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第一章 HUE
60 <ユクレシアの記憶12> ※
しおりを挟む「実はさ、明日には、魔王城だって知ってた?」
「ああ、そうなのか。お前がそう言うなら、そうなんだろ」
ヒューは何でもないことのように、ふうん、と言った感じで、僕に相槌を打った。天幕の中のランプの灯の中、相変わらず、ヒューは本を読んでいた。今日のタイトルは『異世界勇者召喚陣について』だ。明日、魔王と会い見えることになるかもしれないのに、なんで勇者召喚陣の本なんて、読んでるんだろう、と不思議に思った。
(明日かー……)
魔王と対峙する緊張は、もちろんある。
ヒューの生まれたこの世界が、平和になって欲しいという希望もある。それから、その平和になった世界で、ヒューには長生きしてほしいし、ヒューにはずっとつんつんしてて欲しいし、ヒューにはずっと、笑っていて欲しい。
(僕が、その横に、いなくても……ずっと)
もうすでに、視界がうるんだ。
魔王を倒したいのか、倒したくないのか、わからなくなってしまう。これでは本当に、いつぞやヒューに言われたみたいに、僕は魔王の配下みたいだな、と思う。
本を読んでいるヒューの横顔。その顔が、ふと顔をあげて僕を見るときの、優しい顔。口を開けば、意地悪なことばっかりで、僕はいつだって、怯えたり、困ったり、あわあわしてばかりで、それでも、大好きで、大好きで。その、大好きな人の顔。
もう、明日には、見ることができなくなる。
つい、本音が漏れてしまう。
「僕も、この世界の人間だったらよかったなあ…なんて、…」
「……もう、泣いてんの?それは言っても仕方ないだろ。お前には、優しい親も、守りたい大切な妹もいるんだから」
「……うん」
「こんな世界に、呼び出して悪かったな。こんな辛いを想いをさせて」
僕は首を振る。でも、もし、ヒューが召喚してくれなかったら、僕は、ヒューに出会うことができなかった。ヒューと別れるのは、死ぬほど辛い。それでも、ヒューと会えない人生の方がずっと、ずっと、嫌だった。
「ヒュー。僕は、ヒューに会いたかったよ。ヒューのことを知らなかったら、もし、ヒューに会えなかったら、もっと、もっと、ずっと辛かったよ」
「その理論は、めちゃくちゃだな」
ーーー理論。
僕は完全に、感情で話していたわけだけど、ヒューは本当に、理論、理論、論理だ。僕は、ヒューのことを理論で言い負かすことは、きっとできないんだろうな、と思って、ふっと笑ってしまった。
パタンと、本を閉じる音がした。
ヒューの腕が伸びてきて、ぎゅうっと抱きしめられた。もう、この身に染みついてしまうほど、親しんだ清潔そうな匂いが広がる。もう、涙が溢れてしまった。
「いいよ。なんでも言えよ。別に、我慢しなくていい」
そう、言われたら、もう、だめだった。
ヒューのことを選べないのは、自分なのに。自分が帰りたいから、帰るだけなのに。自分が勝手にヒューのこと好きになって、辛いだけなのに。全部、全部、全部、自分が、悪いのに。
僕は口にしてしまった。
「…ヒューのこと、…置いて行きたくない。ヒューのこと、…心配で、…心配で。だって、こんなにいじっぱりで、つんつんしてて…、…不器用で、……ヒューのこと、置いていきたくない…」
ヒューは何も言わないけど、僕の背中を優しく撫でてくれていた。
ぽろぽろと涙が溢れてしまう。
「…僕がいなくても、ちゃんと、ごはん食べてよ。僕がいなくても、…本ばっかり読んでないで、…ちゃんと、寝るんだよ。…無理はし過ぎないで。ヤマダくんたちと、ちゃんと連絡とって…。一人になったら、だめだよ。……ヒューはすぐ、暗い方向に考えるんだから。だから絶対に、……絶対に一人になったら、だめだよ」
「………」
「………ヒュー…。一人で過ごす気?」
「あ、いや……………善処はする、けど…」
僕が辛いのは、仕方がない。僕が悪いのだから。だから、僕の辛い気持ちは、どんなに辛かったとしても、当たり前に持つべきものだった。それが僕の、自分の選択の、責任だった。でも、それに巻き込まれたヒューは、と、どうしても考えてしまう。
こんなのは、僕のエゴだ。それはわかってる。でも、それでも、願わずにはいられないのだ。
大好きな人の、幸せを。
「ヒュー…ちゃんと、元気で、長生きしてよ」
ぴくっとヒューの手が動いた気がした。
そして、ヒューは、一度、息を吸いこみ、そして、吐き出した。それから、言った。
「俺は、ノアのことが、嫌いだ」
「…ヒュー?」
「鈍いし、人の話は聞かないし、顔の話ばっかりだし。魔王の配下だと疑わしいほど有能なのに、すぐ転ぶ。人が嫌いだって言ってるのに、目の前でドーナツばっかり食べる。すぐ流されるくせに、芯はブレない。そのくせ、涙もろい。なんて自分勝手なやつなんだって、いつも思ってる」
「え」
僕はなんでこんな悪口を言われてるんだろう、と、ふと顔をあげたら、いつもの意地悪そうなヒューの顔があって、言われた。
「だから、俺は、お前が帰っても、痛くもかゆくもない。ノアは、自分のことよりも、俺のことが心配なんだろうけど」
ちゅ、と頬に唇を落とされる。口を開けば、悪態ばっかりで、意地悪なことしか言わないヒューの口は、僕に触れるとき、すごく、優しい。愛してるみたいな、甘い、優しい口調で、言われた。
「辛いのは、お前だけだ」
僕の目から、ぶわっと涙が溢れた。
この、不器用な優しさを、僕はどうしたら、どうしたらいいのだろう。こんなに優しい人間は、ヒュー以外にいるわけなかった。ヒューの胸が、濡れてしまうのもわかってて、それでも涙が止まらなかった。ふるふると、小刻みに、体が震えてしまう。それもきっと伝わってしまってる。それでも。
「それに、どうしてもノアのまぬけな顔が見たくなったら、自分を転移させるからいい」
「………うん…うん…」
「それに、何か勘違いしてるかもしれないけど、お前が俺のことを好きすぎるから、抱いてやってるだけだからな。ノアの中は、具合がいいし、お前、自覚はないだろうが、すごく淫乱だ。俺ので、泣きながら乱れてるのを見るのは、嫌いじゃない」
「い?!ん?!…ヒュー!」
「なんだよ。本当のことだろ」
僕は、まっ赤になって、あっあっ、と、言葉にならない衝撃に、口をぱくぱくさせた。今の今まで、悲しくて仕方なかったのに、涙が少し、引っこんでしまった。
(………淫乱……って)
確かに、事実として、ヒューに色んなことをされると、僕は途中から、わけがわからなくなるほど感じてしまって、涙を流しながら、すがりついてしまっているような、気がしなくもない。が、それでも。そんな言い方しなくたって、いいと思う。
だって、好きな人と繋がってたら、だって、誰だって、誰だって、頭がおかしくなるほど、気持ちいものだと思うから。
僕は文句を言うことにした。
「ばか」
「この世界随一の、天才魔術師にそんなことを言うのは、ノアだけだよ」
「ヒューのばか」
くすくす笑いながら、ヒューが僕の頭に、唇を落とした。
「仕方がないから、最後の思い出に抱かれとく?」
「………ヒューのばか」
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「あっ ふあっ ああっ 」
うつ伏せのまま、腰を抱えられて、恥ずかしい格好のまま、僕は声を吐き出した。
弱いところばかり擦られて、意識が飛びそうだった。
明日、魔王と戦うなら、一回だけにしとこうって言われて、さっきから、僕がイキそうになっては、甘い声で「まだだめ」と、言われて、擦る場所を、ズラされる。僕がすこし、落ちつくまで、ゆっくり、ゆっくり、驚くほどゆっくり、ただ、内側を、撫でられるのだ。目がちかちかして、マットの上に敷いた布に、僕の涙で、だらしなく開いた口から漏れた、僕のよだれで、染みができてる。
「ノア。すごいしまってる」
「ふ、あ、あああ」
(こんなの…一回って言うの…?…あ、あたまおかしく……おかしくなる………)
気持ちよくて、気持ちよくて、もっと、直接的なところを擦って欲しくて、腰が揺れてしまう。
がくがくと腰を揺らして、はしたなく、自分の前をマットに擦りつけてしまう。もっと、中を擦って自分で腰を揺らして、中にあるヒューのが、いいところに当たるように、びくびく腰を動かした。
そのとき、ヒューのペニスがすごく気持ちいいところをかすめた。と、同時に前がシーツに擦れた。
「ひあああっ」
「だめだよ。前、擦りつけたら」
「やだあっ ひゅう、擦って、なか、気持ちよくして、ちがっ そこ、ちがうからあっ」
くすくす笑うヒューの声が聞こえて、恥ずかしくて、恥ずかしくて、それでも、気持ち良くなりたくて。僕の口から漏れる嬌声は、媚びてるみたいに甘ったるい。
「ひゅ、ひゅう、こんなの…こんなの、い、ああんっ いっかいって…あ、あ、あ、や」
出したい出したい、と、さっきから思ってるけど、意識が飛びそうな中で、ふと、思った。僕は、ちらっと振り返った。
「ああっ」
きれいな顔の、眉間にしわがより、汗が流れ、頬は上気して。その、壮絶な色気をまとった大好きな人が、「ん?」と、ちょっと高圧的に、目だけで問う。
(なんて…えっちな顔。ヒューだって、余裕がなさそう…)
「ひゅ、ひゅうの、顔、顔見たい」
「どうして。後ろからされんの好きだろ」
「~~~っっ ああんっ でも、み、見てたいっ」
じゅぷ、と、いやらしい音がして、ヒューが僕の中から出て行ったのが、わかった。
それから、ヒューは、マットの上に座った。そして「おいで」と言われる。
「え?」
「乗って」
「……………え」
僕がまっ赤になって固まっていると、手を引かれ、ちょっと立てたヒューの股の上に、膝立ちにさせられた。きっと、僕はもう、全身、まっ赤になってると思う。でも。顔が見えるのもほんとだし、それに、ヒューにも気持ちよくなって欲しかった。
僕はヒューの肩に、手を当て、ゆっくりと腰をおろす。
恐る恐る腰を下ろしてるせいで、なんだか、自分の内側が、ヒューの形に変えられていくのが、わかるみたいで。自分の内側が、ヒューのことを飲みこんでいるのが、すごく、生々しく伝わってきて。
この熱くて、硬いのが、ヒューのなんだって。好きな人のが、中にあるんだって。僕の、中にあるのが、ヒューの体の一部なんだって、思ったら。
すごく、やらしい気持ちになって。
「あ、あ、あ、あっ、あ、だめっ ああああっ」
「っっ」
力が抜けて、腰がすとっと落ちてしまった。深く、深くまで、ヒューに、大好きな人に、侵されて、僕は、、達してしまった。僕のペニスから、ぴゅっと勢いよく白濁が漏れた。そして、そのまま、「あ、あ、」と、声を漏らしながら、天を仰いで、びくんっびくんっと、目を見開いたまま、痙攣した。が、ズンッと下から一気に突き上げられた。
「あああんっ ひっ……あっ あ、ご、ごめん。ひゅ…ひあっ で、でちゃった……あっ まって あっ だめ!」
「一回は、俺の一回ってことにしよ」
「ああぅ やだあっ 待って、だめ だめ ひゅうっ おかし おかしくなっ」
やめて、お願い、と、一生懸命伝えるけど、達したばかりで、全然力が入らない。あまりの快感に、涙が溢れる。奥を擦りながら、ヒューが言った。
「ノア、言うことは、本当にそれでいいのか?好きな人に、ちゃんと伝えとけよ」
「ふぇ…?ああっ、あ、やめ、奥、ぐりぐりしなっ で」
「ほら、こっち向いて」
びくびくしながら、それでも、ヒューの顔に目を向けた。
見ただけで、「はあ」と熱い息が漏れる。きれいな顔。
はじめて見たときから、ずっとずっと、きれいだなって思ってた。どうして、どうしてこんなにヒューの顔が好きなのかは、よくわからない。でも、中身を知ってからは、もっと、もっと、好きになってしまった。愛しい人。不器用で、いじっぱりで、でも、誰よりも、優しい人。
胸にぶわっと広がった気持ちは、そのまま口から溢れた。
「………好き…」
「うん。もっと言ってて。ノア」
にこっと、柔らかく、優しく、嬉しそうに、目を細めて笑いながら、ヒューがそう言った。
次の瞬間、少し腰を引いてから、下からぐっと突き上げられた。
「ひあああっ」
「な、ノア。好きな人のこと、気持ちよくして。腰、振ってよ」
「~~~っっ」
ちょっと悪戯っぽい顔をして、にやっとヒューが笑った。ヒューにも、気持ちよく、なってもらいたいし…と、思いながら、びくびくと震える体を、ゆっくりと動かした。うまく動けなくて、後ろに手をついて、腰を動かすことにした。
ーーーが、それはものすごく恥ずかしい体勢だということに、途中で気がついた。
「ふぇ、んっ み、見ちゃだめ あっ あっ だ、だめ」
「……見るだろ。そりゃ」
さっきから、ヒューの視線は、舐め回すように、僕の痴態をなぞっているのだ。僕は、自分の体の中に、ヒューのペニスを自分で擦りつけながら、大好きな人の目の前で、いやらしく腰を振っているのだ。恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうだった。だというのに、僕の浅ましい体は、しっかりと快感をとらえ、途中から、見られてることも忘れて、自分の気持ちいいところに擦りつけた。ぺちぺちと、そそり立った自分のペニスが、ヒューの目の前で揺れる。
「やああっ きもち、 ひゅうの ひもち…ぐりってあたるの、らめ あ、あ、あ、ひああ」
「ここ?」
「あああんっ ひゅうの かたい ごりって すう おっき おっきいの なかあっ」
「ふ、なあ、好きって言いながらしてよ」
「ふぇ?ああんっ すき すきっ ひゅうっ ひゅ あああっ ああぅ すき」
「もっと」
「すっ すき 大好き ひゅう すき きもちい だいすき も、だめ でちゃ、 ああんっ」
もう、頭はおかしくなって、とろとろだった。とろとろに溶け出した頭が唯一わかっていたのは、目の前で、眉間にしわを寄せて、ちょっと余裕のなさそうな、えっちな顔をして、僕のことを見てるのが、世界で一番、大好きな人だ、ということだけだった。
気持ちよくて、気持ちよくて、それから、気持ちよくなってもらいたくて、必死に腰を振った。
でももう、だめだった。
「いいよ、俺も出す」
そう言われた直後に、下からぐうっと最奥まで貫かれた。僕は、まるで、ヒューに、全部貫かれてしまったみたいに、ぴくぴくと体を震わせた。
(すき……すき…すき……)
「あっあっ あっ ああああああああっっ」
数回、そうして腰を押しつけられ、僕はまた絶頂を迎えた。
とぴゅっと、勢いよく、僕のペニスから白濁が漏れた。体の中にも、じわっと、何かが広がる感覚。きゅうっと中にあるものをしめつけてしまう。うれしさと、恥ずかしさが、広がる。つい、言葉が溢れてしまった。
「ひゅうの…せーし……いっぱい……」
「……お前、ほんと淫乱」
僕は、まだ、とろんとしていて、自分がどれだけ恥ずかしいことを口走ったのか、よくわかってなかった。
不貞腐れたような顔で、少し赤くなったヒューが、ぷいっと横を向いた。だけど、そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。お互いに、汗だくで、きっと、ぺたぺたしているはずだった。それでも、目の前にいる愛しい人と、このままぴったりとくっついていたかった。
(………すき…すき……大好き……)
明日には、もう、こうして触れ合うことだって、できなくなる。愛しい人。
ヒューの頭が、すりっと、まるで愛おしい人にするように、僕の肩口に頬を擦りつけた。
僕の心臓に、きゅうううっとしめつけられるような感覚があって、もう、全部溢れてしまった。
「…好き、ヒュー。好き、大好きだよ。……本当は…ほんとはっ」
だめなことを言ってしまいそうで、ぐっと、必死に口をつぐんだ。僕が言ってはいけない言葉だ。僕が絶対に、言ってはいけない言葉だった。離れたくないだなんて。ずっと一緒にいたいだなんて。
(帰りたくないだなんて…)
言葉の代わりに、ぎゅっと目の前の、薄茶色の柔かな髪を、ヒューの頭をぎゅっと抱きしめた。涙が溢れる。
「好き、大好き。きっと、ずっと、ずっと」
「……うん…知ってるよ」
ヒューが噛みしめるように、そう言って、僕の頬を両手で挟んだ。ちゅ、と唇を重ねられる。
「ノア」
切なそうな顔。優しく唇を何回も、何回も、僕の顔に落としながら、ヒューが言う。
「大丈夫だよ。俺は、ノアが嫌いだから。人の話を聞かないところも、ずるいくらい優しい家族がいるところも、まぬけなところも、鈍いところも、全部、全部、大嫌いだ」
「っっ」
「すぐに下がっちゃう眉も、きれいな瞳も、小さな鼻も、このやらしー唇も。癖のある髪も、ーーーそばかすも」
「ひゅう…」
「みんな、嫌いだ。二度と、見たくもない」
僕の目からは、次から次へと、涙が溢れ、止めることなんて、できなかった。
「すぐ泣くところも、自分のこと全然わかってないところも、自分のことなんか全然考えないで、人のことばっかり考えるところも、すごく煩わしくて、鬱陶しかった」
「………ひゅ、うっ」
「お前がいなくなるなんて、せいせいするよ。だから、ーーー」
唇を落としながら、優しく、優しく、愛してるよって言うみたいに、触れながら、その唇から出てくる言葉は、ひどいことばっかりだった。
でも。それでも。僕にだってわかる。
こんなの、逆効果だよって、鼻を啜りながら、思う。
「安心して、帰れよ」
包まれるみたいな、慈しむみたいな、言葉だった。
もう、声も、抑えられなかった。僕は肩を震わせて、咽び泣いた。
「あああ、ひゅう、僕は…僕は…ふうぅ」
「何回言わせるんだ。なんかの拍子に、俺がどうしてもノアのまぬけな顔が見たくなったときは、自分を転移させるからいい」
僕は、小さく、うん、うん、と、こくこくうなづきながら、ヒューに抱きついた。しばらく、ずっとそうしていた。ヒューも、そのまま、抱きしめていてくれた。
僕は、ずびっと鼻を啜りながら、尋ねた。
「…待ってても、いい?…ヒューのこと…待ってても、いい?」
「うん。こんな汚い顔で、泣かれてたら気分が悪いからな。そのまぬけな顔して、待ってて。きっと…すぐに、行くよ」
「…うん…うん…」
とくとく、と鳴る、ヒューの心臓の音を聞きながら、僕の意識は、だんだんと夢の中に誘われていった。
瞼が重くなって、だんだん、ふらふらしてきた。ヒューが、僕のことを、マットの上に、横たえてくれたみたいだった。ぼんやりと、もう半分眠ってしまった頭で、思った。
(ああ…ヒューは結局……)
(一度だって、僕のことを…好きって、言ってくれなかった…な…)
僕の意識は、もう、夢の中だった。
ふわふわと、優しい夢のなかに、辛いことのない夢のなかで、浮かんでいたかった。瞼を閉じ、自分の口から、規則的な安らかな息が漏れるのを感じた。
そして、僕の意識は、途絶えた。
どれくらい経ったのかは、わからない。
さらっと、髪の毛を撫でられて、少しだけ、意識が浮上した。
僕は、ヒューの腕の中にいるようで、あたたかい、大好きな匂いに、包まれていた。
瞼を開けようとして、でも、重くて、持ち上がらなかった。
ヒューが、すごく、すごく小さな声で、こっそりと、つぶやいた。僕は、まだ眠りながら、すうすうと、寝息を立てながら、それを聞いていた。
「ごめんな。色々考えたんだけど…やっぱり。このまま帰ったら、きっとノアは苦しむから。記憶は、俺が持ってくよ」
ぽん、と頭に、優しく手が触れた。
「いつか、ノアの世界に行くことができたら、きっと…一番に、伝えるよ」
ことり、と、その言葉は降ってきた。
「愛してるよ…ノア」
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