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第二章 NOAH
30 ヒュー・レファイエットの記憶 04
しおりを挟む「ぎゃああああああああああああああ」
久しぶりに会えたノアの姿に、喜んだのも束の間、俺の顔を見た瞬間、叫んで逃げ出すのを見て、呆然とした。
俺は、思惑通りの世界へ、無事に転生することができていた。ヒュー・レファイエットの記憶が戻ったのは、六歳か七歳くらいのことだった。
この街、魔法都市ヴェネティアスに生まれ、生活していた。記憶を取り戻したときには、孤児院で生活していたが、この世界は、ユクレシアに比べ、ものすごく発達した都市で、孤児院と言えども、学校のようにきちんと整備された環境で、驚いた。
だが何よりも驚いたのは、自分の顔が、ほぼそのままだったことだった。どういう仕組みかは知らない。本当に偶然なのかもしれないが、この顔なら、もしもノアに会えたとしても、俺だとはわからなくても、好きになってもらえるかもしれない、と、期待に胸を膨らませた。
ノアが、この世界にいつか転移してくるということは、分かっていた。
いつその日が来てもいいように、記憶を取り戻してからは、呼吸をするように、生体探知をするのが日課になってしまった。俺は、魔術の、───あ、この世界では『魔法』というのだが、魔法の才能を認められ、かなり早くから研究所に出入りさせてもらっていた。
この世界の技術の高さに驚くと同時に、何か異世界転移のきっかけになれば、と、様々な研究に取り組んだ。
どうしても魔法学園に通わなくては行けない、という国の方針には、かなり不満があった。それでも、確かに、身寄りのない人間や貧しい者たちにも、平等に教育を与える、というのは、非常に高尚な政策だと賛同したので、渋々ながらも通っていた。
そんなある日だったのだ。
目の前で逃げ出したノアを追いかけ、腕の中に閉じ込める。ふわりと香る、ノアの優しい匂いに、そのまま抱きしめて、連れ去ってしまいたいと思った。でも、俺の顔を見たノアが、あまりにも、記憶を奪う前のノアの顔をしていて、驚いて、思わず左手の薬指を確認してしまった。
ノアの記憶を封じ込めた指輪。
(まさか…箱を開けて?)
とも思ったが、指輪はなく、俺は首を傾げた。この顔っていうだけで、そんなに、俺が大好き、みたいな顔になるんだろうか、と、不思議に思っていたら、ノアが妙に焦った様子で、叫んだ。
「その顔が、見たくないんです!!!!」
正直、こっちの苦労も知らないで、と、思わないでもなかった。ヒュー・レファイエットの時の顔と、ほぼ同じなのに、見たくないと言われて、流石に、腹が立った。
でも、本当にノアは知らないんだから、俺も文句は言えなかった。なんでノアが、俺の顔を見たくなかったのかは、知らない。ただ、絞り出した声は、恐ろしく低く、不機嫌な声だった。
「……………へえ」
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
でも、なんだかんだ言って、ノアとの魔法都市での生活は楽しかった。
ノアがいた時のユクレシアは、荒廃した世界だったから、こんなに美しい都市で、ノアと過ごすことができるなんて、夢を見ているようだった。
ノアが来るまでは、俺はろくにこの都市内で、出かけたこともなかった。周りは、ユクレシアの時と同じで、俺に興味のある女はすり寄ってくるか騒ぐか、で、他の人間は、遠巻きに見ているだけだった。でも、そんな中で、ノアが一緒にいるだけで、俺の生活は、まるで景色が違うように、毎日が楽しかった。
なんだか結局、丸めこんだ気もするけど、なんとか、俺のことを好きにさせることができた、と思った矢先、短すぎるノアとの生活は、すぐに終わってしまった。どういうわけだか、ノアは、俺の中に、ヒュー・レファイエットの記憶がある、と、気がついた様子だった。
(どうやって気がついたんだ…?顔が一緒で、似てたからか…?)
すぐ戻るから、と、書き残されたまま、この世界からノアの生体反応が消えていたときは、肝が冷えた。恐らく、ヤマダの時と同様に、何かの区切りがついたのだろうという予測にたどり着いたのは、すぐだった。
ノアは『ゲーム』として、ユクレシアを知っていたのだ。そして、『ゲーム』の主人公が魔王を倒し、キャラクターのうちの誰かと、恋愛的な結末を迎えて、物語は終了だと言っていたのを思い出す。
これは、ただの憶測でしかないが、いなくなる前日に、ノアが尾行していた女性を思い出した。あの女性は、ノアの生体反応がこの世界に現れた瞬間、同時刻に現れた人間だった。ヤマダの時と同じように、共にこの世界にやってきたと考えるのが妥当だった。
ノアがあまりにもあの女性を見つめているのに腹が立ったが、冷静になってみれば、彼女は一緒にいた男性と、幸せそうにしていた気がした。
(だとすれば、もう、帰ってしまったのか…)
念の為、と覗きに行ったドーナツ屋で、ノアがどうやら、学園の夏休みの辺りには、もうチキューに帰ってしまうような予定であったということを、あのトゥリモという学園生の話と、宿屋の話から推測して、理解した。
その事実は頭では理解していたのだ。だけど、「すぐ戻る」という言葉が、どうしても、引っかかってしまい、ふとした瞬間に期待しては、そんなわけない、と、思い直す。そんなことを繰り返しながら、あのドーナツ屋に通うのが、日課になってしまった。
俺はノアがいないなら、ドーナツなんて食べない。
食べないドーナツは結局、異空間に収納され、結局、二十七で死ぬまで、相当な数のドーナツが、袋には収納されることになった。『千世界の輪』のどまん中に、あんなにたくさんのドーナツが収納されてるだなんて、きっと誰も想像だにしないだろう。地球で再会したときには、ノアが喜んでくれるだろうな、と思って、あたたかい気持ちになった。
だけど、もしかして戻ってくるかも、と思いながら寝る夜と、戻ってきてないか、と思いながら起きる朝を、繰り返し繰り返し、していたら、なんだかだんだん、ノアに腹が立ってきてしまった。
別にノアが悪いわけではないということは、分かっていた。だが、ふとした瞬間に、あんなに短い期間しかいないなら、教えておいてくれたらいいのに、だとか、「すぐ戻る」なんて書いて、いなくなったノアに、なんてタイミングが悪いんだ、とか、イライラする日々を送った。それに、一つ、すごく不安な要素があった。
ノアが言ったことを、俺は覚えていた。
──「その、僕は、行く異世界で毎回、すごく好きな人ができちゃって…」──
俺が知らないだけで、ノアは俺が転生している世界以外にも、異世界に行っているのかもしれなかった。そこで、毎回好きになる人ができるというのなら、俺のことなんて、忘れてしまうかもしれない、と、だんだん不安が募った。
あんなに楽しく過ごしたというのに、すぐに、ユクレシアの家族のことが思い出されて、怖くなった。気づけば、だんだん暗い方に暗い方に考えてしまっていた。
(俺が、ずっとノアに愛してもらえる道理なんて……)
一人でいれば、そんな思考に取り憑かれ、疑心暗鬼になっていった。どんなに魔術を磨いても、どれだけ魔法で貢献しても、人としての自信のようなものは、俺はあまり持っていなかった。ただ、魔術や魔法をがんばれば、一定数には認めてもらえる。
必死に魔法にかじりつき、ノアがいない分を、賞賛されることで安定を保っていた。そんなので埋められる穴ではなかったが、しっかりしないと、しっかりしないと、と、研究に打ち込む生活だった。
でもその度に、不安まじりに期待せずにはいられなかった。
(次も、次の人生でも、───…俺のこと、好きになってくれるだろうか…)
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