【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️4/30新刊

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第二章 NOAH

26 地球

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 信じられない可能性が、頭の中を過った。
  ヒュッと勢いよく息を吸いこんでしまい、ゴホゴホと咳き込んだ。

 まさか、まさかそんなことが、そんなはずは、と、よくわからない否定をとにかく頭の中に浮かべながら、それでも僕は、その可能性を否定しきることはできなかった。
 鳥肌が立つ。

「まさか、───地球に、いるの?ヒュー」

 ヒューは、様々な異世界に、おそらく転生しながら生きている。だけど、よく考えてみれば。そう、よく考えてみれば、この世界だって、ユクレシアから見たら、『異世界』に違いなかった。
 でも、もし、もしもこの世界にいたとして、どうして、どうして僕に声をかけてくれないんだろう、と考える。そして、僕は思い当たって、ハッと息を呑んだ。つい、昨日のことだ。僕は、ミュエリーに向かって大声で叫んだじゃないか。

 ───これ以上、僕の記憶になんかしたら、もう、絶対に!許さないから!!!これから、また、どこかで出会っても、絶対に!!!絶対に!!!もう、しないで!!!───

 もしもこの世界に、本当にヒューがいるのなら、ヒューは僕には何もしないかもしれない。
 だって、この世界の僕に、出会ってしまうということは、ユクレシアでヒューに出会わない可能性をも秘めているからだ。それは、僕の記憶に「なんかする」ことに他ならない。接触するにしても、慎重になるはずだった。

 たった、二ヶ月のことなのだ。
 魔法陣を描いた五月のあの日から、僕は、本当に色んな冒険をした。ヒューと出会い、別れ、様々な世界の人に出会った。さっき思ったことを思い出した。

 僕があの魔法陣を改良して、生前のヒューをこちらの世界に連れてきたら、それは、フィリも、ユノさんも、エミル様も、ミュエリーも、みんなの記憶を持たないヒューを、連れてくることなのだ。ヒューがたくさん悲しい思いをしたことも知ってる。これは僕のエゴなのかもしれない。
 それでも、きっと、あの時、何も知らない僕を見たヒューが、『地球へ一歩踏み出さない』という決断をしたということは、ヒューだって、ユクレシアでの記憶を持たない僕のこと、悲しく思ったに、違いないのだ。

 だとすれば、僕たちの希望は、同じはずだった。
 全てを経てきた僕として、全てを経てきたヒューとして、また、再会したい。

 そしてもう一つ思い出した。
 ミュエリーと別れる時、僕がもう一つ、ミュエリーに向かって叫んだことを。



 ───僕が絶対に!!!また、見つけ出すから!!!!!!───



 その可能性に全身が震えた。
 もしかして、ヒューは───…

「ま、まさか。待って?!待ってるの?僕が、見つけ出すまで??」

 腕に広がっていた鳥肌が、なんだか心臓や内臓にまで広がってしまったような気がする。全身で震えながら、震える指先で、ノートをなぞり、考える。

(どうやって…どうやったら見つけることができる???)

 ヒューの今までのことを考える。今までずっと側にいてくれたことを考えれば、僕の近くにいる可能性は高かった。でも、きっとあの捻くれ者は、ここまできたら、あそこまで僕に怒られたら、「じゃあ自分で探せよ」と、待ち構えているに違いないのだ。
 ドッドッと逸る気持ちの中、無意味にノートをめくり、そして、フィリの描いてくれた魔法陣のページをかすめたとき、そうだ、と思い至った。

「つ、通信具!」

 僕は、ヒューの異空間収納袋から、相変わらずの不恰好な通信具を取り出した。トースターくらいの、箱の中に、魔法陣が描いてあり、そこに昔の電話機のように、受話器がついているのだ。ただでさえ、このもっさりとした木箱の形だというのに、ここからさらに、魔法陣に『血の限定』を加え、血を垂らすことになるのだ。

(カオスだ……スマホだなんて遠く及ばない。呪いの古電話だ……)

 急いで魔法陣を書き換える。
 恥ずかしいだなんて言っている場合じゃない。僕は、もうなりふり構わずに、「ヒュー・レファイエットの愛するものの血」という、ヒューが使っていた文言をそのまま、魔法陣にぶち込んだ。いや、違う、───『ヒュー・レファイエットの『魂』の愛するものの血』そう、書き替えた。
 そして、エンデガルドでは、魔法のレベルが心配で書けなかった、ヒューの魔法陣のエレメントごと回す雷の魔法を必死に書き込んだ。それから、相手は受信器がないから、相手の周囲30cmくらいを指定すればいいだろうか。

 手がぶれる。ひどい字だ。
 でもあのミミズみたいな字でも発動するんだから、きっと、きっと、大丈夫だ。
 今まで成功したことはない。でも、今回は、世界座標の部分を削ることができる。それに、ヒューの指輪を首にかけたチェーンから外し、その魔法陣の真ん中に置いた。『魂』のエレメントを使うときは、よほど思い入れの強いアイテムがないとだめだからだ。きっと、この指輪は、僕をヒューの元に、導いてくれるはずだった。
 そして小刀で指先を切る。
 ヒューの指輪につかないように、同じく真ん中に血をぽたりと垂らした。

 魔法陣が白く光りだした。

(お願い。お願い。お願い───頼む!!!)

 今までの実験では、一度もうまくいかなかった。それでも、はじめて、ザーッというような、雑音が、聞こえたのだ。なんの音だかは、わからない。でも、校庭でスポーツをしている人たちのような、そんな声が聞こえたような気がする。
 もしかして、もしかして繋がっているんじゃないか?
 そう、思った僕は、胸に、いろんな、本当に、いろんな感情が荒れ狂って、いっぱいで、そのいっぱいになった気持ちが、大声で、口から漏れた。
 僕は叫ぶように、受話器に向かって声を張り上げた。

「ヒュー!き、聞こえる?!ヒュー!」

 そして、戸惑うような、呟くような、そんな声が聞こえた。



「…………………乃有……?」



 ヒューみたいな、声だと思った。
 きっとまた、姿形は違うはずだった。それでも、ヒューに似た声だった。僕は、ハッと大きく息を飲んだ。そして、震える声で、なんとか尋ねる。本当にガクガクと震える指先は、あまりの震えに、受話器を落としてしまいそうだった。

「あ、あっ、ひゅ、ヒュー…いるの?ねえ、ち、地球に、来れたの…?」

 僕の目から、大粒の涙が溢れ出した。今にも「うわあ」と、泣き出してしまいそうだった。本当は、ヒューの、ヒューの骨を見た時に、僕はもう、心臓が壊れてしまうそうだったのだ。怖くて、恐ろしくて、本当に、本当に、ヒューに出会えることを信じていなければ、きっと立つことすら、できないぐらいだったのだ。
 会いたくて、会いたくて、会いたかった人だ。
 そうだ、───

「い、今すぐ、会いたい!」

 だけど、魔法陣に、僕の血が吸い取られていくのが見えた。もっと血を垂らさないといけないかもしれない、と、思った時、受話器の向こうの声が言った。


「───見つけて、くれるんだろ。絶対に」


 その意地悪な言葉が聞こえた瞬間。ブツッと音がして、通信が途切れた。僕は、ぼろぼろと溢れる涙に、声を聞くことができたことに、すごく、すごく、───喜んでいた…のに。そして、え、と動きを止めた。
 じわじわと、自分が何を言われたのかを理解してくるに連れ、相手がどれだけひねくれた人間だったかを、思い出した。

「───い、意地が悪い……」

 こっちはヒューの死体を見た直後だと言うのに、ひどい。なんであんなに、ねじれてしまっているんだろう、と、僕は不思議に思う。でも、それでも、僕は信じられないほど、歓喜に打ち震えていた。

「く、くそー……ぜ、絶対に見つけてやる」

 でも本人が意地悪を言っている以上、おそらく、自分から出てくるような真似は、絶対にしないだろうと思った。どうしたら、いいんだろうかと考えていた時、その時、僕の脳裏に一つの言葉が思い出された。

 ──ノア。前にも言ったけど、異世界転移っていうのは、異世界の誰かが、干渉した結果でしかない。ヤマダみたいに、わかりやすい目印がない限り、早々起きない──

 どうして、この時、思い出されたのかは、わからなかった。だけど、この時、僕はその可能性に気づいて、身震いした。
 羽里が差し出してきたペンダント。
 あれを目印に、ヒューは勇者召喚陣を発動させた。そもそも、あのペンダントがなければ、ヤマダくんも、僕も、ユクレシアには、召喚されなかったのだ。
 もしも、───もしも、ヒューが、本当にこの世界にいるのだとしたら、そのペンダントが、最低限きちんとヤマダくんに手渡されるかどうかを、或いは、僕たちがちゃんと召喚されたかどうかを、きっと、確認するだろうと思った。

(そもそも羽里は……どこで、あの呪物を見つけて来たんだろう)

 その時、再び僕の脳裏に違う記憶が蘇った。
 ペンダントの話ではない。羽里は様々な呪物を、どこからか見つけてくるけど、一つだけ、唯一、一つだけ、他の人物が関わっていることがあったはずだった。ペンダントのことは、また羽里に聞かないと行けないが、───

 ──「友達にもらった」──

「じゃ、邪神!そう言えば、あいつ、誰に邪神もらったんだよ!!」

 ペンダントと同じくらい、僕の異世界転移には、邪神がついて回っていた。邪神に尋ねたかったが、答えてくれないことは目に見えていた。
 僕はバッと時計を振り返った。そして、今が昼休みになったばっかりだと言うことを確認すると、通話アプリで羽里のアイコンを押した。しばらく、呼び出し音が鳴り、そして、羽里の、ほわんとした平和な声が聞こえた。

「もしもーし?あれ、お兄ちゃん。なんか早退してなかった?今日」
「う、羽里!!!あの、あの邪神の猫は、一体、どの友達にもらったんだ!!」
「へ?どうしたのお兄ちゃん。あの猫は、山田くんにもらったんだよ。山田くんのお兄ちゃんが、私が興味ありそうだからって、渡すように言ってくれたんだって」
「や、ヤマダくんのお兄ちゃん?!」

 ちょっと待て、と。僕は、部屋には誰もいないと言うのに、「待って」みたいなかんじで、手をパーにして、顔の前に出して、目を閉じた。眉間に深い皺が寄る。

(ヤマダくん………の、お兄ちゃん?二人いるお兄ちゃんの……え?待って、待って)

 僕が黙ってしまったのを不思議に思ったのか、羽里がスマホ越しに続けた。

「うん。覚えてない?ほら、お兄ちゃんが前髪伸ばすきっかけになった、お兄ちゃんの同級生だよ」
「は?…え?僕が……何?そばかすのこと馬鹿にして、不快だって笑った子?」
「違うよお兄ちゃん。ホントに鈍いんだから。あれは…多分、照れてたんだよ。多分、お兄ちゃんのそばかすが『かわいいから』誰にも見えないように隠しとけって笑った子だよ。私はアレを呪いだと思ってる。あいつは敵だってずっと思ってる。なんでか分からないけど、猫くれたのは、感謝してるけど。敵!その後、すぐ引っ越しで転校しちゃったから、お兄ちゃん、悲しみすぎて、すごい熱まで出したのに、忘れちゃったの?」

 名前も覚えてない。
 もしかして、悲しすぎて、忘れてしまったんだろうか。
 だとしても、かわいいから??そんなこと言われていない。羽里だって多分と言ってるんだから、実際に言われてはいないと思うのだ。でも、なんだか話を聞く限り、あの捻くれた天邪鬼魔術師は、小学生の僕相手に、また難解な言い回しでもしたんじゃないだろうか、という気がしてきた。

 ユノさんのことで凹んだ時に、羽里が言ってたことを思い出しながら、考える。確かに、自分の記憶の中で、羽里のことが好きで、羽里をいじめていた上級生と、複雑そうな顔をしながら、僕にそばかすを隠せと言ってきた同級生が、なんだか混ざり合っているような、気がした。
 羽里は続けた。

「山田くん、高校でまた近所に戻ってきたんだよ。お兄ちゃん、あの時、本当にすごい熱だったみたいで、ママが今でもよくその話するよ」
「え、あー…そうなんだ。ごめん、ちょっと、母さんと話してくる」
「えー?体調大丈夫なの?無理しないでよ」

 ピッと音がして、僕は、もう、なんて言ったらいいのかもわからずに、ただ、ベッドの端に、ぽすんっと、腰掛けた。

「───え。なんだって???」

 邪神を渡してきた山田くんのお兄ちゃんは、僕の、何?なんだって?同級生で、そばかすを隠せって言った人???

 あの複雑そうな表情は思い出せるのに、情報が思い出せない。確かに、同級生の子とは、いつも一緒にいたはずだったのだが。
 俯いて頭を抱えたまま、しばらく固まっていたが、埒が明かなくなって、バッと立ち上がると、そのまま階下の母さんのところに結局、下りて行った。
 庭仕事を終え、キッチンに戻ってきたらしい母さんに、尋ねる。

「母さん、ねえ、僕が小学生の時、引っ越しちゃった友達って、どんな子だっけ」
「えー?ああ。隼斗くんね。きれいな子だったわよね。ほら、かっこいい三兄弟の真ん中の子で。乃有くんが、もう大泣きして悲しんで、四十二度も熱出したのよ。あのときは、焦った~!でもなんか治ったら、けろっとしちゃって。隼斗くんの話も、あんまりしなくなっちゃったのよね」
「はやと……」

 口に出してみれば、なんだか少しずつ、記憶が蘇って来るような気もする。そうだ、と、思い出す。小学校で同じクラスになって、自然と一緒にいるようになって、いつもちょっとツンって、すましているような雰囲気だったけど、落ち着いてて、クラスの中でもみんなに頼られてた…。僕は、その子のことが、すごく好きで、一緒にいた。
 それであの日、───僕は。

「───え、何。待って。いや、でも、───」
「乃有くん、ほんとどうしちゃったのー?今日はなんだか、大変そうね」
「え、あ、うん。ごめん、母さん、僕、もう一度だけ、学校に…行ってくる」
「ええ??ほんと、大丈夫??なんかあったら言ってよー?」

 学生鞄も忘れて、僕は、扉を開けて走り出した。
 でも全力疾走というわけではない。まだ、迷いがあるのだ。小走りに駆けながら、思考を巡らせる。
 だって、そもそも、ヤマダくんのお兄ちゃんは、どうして羽里が、邪神の猫に興味があるだなんて思ったんだろう。そして、ヤマダくんは、アレを学校に持ってきたのか、と、その勇気に震えた。ヤマダくんは、異世界に行ってもなぜか動じず、勇者をやり切ったという実績がある。と、考えて、あれ、ヤマダくんの性格だとばっかり思ってたけど、もしかして、もしも、ヒューがお兄さんだったら、何かしらのヒントでも与えたり、したのだろうか……。そして、思い出す。

 ──「ヒューは…ノアさんのことが、大好きですよね」──
 ──「うん。なんかそんな感じの人っているじゃん」──

 そんな感じの人……もしかして、お兄さんの、ことだったんだろうか。
 そんなこと、あるだろうか。まさか、まさか、と、考える。だってもし、そうだとすれば、邪神のことも、ユクレシアのペンダントのことも、誰かが「干渉」したってことに、なるのだ。
 僕の足は、だんだんと早く走り出す。

 ──「異世界転移っていうのは、異世界の誰かが、干渉した結果でしかない」──

「まさか…ヒューが??」

 学校へと続く一本道に出た。見渡す限り、誰もいない住宅街を僕はいつの間にか、全速力でつっ走っていた。高いビルのない場所だ。暑い夏の日差しが、直接、僕の頭に降り注ぎ、僕は自分が水も飲まずに出てきてしまったことを後悔した。それでも走る。昼休み、校庭で練習している体育会系の部活の人たちを横目に、駆け抜け、下駄箱を抜け、校舎の階段を駆け上る。教室で、「え??中知くん?!」と、驚く安川さんに、この学年にいる山田隼斗くんの教室を教えてもらう。そして、───隣の教室の廊下側の席の生徒に、僕は尋ねた。

「や、山田くんは、いますか?!」
「さっき、屋上の方の階段上ってんの見たよ」
「屋上!あ、ありがと!」

 僕は、はあはあと、肩で息をしながら、重い足を、再び前へと出す。屋上か、と思う。確かに、さっき、通信具には、校庭の音が聞こえたような気がしたのだった。体が重い。肺がはち切れてしまいそうだ。思えば、今日はいろんなところを走り回ってばっかりだ。それでも、───

(これで何かが、わかると言うなら、───…)

 全力で走りながら、僕はだんだんと、記憶を思い出していた。
 あの時、引っ越しを告げられたショックで、僕は、熱を出してしまったんだ。それも、ある。

  でも思い出した。

  どうして、あの時どうして、僕は、熱を出すほど、寝込んでしまったのか。だって、あの時、いつも大人びてると思っていた隼斗は、僕に言ったのだ。
 小学生だった僕は、その言葉の意味が、まだよくわかっていなくて、帰宅して、母さんにその意味を聞き、僕は、引っ越しのショックと二重でびっくりしてしまった。


 ───「        」───


 僕は確信に近いものを感じた。
 屋上へ続く、最後の階段を駆け上りながら、信じられないほど、胸が高鳴っていた。
 こんな運命みたいな、こんな、運命みたいな、そんな恋があるだろうか、と、まだ会えてもいないというのに、涙がこぼれ落ちそうになる。


 ぎゅっと唇を噛み締め、最後の一段に踏みこむ。


 転がるように、屋上への鉄の扉を押し、そして、───












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