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第二章 NOAH
12 魔法泉
しおりを挟む(しばらく…猫を見てないな。あのヒューは元気でやってるかな…)
馬車に揺られながら、僕は、猫のことを思い出していた。
あの猫が本当にヒューかどうかは、わからないけれど、どこかの飼い猫なら、夏休みは帰省してるだろうな、と、思う。
そう、もう、魔法学園は、夏季休暇に入っているのだ。
ミシェル先輩も、ニコラスも、みんな、それぞれの家に帰ってしまっているし、アオイくんは、主人公なので、夏休みはイベントがたくさんあって、忙しい。神子の仕事には、僕も雑用として同行したりするものもあるが、どう考えても、学園に通わせてもらうほど、アオイくんの役に立っているとは思えなかった。
どういう意図があったにせよ。はじめ、放っといて欲しいと思ったことを、申し訳なく思った。こうして学園に通えることは、僕の異世界生活の中でも、かなり、運が良かった。そうでなくても、いつも守ってくれていた人が、いたみたいではあるけど…。
(アオイくんに、感謝しないとな…)
魔法泉に行ったら、アオイくんと騎士団長にお土産を買わないとなあ、と、思う。泉の水をゲームに出てきたみたいな、きれいな器に入れたらいいかもしれない。いや、でもあの現実主義っぽいアオイくんに、そんなマジカルなアイテムは必要ないかもしれない。後で考えよう。
ちらっと、隣の席を見たら、不機嫌極まりないミュエリーも、顔をあげた。
「なんだ」
僕たちは、先ほどから、乗合馬車で、揺られている。なんだかんだで、こういう大衆向けの長距離馬車に乗ったのは、カラバトリで、エミル様から逃げ出そうとして隣の町まで乗ったとき以来だった。お尻が痛くなるのが難点なんだようなあ、と、思いながら、よく考えたら、ミュエリーは、一応、子爵家のご令息で、こんな馬車に乗るような身分ではないんだろうな、と気がついた。
「ミュエリー、お尻痛くない?」
「は?」
「ほら、こんな馬車、乗ったことないかなー、と思って」
現状、おそらくだけど、ぺシュカ教授がちょっと精神不安定だから、それで、平民である僕のレベルに合わせてくれているんだと思うけど、僕は心配になった。
かれこれ、三時間ほど、硬い座席の上で揺られているのだ。ミュエリーはただでさえ、魔力を吸い取られている疑惑があるのだ。もうすぐ次の街に着くはずだった。ミュエリーが「別に」と言ったので、僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ぺシュカ教授は、大丈夫だった?」
僕がそう尋ねると、ミュエリーは、うーん、と、考えるようなかんじで、少し首を傾げると、何やら怪訝そうな顔で、ぼそっとつぶやいた。
「なんか、びっくりしてたな」
「え?びっくり?ミュエリーなんて言ったの?」
「学園の奴と、ミネルヴァ魔法泉に行く、って」
そのまま。
なんという、そのまま。
それは、ぺシュカ教授は驚いただろう。僕は、ミュエリーは、もっと、遠回しに伝えるのかな、と、想像していたので、僕も驚いた。
そして行き先は、かの有名な恋愛ジンクスを持つ、ミネルヴァ魔法泉である。おそらくぺシュカ教授は、二つの意味で驚いたことが予想された。
(え、学園の友達と旅行?っていうのと、え、そんなデートスポットに?っていうのと…)
でも、驚くということができるのなら、まだ、なんとか食い止められる可能性もあるような気がする。そして、こうしてミュエリーが僕と一緒にいるのだから、それは、承諾してくれたということでもある。
行き帰り二泊ずつして、おそらく、ミネルヴァ魔法泉の近くでも、一泊することになるだろう。かなり長距離の旅行だというのに、それを許してくれたというのは、関心がないか、信頼しているか、の、どちらかだと思うのだが、どうだろう。
ミュエリーも、なんだか不思議そうにしてるので、現状がよくわかっていないような気もする。
「魔法研究部の先輩が、ぺシュカ教授のこと、尊敬してるって言ってたよ」
「…ああ」
ぺシュカ教授は、魔力還元というシステムを開発した一任者だ。ゲームではそんな話、出てくることもなかったけど、使われていない魔力を適度に体内から抜くことで、魔力の循環をよくし、その排出された魔力を街のために使えないかと考案したのだ。
献血のようなシステムで、普段魔力を使わない人や、魔力が有り余っている人たちから、定期的に、任意で魔力を回収し、魔力酔いや魔力溜まりのような病気の解決につなげた。それは、ぺシュカ教授の奥さんが、膨大な魔力を持つせいで、魔力酔いを日常的に起こしていたことを、解決しようとしたのが、はじまりだったそうだ。
そして、回収された魔力によって、街に魔法灯を設置したり、水の循環システムに使ったり、王都の、街々の、環境は劇的に飛躍したらしい。使っていないものから、人々の役に立つシステムを構築するというのは、素晴らしいことだった。
(でも…今は、そのシステムでミュエリーから……)
ミシェル先輩の話によると、結局、ぺシュカ教授の奥さんは、幼い頃から、膨大な魔力に苛まれていたせいで、短命だったそうだ。だから、もしかすると、この魔力を抜くという方法は、長い目で見れば、ミュエリーを守っているとも捉えられる。
本当のところは、ぺシュカ教授にしかわからない。
「ミュエリーは、魔法研究部に入らないの?」
「ああ。あんまり人とは関わりたくない」
「どうして?」
ぺシュカ教授が、あんな風になってしまったのは、奥さんが亡くなられてからだと聞いた。それは、二年ほど前のことで、それからミュエリーは、人と関わりたくないんだろうか。
「………別に、どうでもいいだろ」
ミュエリーは、ぷいっと横を向いてしまった。
僕も、ユノさんと別れた後、人と関わりたくないと思っていて、結局フィリと関わってしまって、それから、また、多分、フィリも傷つけてしまった。
たとえば、砂漠の国の、セバスさんやエンリケ、ミズキさん。それから、モフーン王国の、リヴィさんに、ハルトさん。魔法都市のトゥリモにジョナサンさん。みんなそれぞれ、ちゃんと別れてきた。
ヴェネティアスの別れは唐突だったけど、ちょうどトゥリモが夏休みになって、お店のバイトに復帰する予定で、僕はしばらく休むことになってた時だったから、迷惑は…多分かけてないと思う。あの二人にも、本当にお世話になった。
この世界に来てからだって、結局、アオイくんとも一緒だし、本の閲覧制限のために入った部活だったけど、結局、魔法研究部のみんなとも、毎日会って、話して、すごく楽しい。
(人と関わらないで過ごす、というのは、案外難しい…)
でも実際に、関わってみれば、すぐにわかる。
一人で考えているよりも、一人で過ごしているよりも、ずっと、ずっと、よかったのだ。自分でエミル様に言ったことだったのに、僕は、ユノさんとの別れの辛さに、間違った方向に進もうとしてた。
(思い出す度に、辛くなる。でも過ごした楽しい思い出だって、本物だから…)
別れが辛くなるから、関わらない方がいいって思っているより、別れは来てしまうから、どうしようかと考える方が、ずっと、よかったのだ。研究だって、みんなと話した方がずっと進む。
人とあんまり関わりたくない人っていうのは、まあ、いなくもないのだろう。でも、僕のことを心配して、自分から遠ざけようとするミュエリーが、本当に、人と関わりたくないのかは、疑問だ。まあ、でも今は確かに、ぺシュカ教授のことで、人とは関わりたくないのかもしれない。
「ミュエリー、ぺシュカ教授のことが落ち着いたらさ、魔法研究部においでよ。みんな、すごくいい人たちばっかりだよ」
ミュエリーは、小さく、ふう、と、ため息をついて、目を閉じてしまった。
でもその時、草っぱらのようなところをずっと走っていた馬車の前に、丘の下の景色が広がった。王都からずっと揺られて、ようやく、今日の分の、目的地に辿り着いた。
「あ、見て!街が見えてきたよ!」
ミュエリーが目を開け、その瞳に街を映した。そして、僕の方をちらっと見たので、僕は、にこっと微笑んだ。
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「なるほど…確かに、恋愛のジンクスができそう……」
呆然と立ち尽くす僕の目の前には、夢の中にいるかと思ってしまうような、幻想的な泉が広がっていた。パステルカラーで彩られたその景色の中を、よくよく見渡せば、ほぼ、恋人同士しかいないような気がした。
隣で、じとっとした目で、ミュエリーが「ほらみろ」と言わんばかりに、僕を呆れた顔で、見ているところだった。
王都を出発してから、数日後、僕たちは無事に、ミネルヴァの街に辿り着いた。
他の街で二泊ほどして、予定通りの到着だ。僕の予算的に、冒険者の人たちが泊まるような、普通の宿での宿泊だったから、ミュエリーは大丈夫かな?と、心配していたのだけど、特に問題もなかったみたいで、朝合流する時も、普通に部屋から出てきた。文句も言われなかった。
そして今、僕の目の前には、虹色に輝く泉だと聞いて、父さんが見せてくれたアメリカの国立公園の写真を思い出していたけど、流石に魔法のある異世界である。どちらかというと、虹色というよりは、パステルカラーで彩られた、美しい水色の泉だった。
光の角度によって、薄桃色に見えたり、薄緑色に見えたり、とにかく、様々なパステル調の色に輝く、夢のような泉だった。どういう仕組みなのか、たまに、薄いピンクの綿菓子みたいな霧が立ち上り、その泉を一層幻想的に見せていた。
「す…すごい。想像してたのを軽く超えてきた。なんというデートスポット」
「………おい、泉の周りに、花畑まであるぞ…」
「天国なの…?よくわからないけど、ここは、天国なのか…?」
おそらく、ミュエリーも来たのは、はじめてだったのだろう。驚きのレベルが、僕と同じだ。泉の上で、手漕ぎボートに乗った恋人たちが、きゃっきゃと言いながら、戯れている。そして、帰りには泉の水を掬って、夜はその恋人の夢を見るんだろうか。
この光景を見続けていると、危うく、ハートの弓矢を持った子供の天使の幻覚まで、見えてきそうな気がする。
重い。重すぎる。
よくはわからないが、この魔法泉に恋人と訪れようという猛者は、おそらく、全恋愛人口の中でも、おそらく、かなりの『重量級』に位置しているような気がする。なんだろう、あえて上級者、ではなく、重量級、と言わせてほしいという僕の心持ちは、察してほしい。
ミュエリーも隣で、目をちかちかさせている。
もしぺシュカ教授が、この泉がどんな様子のところなのかを知っていたら、と、考えると、ちょっと笑ってしまう。まさかミュエリーが、ミネルヴァ魔法泉に行くって言い出すだなんて、思いもよらなかっただろうな、と。
ふふっと、ついうっかり口から笑いが漏れてしまった。それを見たミュエリーが、心底嫌そうな顔をしているのを見て、もっとおかしくなってしまった。
くすくす笑っていたら、嫌そうな顔をしたミュエリーの後ろに、貸しボートの看板が見えた。
(あ…!そうか。ボート屋さん…!)
そして、僕は、唐突にミュエリーに言った。
「ミュエリー。ボートに乗ろう」
「……冗談だろ」
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