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1-2 騎士団員フェルト
35 流れ人(フェルト視点)・後
しおりを挟む「流れ人だったのか……」
「なにそれ?」
「俺もはじめて会ったし、どういうことだかはわからないけど、違う世界からたまに流れてくる人がいるって聞いたことある」
「あ、ほかにもいるんだ? いつか会えたりすんのかな」
レイは、どこか遠くを見るような目でそう言った。
流れ人は、本当に稀に現れるとされている。
大昔は、魔物が増え過ぎたときに『勇者』として召還するなんていうひどい風習もあったようだけど、今はそんなことは聞いたことがない。
だけど、たまに、どういうわけだかこの世界に紛れこんでしまう人間がいるんだとか。
そういう人間は決まって、なにかしらの功績を世界に残すから、だから歴史にも名前が刻まれていたりする。でも、何百年に一度、のような奇跡的な確率なので、まさか俺が関わることになるとは思わなかった。
ん? ――てことは、レイは突然知らない世界で目を覚まして、家族や友達もいないまま、あのダンジョンを作ってるってことなのか。
(それって……一体、どんな心境なんだろう)
レイは……いつも強くて、パッと見は冷たい印象なのに、意外にもよく笑う。
不安に思っている様子も、悲しんでる様子もなく、あんまり負の感情を見せてこない。
でもダンジョンに来た人の対応は、嬉々としてやってるみたいだし――なんとも言えない。レイの生存のために必要なのはわかるし……いや、でも……うーん。
とにかくレイは大雑把なくせに、変なところで用心深いから、ある程度ダンジョンの目処が立つまで、外出をしようと思わなかったのかもしれない。
「だから、はじめて外に出られて嬉しい。フェルトのおかげだ」
俺のことを振り返りながら、ふわりと微笑まれて、ドキッと心臓が跳ねた。
今日は町に来るってことで、顔形も髪も目も普段のレイとはかけ離れているのに、脳内では、いつものレイの姿が透けて見えた。
いつもよく笑うけど、今日はいろんな顔を見た気がする。本当に嬉しかったのかもしれない。
そりゃあ、はじめて外に出たなら、そうだよね。
俺のおかげ? ……ああ、護衛になったからか。
そっか、それなら――
「よかった」
なんか俺まで嬉しくなって、へらっと笑ってしまった。
レイはびっくりした顔をして、ぷいっと横を向いてしまった。少し頬が赤い気がした。そういう姿は18才の少年っぽいと思う。
シルフィがなにか言いたげな白い目で、俺のことを見ていたが、そのときオリバーの声が聞こえた。
「レイ様~! フェルトさんー! お待たせしましたー」
両手いっぱいにパンや食料を抱えたオリバーが、丘の階段をあがってくるのが見えた。
ダンジョンでの食料は、オリバーがこっそり買いに行ってるらしい。そのうち、ダンジョンの近くに畑でも作ってみるのもいいかもしれない。騎士なんて大変な仕事をずっとしてたから、なんかゆっくり流れる時間がありがたい。
ちらっとレイのほうを見ると、もうすっかりパンは食べ終わってたし、さっきまでの表情も消えていた。
「帰ろう」
その日の帰り道、レイはさらに、フルーツを飴でコーティングしたものを10個と、焼き肉の串を10本も買っていた。
そんなにいろいろ食べたいならまた来ればいいのにと思ったけど、もしかしたら……次いつ来れるかわかんないと思っているのかもしれない。
夕日に照らされたレイは、友達と別れて家に帰る子どもみたいに、少し寂しそうに見えた。
俺は、また来ようと思った。
この後、たった数週間で、『ルナティック』という王国を激震させる下着ブランドが誕生するのを、俺はまだ知らない。
それから、騎士服の下に、あ、あ、あんな下着の着用を義務づけられる、ということもまだ知らなかった。機能性がしっかりしすぎて、拒否できないのが、つらい。
レイに、にやにやと舐め回すように股間を見られると、なんか変な気持ちになるからやめて欲しい。
「異世界に、パワハラとかセクハラって概念がなくてよかった~」と、にまにましているレイが、一体なんのことを話してるのかわかんないけど。
穿き心地も悪くないし、レイの顔さえ見なければ気づかないほどだ。「ねえこれ従わないとだめなの? 押しに弱すぎない?」とシルフィが呆れた声をあげているが、たしかに。
ほんとなんで従ってんだろ、俺――。
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