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1-2 騎士団員フェルト
21 階層主・前
しおりを挟む『ボス部屋』というものがある。
これは俺の『生体改造』の魔法うんぬんではなく――ダンジョンの『仕様』である。
宝石さんの部屋にあった本に『階層主』の設定の仕方が書いてあった。
『階層主』(めんどくさいからボスと呼ぶ)となるモンスターを指定し、召還魔法陣を設定する。するとボスモンスターは、宝石さん、あるいは俺、が死亡するまではそのボス部屋で永遠の命を得て、挑戦者と戦い続けるモンスターとなる。
だが、ボス部屋とその異空間以外にはもう出ることができなくなる。
ボスがその辺をうろついてたりすることはないってことだ。
モンスターにとって、ボスになることは名誉なことらしい。ボスモンスターは現実世界とは切り離された空間で、戦闘以外の時間を過ごす。おそらく……宝石さんの部屋みたいな特別な仕掛けがあるんじゃないかと思う。
ただし、彼らのレベルやHPは固定で変動はない。各階層につき一体のボスモンスターの選定ができるが、一度設定したあと、変更することはできない。
『ボス部屋』というものは、個人、あるいは、パーティが部屋の中に入ると、まず扉が閉まる。そして、ボスの召還がはじまり、戦闘が開始される。
その挑戦者か、あるいはボスモンスター、どちらかが死亡するまで扉が開くことはない。
ボスが死亡した場合――、正確には『瀕死』の状態で異空間に戻っている状態であり、HPが全回復するまで、ボス部屋のボスは不在となる。
ボスの回復にどれくらいの時間を要するのかは、ボスに到達した人間がいないのでまだ検証できていない。だけど、宝石さんの部屋のチートっぷりを考えれば、一瞬もかからないっていう可能性もある。
その期間、次の挑戦者は部屋に入ることはできない。
『お、おい、これまじでやばいぞ』
モニターから、再びジョーの焦った声が響く。
『この量のゴブリンソルジャーに、ゴブリンナイト……それにゴブリンロードまで混ざってる』
『こ、これって、どっかに誘導されてます? なんだか追いこまれてるような……』
『逃げようにも、背中からゴブリンウィザードに魔法で追撃されんのがつらい!』
『無駄口を叩くな! こんなものは私の風魔法で一掃してくれよう! ウィンドブラスト』
『なっ……い、一匹も倒れてない! どうなっているんだ』
『そ、そんな……!』
『逃げましょう! ラムレイ様! 今ならなんとか間に合うかもしれません!』
『そ、そうだな。これは戦略的撤退だ!……む、なんだあの扉! あれはもしかして――!』
『ら、ラムレイ様!!! そっちはだめです!!! ラムレイ様ッ!!!』
『……ふ、ここまで来たのだ。この際、階層主の顔を拝んでやろうじゃないか』
ラムレイの暴走に気を取られた一瞬に、クレメンスの後ろからゴブリンナイトが一太刀浴びせるのが見えた。
周りが息を飲む中、「ぐああッ」と叫んだクレメンスの背中から血が飛び散った。
慌ててかけよったブライアンがなんとか第二撃を防ぐが、思った以上にゴブリンナイトの腕力が強かったのか、完全に受けきれずに後ろへと吹き飛ばされてしまった。遅れて駆け寄ったフェルトがスパンとゴブリンナイトを真一文字に斬り伏せることで、なんとか収拾はついた。
それにしても――
(……なんだあのカマイタチみたいな切り口は)
冒険者たちやほかの騎士たちは剣で斬ったっていうのがわかるのに、フェルトの剣筋は〝一閃〟というのがぴったりだった。剣はほかの者が使っているのと変わらない気がするのに……力が強いのだろうか。
俺が悠長に首をかしげている間にも、騎士団は大変なことになっている。
『う……うぅッ』
『うわあっ』
『ク、クレメンス先輩! ブライアン先輩も! 早く、これを!』
『お前たち! なにをしているんだ! 早くこっちに来い。私1人では入れないではないか!』
『チッ――……あのクソ野郎。ぶっ殺してやる』
ブライアンは吹き飛ばされたときに足を挫いたようで、心なしか右脚を引きずって歩いているのが見える。背中から流血しているクレメンスにジョーが応急処置をし、フェルトが肩を貸しながら……とにかくその場を離れようと試みているようだ。
ラムレイを除き、唯一自由の身であるジョーは、みんなを守るように追撃を交わしながら、しんがりであとずさるしかない。
俺が自分で想定した通りとはいえ、追い込まれてボス部屋に突入するというシナリオ通りの展開で、かなり厳しい状況だ。
だが、ラムレイが引く気がない以上、彼らは前に進むしかない。それが平民として――貴族のお守りの任についてしまった彼らの不運なのだ。
ラムレイが待つ重厚な扉の前に残りの4人が辿りつくと、それを待っていたかのようにギギギと石造りの扉がひらき、暗闇の中に5人を吸い込んで――閉じた。
扉が閉じた階層主の部屋は、真っ暗闇だった。
そのうち――ポッポッと1つ1つ壁に設置された蝋燭に火が灯り、次第に部屋の状況が明らかになっていく。
ローマの神殿のような石造りの壁、白い大きな柱が立ち並ぶ中央に、部屋全体を占めるほどの巨大な魔法陣が薄暗い中に姿を現した。
その魔法陣から、突如――薄紫色の煙が吹き出したかと思うと、凍るような冷気が辺りに充満した。
雨に濡れた獣のような醜悪な匂いがどこからか広がる。
ゴフッグガァァッと地を這うような低い唸り声。
紫煙で周りの状況が掴めない中、ぎらりと赤く光る大きな2つの目が――煙の中から浮かびあがった。
立ち尽くす彼らの体は硬直し、ガクガクと全身に震えが走っているのがわかる。
仮にも彼らは騎士団員である。
幾千もの戦いを経てきただろうが、その経験と今感じている恐れは……決して比例しないのだろう。
得体の知れない敵が、彼らの前に姿を現そうとしていた。
『こ、これは一体――』
『ふっなんだこれは。階層主までゴブリンではないか! なんとも貧弱なダンジョンだ』
現れたのは、巨大な――だけど鍛え抜かれた体躯を持った細身のゴブリンだった。
ゴブリンロードのように巨体を振り回すわけではなく、姿形を見るだけで俊敏な動きをすることがわかる。決して貧弱ではない。
あれは――剣士である。
彼らは知る由もないが〝ゴブリンサムライ〟と銘打たれた……俺が改良したサムライのゴブリンである。
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