汚い音がして、「レイも入って」と言われた。
中には10人ほどの拘束された女子どもと、裸のまま床に寝転がっている女が5人ほどいた。やっぱりお楽しみの最中だったんだろう。子どもの前でなにやってくれてんだ。フェルトは転がっている女たちに、布をかけ、きょろきょろと服を探していた。
俺は特にすることもないので、隅っこで縛られたままの子どもたちの縄を解いてやっていた。
「怖かったな。お前らはなにもされてないな?」
「――……つ、月の女神さまなの?」
「どう見ても男だろ! 勘違いすんな。お前らは無事なのかって聞いてんだよ」
「う、うん。ちょっと殴られた子もいるけど、あ、あの、――その、女の人たちみたいにひどいことはされてない」
「そうか。よくがんばったな。お前はほかのやつの縄を解いてやれ」
子どもの肩は震えていた。当たり前だ。
汚ねえ男たちに連れ攫われて、目の前でひどいものを見せられたんだ。まだ小さいのに。俺はその子の背中をぽんぽんとできるだけ優しく叩いてやった。
トラウマになりませんように。できるだけ、この記憶が早く薄れますように。
俺は! この世界に来てからも来る前も、陵辱は好きだがTPOはわきまえてんだよ! 小さい子にそんなことをする気はないのだ。
数人の縄をほどいたときだった。
背後でなにか動く気配がして、ふっと振り返ったときには、喉元にザリザリした剣を当てられていた。
さきほどまで倒れていたはずの盗賊の男が、お決まりの……というか、人質の喉元に刃物をつきつける体勢で、俺の後ろに立っていた。
――まあ、人質は俺だ。
うわ……これで斬られたら、斬れ味悪くて逆にすげえ痛そうだなあ……と思って見ていると、顔面蒼白になったフェルトと目があった。
目を見開いたまま石のように固まって、心なしか震えているように見える。
――……は?
お前、なにそんな……お姫様でも人質に取られたような顔してんだ。
こいつもしかして、俺に強姦されたこと忘れてんじゃないだろうな。だとしたら、相当図太いぞ。なんでそんな顔……と思って、俺がぱかんと口を開けて目を瞬かせていたときだった。
「こいつをー………」
俺の背後で、男がなにかを言いかけた――が、その前に、俺は手を男の足に置いた。
次の瞬間、――男の足がぼこぼこぼこっと細胞分裂をするかのように盛り上がると、すぐに破裂した。悪いやつには容赦はいらないはずだから。俺は男の足に触りながら、生体改造の魔法をかけたのだ。
「ぐぎゃああああッッ!!!」
男が尋常じゃない叫び声をあげて、床をのたうち回った。
俺は手についた血をその辺にあった布で拭い、きたねえなーと思いながら顔を上げた。
いや、顔を上げようとした――……が、目の前の清潔そうな白いシャツに包まれた胸板に阻まれた。ブッとぶつかったそのシャツから、ふわりと……最近いつも横にある匂いが広がった。
なんか……あったかいなーと思った。
「――……心臓が止まるかと思った」
なぜか震えているフェルトの背中に手をまわし、さっきの女の子にしてやったみたいに、ぽんぽんと叩いてやる。
「そう? まあ、密着してくれる分には、俺も対処できるからよかった」
――……不思議だ。
自分のことを強姦した男を、こんなに心配できるやつがいんのか?
男だからって、ヤラれたことは考えないようにしてるみたいだけど、女なら考えられない事態だろ。どんだけお人好しなんだ。もしかしてバカなのか?
しばらくそうして、背中をぽんぽんしていると、最後にぎゅううっと強く抱きしめられ、背骨がぐっと曲がった。
フェルトの熱めの体温が、俺にじんわり染みてくるみたいだ……と少し思った。
やっと落ちついたのか、ちょっと離れたフェルトの顔を覗いたら、涙目だった。
正直、理解不能だった。
女子どもを解放して、みんなに服を着せると、俺たちは町のほうに向かって歩きだした。もう夜だけど、まだそこまで遅くもない。手はず通りなら、ベラんちの奴らが、途中まで馬車をまわしてくれているはずだ。
疲労はひどいだろうが、みんな抱えていくわけにはいかないので歩いてもらう。
盗賊たちを縛ってから、太い木の幹と合体させてくっつけて置いた。こっちは後回し。
そう遠くないところで、約束通りベラんちの馬車と見たことのあるやつがいて、攫われた人たちを乗せて、レンベルグへと戻って行った。俺とフェルトはそこで子どもたちを見送り、盗賊を回収しに戻る。ダンジョンに収納して、ちょっと俺が遊んでから、弱くてなかなか繁殖に参加できずにいるゴブリンにあげようと思う。
だってなにしろ相手が罪人である。
ちょっとくらい俺がひどいことをしても、おそらくオリバーが白い目をしないだろう相手だ。
俺はどうしよっかな~と、うきうき考えながら切り株の上に座っていた。盗賊はフェルトが今取りに行ってるところだ。
木々が揺れ、ふと月の光が俺にあたり、俺は空を見上げた。
美しい満月(多分)のようなものが浮かんでいた。
よく考えれば、『月の女神』って今日よく聞いたけど、月あるんだなあ……と改めて思う。
月はあるけど……ここはやっぱり地球ではないんだよな……。もしかしたら、月に見えるあれ以外にも、緑の月とか、赤い月とかもあるのかもしれない。
ざくっと土を踏みしめる音が、近くでした。
目を向けると、どこか夢を見ているようなぼんやりとした表情のフェルトが立っていた。
「本当に、月の女神みたい」
言ってしまってから、少し照れたようにフェルトの頬が赤くなり、「早く帰ろ」と俺に言った。
俺の脳内で、めくるめく広がっている盗賊の妄想なんて、まったくわかっていないにしても、またしても……理解不能な発言だった。それに、――何度だって思うだけだ。
――俺はそんなに綺麗じゃないよ。
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