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第二章 NOAH
04 兄にとっては何かがはじまるはずなプロローグ
しおりを挟む「くそ!またか!」
おおお、と、周りから、どよめきと歓声があがる中、やっぱりこのタイプだったか、と、僕は舌打ちをした。砂漠の国で、すぐに奴隷として売られたことを思い出す。わかってはいたが、『神殿』には、全くいい思い出がなかった。
(どうにかして、奴隷とかになる前に、逃げ出さないと…)
ローマの神殿のような石造りの壁、白い柱が立ち並ぶ中央に、その広い部屋の全体を占めるほどの巨大な魔方陣が、僕の下で蒼白く光っていた。魔方陣には触れないよう、その周りを囲み、壁沿いにずらりと並ぶ、フードをかぶった白装束の者たち。ちらりと見たかんじ、普通の人間のようだ。
僕は辺りを見回した。
この魔方陣、白装束、そして、怯えた男子高校生。白装束の後ろにいる金髪の男前は、———
(エドワード王子。ここはエンデガルドか。多分、三年コースだ。面倒なことに……でも、くたびれた会社員は一緒じゃない。よかった)
男子高校生は黒髪で、かわいいかんじの顔立ちをしているのがわかる。その小動物のように怯える姿は庇護欲をそそり、多くの男性を魅了するように思う。僕の思考にかぶせるように、白装束の一番偉そうな男が言った。
「救世の神子様。お待ちしておりました。ようこそ、エンデガルドへ」
「こ、ここは一体…?」
「神子様、どうか、このエンデガルドをお救い下さい!」
神子と呼ばれたのは僕、———ではない。
さきほどから、ぷるぷる震えている男子高校生だ。僕はその横でぺたんと尻餅をつき、誰にも認識されていないかのように振る舞われている。だいたいこういうシチュエーションのとき、僕の立ち位置は「巻き込まれモブ」である。
(……本当に、きちゃったな……)
僕の前で繰り広げられているのは『異世界召喚の儀式』である。
さきほどの会話からもわかるように、このエンデガルドの白装束たちは、異世界からこの世界を救うための神子、———さきほどの男子高校生を召喚したらしい。
妹に言われて、共にコンプリートしたBLゲーム『エターナルムーン-救世の神子-』を思い出す。そのオープニングに酷似した状況を鑑みるに、僕は、何故かそのゲームにそっくりの異世界に呼ばれた神子、———さきほどの男子高校生に、巻きこまれて召喚されてしまったようだ。
どっちだ、と、俺は身構えた。
ゲーム通りなら、王子が物珍しさに、怯えた神子を気に入って、連れ去ってしまう場面である。エドワード王子に動く気配はない。神子の様子はどうだ?まだちゃんと怯えているか、と確認し、その瞳がエドワード王子を見て、キラキラと光り輝いてしまっているのが見て取れた。
———ああ、と僕は思った。
どうやら神子の男子高校生は、異世界転移を喜んじゃうパターンだった。エドワード王子を、しっかり王子と認識しているような様子から、もしかすると、このBLゲームすらも知っているのかもしれない。驚くことなかれ、自分が神子であった場合、ここでしっかり怯えておかないと、彼らは、思いもよらぬ展開を迎えることになる。
現に、エドワード王子の様子を見るかぎり、もうすでに、悪役令息に誰かが転生しちゃっているパターンの可能性が高い。
神子はたとえこのゲーム内容を知っていたとしても、よほど空気の読めないタイプじゃないと、王子には突撃できなさそうだ。待てよ、騎士団長がじっと神子を見ているな、もしかすると、騎士団長との恋愛が用意されているパターンかもしれない。
どっちだ、と考え、妹の様子を思い出す。
———この神子はあざとすぎると思うの。これがもし、漫画だったら、すでに悪役令息に転生した会社員が、死にエンドを回避しようと必死になったあげく、無自覚で総愛され、神子を当て馬にして、王子様エンドかな?———
そうか、と僕は思った。
神子と一緒にここに来てしまったから、神子視点で物語を考えてしまったが、悪役令息が主人公のパターンなんだとすれば、神子は逆に悪役になるやつだ。
それにしても、昨今の創作物の流行の中で、悪役が暗躍しすぎている。
こうして神子が召喚されている姿を見ても思う。純粋そうな見た目、かわいい顔つき、そして、これから様々な意外性を以て、王族貴族の子息たちを虜にしていく、輝かしいストーリーが広がっているではないか。悪役ばかりが幸せをつかんでないで、そろそろ神子と男爵令嬢を幸せにしてやれよ、と思う。
(いや…でも、ミズキさんは、幸せをつかんだから…)
この男子高校生は、おそらく、今まで僕と一緒に転移した人たちとは違うタイプの人だ。どう転ぶかは、わからない。
でもとにかく、この神子も、欲をかきさえしなければ、王子様以外とのエンドぐらいは、迎えられるだろう。どちらにしても、こういうタイプのゲームは、だいたいが十八才までに決着がつくことになるだろうから、やはり三年コースだと予想する。
エドワード王子は動かなかったが、「神子をお連れしなさい」と、白装束が言い、男子高校生は、丁重にお連れされるようだった。そのとき、慌てた神子が叫んだ。
「ちょっと待って、その人は、どうなるんですか!」
その部屋にいた人間が、みんな僕に振り返った。正直、余計なことをしないでくれ、と思った。確かに、奴隷として売られてしまっては、困る。が、僕はもうメインストーリーには、キャラクターたちには、できるだけ、関わりたくないのだ。それに、今回は、ヒューの魂を探す、という目的もある。できれば自由に動ける立場でありたかった。
涙目で僕のことを心配する神子を見て、さきほどの一番偉そうな白装束が、僕を毛虫でも見るかのような目で見て、そして、ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら言った。
「神子様の願いだ。その者も、別室に連れていきなさい」
そして僕は、神子とは違う、貴族の部屋のような客室に連れて行かれた。神子にはこれから丁重なご説明があるんだろう。僕のことは放置だ。
豪奢な金枠の窓のほうへ、ゆっくりと歩いていく。窓の外をちらりと覗き、そこに広がる、昨日まで、スクリーンの中にあったはずの王都のビジュアルを見て、ふっと笑いを漏らした。
わかっている。
今回はちゃんと、僕には目的があるのだ。仕方がない、仕方がないことだが、この世界は、僕にとって、もはや5回目の異世界なわけであった。羽里が異世界のゲームばかりやっている時は、いろんな異世界に憧れもした。
それも認めよう。
が、何度も出会いと別れを繰り返し、その別れた相手のなんたるかを知り、僕は、思った。
一度だけ、一度だけ吐き出させてほしい。
———僕は、おそらく他の日本人とは全く違うであろう、ストレスを抱えている。異世界転移を、時間制限つき、そして心の闇つき、で繰り返すという、邪神との契約に縛られた、ーーーいや、僕だってそうだ。抑圧された毎日の中、たまりにたまったストレスを解放するかのように、叫んだ。
もう、もう、もう、ーーー…
「どんだけあんだよ!ゲームベースの異世界がああああああ!!!」
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