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1-1 異世界での目覚め

11 イザベラ・ビアズリー嬢・前

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「ちょ! レイ様! いい加減にして下さいよ」


 リビングに出てきた途端にこれだよ。
 俺は頭を掻きながら、はあ、とため息をついた。
 この目も覚めるような赤い髪の気の強い女は――イザベラという。言いづらいので俺はベラと呼んでいる。
 今はきれいな翡翠色の瞳を吊り上げて叫んでいるが、黙ってさえいれば普通に美しい女だと、俺は思う。

「仕事中は、私の作った服を着るって約束じゃないですかー!!」
「お前が勝手に言ってただけだろ。それにこれもお前が作った服だ」
「違いますー! 私がデザインした服っていう意味です」
「……ちっ まだ就業時間外なんだよ。就業時間外」
「もう10時ですよ?!」

 うるさい。本当にうるさい女だ。
 だが、非常に使える女だから仕方がない――と、思えるくらい、本当に使える。
 ベラは商家の養子なので、平民だが一応『令嬢』と呼ばれる位置づけの女なのだそうだ。
 元々はオリバーと同じ〝孤児院〟出身だが、その裁縫の腕を見込まれ商家で働くこととなり、そこんちの人に気に入られ、最近養子になったらしい。
 そこんちの本物のお嬢様が、最近他国に嫁いでしまったらしく、その親が寂しくなったんだそうだ。
 ちなみにお嬢様も養子縁組には大賛成だったそうで、ベラも恩があるのか、今はビアズリー家の末席に加わり、令嬢でありながら精力的に商家のために働いているらしい。

 オリバーもだが、なかなかどうして、その〝孤児院〟出身の奴らには有能なやつが多い。
 なんかあんのか? と聞いたら、孤児院をしきっているやつが元は貴族の教師らしく、やたら勉強だの職業訓練だのを張り切っていて、みんな驚くほどきちんと自立をしていくんだと。
 その例にもれずオリバーもベラも賢く育ち、きちんと仕事につき、そしてほかの孤児院出身の奴ら同様に、給料の一部を毎月孤児院に寄付している。
 たしかに、そんなにみんなが自立するのなら、結果的に大恩ある孤児院は潤うだろうなと思う。

 で、どうして、この女がここにいるのかと言うと、それは先日のことになる――



「どうしても作って欲しい服があるんだ」


 一体どう説明して連れて来たのか、オリバーはベラをダンジョンまで誘導することに成功した。
 そして、例の大きな木のあるリビングで3人でお茶をしていた。
「すごい変わった女ですからね」とオリバーが何回も念を押していただけあって、ベラはかなり強烈な奴だった。オリバーがいるとはいえ、夜中にダンジョンに1人で来る勇気があったのだから、その時点で規格外とは言えるが。
 開口一番「作って欲しい服がある」と言った俺に対して、ベラはこう言ってのけたのだ。


「対価は?」


 ベラの隣でオリバーがぎょっとした顔をしていたが、ベラ本人はこちらに挑むようにまっすぐ俺を見つめていた。ベラの堂々とした様子に、俺はにやりとすると、席を立ち上がった。

「見せたいものがある」

 俺は、新しく作った部屋に2人を案内した。
 場所はオリバーの部屋の横だ。そこは、ただの土壁の部屋で、まんなかに簡素な台だけが置いてある。その上に、あらかじめ、いくつか品を並べておいた。

「まずはこれ」

 そう言いながら、俺は『ミシン』を見せた。
 この世界の文化レベルはよくわからないが、もしかするとミシンはあるだろうが、電動ミシンは流石にないだろうと思ったのだ。
 実はリビングの横の部屋に、土壁さんに頼んで洗濯機と乾燥機を作ってみたのが、それが――稼働したのだ。
 あれは本当に驚いた。
 なんせ俺は中の細かい構造までは知らないので、無理なんじゃないかなと思ったのだ。だが、予想に反して、問題なく稼働した。
 大事なのは、機能を理解しているかということらしい。

 これはただの仮説だが、エネルギーが『魔力』なのではないかと思っている。
 俺のステータスを見てみても、特筆すべき点は『生体改造』の固有魔法と魔力くらいのものなのだ。
 土壁さんが『ダンジョン』という生き物(俺)の一部である以上、これは俺の魔力で〝俺の臓器を改造している〟という定義なのだと思う。

 その際に念のため、ダメージの実験もした。
 オリバーが言うには一般的な村人のHPがだいたい15くらいで、流石に村人でも数回殴られてHPが0になることはない……とのことだった。なので、オリバーに思いっきり土壁さんを殴ってもらったのだ。
 
 痛がっていた。
 
 でも俺のHPは減らなかった。おそらく、宝石さんを殴れば減るのだろう。

 つまり、あくまでも宝石さんと俺が『ダンジョンコア』という種族で一蓮托生であり、土壁さんは『ダンジョンコアの髪の毛』あるいは『爪』のようなものなのではないかという結論に至った。
 体の一部だけど、切っても大丈夫ってことね。
 あ、でも間違わないでね。本当に大切な仲間だからね。土壁さん生命線だから。

 土壁さんに生成してもらったものを、一度ダンジョン外に出す……という実験もした。だが、ダンジョンから出した途端に土になってしまったので、おそらくこのダンジョンで土壁さんが作ったものは、このダンジョンでしか使うことはできない。
 だが、ここにほぼ引きこもっているだけの俺には十分な代物なのだ。

「これは……魔道具かしら」
「縫製の道具。これは上糸と下糸っていう2つの糸を使って縫う」
「縫製の道具。2つの糸を同時に? 使ってみても?」

 土壁さんは万能だけど、この『ミシン』の稼働はちょっと大変だった。
 なぜなら洗濯機みたいに「入れた衣類をまず水に浸し、洗剤を混ぜて洗い、水で数回ゆすぎ、回して脱水する」という『機能』がわかりやすいものとは違い、『ミシン』は小学校の家庭科で習ったのが俺の最後の記憶なのだ。
 下糸っていう……なんか小さいので巻くのを作って、上糸っていう上から出て来る糸を、ついてる針に通して……と、そこまで考えてイラッとした俺は、土壁さんに「なんか糸と針で勝手に布が縫えるやつ!」と言ってみたが、だめだった。
 
 泣いた。

 それから俺は、必死でミシンの『機能』を思い出して、何回か試行錯誤してようやくできた。
 ただ、洗濯機も乾燥機もそうだけど、その具体的な機械の部分? はまったくもって謎構造になっている。
 現に洗濯機も、洗剤を入れる場所や衣類を入れる場所、それからフィルターは触れるけど、中身は完全に謎なのだ。
 そういう意味で言えば、冒険者たちの人体改造だって、機能はわかるけど構造の仕組みはわかっていないのだから、同じ理屈ということにはなるが。
 まあ、とにかく……そんなこんなでできたのだった。
 布と糸はオリバーに町で買ってきてもらった。

「こうやって、足元にあるペダルを踏むんだよ。いくぞ?」

 ダダダダダダダダッ
 俺は一気にペダルを踏み抜くと、勢いのある音とともに針が上下した。
 これは説得するためのパフォーマンスなのだから、速さや正確さを見せる必要があるのだ。
 縫われた布を、俺は横にビッと引っぱり、ついていた2本の糸をハサミで切って、ベラに渡した。

「うそ……やだ、すごい」

 渡された布を見て、ベラは素直に感嘆の声をあげた。
 しばらく、キラキラした目で縫い目とミシンを観察していたが、ハッと我に返り、こほんと1つ咳払いをした。仮にも商家の娘である。交渉相手に簡単に感情をさらしてはだめなのだろう。
 だだ漏れだったが。

「そ、それで、これがどうしたのかしら」
「お前にやる」
「………………は?」
「やるよ。つーかそれはどっちでもいいんだ。作んのはまじで大変だったけどな。それより問題はこれなんだ」

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