引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️4/30新刊

文字の大きさ
上 下
47 / 119
1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより

44 アッカ村を見に行こう・後

しおりを挟む

「貴族ッ! また村を荒らしに来たのか!」
「……お前な、俺がほんとに貴族だったら首飛んでんぞ。弟を守りたいのはわかるが、今のは失敗だからな」
「ち、違うのか……? そのヒラヒラした格好。貴族とおんなじだ」
「その畑、踏み荒らされたのか?」
「こ、こないだのやつらが、通り道で邪魔だからって。小さいけど、うちにはこの畑しかないのに」

 彼らがしゃがみこんでいた小さな畑の苗は、ところどころ接ぎ木がされすっかり元気がない様子だった。土も足あとが残っており、つぶれてしまったトマトや茄子などに、虫がたかっているのが見えた。
 通り道だから? こんなところ、通らねえだろ。貴族だか傭兵だかは知らないけど、文字通り、この村を土足で踏み荒らしていったんだな。
 俺は手を土に置き、元気のない土にカツを入れてやる。
 養分たっぷり水分たっぷり、いい土になっていい野菜作らせてやれよ。それから、接ぎ木のされたトマトや茄子の苗を、虫や疫病に強い品種に改造してやる。大きく丈夫に育つといいな。

「わああ、兄ちゃんすごい! トマトが一瞬であんなに大きくなったよ! あんな元気なの、見たことない」
「――お、お前! 月の女神なのか?」
「んなわけねーだろ。バカなこと言ってないで、スコップでも持ってきて手伝えよ。畑広げてやるよ」
「嘘ッ!! 月の兄ちゃん待ってて!!」

 月の兄ちゃんてなんだよ。
 目の前でつやつやになったトマトが揺れ、青々とした葉が元気に生い茂っていた。隣の茄子も、オクラっぽいのもカボチャっぽいのも、ついでに元気にしてやる。

「フェルト、俺、生活魔法しかできねーんだけど、ウォーターやってよ」

 フェルトが手を翳すと、キラキラと水が降りはじめ、陽の光に照らされて小さな虹ができた。
 日本にいたときは、土をいじる機会なんて与えてもらえなかったけど、こういうスローライフ? ていうんだっけ? なんかそういうのもいいなあ。「俺にもちょっとかけてー」と言うと、くすくす笑いながらフェルトは淡いシャワーのような水を、俺にもかけてくれた。気持ちいいー!
 ジャケット? テールコート? も着ろってベラが騒いでたけど、こんな暑い日に着てられっか。フリルのついたシャツだけ着ていた俺は、適度に水が滴ってちょうどいい温度になった。

「あ! 兄ちゃんずるい! 水遊びしてる!」
「俺もー! 俺もーッ!」

 帰って来た兄弟が、俺が水浴びしているのを見て羨ましそうにこっちを見て来た。
 水遊びじゃねえ! 水浴びだ。

「俺は生活魔法しかできねーから、あの騎士の兄ちゃんに頼め」
「騎士の兄ちゃん、俺たちもー!!」

 フェルトに水を降らせてもらいながら、俺は畑を大きくしていった。弟っぽいやつは水遊びばっかしてたけど、兄貴のほうはちゃんとスコップで畑を起こすのを手伝ってくれた。えらいぞ。なかなか見所のあるやつだ。

「お前ら、なんでこんなトマトとかキュウリばっか育ててんだ? もっと日持ちするやつ育てろよ。稲ってあんのか? 芋とか強いぞ?」
「稲? 芋?」
「稲はないのか? じゃあ小麦とか。そういうのがもっとあったら、冬とか越すの安心だろ」
「小麦なんてちょっとだけ育てたって、腹の足しにもなんねーよ!」

 なるほど。話を聞いてみれば、冬はパンを買って干し肉とスープにして食べてるらしい。
 パンはそこそこ金かかるし、栄養偏るだろそれ。なんて不経済なんだ。2人の体つきを見ているかぎり、ろくな量も食べていないだろうことがわかる。稲とか小麦は、確かにちょっと育てたくらいじゃ、腹の足しにもならないのかもしれないが、芋はいいんじゃないか?根菜作れよ。根菜。
 フェルトの方を見ると、少し考えて、答えを教えてくれた。

「え、うーん、村全体で小麦育ててみたらどう? 芋はこの国では見ないかも。もっと寒いとこの特産だと思ってたけど」
「でも育たないわけじゃないんだろ? ベラに言って用意してもらえよ。あれたしか育てんの簡単だったはずだ」

 話しながらいろんな苗も移植して、畑も潤った。強い苗にしたから、増えたら村人にも分けてやってと兄弟には言っといた。1人1人のうちをどうにかするほど、俺の労力は安くないんだ。
 オリバーが桃を持ってきてくれたから、それを兄弟と一緒に食ってたら、2人は涙目になってた。なかなかかわいい。そのあとも、泥だらけになって畑で遊んで……じゃなくて、畑で作業をしてたら、フェルトが「レイ、そろそろ行かないと」と浄化をかけてくれた。ついでに兄弟にもかけてやっていた。
「またなー!」と言うと、2人は「月の兄ちゃんまた遊びきてー!」とブンブン手を振っていた。

「レイは子ども、好きなの?」

 フェルトが珍しく素直にニコニコしながら、俺に聞いた。
 いや、フェルトはいつもニコニコしているけど、俺といるときは青くなったり赤くなったり忙しそうだから、こんな穏やかな表情で長い時間いるのは珍しい。

「別に」

 俺は、特に子どもが好きなわけじゃない。あんまり関わったこともない。だから好きなわけではない。「そう」と言いながらも、フェルトがやたらにこにこしていて、なんか嫌な感じだった。

 村の入り口まで戻ると、諸々のことを終えたベラとオリバーたちが待っていた。
 ベラに「レイ様、なにか一言」と促され、え、一言ってなんだよ……と思ったが、村長を含む村人たちからなんか期待の込もったような目で見られたので、仕方なく言った。


「また来る」


 おおーッ! と歓声が湧き、なんかひれ伏しそうな勢いでお辞儀をされたが、俺は桃持って来ただけでなんもやってない。俺、畑で兄弟と遊んでただけじゃん。
 この一言必要だった? と、俺は訝しげな目でオリバーとベラを見たが、二人は満足そうににこにこ笑うだけだった。俺が頭に「???」と疑問符を浮かべている間に、さっさと馬に乗せられ、レンベルグの町までの道についたのだった。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

処理中です...