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第二章 NOAH
27 ヒュー・レファイエットの記憶 01
しおりを挟む「ヒュー・レファイエット。そなたは此度の褒美として、何を望むか」
一年ぶりに戻ってきた王城の玉座の間、久しぶりに見る陛下は、ヤマダから順にその質問を続け、最後に俺にそう尋ねた。
本当は、俺の横に、もう一人いるはずだった英雄の姿は、そこにはなかった。
いないと分かっていたのに、俺は、ふと、誰もいない左側に目をやってしまった。自分の体の大半がなくなってしまったかのような、そんな喪失感だけがある。それでも、───
(俺が、───そう仕向けた。後悔は、ない)
もしも、ノアがここにいるのなら、願う褒美はまた違ったかもしれない。ヤマダたちが、それぞれの褒美を口にする中、俺は、彼らとは全く違う要求を口にした。
「ネクリム砂漠に、塔を建て、住みたいと考えています」
「ネクリム砂漠に?何故、そんなところに塔を。あの場所は、瘴気の汚染がひどかったし、到底、人の住める環境ではないぞ。そなたの能力を考えれば、王都に残って欲しいのだが…」
「王都との通信手段は、確保するつもりです。褒美、として労いをいただけるのであれば、ネクリム砂漠にて、自らの呪いに立ち向かいたいと、考えております」
『呪い』という言葉を聞き、ヤマダ以外の、事情を知っている人間は、皆、痛ましい顔をした。魔王討伐、そして、勇者の帰還という、華々しい場で、そのことを口にするのは、心苦しかったが、自分の欲求を通すには、こうして同情に訴えるのが、一番、合理的だと思った。案の定、陛下はもう、反対はしなかった。
「よかろう。その代わり、王都との通信手段、それだけは確立しておいて欲しい」
「もちろんです。心より、感謝いたします」
「大義であった」
そうして、陛下への報告を終え、共に旅をしてきた、ヤマダたちと晩餐会に参加した。元から大勢が嫌いな俺は、王城のバルコニーで、夜風に当たっていた。
宮廷魔術師の連中に、通信手段だけを伝えなくてはならないが、数日後には、ネクリム砂漠へと向かえるだろう。
絶対に一人にならないで、と、泣いていた最愛の人は、そんなことを知れば、怒り狂うだろうことが予想されたが、生憎、その最愛の人は、俺と愛し合った記憶もなく、故郷へと帰って行った。
いつもよりも、数段明るい夜空に目をやる。
夜空を明るく照らしてしまうほど、王都では、どこもかしこも大騒ぎで、きっとこの歓喜の宴は、また朝が来て、そしてまた夜が来ても、きっとまだ、終わっていないんだろうな、と、ふっと笑みが漏れた。
コツと、誰かの靴音がして、振り返った。
「ヒュー、ちょっといいですか」
振り返れば、そこにシルヴァンが立っていた。
俺の『呪い』のことでは、一番お世話になった。道中も、年上だからか、俺たちの面倒をよく見てくれていた。優しげな顔、物腰の柔らかい口調、それからとても、心配性だ。
シルヴァンは言った。
「その、陛下の褒美の話ですが、呪いのことを考えるのなら、尚更、王都に残った方が、情報が入るのではありませんか?」
「王城の図書館の新書管理システムは、俺が作った。新しい論文や本が出れば、俺はその情報を知ることができる。それにもう、魔王はいない。唆される輩が出ることもないだろうし、情報という意味では、もう出てこないだろう」
「…………それにしたって、王都から三ヶ月もかかる、砂漠に一人で住む必要あります?何か考えているんでしょう」
なかなか鋭い。流石にずっと旅をしてきただけのことはある。
それに、シルヴァンには、ずっと世話になってきたのだ。きちんと説明しておく必要があるように思った。
「塔の時間を、止めてみたらどうかと、考えているんだ」
シルヴァンは、一瞬、驚いたような顔をして、だけどそれからまた、渋い顔になった。
「わかりません。ただ確かに、試してみる分には、いいかもしれない。でも、それでも、砂漠で一人でやる必要はありませんよ。私の家の一室をお貸ししましょうか?」
「俺が百年も二百年も生きてしまったら、シルヴァンの家にいるわけにはいかないだろ。それに、ヤマダの喘ぎ声を聞く生活なんて、呪いも関係なく、さっさと死にたくなる」
「失礼ですね。お金をとってもいいくらいの、価値はありますよ。………って冗談はいいんですよ。でも、百年も、二百年も。そんなに生きろとは言いませんけど、ヒューには、長く、生きて欲しいものですね…」
なんて言ったらいいのか、わからない。みんな、そんな顔をする。当たり前だ。俺だって、こんな呪いをかけられた人間に出会ったら、なんて言ったらいいか、わからないだろう。
「でも多分、ノアは、この呪いを解くことができると思う」
「はい??ノアが??………え。どうして解いてもらわなかったんですか」
シルヴァンは、おかしなものでも見るような顔をして、その眉間にしわを寄せた。
その反応は、当たり前だった。シルヴァンは、それほどまでに、ずっと俺の呪いを解くために、いろんな方法を試してくれていたのだ。
聖魔法では魔王を倒すことができないように、現状、聖魔法では、俺の呪いを解く術はなかったのだ。シルヴァンは、毎回何かを試す度、やり切れないといった顔で、俺のことを心配そうに見ていたから。
俺だって、もう少しくらいは、長く生きたいと思っていたのだ。だけど、状況は変わってしまった。
「だって、ノアがいないのに、長生きしたって仕方ないだろ」
「………ヒュー。あなたっていう人は…。本当に、これからのことが、心配です」
「どちらにしろ、限られた時間だ。せいぜい有意義に使おうと思ってる」
「別に新しく恋人を作れとは言いません。でも、砂漠のど真ん中に、一人でですか?」
正直、長生きという意味では、もう少しくらい、生きながらえたいとは思っていた。何しろ、今、俺が持っている情報の全てを駆使しても、『チキューへの異世界転移』は、不可能に近いという結論が出ていた。
そうでなければ、ノアの記憶を奪うだなんていう、暴挙には出なかった。現状、何故、チキューに転移できないのか、ということをを死ぬまでに解明できるか、と、言えば、それは、おそらく無理だろうと思っていた。
それでも、やれることは、やるしかあるまい。
(約束……したから……)
限られた時間は、全部ノアのために使いたかった。王都に入れば、きっと俺の元には、たくさんの仕事が山ほど回ってくる。でも、俺は、俺の時間が限られているというのなら、それは全部、───愛する人のために。
黙っている俺の様子を見て、シルヴァンは少し、驚いたような顔をした。
「ああ。ヒュー。あなたの抱えている問題は、何も変わっていないのかもしれない。それでも、あなたの捉え方は、変わったんですね」
そう言われて、気がついた。
抱えている問題は変わらない。そう、俺は、この呪いのことを、なんともないことだと、そう思おうとしていた。どうせ自分のことを愛する人間など、まして、自分が愛する人間など、存在するとも思ってもいなかった。
もはや、呪いは、そういうもので、俺の人生など、無味乾燥なもののまま、終わっていくのだと思っていた。でも今は違う。
限られた時間の中でも、希望があった。やりたいことがあった。
俺は、生に執着していた。
それは、俺に全てを教えてくれた人のおかげだった。
「ああ。愛する人がいるというのは、すごく、あたたかい気持ちになることだと、教えてもらった」
「そうですか。砂漠のこと、どうしてあなたがそれを褒美にねだったのか、ようやく腑に落ちました。ええ。いいと思います。王都では、あなたはゆっくりすることなど、できませんから」
シルヴァンは、相変わらず優しそうな顔で、安心したように笑った。そして、定期的な連絡だけを俺に義務づけて、宴へと戻って行った。
ノアが横にいれば、とは考えない。
俺は、優しい家族に育てられた、あのノアが好きだった。ノアから家族を奪うことは、きっと、長いことノアを苦しめることになると思った。
(俺が、がんばれば、大丈夫。きっと、きっと、───)
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