【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第二章 NOAH

27 ヒュー・レファイエットの記憶 01

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「ヒュー・レファイエット。そなたは此度の褒美として、何を望むか」

 一年ぶりに戻ってきた王城の玉座の間、久しぶりに見る陛下は、ヤマダから順にその質問を続け、最後に俺にそう尋ねた。
 本当は、俺の横に、もう一人いるはずだった英雄の姿は、そこにはなかった。
 いないと分かっていたのに、俺は、ふと、誰もいない左側に目をやってしまった。自分の体の大半がなくなってしまったかのような、そんな喪失感だけがある。それでも、───

(俺が、───そう仕向けた。後悔は、ない)

 もしも、ノアがここにいるのなら、願う褒美はまた違ったかもしれない。ヤマダたちが、それぞれの褒美を口にする中、俺は、彼らとは全く違う要求を口にした。

「ネクリム砂漠に、塔を建て、住みたいと考えています」
「ネクリム砂漠に?何故、そんなところに塔を。あの場所は、瘴気の汚染がひどかったし、到底、人の住める環境ではないぞ。そなたの能力を考えれば、王都に残って欲しいのだが…」
「王都との通信手段は、確保するつもりです。褒美、として労いをいただけるのであれば、ネクリム砂漠にて、自らのに立ち向かいたいと、考えております」

『呪い』という言葉を聞き、ヤマダ以外の、事情を知っている人間は、皆、痛ましい顔をした。魔王討伐、そして、勇者の帰還という、華々しい場で、そのことを口にするのは、心苦しかったが、自分の欲求を通すには、こうして同情に訴えるのが、一番、合理的だと思った。案の定、陛下はもう、反対はしなかった。

「よかろう。その代わり、王都との通信手段、それだけは確立しておいて欲しい」
「もちろんです。心より、感謝いたします」
「大義であった」

 そうして、陛下への報告を終え、共に旅をしてきた、ヤマダたちと晩餐会に参加した。元から大勢が嫌いな俺は、王城のバルコニーで、夜風に当たっていた。
 宮廷魔術師の連中に、通信手段だけを伝えなくてはならないが、数日後には、ネクリム砂漠へと向かえるだろう。
 絶対に一人にならないで、と、泣いていた最愛の人は、そんなことを知れば、怒り狂うだろうことが予想されたが、生憎、その最愛の人は、俺と愛し合った記憶もなく、故郷へと帰って行った。
 いつもよりも、数段明るい夜空に目をやる。
 夜空を明るく照らしてしまうほど、王都では、どこもかしこも大騒ぎで、きっとこの歓喜の宴は、また朝が来て、そしてまた夜が来ても、きっとまだ、終わっていないんだろうな、と、ふっと笑みが漏れた。
 コツと、誰かの靴音がして、振り返った。

「ヒュー、ちょっといいですか」

 振り返れば、そこにシルヴァンが立っていた。
 俺の『呪い』のことでは、一番お世話になった。道中も、年上だからか、俺たちの面倒をよく見てくれていた。優しげな顔、物腰の柔らかい口調、それからとても、心配性だ。
 シルヴァンは言った。

「その、陛下の褒美の話ですが、呪いのことを考えるのなら、尚更、王都に残った方が、情報が入るのではありませんか?」
「王城の図書館の新書管理システムは、俺が作った。新しい論文や本が出れば、俺はその情報を知ることができる。それにもう、魔王はいない。が出ることもないだろうし、情報という意味では、もう出てこないだろう」
「…………それにしたって、王都から三ヶ月もかかる、砂漠に一人で住む必要あります?何か考えているんでしょう」

 なかなか鋭い。流石にずっと旅をしてきただけのことはある。
 それに、シルヴァンには、ずっと世話になってきたのだ。きちんと説明しておく必要があるように思った。

「塔の時間を、止めてみたらどうかと、考えているんだ」

 シルヴァンは、一瞬、驚いたような顔をして、だけどそれからまた、渋い顔になった。

「わかりません。ただ確かに、試してみる分には、いいかもしれない。でも、それでも、砂漠で一人でやる必要はありませんよ。私の家の一室をお貸ししましょうか?」
「俺が百年も二百年も生きてしまったら、シルヴァンの家にいるわけにはいかないだろ。それに、ヤマダの喘ぎ声を聞く生活なんて、呪いも関係なく、さっさと死にたくなる」
「失礼ですね。お金をとってもいいくらいの、価値はありますよ。………って冗談はいいんですよ。でも、百年も、二百年も。そんなに生きろとは言いませんけど、ヒューには、長く、生きて欲しいものですね…」

 なんて言ったらいいのか、わからない。みんな、そんな顔をする。当たり前だ。俺だって、をかけられた人間に出会ったら、なんて言ったらいいか、わからないだろう。

「でも多分、ノアは、この呪いを解くことができると思う」
「はい??ノアが??………え。どうして解いてもらわなかったんですか」

 シルヴァンは、おかしなものでも見るような顔をして、その眉間にしわを寄せた。
 その反応は、当たり前だった。シルヴァンは、それほどまでに、ずっと俺の呪いを解くために、いろんな方法を試してくれていたのだ。
 聖魔法では魔王を倒すことができないように、現状、聖魔法では、俺の呪いを解く術はなかったのだ。シルヴァンは、毎回何かを試す度、やり切れないといった顔で、俺のことを心配そうに見ていたから。
 俺だって、もう少しくらいは、長く生きたいと思っていたのだ。だけど、状況は変わってしまった。

「だって、ノアがいないのに、長生きしたって仕方ないだろ」
「………ヒュー。あなたっていう人は…。本当に、これからのことが、心配です」
「どちらにしろ、限られた時間だ。せいぜい有意義に使おうと思ってる」
「別に新しく恋人を作れとは言いません。でも、砂漠のど真ん中に、一人でですか?」

 正直、長生きという意味では、もう少しくらい、生きながらえたいとは思っていた。何しろ、今、俺が持っている情報の全てを駆使しても、『チキューへの異世界転移』は、不可能に近いという結論が出ていた。
 そうでなければ、ノアの記憶を奪うだなんていう、暴挙には出なかった。現状、何故、チキューに転移できないのか、ということをを死ぬまでに解明できるか、と、言えば、それは、おそらく無理だろうと思っていた。
 それでも、やれることは、やるしかあるまい。

(約束……したから……)

 限られた時間は、全部ノアのために使いたかった。王都に入れば、きっと俺の元には、たくさんの仕事が山ほど回ってくる。でも、俺は、が限られているというのなら、それは全部、───愛する人のために。
 黙っている俺の様子を見て、シルヴァンは少し、驚いたような顔をした。

「ああ。ヒュー。あなたの抱えている問題は、何も変わっていないのかもしれない。それでも、あなたの捉え方は、変わったんですね」

 そう言われて、気がついた。
 抱えている問題は変わらない。そう、俺は、この呪いのことを、なんともないことだと、そう思おうとしていた。どうせ自分のことを愛する人間など、まして、自分が愛する人間など、存在するとも思ってもいなかった。
 もはや、呪いは、そういうもので、俺の人生など、無味乾燥なもののまま、終わっていくのだと思っていた。でも今は違う。

 限られた時間の中でも、希望があった。やりたいことがあった。
 俺は、生に執着していた。
 それは、俺に全てを教えてくれた人のおかげだった。

「ああ。愛する人がいるというのは、すごく、あたたかい気持ちになることだと、教えてもらった」
「そうですか。砂漠のこと、どうしてあなたがそれを褒美にねだったのか、ようやく腑に落ちました。ええ。いいと思います。王都では、あなたはゆっくりすることなど、できませんから」

 シルヴァンは、相変わらず優しそうな顔で、安心したように笑った。そして、定期的な連絡だけを俺に義務づけて、宴へと戻って行った。

 ノアが横にいれば、とは考えない。
 俺は、優しい家族に育てられた、あのノアが好きだった。ノアから家族を奪うことは、きっと、長いことノアを苦しめることになると思った。

(俺が、がんばれば、大丈夫。きっと、きっと、───)

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