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1-1 異世界での目覚め
12 イザベラ・ビアズリー嬢・後
しおりを挟む――そう言いながら、俺は隣に置かれた品物をベラに見せる。
束になった大量の白い糸のようなものだ。ベラはポケーとしていたが、次の品物にも興味がわいたのかすぐに元に戻った。
「実は特殊な蜘蛛を使って、なんつーか、伸びる糸のようなものを作ろうとしたんだ」
「伸びる糸? なんのために」
「その、――伸縮性のある肌着が欲しかったんだ。綿でもいいんだが、多分、布にするときの編み方が違って伸びないんだよ!」
「伸縮性のある肌着??? 伸びない?? 意味がわからないわ」
オリバーが、俺のために下着や部屋着を買ってきてくれたのだが……きつい。
きついっていうと変かもしれないが簡単に言うと、シャツみたいな生地で作られたパンツに、シャツみたいなシャツなんだよ! シャツみたいな! なんて説明したらいいんだ。服のことはまじでわからない。
仕方がないので、俺は変態的な言葉を口にするしかなかった。
「お前に、――俺のパンツを見て欲しい」
「「!!!!!!!!」」
2人が雷に打たれたかのような顔をしている。
昔の少女漫画の、白目向いて驚く人たちみたいな顔だ。
そうだろうそうだろう。
俺も自分のことは、ちょっと変態なほうなのかなぁーとは思っているが、流石にこんな台詞を初対面の人間に言ったことはない。もし言ったことがあるとすれば、それはもう、春先の公園でトレンチコートを着て現れる一味の一員だろう。
一応、フォローもしておく。
「安心してくれ。洗濯はしてあるんだ。本当だ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいレイさま! さすがに未婚の女性に下着を見せるなんて! そ、その……た、たとえ洗濯済みであっても、その、それはちょっと……」
一瞬だけ先に正気を取り戻したオリバーが、ベラと俺の顔をきょろきょろ見比べながら、しどろもどろに制止をかけてきた。
当たり前だ。
俺だって、誰かがそんなこと言い出したらぶん殴っただろう。だが、――これは譲れない。
俺は、突然居世界に来てしまったときに着ていた俺のボクサーと、スーツのシャツの下に着ていたメッシュのタンクトップ、あとポケットに入っていたタオルを取り出した。流石に、ちゃんと畳んである。
そのとき――ベラが震える声で……言い切った。
「――拝見するわ」
猛者がいた。ここに歴戦の勇者がいた。
ベラは震える指先で俺のボクサーに手を伸ばした。おお! タンクトップでもタオルでもなく迷わずボクサーに向かうその姿に、俺とオリバーは恐れ戦いた。
きれいな……だけど一生懸命働いているのがわかる女の手だった。
その白い手が俺のボクサーを掴むと、左右に広げ、ゆっくりと引き延ばした。
彼女の目の前に、小便するときの穴の部分が露になった!(俺はその穴使ってしたことないけど)
びよ~ん
「な、なんてこと……!」
「ど、どうしたのイザベラ。だ、大丈夫??……そ、それとりあえず、台に置いたらどう? ほ、ほかのもあるから……」
びよ~ん びよ~ん びよ~ん
「し、伸縮性………!!!」
「そ、そうなんだ! よくぞ理解してくれた。なんとそれ、ひゃくぱ……完全に綿なんだ! あ、その、縁の部分は違う素材なんだけど」
「これが綿ッ! 信じられない! どうしてこんなことになるの……?!」
「え……どういうことですか? あッもしかして、買ってきた下着が固い固いって言ってたのってこういうことだったんですか?」
俺たちは、俺のパンツを伸ばし続けるベラの横で、わたわたしながら素材について談義した。
ベラは同様にメッシュ地とタオル地でも衝撃を受け、固まってしまった。
「タオルも綿ひゃくなんだ! 綿なんだこれも! メッシュはポリだけど」と必死に言っていた俺の言葉が、彼女に届いたのかどうかはわからない。
はっきり言って、布の構造はまったく俺にはわからない。
土壁さんが作り出すことができるかもしれないが、いくら土壁さんが万能であるとはいえ、ダンジョン内限定の品だ。
ダンジョン外に出た瞬間に露出狂……という状態は避けたい。
「こういうパンツを履いて、Tシャツを着て、枕にタオルを敷いて、寝たいんだ。俺は。そして、最たるものが、――スウェットだ」
「「すうぇっと?」」
そう、スウェットである。
俺はスウェットがあれば、ほかにはなにもいらない。
今までも、これからも、こんだけ引きこもり生活を余儀なくされているというのに、スウェットがない。俺は、Tシャツの上に、だぼっとしたスウェットパーカを着て、だぼっとしたスウェットパンツでごろごろするのが好きなのだ。
もはや涙目である。
「簡単にいうと、外側はこういう伸びるかんじの綿でいい。だけど内側にパイルとかフリースとか、違う生地がついてるんだ」
「ぱいる? ふりーす?」
俺は、必死にベラに説明をした。
もちろんわからないことも多いから、説明はつたないものとなったが、それでもベラは何か考えこむように、ふむふむと頷いて聞いてくれた。
どうしても布の構造はわからなかったから、どうにかしようとして、その経緯で〝伸びる糸〟を作ろうとしたのだということも説明した。もちろん、巨大蜘蛛を改良して糸を作ってもらった(オリバーが糸蜘蛛と呼んでいたら、ヤーンスパイダーと改名した)。
だけど、綿でもボクサーができるんだから、伸びる糸があったからって、多分スウェットには関係ないのかも……と改良途中から思っていた。どちらかというとゴムみたいになってしまっている。
まあ、ベラを見るかぎり、それはそれで需要がありそうだけど。
「わかったわ。これは成功できればすごい商売にもなる。絶対にやり遂げてみせるわ」
「本当か! 俺、――お前なら、女でも愛せるかもしれない」
「特に必要ないわ。それで? 次はなに?」
「ああ、これな! これは、今までの物を見せても、お前のこと説得できなかったら見せようと思ってたんだ」
俺は隣に置いてあった紙の束を出し、自信満々に見せつけた。
「これは、――……ナス、かしら?」
「うーん、いや、なんかやっぱりモンスターじゃないか?」
「え、モンスター? だって足ないわよ? どういう形状???」
「――え、でもナスにしては、なんかごちゃごちゃしてない?」
「ナスのおばけかしら」
――――――は?
「おいおいおい、お前らなに言ってんだ。どう見ても、服の絵だろうが」
「「え?」」
「俺の住んでたとこは、衣服の文化だって進んでんだよ! いろんな服があんの。そのデザインを教えてやろうと思って書いたんだよ!」
「え、あなたの住んでたとこってバケモノだらけだったの??」
「ん? レイ様もしかして、ナスの服が流行ってたんですか??」
本気で不思議そうな顔をして聞いてくる2人の様子を見て、俺は……事態を察した。
そして、しばらく押し黙っていたが、2人がやたらと心配してくるので、ぷるぷると震える声を絞り出した。
「…………ってねーよ」
「「え?」」
「ナスの服なんて流行ってねーよ!!!」
そうして、俺はこの後、宝石さんの部屋(時間が経たないので)で一頻り悲しみ、何事もなかったかのように元の部屋に戻ってきた。
日本にいたときも、俺の絵は理解されないことが多かった。
おそらく、オリバーやベラも、俺の絵の良さが理解できなかったようだった。
結構がんばって書いたのに――悲しかった。
とにかく、こうしてベラはこのダンジョンにこっそり通うようになった。
あのなにもなかった部屋は、ベラが望むように改造し、ベラの部屋となった。
そして、なんと! たった1週間で、ベラはスウェット(仮)を俺の前に持ってきてくれたのだ。まだ改良中だと言っていたが、おかげで俺は安眠できるようになった。
冷え性なんだよ俺。
『だぼっとしたパーカー』というデザインを伝えるのには、本当に苦労したけれども、糸やミシンの制作からがんばった成果が報われたのだった。
ベラが、蜘蛛の糸を買い取ってくれるおかげで、ダンジョンにも『金』というものが入るようになった。
アイデア量としていろんな道具の草案も、特許のような形でベラんとこの商家が契約してくれるようにもなった。それで、最近はオリバーの給料まで払えるようになったのだ。よかった。
それと引き換えに、なぜかベラが、自分がデザインした服を俺に着させようとしてくるが……それにもたまには付き合ってやっている。
なによりも、スウェットが手に入ったのだ。
ほかに勝るものはなし。
まだ冒険者の数は少ないが、俺のダンジョンは潤ってきていた。
今は目下、第二階層の制作中である。
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