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1-2 騎士団員フェルト
19 貴族とトイレ・前
しおりを挟む『おい、このダンジョンのゴブリン、なんかおかしくないか?』
まずはじめにそう言い出したのは、どこか兄貴的な雰囲気のある短髪のジョーだった。
まだ戦闘も数回でダンジョン的には序盤だというのに、――この洞察力。今までこのダンジョンを訪れた冒険者で、この段階でそのことに気がついた者は一人もいなかった。
彼の言う通り、ゴブリンたちは強化されており、油断してかかった敵を徐々に疲労させるために、段階的にどんどん強い個体が現れるようになっている。
俺はスクリーンを見ながら、こいつはなかなかやるな……と素直に感心する。
『俺もそう思います。はっきり言って、ゴブリンにしては一匹一匹が重い』
フェルトが同意したことで、ブライアンとクレメンスも、言われてみれば……と考えはじめた。
だが、そんな中、この調査隊の中でも一際目立っている人物。件の〝ラムレイ〟と呼ばれていた貴族の男だけが、ふんっと鼻で笑った。
『ゴブリンごときでなんと軟弱な。平民だとはいえ、王国の騎士団の一員だろうに! 嘆かわしい』
後ろで一つにまとめた金髪の長い髪を払いながら、まるで毛虫でも見るかのようにその青い目を細めた。
『ラムレイ様、我々は調査に来ていますので、きちんとした報告をする義務があります。それに、このダンジョンに訪れる人間は大概が平民ですから。平民の意見も大切でしょう? ゴブリンの個体の強さについてはこのまま進むにあたり、できるかぎり検証してみましょう』
『……ちッ、弱者は口が達者なものだ。お前たち、私の足を引っ張るような真似はするなよ』
ブライアンはこの調査隊をまとめている立場なのか、先程四人で話していたときに比べ、随分と大人な対応をした。
フェルトは苦笑いだったが、ジョーとクレメンスは隠す事なく不機嫌を露にし、小さく文句を言っていた。
「――貴族ってみんなこんなかんじなのか?」
先程のパニックのあと、淹れてもらったお茶をズズッと口にしながら、隣で一緒にスクリーンを見ているオリバーに聞いた。
オリバーも俺のようにしばらくうろたえていたが「だ、大丈夫です。そのうち落ち着きますから」とだけ言って、お茶を出してきた。
たしかに少し落ち着いた。
好みな雰囲気だったから、気になっただけなのだろう。
通常、冒険者の対応(と言っても、だいたい眺めているだけ)は俺が一人でしているのだが、今回は騎士団ということもあり、オリバーが一緒に確認している。騎士団員のことも、どういう調査をしてどういう報告になるのかということも、ラムレイという貴族についてもオリバーは気になるようで、自ら進言してきたのだ。あと、俺の腹の具合も気になるらしい。世話焼きのおばちゃんのようだ。
特にうんこは出なかったけど。
「まあー……みんながみんなとは言いませんけど、今はだいたいこんなかんじです。特にこの国は」
「この国っていうのは〝ザイーグ王国〟って言ってたよな。貴族とか平民とかってそんなに差があるの?」
「資産で言えば、貧富の差はかなりあります。別に平民が不幸せというわけではないですけどね。ただ、今の王が選民意識が強いので、貴族も追従する人間が多いのも事実です」
「王が無能ってこと」
「まあ、端的に言えばそうです。民あっての国……と考える名君に恵まれることもありますが王政なので、あとは正直、時代背景と運ですね」
理解できないな……と俺は思う。
まあ、俺の育った環境とは、主義や文化が違いすぎるのも事実だが、国の頭がこれでは成り行かなくなるのも時間の問題だろう。俺は幼いときから習いたくもない帝王学やら経営学やら学ばされてきたけど、そんな勉強をしてきてないやつにだって、それがまずいことくらい分かる。
というか……、逆に、孤児院出身のオリバーがこういった意見を持っているのは異常だ。
イレギュラーでこの世界にいる俺とは違い、オリバーはこの世界の孤児だ。
フェルトたちのような、貴族の近くで花形の職業についている者ならいざしらず、その日を暮らすのに必死だというのが本来の姿だと思うのだが。
ベラもオリバーも物事の捉え方が、多角的過ぎる。かなりの異端だ。
「王のやつめ」「貴族め許さん」のような、国の中枢をただ貶めるだけの浅はかなことを口にするのが、民というものだ。現代の地球にもいる。
地球の歴史のように煽動者がいるのならわかるが、おかしい。
あるいは――
(……その孤児院の教師とやらが煽動者なのか)
やっぱりその孤児院はかなり気になるところではある。
――が、今はとりあえず、ラムレイだ。
「この坊ちゃんが死んだら、こいつらどうなんの?」
「…………まあ、減棒・刑罰で済めば、運がいいでしょうね」
「死刑とかあるってこと?」
「ラムレイ様次第ですけど。ラムレイ様を見殺しにし無傷で平民の騎士たちが帰還……というのは、望ましい状況ではないです」
「怪我のときは?」
「まあ、怪我の度合いにもよりますが、さすがに死刑にはならないと思いますけどね。でもあくまでも貴族のさじ加減です」
じゃあ、もしあの貴族が死んだなら、他のやつらもここで死ぬべきということなのか。
それとも、一縷の望みにかけて帰還すべきなのか。
「うーん、全員ゴブリンに愛してもらうのが……幸せ?」
「それは……どうでしょう……ね。でももし、ラムレイ様が亡くなってしまったら、顔でも変えて他国に逃がしてあげるのが、選択肢の中ではわりと幸せですかね」
「俺がそこまでしてやる筋合いは、ないけどね」
「そう思います」
まあ、特に干渉する気もないのだ。
様々な方面で手を打っているものの、今のところ侵入者の対応だけは、いつも通りモンスターたちに任せるしかない。
レベル2になってからなかなかレベル3に上がらないが、いい加減そろそろだなっていうかんじもしている。また階層が増えれば、できることも増える。そうやって少しずつできることを増やしていくしかないのだ。
まだ『安全』を確立したとまでは言い切れない現状だから、不安に思うこともまだあるが、それを無くすために全力を尽くすしかない。
やることは変わらない。
ただなんとなく、――好みの男に死んで欲しくないなあ、と思うくらいで。
……なんなんだろ。こんなこと思うのはすごく、珍しい。
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